第二十三話 月の兎たちに優しく出来なかった

優しい幽香さん 幽香さん、優しくしてみる

妖怪の山、と名付けられているとはいえ基本的には幾ら神秘を保有していようともそれは土の盛り上がりと樹木の集まりが主である。
果たして木々は陽光を秩序によってそこそこ譲り合っていながらも、しかしそれでいながら雑多旺盛に伸びるもの。ましてや今が夏の盛りであるからにはその勢いも十分に過ぎる。
空からは中々伺いきれぬ、暗がりをすら湛えた緑のカーテン。その底に金属の蜘蛛のような存在が最近跋扈し出したことを、知るものはあまりに少ない。

「あれね?」

とはいえ、一人が知れば木々を徐々に枯らしていくその機械を危ぶむ者は増えていくもの。
山の巫女から得体の知れない存在を知った「あの」風見幽香が自らの足で現地調査まで行っているのに疑問を持つものは、もう殆どいなくなった。
そして当然のように人間しか見ることの出来ないはずの謎の機械を目視した幽香は、その機能以外を極力削いだ無聊な見目のシルバーが草木を滅して穢れを奪うその様子に眉根を寄せてしまう。

「ええ……やっぱり幽香さんには見えるのですね……文さんも、神奈子様ですらあの機械を見て取ることが出来なかったのに。見えるのは人間だからじゃないとしたら、なら基準は何?」

その一歩後ろに控えた、道先案内ともし彼女が見えない場合の補助のためと付いてきた東風谷早苗は祖父の遺したべっ甲の眼鏡のつるを押さえながら、首を傾げた。
増長止んでからこの方ずっと学びにハマっている、そんな彼女は考察を癖にしていてその分一歩を確かに踏むようになっている。
とはいえ、要らぬ思考は愚であると思う、最強をまだ体感として知らない年下の宇佐見菫子は、アンダーリムのフレームをズラし裸眼で見てもその物体が特に変わらずあることを確認してからお手上げの体でふざけながら言った。

「サナエッチ、もう考えるの無駄無駄。ユウカッチがさいきょーだからってことでいいじゃん」
「そう……なのかしら?」

よく分からなくて、それでいい。そもそも自分を含めこんなにも深秘だらけの幻想郷にて少し重ねた学による比較類推なんかどれだけ役に立つものかと、ロマンを愛する超能力者は考える。
しかし、神々しくも忘却の果てにここにたどり着いた巫女さんの方は、思索を放棄することが出来なかった。

風見幽香は妖怪であり、人でなし。そしてこの機械を見て取れた者はこれまで巫女と魔女と超能力者の人間だけだった。
その上で人寄りの神霊ですら見つけられないならば、幾ら彼女が強かろうと恐らく月にて造られたのだろうこの金属の塊の迷彩を見破るのは難しいだろうに、しかし瞭然に最強の妖怪は無機物を覗く。

「さて」
「あ、幽香さん」

矛盾。そこに作為的な何かがあるのではと疑りだした早苗は、しかし当の幽香がうろうろと辺りの命を毀損して回る機体にそっと近づいたことに思考を中断。
思わずかけた声に心配なんて欠片も篭もらなかった。そして当然至極に最強の彼女は破損ですら美しくなってしまうもの。軽やかに発されたその呟きは、彼女にとっての事実をなぞるばかりだ。

「……絡繰はどうにも華奢ね」

その鈍重に動き回る機械の頂点を指の腹で圧す。ただそれだけでそれは機械として、いや物体として無理なほどの力をかけられた。
しかし少女の加減は十分で、故にその崩壊にはみしりという音もない。それこそ花開くように、銀の蜘蛛のような器物は篭められた絶大な力によって内から破損し煙を上げた。
傍から見ていればそれはただ風見幽香が触れただけで機械が内から壊れたようにすら見え、最強の称号持つこの妖怪の底知れなさに改めて東風谷早苗は驚くのである。

「すごい……流石は幽香さんですね」

一度自動稼働のこの機械を攻撃してみて早苗はまずまずの強度を覚えていたが、それを鎧袖一触。
両手を口元に驚く彼女が暑気を薄い汗ばみばかりで過ごせているのは巫女服の薄さ故か、それとも最盛の夏の暑さを知らない幻想郷の涼しさ故か。
とりあえず、媚びではなく単なる感心に笑みはじめた早苗は先まで山を飛び回っていたとは思えないくらいに涼し気なものだった。

「で……ユウカッチ。コレ何なの?」

反して、無謀にも幽香に引っ付いたまま妖怪の山にやって来たフィールドワークを得意としない現代っ子は、一筋ならぬ汗を垂らしながら首を傾げている。
夢見に幻想郷をよく訪れる彼女も今は慣れたもので、箔付けのつもりに羽織る大げさなマントなんて里に預けて久しければ、はしたなくない程度にシャツのボタンが開いていた。
それでも汗が止まらないのであれば冷房代わりに氷の妖精でも捕まえてくれば良かったかなと、怖い物知らずにも考える彼女に風見幽香は特に考える様子もなくこう返した。

「強いて言うならば、河童の玩具よりは頑丈とは感じたわ」
「脳筋過ぎる……その意見を参考にするのはちょっと難しいんじゃない?」
「ええと……幽香さんはこれまで多くの河童製の機械を破壊してきた経験があるらしいから……それより上の出来だと考えると……やっぱり月人の仕業?」
「そのようね」
「うわあ……ユウカッチったら最早破砕マエストロね。コレは見た目的にも月面探査車とかの逆バージョンなのかな。でも月かあ……いいなー。レイムッチもマリサッチも月旅行楽しんだみたいだし、私も一度行ってみたい!」
「紅魔館でのロケットのお披露目を見た時にはダメだコレ途中で墜ちるって思ったものだけれど……幻想郷も月も分かっていたようで分からないですね」
「ふふ」

少女の会話は月を題材にウサギのように跳ね回る。その横で月なんて夜空を彩る飾り程度としか認識していない幽香は汗一つなく静かに微笑んだ。

改めて、友達が生身で月に行ったなんて奇想天外な話をするそんな中でも不足に憂いてしまう早苗は、外様気分を抱えたままの菫子とは比べ物にならないくらいに、ずっと真面目である。
そうなってしまったのが或いは自身が優しく増長を挫いた結果なのかもしれなければ可愛くもあるが、その身の神々しさを思うに幽香にとって窮屈そうな今が少々可哀想でもあった。
だから、拾った金属片の模様から意味を必死に拾おうとうむむと口走る彼女に、努めずとも優しげなままに彼女は花鳥風月より得たヒントを与える。

「ふふ。早苗。ひょっとすると分からないでいられる間こそ花であるかもしれないわよ? むしろ全てを分かったつもりになってしまった時から理解は遠くなる。いくら手のひらに多く収めようとも落花流水に、終わりはないわ」
「……知恵に安堵はない。つまり……これからも頑張れ……っていうことで合ってますか?」
「そう捉えてしまっても、いいでしょうね」
「そうですね……幽香さん、ありがとうございます!」

起き上がった少女の動きに合わせて翻る、艷やかな長髪。それの黒は幻想の中ではどこか豊かな緑色にすら映りながらぱらぱらと空を梳る。
そして笑顔の早苗は幽香の意味深長な言葉をエールと解して、頭を下げた。その純真さを目に入れながら、コレは決してアレみたいにはなって欲しくないとそっと思ってしまうのである。

『幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ』

しかし、縁はどうしたところで絡んで歪んで時に和をなすもの。時こそ|須臾《理解できない》の積み重ねであるからには、不断なそれのズレにより意見も最強の捻くれた心だって真っ直ぐにも変わりうる。
そう、どこかの境界にて遥か以前の彼女はこうも呟いていたというのに。

【――異物が混入したら、排除しないと】

そして妖怪となった彼女の変貌と同じく幻想郷だって何時かの滅びがあるだろう。
その日に至った時あの子――八雲紫――は一体何を思うのだろうかと、今更ながら幽香もよく考えてしまうのだった。
分かったつもりで、でも分からず屋なのは私と彼女でそっくりだからと心の内で想いを転がしながら。

「ユウカッチー、サナエッチー。貴女達が何か哲学的な話している間に、もう一体変なのが出てきたよー」

だがそんな風によそ事を思っていると、今は騒いで現に戻ることを促す。
甲高い声に応じて風見幽香は、反してあの日から殆ど変わらずしかし好意ばかり長じさせた少女を横目に見る。
実は幻想郷のすべてのきっかけなのかもしれない、秘封倶楽部初代会長は、だが何も知らないままに目に見えるものばかりを指差すのだった。

そしてその先には小型の先の探査機の同類がゆっくりと斜面を歩んでいる。
先まで少し憂鬱な心持ちだった幽香も明確な敵を前に微笑んで、そのいっそ乳液の流れに近いほどに白く美しいその手を向けた。

「ふふ……そうね。この中身は私にも大体分かったことだし……こうしてあげましょうか」
「わ。蔦が伸びて絡まって……えっ?」

幽香がきゅっと手を握ると辺りから草花が伸びて殆ど蔦と化して、機械に集いだす。
たとえそれが命という穢れを終わらせる機能を持っていたとしても及ばぬ早さで、風見幽香の『花を操る程度の能力』は命を補填する。
そして銀色が緑に覆われ排熱の隙間から花に草に命そのものが這い回り出したから、機械もたまらない。地上探査機はしばらくジタバタと暴れるのだった。

「うわあ。蔦が中に入ったせいか変な動きになってきたけど……あ……止まった?」
「こんなものね」

そして、ただの死滅機能ごときが最強の命そのものである風見幽香のタクトから逃れることなど出来やしない。
命に侵され過ぎた機械は瞬く間にオーバーフロー。役目を果たせなくなり棒立ちになったそれに、次は脈動如くに命が吹き込まれていく。
ガチャリ、ガチャリと大げさにその機械だったものは再起動をはじめる。
元妖精、現最強の風見幽香は通りがかりの風に乗せるようにそっと、呟くのだった。

「草花だって木石でもなければ、命のために動くことを識っている。そして伝達が花と同じく管によるものであるならばそれを模造するように操るのも私には不可能ではないわ」
「ええ……それってつまり、花を操る能力を応用して駆動系を乗っ取ったってことですか?」
「その通り。幾ら中枢が秘されていても、末端に進歩が大してなければ私にすら理解は出来てしまう……全く、最適化に結論なんてないというのにただ量産するなんて月人の考えは私の流儀とことごとく反するわね」

その眉を幾らひそめたところで柳眉なのに変わりなく、たとえ怒ろうとも花は可憐。
故に、その自然な怒気は見逃されてもおかしくないものであるかもしれない。だが、その横顔に見惚れるくらいに幽香のことを気に入っている菫子は中身の怒涛を察して問った。

「……ユウカッチ、ひょっとしてこいつらが草花台無しにしてたこと、結構怒ってる?」
「さあね。さて――――あなたは今からあなたが徒に枯らそうとしていたものの、手足となるのよ」

しかし風見幽香は多くを語らず。ただ返事代わりに無聊な銀の塊を動かし、その表を多色の花で美しく飾って見せるのだった。

 

「鈴仙はどこだー!」
「まさかあの子が裏切るなんてねぇ……」

その頃、月の兎の調査部隊であるイーグルラヴィの詰所にて、騒動が勃発していた。
それは、イーグルラヴィの鉄砲玉こと清蘭が地上の浄化作戦と銘打たれた作戦に投入していた地上探査機を詰め込んでいた一角にて見知らぬウサ耳がぴょこぴょこしているのを発見したからだ。
彼女らは休憩中の餅つきをすら中断して、同類の侵入者を探す。

清蘭が杵を持ち上げ威嚇しながら相手を問い詰めたところ、なんと基地に侵入してきた彼女は地上に堕ちた月の兎というある種の有名人。そしてそんな彼女――鈴仙・優曇華院・イナバ――がしていたのは「師匠のお遣い」だと言う。
すわ、スパイの登場だと湧くイーグルラヴィ達。四方八方から弾幕を持って迫った彼女たちだったが、しかし鈴仙は直ぐ様尻尾を巻いて逃げ出したまま雲隠れしてしまっている。

「わー」
「きゃー」
「聞かれてたか……まあ、近頃は命令一つ守れない勝手な兎が多いから、そっちから漏れた可能性もあるけどね、あむ」

きっと侵入者はもう外に逃げているだろうに未だ興奮に無闇に駆け回る平隊員たち。
それらをよそ目に端から弾幕ごっこに参加しなかった鈴瑚ばかりは、もぐもぐとまんまる餅を食みながら情報管理者として落ち着いて考察をしていた。

彼女が開いた小さな口に次々と詰め込まれるは糖質の塊。しかしそればかりしていても肥えない鈴瑚は「団子を食べる程に強くなる程度の能力」なんていうものすら持っているから困りもの。
故に、月の兎にしては群を抜いて強く、また賢しくもある彼女はレイセンレイセンうるさいこの場で一番の長である。そんな彼女は呟きのとおりに秘密裏に行っていたはずの作戦が露呈した大体の理由を察していた。

「まあ、鈴仙もテレパシーを使えないほど退化しちゃいないらしいし、来るかもとは思っていたけれどまさか人間の遣いとして来るとはね……」

鈴瑚の、月の兎はテレパシーを行い互いの考えなどを伝えあえる。交信は頻繁でそれこそ雑談など下らないことにすら平気で使う、現代人でいう携帯電話のような扱い。
ならば、もはや地上の兎に近いとはいえテレパシー能力は健在な鈴仙がその通話を盗み聞きした結果、イーグルラヴィの詰所をいち早く見つけたところで不思議ではなかった。
まあ真実は別で口の軽いやつが作戦を直接に教えたのかもしれないが、どちらにせよ裏切り者が先からずっと地上探査機に何やら細工をしていたのは間違いない。
そういえば先んじて投入した中々帰ってこない一体があったが、ひょっとすると既にそれにだって何らかの工作をされていたのかもしれなかった。鈴仙がその昔優秀だとは、鈴瑚も聞いている。

「もぐ……これは急がないといけないかな」

そして、ついに間食を完食にて終えた鈴瑚は、結論を出す。それは、撤収だ。

そもそも迷彩を施した基地深くまで「妖怪兎」の侵入を許した時点で、探査機の迷彩にて「妖怪」に作戦がバレないようにという月のお偉方の考えは既に崩壊したようなもの。
月人とて妖怪と直ぐに殴り合いはしたくないようだし、イーグルラヴィは一度報告がてら指示を仰ぎに彼らが居る【夢の世界】にでも引き返すべきだ。

そう、鈴仙が元月人らに長い名前を付けられて愛玩されていて妖怪たちとは疎遠であるなんて夢にも思わず、また浄化作戦自体にそう乗り気でない鈴瑚は考えをまとめる。
彼女は手近な兎、何時の間にか木の杵に何らかの血糊を付けていた清蘭を呼んだ。

「清蘭」
「鈴瑚? どうしたの?」
「一旦基地を移動するよ。ここは破棄」
「えー。どうして? 鈴仙さえ見つけて口止めさせれば、作戦は続けられるんじゃない?」
「それはここに潜入するまでに鈴仙が誰にもこの場を口外していなくて、また単独の潜入だったという前提が必要よ。最悪、穢れた地上中の妖怪が敵になっているという想定くらいしたほうがいいかもね」
「鈴瑚は考えすぎな気もするけれど……それに、妖怪なんてそんなに怖いものかしら? 遠くから見たけど、地上人とそんなに変わらないと思えたけどなー」

無鉄砲な鉄砲玉は、後ろ向きな情報管理職の意見を真に受けきれず、そのため撤収判断にも乗り気になれなかった。彼女の目からしたら妖怪の山の存在達は穢れている割には随分と社会的で社交的で、いっそ楽しそうですらあったから。
とはいえ清蘭も血の気が多いとはいえ、一端の調査隊員ではある。妖怪という存在がこの山には多数あって、あれらを自分たちで対処するのは無理でなくても面倒に違いないという理解くらいはあった。
仕方ないなあ、と彼女が帰り支度のためにと後ろに振り向いたその時に。

「あら――それはとんだ勘違いね」
「ひっ」

それは一人彼女の真ん前に立っていて、とても自然に笑っていた。美しい、穏やかな穢の弧線。それに見惚れる心も清蘭には確かにあった。
だが、振り向けば地上の美人なんてそんなことはあまりに、おかしいのだ。
何しろ先までふざけて遊んでいたイーグルラヴィの兎たちの姿一つもない。
また清蘭が振り向く前にはこちらを見ていた鈴瑚が既にこの天女みたいな人を目に入れていないなんてあり得ないけれど、しかし視界の変事に対する何の反応も彼女にはなかった。

つまりこれは突然現れて、そして《《須臾》》にて全てを静かにしたのか。
つうと流れる汗を拭うことすら許されぬ身体の鈍さ。それが恐ろしさだと気づいてしまっては、もう清蘭もダメだった。
そして、当然のように彼女、風見幽香はこう語る。

「妖怪は、怖いものよ?」

悲鳴を出せずに飲み込めば、心を痛いくらいに縮めてしまうもの。そんなことを、怖い物知らずの筈だった清蘭ははじめて知る。
能力を使うことすら出来ずに、彼女は棒立ち。そして、風見幽香が優しくその手を伸ばすその前に。

「降参だ。清蘭には手を出さないでくれ。そのためなら、情報提供だって惜しまない」
「鈴瑚……」

鈴瑚は硬直からいち早く覚悟にて抜け出し、深く頭を下げる。
それは問題となった軽口を吐いた清蘭の上長であるからという以上に、友達を失いたくないという一心から来たもの。
それくらいに瞬時に出現した風見幽香はあまりに恐ろしげであったし、まさか彼女が優しくしてみようとしているとはまた夢にも思えない鈴瑚は、だから彼女が彼女に向けた指先を勘違いして。

「あら、残念ね」

故に、震える清蘭の眦の涙を拭ってあげようとしていた、幽香の優しさはあぶくのように消えてなかったことになるのだった。

 


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