生きている限り、いずれは死にます。
それはある程歳を重ねるだけ痛いくらいに理解できてしまうものですね。
親族縁戚の葬儀のような私事でなくても、親が見るニュースに大きなテキストで殺人事件が流れることはよくあって、幼少から歩けば路に動物の骸を見つけるのだってままありました。
ましてや私の生まれたこの「錆色の~」シリーズ世界は、怪人なんていう危険な存在が跋扈していることもあり、過ぎ行く日々に命閉ざす不運を想像しないことはありませんでしたね。
とはいえ、怪人の生成頻度自体は、私が善人に悪いことだけじゃなくてゲームするのも楽しいですよと教えたところ、大分落ち着いたのですが。
しかし、万民に対する悪なんて大層なものの敵対がなくても、第一私なんて無能もいいところ。
『わあ。どきどきが止まりましたー』
『ええっ!?』
とある日なんて特に何の理由もなく、一度心臓の動かし方がよく分かんなくなって、三途の川の手前までいったことすらありました。
何とか心臓の筋肉って不随意筋で自力で動かすものではないことを思い出して、知らず《《入ってしまっていた》》マニュアルを切りオートにすることで事なきを得ましたが、いやあの時は偶々近くに居た恵に随分と心配させてしまいましたね。
それは去年の春頃にあった、死後に物語の中を生きる不可思議存在な私でも生きようとしなければ死ねちゃうんだと理解できたそんな事件。
それ以降、でしょうかね。いっとき恵が凄く私に付きまとうようになったのです。
まあ、あの子は設計通りのある種の不死身。放っておいただけで死にかけた弱々な私を見て、守護らなきゃとでも思っちゃったのかもしれません。
とはいえ、四六時中ってのはよくないですね。悪がやることないっていうのはいいことかもしれないのですが、私なんかのために徒に恵個人の時間が削られちゃうのはダメですよ。
だから私は、しばらくフルオートな心臓も元気な私を心配そうに見つめる目を見つける作業に追われるのでした。
「むむっ、また恵見てますねー!」
「ほほ……お嬢ちゃん、僕は恵じゃなくて啓という名前じゃよ?」
「読み両方【けい】ですー! 一人称も変わってないですし、幾らお爺さんバージョンの身体を使おうとも、バレバレですよ!」
「くっ、こういう時吉見に理解されちゃっているのが煩わしいな……っ!」
「わ。恵ったらさっきまで杖ついて背中曲げてたのに、バレたらすぐアスリート真っ青な短距離走スタイルで駆け抜けていっちゃいましたー。完全にマッハお爺さんですー」
私を見つめる老若男女。バラエティーには大変富んでいて普通ならそこから同一性を拾い上げるのは難しいかもしれませんね。
ですが、その全ての容姿がまるっと頭に入っている私には、お爺さんな恵だって一目瞭然なのでした。
風になって遠ざかる小柄な背中にばいばいしてから、私は困ります。いや、これ追い返しただけだから多分また来るよなあと。
「やれ……王冠など本来、痛めば気軽にすげ替えて一番問題ないものなのですがね」
私は思わず、そんな呟きをしてしまいます。どうも恵は執着しているようですが私なんて、象徴として何時か外されるためにあるものでしかないのですがね。
まあ、私を冠としてその足元にてわちゃわちゃしている四天王の子達と仲良くするのは楽しいのですが。
とはいえ、そのためにあの子達を私に縛り付けるなんてしたくはないのですね。というか、何時かストーカーとして捕まる恵を私は見たくないです。
「むむむ……しかし無能な私で四天王の恵をどうにか出来るとも思えませんね……」
しかし、こういう時に私の無能が邪魔するのでした。
原作知識焼き付いた頭以外にろくに利かないこの身体。たとえ恵を見つけられても先みたいに逃げられるだけ。ならば、どうするのか。
「分かんないです!」
「うおっ……吉見?」
そう。私一人じゃ無理なようだったのでした。
唐突に叫んだ私は隣を通りすがった、同じく登校途中の宗二君を驚かします。
相変わらず櫛要らずに自由に纏まった彼の毛先がツンツンと主人公ヘアを演出していますね。
私はその下のイケメン面よりも、自由にも空を目指す彼の髪型に少し見惚れてから朝の挨拶をするのでした。
「あ、おはようございます宗二君!」
「おう、おはよう。でも吉見が分からないって……全知なのに、どういうことだ?」
「あ。そういえば私ってそうでした」
「吉見?」
心配そうに見つめてくる宗二君を見て、ようやく私は自称全知無能だったことを思い出します。
いやまあこれでも前世での杵柄から学校のテストとか保健のもの以外は満点取ってますし、私は無表情のクールビューティなこともあって、さも分かっているような顔をするのはお得意でした。
その上で気象はランダム性が高すぎて知に至らないとかてきとうなことを口にして、地震予報も出来ない雑魚雑魚知識を誤魔化してまでいるのですね。
それでいて、原作知識から勘所は押さえて予期しているのでまあピュアな主人公さん辺りは完全に私が全知だと信じ切っているのです。
実際は先程みたいにアドリブ利かない無能さんでしかないのですが。むしろ機転とかそういうのは、主人公さん側の専売特許で。
「あっ、そうです!」
「今度はなんだ吉見……と」
その太めの腕をがっしり逃さないよう掴みます。まあ、私がそうするためには抱きつくようにしなければならないのが難ですが、まあ仕方ありませんね。
取り敢えず私は私だけじゃ恵を助けられないなら、正義の力だって借りてみようと悪辣にも全身で彼を捕まえて。
「つきあってください!」
「はぁ!?」
私は端的に請願したのですが、しかしそれに返ってきたのは頭の上あたりから響いてきた困惑気味な声色が一つ。
「海山宗二っ……!」
そして、私には届かない位置にて恵(幼女バージョンだったらしいです)は勘違いしてぎりりと奥歯を怒りに軋ませていたみたいでした。
文殊の知恵という言葉があります。私ははじめて聞いた時、もんじゃの知恵ってなんとも美味しそうな二つ名を持つ知恵さんが居るのだなあと思ったものですが、そうじゃなかったのでした。
もんじゃ焼きじゃなくて、文殊でしたね。要は文殊の知恵って、なんだか文殊菩薩っていう仏様系の賢い方にすら三人くらい集まれば及ぶんじゃないかな、みたいな意味らしいです。
つまり、私みたいな無能一人がいくら考えても無駄無駄ってことですね。ちなみに私はジ●ジョでは初代の人が一番好きです。
「ということで、今日は学友のお二方に集まってもらいました!」
「相変わらず吉見は唐突過ぎて汀様でもどういうことなのか分からないぞ……」
「あはは……まあ、俺も急に付き合って欲しいって言われたから驚いたな」
「賢い汀様には分かるぞ……それは、話し合いに付き合って欲しいという意味だろう? 吉見は全知故かアホ故か言葉足らずな時があるからな……」
「はぁ……当たりだよ。それにしても、全知とアホが一人の中で並ぶって凄まじい話だよな」
「だなぁ……汀様は吉見が善性のもので助かったと思うぞ」
「? どうかしました?」
「いや、吉見は全知で凄いなって」
「思わず話題にしちゃいました? えへへ。私ったら相当な知的さんですからね!」
「……知的、か……」
「汀様も吉見に試験で勝てた試しがないし、実際その筈なんだが……吉見。何か怖い目にあったら汀様を直ぐ呼ぶんだぞ?」
「俺も及ばずながら助けにはなるつもりだ」
「何故か同級生二人に保護者面されてます! いや、申し出事態は私無能なので助かりますがー」
さて。そんな取り敢えず折れない絆の三本の矢的に一緒に手伝ってもらうなら、なるべく肉体的にも頑丈な方が良いだろうと選抜した宗二君と汀の二人ですが、しかしどうにも彼らは気がそぞろ。
何だかよそ見してたら会話してました。そして出た結論が恵と同じく私の保護というのだからよく分かりませんね。
もっとも彼らは原作では前日譚の一時とはいえ恋人同士になっていた程の相性良しさんたち。会話が私には不明な符丁じみているのも仕方ないですが。
まあ何時もは仲良しこよしをして下さっているのは有り難いのですが、今日ばかりは私をそこに入れてくれないのは困ります。
何故か頭を撫でてきた上背ある鬼をしっしと手で払ってから、私は本題に入るのでした。放課後の教室に、思ったより高い声が大きく響いていきます。
「それで、ですね……端的に言えばあなた達二人に相談したいのです!」
「それは何だ? わざわざ俺達を選んだということは……穏やかじゃない理由でもあるのか?」
「んー? 恵は基本穏やかないい子ですよ?」
私は宗二君の疑問に首を傾げます。
穏やかじゃないなんてとんでもないですよ。恵はとても賢く自分を律せる、でもだからこそ私はこうして心配になっちゃうのですね。
またこの二人をもんじゃ、じゅな知恵仲間に選んだ理由は、私の知るこの世でも頑丈な人上位二名がこの二人だってだけですし。
疑問に疑問が重なり場がはてなマークで埋まりだしたその時。汀が物理的にも重いかもしれないその口を開きました。
「ケイ? 汀様はそいつのことを寡聞にして知らないが……それが何か悪さしてるのか?」
「うーん……恵は悪さしない子とは決して言えないのですが……今回は、私の心配をしてくれているのですよね」
「それは……いいことじゃないのか?」
「恵が心配だからって四六時中私に付きまとおうとしていると知っても、そう言えますか?」
「それは……」
「過保護なやつだな……」
原作最強クラスの二人にもようやく私の苦悩に理解が及んだようで、困った表情を各々浮かべだします。
汀が思わずという風に発した言葉には特に頷けますね。
恵ったら過保護ですよね、本当に。何時もはコストがどうのって、頻繁に身体を替えるの渋る癖してこうも出し惜しみなく。
やれ、と思った私はついついその次に口を滑らします。
「そうですよねえ。私が一度鼓動のさせ方をうっかり忘れちゃっただけで大げさです!」
「そこのところ詳しく」
そうして、すってんころりん。
しばらく私は仔細を尋ねる二人に、もう生きるの忘れんなと絞られてしまうのでした。
さて。
学校の先生が見回りに来たタイミングで外に出た私達を斜光が覆うようになりました。
紅の横にこんなに暗がりが増えると、流石の私でも隠密特異な恵を見つけるのは骨ですね。
でも多分居てみてくれるのだろうな、というのは頭のアンテナ的ヘアを不思議そうに撫でる宗二君を見ながら何となく理解できました。
どうしようかなあと思う私に、特に敵の動きとか気にしない最強無比の鬼である楠山汀は振り返りもせず先でこう呟きました。
「まあ今吉見が大丈夫ならいいが……大凡そいつにはショックだったと見えるな」
「そうだよな……何かその恵って人が安心できるようになればいいが」
ショック。なるほど確かに私を支えにしているようだった恵からすると、あの幽明境をふらふらした一見はそう感じられたのかもしれませんね。
またろくに本体というものを持てない彼に安心というものは縁遠いものだからこそ、何時かはさせてあげたい。
私はしばらく考えて。
「そうです!」
そして、こんなの考えるまでもないことだと気づけました。
優しい強い人達の目が、四つ私に向きます。いや、それは果たして六つだったのかもしれませんね。
取り敢えず私はえいえいおーとしてから。
「私が心配させたのですから、恵を安心させるのも私の役目ですねっ!」
そう叫んで、冠としての責任を取るために動き出すのでした。
「へぶっ!」
「吉見……」
「なんのその。行きますよー!」
そして、駆け出した後にべしゃんと倒れた私。
そこに要らぬ助けの手は挟まれることもなく、ただ不安に揺れる声は再び立ち上がって駆けていく私の耳朶に通うことはないのでした。
『にい、さん?』
富士見恵には、その昔富士見守という兄が設定されていた。
しかし、それはもうない。誰かの苦しみでしか幸せになれなかった当時の善人が、戯れにそのエクサバイトほどあるデータをデリートしたからだ。
魂魄分配装置。富士見シリーズの存在の根幹であるメカニカルな片方を物理的になかったことにした上水善人は、糸の切れた凧のように崩れ落ちた兄の義体を前に慌てる妹に対してこう言った。
『お前に兄は、なかった。端からな』
『そん、な……』
『プロトタイプと子機。そんな関係性を兄妹と喩えたバカどものせいで、要らぬ混乱が起きたな。オレが今行ったのは、必要外の部分ばかり育った旧作を没にしたばかりだ』
『そんな……兄さんは、とても優しくて……僕なんかよりよっぽど……』
『ふん。それが余計極まりない。結局オレを上回れないならば、どんな|機能《実力》も物足りないノイズだ。なら、オレに足りない潜入機能に特化したお前のほうが余程使いやすし効率的だと判断した。それに、道具に優しさなど論外だ』
『ああ……っ!』
驚く恵に告げられるのは、ただの事実の羅列。
それには情も何も挟まれる余地もなく、むしろ恵の苦しみをこそ善人は喜ぶのだった。
苦しめ。当時の男の中にはそればかりでそれに尽きていて、終わっていた。
誰より世界に愛されているのに、己以外の誰も愛せない。そんな最悪こそが善人である。
何の動きも信号の走りもなくなった兄にすがれなくなった妹は、そんな生みの親が恐ろしくて、こう問った。
『僕を、どうするの?』
『ん? お前は、永遠だ。廃棄の予定はない』
『そんな……僕を兄さんのない世界で生きろってのっ!?』
暗澹に生きる目の前の存在と違い、人には光がある。
そして当然ただの端末をインプラントした培養体を遠隔で動かす能力を持っただけの人工知能の究極にだって、求め続けるものはあったのだ。
だが、今はもうない。あの優しい手のひらはもう、何処にもあり得ずに。なら生きている意味などないのだけれども。
『ああ。自死は貴様の機能として存在しない。そもそもオレを前に――――不死身如きが否とは言えないだろう?』
『っ』
しかし模擬の命はその総てを握られていた。
生きたくなくても、生きる。その辛さをこそ理解しているから、だからこそ善人は存分にそれを喰らえと告げるのだ。
そして、命令が入力されたらそれ以外を動けないのがロジックの定め。まるで束縛のように、善人が去り際に吐いた言葉は恵の脳裏にこびり付くのだった。
『恐れに生きろ。なあに……お前は、お前だけは永遠だ』
ブリキの如くにぎこちなく、彼女はその言葉を繰り返す。
『僕は、永遠だ』
それは主命だ。間違えられない。だから、痛くとも悲しくとも虚しくとも、続ける。
機械の心のギアに血が巻き込まれて軋んだところで意味はなく。
たとえ壊れていようが永遠に地獄は続いていくなら。
『……永遠なん、だよね?』
無貌の自分に誰が、アイアムアイを教えてくれる。
ああ、何時も連続性を保証してくれた優しい無骨なあの兄はもうない。
ならば、本当は僕なんて永遠に死に続けているだけなのではないかと思い込みたかった恵はだからこそ。
『あなたがあなたを見失っても、私があなたを見つけてあげますから』
そんな、何も知らないで言った筈の全知無能の言葉を、きっと永遠に忘れることは出来ないのだろう。
そして、だからこそ同じ永遠を伴に出来ない大好きな川島吉見が死にかけたことを、彼女は誰よりも気にした。
『わあ。どきどきが止まりましたー』
『ええっ!?』
不随意運動を忘れるなんて、真にありえない。
恵には、それがまるで吉見が生きるのを無理にし続けているからだと、何となく察していた。
『大丈夫ですよ!』
そして、無理は効き続けられるものではない。何時か吉見も失われるものだとは理解してたが、それはひょっとしたらずっと早くて。
そんな少女の強がりは、恵の不安を拭うには至らなかったが。
「恵!」
「っ」
しかし、何時か献身に報いが追いつくことだってある。
あれほど恐ろしかった上水善人ですら全知無能の前にひれ伏して、そして吉見は何者でもない恵だって愛してくれた。
そして、不格好なでも必死な彼女のかけっこから逃げられずに、少年の姿をした彼女は。
「捕まえました」
「ああ……捕まっちゃった、ね」
生きる力がろくにないからこそ酷く優しい、彼女の羨ましかったその抱擁を受ける。
恵は黙し、吉見はこう告げた。
「私は大丈夫ですよ。でも、もし大丈夫じゃなくなっちゃったら」
「僕は……忘れない」
「ええ。それは嬉しいですね。でも、それだけじゃ悲しいかもですから」
そして離れて何やらゴソゴソ。それが吉見がスクールバッグを漁る音だと気づいた恵だが、呆気にとられた彼女はだからそれが信じられなかった。
「はいっ!」
「これって……」
それは、鈎によって結ばれ形になったばかりの毛糸の塊。
歪に過ぎるそれには修正の跡が多々見てとれたが、しかしその拙い出来が確りと用途に合った形状となっているのは最早奇跡。
自他ともに認める無能は、隈を付けた無表情を笑みのように歪めて、こう告げるのだった。
「マフラーです! 大事にしてください!」
「ありがと……う」
歪む、視界。それが落涙によるものだと中々気づけなかったのは、はじめての経験だったからか。
そうか僕は兄さんの死にも泣かなかったのだったな、と自分の人でなしの部分を思い出し、でも。
「恵!」
「っと」
そんな後悔は残念ながら今を生きる役に立ちはしない。
壊れ物の体当たりをこわごわ受け止めた恵は、その耳元で。
「……忘れさせませんよ、絶対」
そんな思いっきりの愛を、囁かれた。
「なら僕は……永遠に、幸せだ」
幸せな物語の終わりばかりを願ってやまない悪の首領。
ひょっとしたら連続性を思うに生きる限り死に続けているのかもしれない恵は、でも彼女のために永遠を続けることを定め直すのだった。
「良かったです!」
はにかむような、柔らかな笑みは。恵のとても大事なところに記録される。
ああ兄さんも彼女も。僕の記憶が決して、亡くさない。


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