第二十七話 絶対無敵

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

作者がこだわってミスリードよりも分かりやすさを大事にしていたのか「錆色の~」シリーズに仮面キャラは存在しませんでした。
それは外伝などでも同じであれば、つまり私はこんなお顔を隠したお姉さんを知りません。
予定調和に唐突に現れた、不明。ちょっとびっくりしてお目々ぱっちりさせる私を前に、彼女(身体のラインは私の直滑降と違いかなりなだらかです)は顎らしき部分に手を当て、考えをそのまま口にしてくれます。

「ふむ。腑に落ちない表情ですね。この《《ぷにーず》》とやらは、本来貴女方が相手すべきものなのだったのもしれませんが……労苦というものはなるべくコンパクトに出来なければ他人任せにするのが一番楽。故に、少しは肩代わりした私を前にそんなに強張る必要はないと思いますが」

白の中心に黒ドット一つ。それを仮面上に表すとこのようになるのだなと、納得な出来のものを被りながら明瞭にその方は私達にそう問いかけます。
鼻のてっぺんが表れることもないような余裕のある丸い作りの仮面ですね。だから苦しくもなく籠もるような声でもないのかなと思いますが、さて私はどこかでこの声を聞いたことがありました。

というか、凄く綺麗でいいですねこのお姉さんのお声。なんか聞いていると眠くなってしまうくらいに《《安心できる》》ような。

もはや潰れたぷにーずの粘液でびちゃびちゃなイザナミ本拠地。明らかに警戒する二人を他所にあたしが不明な相手によく分からずとも気を抜いていると、年長でこの場の責任者でもある東輝さんはこう返します。

「いや。唐突に責任を持っていかれたら、責任感が少しでもあんなら嫌がるのも当然だろうが。つーか、おめえみてえな顔も見せずに力だけ示すヤカラの仕事なんて信用できるもんかっての。……顔だけじゃなく何を隠してる?」
「なるほどそういうことでしたか。ならば、故有って身分明かせない私が不信を嫌がることなど傲慢でしたね。そして隠している……ふむ。そんなものは沢山ありますが……」

確り過ぎるくらいにお前なんて信用に値しないよという言葉に応答してくれてから考えてくれる、お姉さん。
顔面はちょっと伺えないですが、なんだか私にはいい人に見えますね。

「あ、お姉さん……」
「ふうむ」
「……おや?」

彼女が少し身を動かしたことで、ぷにーずの粘度強めな液が彼女の足を取ろうとします。
私が転んでしまうかもと注意しようとしたら、粘液は障らない範囲でどうしてかぷつりと切れました。
それに、私は強いデジャブを覚えます。なんというか、こういう存在、というかこういうアンタッチャブルな理屈を知っていたような。
考えながらもしかし何も気にしていない様子の彼女に向けて、何を感じたのか怯えた様子の玲奈さんはこう問います。

「……お姉さん、強いの?」
「そうですね。強度は普通程度ですが、絶対的な無敵でもありますね」
「はぁ? 気配からして、ただもんだが?」
「そうですね。《《全体》》の普遍を外れないような規定を踏み続けて生きてはいるので通常手順では私の無敵は判別不能でしょう」
「いやいや、どういうことだよ……つまりテメエはおいらでも分からないレベルの存在ってことか?」
「なんだか……怖い」
「あれ?」

私が黙っている間に既視感はなお募りました。
よく分かりにくいですがお姉さんは強いかどうかは、普通と答えたようです。そしてその上で無敵なのだと。
いや、普通が無敵と一人の中で並ぶことなんて本来ありえないですが、しかしこの世はフィクション。
そして無理な設定に道理が引っ込むのも、物語上ではよくあることで。

「あっ……!」

ここまで来ると、流石に私も感づくことがありました。いや、どうして私今まで気づいていなかったのでしょうね。
まあ顔にいち枚被せただけで人ってこんなに分かりづらくなるとはとても勉強になりましたが、それにしたって《《最推し》》を見逃すなんて私らしくもない。
気づけば途端に嬉しくなってしまい、私は大喜びで彼女の名前を辺りにネタバレするのでした。

「山田静さんです、このヒト!」

そう、三千世界に普遍的に定義されてしまったが故に《《絶対無敵》》と化してしまったこの世のバグ。
どうしてヒロインじゃないのこのヒトと前世の嘆きが今の私からも溢れ出す程の、良キャラであり私の《《トレース元》》。
これまで探してもどこにもいないの悲しんでいたのに、今ここで出てきてくれるとは。

「わーい! 彼女なら皆さんも御存知ですよねー。不審者じゃ全然なかったです!」

善悪で不安定なところはあろうとも、それでも肝心な時に善人を裏切ってくれた悪の人。はい、本来の善人の理解者にして格好いいイザナミのスパイさんですね。
その上で私は拾った宝くじが大当たりだったかのように大喜びするのですが、しかし。

「……山田さん?」
「いや、誰だよソイツ……」
「え?」

しかし、反応は芳しくありません。これはおかしなことですね。
本来ならお名前くらいはお二方共知っている筈なのです。何せ静さんは、原作だと図書館に唯一出入りしていた人でありその上東輝さんにはスパイと教えてイザナミの一員としてテュポエウスにて活動していた。

そんなこんなの一つすら、この二次創作な世界には果たしてなかったのでしょうか。
私は彼女の真似をするつもりというか、居ない隙間を少しでも埋めるために頑張っていたので確かにテュポエウス側に痕跡なしは不思議に思っていたのですがそもそもイザナミ側とも接触がなかったとは。
首を傾げる私に、仮面越しから強い視線。山田静さんで間違いないはずの彼女は考察を続けるのでした。

「ふむ……決定的一言の前から察していたように声のみでも判別可能……なるほどテキスト由来の知識ばかりという訳ではなさそうで面白いですね」
「テキスト……」
「何いってんだこの仮面ヤロー」
「だから、ヤローじゃないですよ。山田静さんです!」
「いや、だから知らないんだってそんな奴……」

悩める皆の中で私だけが合点をいかせているのは、何時もと反対で逆に不思議です。
なんたってこのヒト、あの山田静さんです。
楠の鬼とか最高段に至った善人とか、そんな世界何回滅ぼせちゃうんだい、なものですら彼女にとっては無害という、無敵設定。
それを本来ならば殆ど隠さず、だからこそ重宝されて読者的には静さんが席置いてたほうが天下取るよねな感じだったのに。

あまりの静さんの無名さに今度は私が首を傾げて光を黒髪で梳いてしまうのですが、顔を上げた彼女は徐ろに仮面を持ち上げるようにパカと外してその麗しき顔面を晒しながらこう答え合わせ。

「そうですね、私は山田静で正解ですよ。再編者ちゃん」
「おおっ! 私……ず……」
「ず?」

顕になったのは、一度目にしたら誰もが息を呑む彼女のあまりの整いぶり。
実際に初めて拝見した世界の中心に座して当然なその美貌。私は感動に打ち震えます。
ついつい上ずる声。思いを伝えあぐねる私を目を細めて見つめるやっぱり心優しい静さんに、私はこう伝えるのです。

「ずっとファンでした!」
「あら?」

そう、私はただの彼女のファンです。
正直に言えば、私が髪伸ばしてるところとか彼女に憧れてのところも大きいですし、これまで首領頑張れてたのも不在の彼女の代わりになれたらなあと思ってのことでして。
敬語が癖になったのだって静さんだったらこう言うかなあとかずっと考えてたらそうなっただけなのです。
読者様には読み辛かったら非常に申し訳ございませんが、しかしかっ●えびせんだけじゃなく敬愛だって止められない止められないところがありました。
恐縮して頬を染める私に、本当に想定外だったのか彼女は素で驚き、また顎に手を当てだします。

「これは意外や意外。なんと矢印は結局私に収束してしまうじゃないですか……面倒ですね」
「静さん?」

私が敬愛の告白をしていると、何故か途端に静さんのお顔の雲行きが怪しくなりました。
整いが群を抜いているというか追随を許さない類の彼女が嫌な表情をするとこっちもなんだか悲しくなってきますね。
私がどうにか彼女の覚えているだろう不快感を何とかしたいと手を伸ばしたその時。

「ねえ、こうなると私を悪者にだけしづらくて困るでしょう? ……上水善人」
「――――その通りだ」
「わっ、善人?」

当たり前のように私の影から善人が顕れました。
いや、こんな序盤に無敵キャラの後にラスボスの登場とか順序もへったくれもないなあと思いますが、しかし出てきてしまったものは仕方がない。
さて、私がどう扉の向こうにこの無駄に強くて悪い私の部下を追い返そうかと考えはじめたところ。

「上水善人っ! ここで会ったが百年目っ、無辜の市民の、そして彼奴等の敵を!」
「きゃ……」
「わわっ、東輝さんっ。《《それ》》を使うのは時期尚早と言うか、普通の善人には無駄というか……」
「頭でっかちは黙ってろっ! 己が死ぬ時期なんて悠長に選んでられるかっ!」
「ひぇっ……ごめんなさいー」

善人を目撃した東輝さんの激怒が凄まじく、それどころではありませんでした。
いや、前まで警官より誰よりお巡りさんをしていた彼です。そんな人が改造人間により不幸を撒き散らす存在を許しはしないのは間違いなく、実際彼が警らしして守ろうとしていた人も既に何人かいないのでしょう。

思わず胸がぎゅっと痛む私。眼前の強面のあまりの剣幕に、しかし私は退けません。
それは、東輝さんがその《《パンチ》》を使ってしまえば彼が役目を終えてしまうからです。
そして、それ以上に命懸けを無駄打ちなんてさせたくなく。私はどう説得すればいいか退かずに謝りながら悩んでいると。

「はぁ……外野は黙れ」
「っ!」
「う……」

圧。
私以外の存在に対する平服命令。
善人の特権のごく一部が行使され、東輝さんに玲奈さんはひれ伏してしまいます。

「もうっ、善人っ……」

お陰様で、東輝さんはもうしばらく永らえそうです。
ですが、いかにも乱暴過ぎるやり方ではと文句をつけようとした私。
それを遮るかのように善人は真っ直ぐ静さんを睨みつけながらこう啖呵を切るのでした。

「その気になれば直ぐに潰せるイザナミなんてどうでもいい……狙いは貴様だ……Xの次の変数Y……山田静っ!」
「ふむ。ここの貴方もそのくらいは把握しているのですね……おや」

以降の一部文章は、事態が終わってから再編纂したものとなります。
何せ、彼ら強いだけでなく速いですからね。びゅんびゅんとするのに目があっち行ったり来たりして、それで最後にああこんなことがあったんだと理解できればまだいいものです。

一瞬で殺されても仕方ない。そんなものを四天王として私はこれまで仲良くしているのでした。

取り敢えず、私がまず感知したのは影。
つまりそれは空が陰ったということであり、その下手人はなんと大空全てを魔法を用いて重しとしていて。

「えーいっ! お空のグラビティっ」

そう、私のお隣さん魔法少女たる埼東ゆきちゃんが、静さんに持ち前の魔法で制圧を仕掛けたのですね。
具体的には魔法により青空全ての重さをいただいた上でのハンマー攻撃。とても想像できないくらいの大空の価値をすら重力に換えたゆきちゃんの渾身の一撃は。

「ふむ。手も足も出ないほど端から圧すのは闘争の初期手順として問題ないですが、しかしこの程度で無敵を留めるなどとてもとても……」
「わわっ! 本当に凄いこのヒトっ! 直に触れもせずにわたしのハンマーを退かした!」
「ええ。無敵でして」

しかし、通用するはずもありませんよね。
無敵とは伊達ではない。具体的には、静さんには加算も減算も通じません。
無関係の論外。それが訳知り顔でやって来るのは確かに敵としては怖いのかもしれませんね。
ハンマーをそっと退かしてからそっと善人へと目をやる静さん。無法な力を見せられたはずの彼は、しかし冷静にも彼女にいつの間にか手を向けていました。

「想定内だ」
「ふむ? 私にロックをかけましたか」

そして、静さんに掛けられたのは黒い錠前。
神域の特権、禁断の生成。それによりなかったことにならないのは、明らかに静さんの無敵が働いているからでしょう。
しかし、自力の無効化にも善人の強張った表情は変わりません。

「ならばこれもロクに時間稼ぎにはならんだろうが……」
「そうですね。無為です」

ぱきり、と善人の持つ|唯一の鍵《マスターキー》すらなしに、身動ぎ一つで拘束を割る静さん。
下らない抵抗だと一度目を瞑った彼女に、善人は。

「今だアリス! 《《堕とせ》》っ!」
「飛んでっテ下サイっ!」

静さんの影に創った扉から、アリスを《《取り出し》》て行使するのです。
間近で行使される昇降。物理的でないそれを味わってしまえば、流石に静さんとてこの場には居られないはずですが。

「避けたか……」

しかし、無敵なほど自由であれば落とし穴を避けるくらい不可能ではありません。
足に空いた孔を、代わりに空を踏むことで堪えて逃げます。
そして静さんは明らかに自らをチェックするためだったろう駒に対してこう述べるのでした。

「《《位階変動法》》ですか……それは喰らいたくはありませんので、少し抵抗しますね?」
「ひエーっ!」

伸ばされたは、右手。無敵のその手にかかれば、何もかもが《《関われなく》》なります。
それこそ、先まで静さんが被っていた黒点、ドット、並列の先。
インサートにより別モノから関わられてしまえば上書きされるのが文章上の理屈。
間近のアリスはそれによりなかったことにされそうでしたが。

「させんよ」

あわや、というところで鬼さんこちら。
そこそこのサイズの角を持った彼は、明らかに巨きな力を持ち合わせているようで、下手をしたら文章が書かれた紙面すら歪めかねません。
Yと同等のXの出現に流石の静さんを眉根を寄せますが。

「ほう? 鬼まで出てきましたか……どうも再編者ちゃんは万象から愛されているようで……いや? 貴方偽物ですね?」
「はぁ……僕のとっておきも脅しにならないか……流石は最も全知全能に近い普通の人間だね」
「ふふ。その異名は流石に買いかぶり過ぎです」

結局、それは誰だったかと言われれば、私のよく知る恵の別姿。
奥の手をこんなに早々と晒してしまった彼。そこでようやく目まぐるしく映る戦況の前に落ち着けた私はこう喋りだします。

「ありゃりゃ、恵。ここでそのお姿お披露目ですか……色々とまさかが続きますねー」
「ん。やっぱり、吉見には分かっちゃうか」
「ですねー……ううん……」

改めて辺りを見回してみれば、ぷにーずでべちゃべちゃの辺りに、ひれ伏し続ける東輝さんと玲奈さん。
そして起きているのは勢揃いした四天王と静さん、そして無能な私。
全員無傷でまあ、取り返しのつかないことにはなっていないと理解した私は、静さんに向き直ってから。

「――――申し訳ないのですが、後で正式にこの子たちのオイタの謝罪をしますので、今はお帰りくださりませんか?」

上位者として、ぺこり。
平身低頭な私に何故か悲鳴のようなものを飲み込んだような声が聞こえましたがそんなことはどうでもいいのですね。
取り敢えず今は、何より《《誰も勝てない》》このヒトに見逃してもらうのが先決なのですから。

「そうですね……山田静としては可能なら敵性存在は今のうちに除きたいところですが……貴方のペンフレンドであるサイレントとして、ここは大人し退くことにしましょうか。よしみちゃん、今度は邪魔のない時に逢いましょう」

ぎり、という歯が心配になっちゃうような音は善人からですかね。
まあ、彼女がそのまま当たり前のようにその場から立ち消えたのは、むしろ有り難いことです。

「ふぅ……私ったら、知らず静さんとずっと交流してたのですね……」

そして、はじめて自分以外からされたネタバレに、むしろない胸を撫で下ろせたのは我が身の無能故のことだったのでしょうか。


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