私の全て

博麗咲夜、十六夜霊夢

紅魔館には、小悪魔が居る。
それは俗に言う「小悪魔的存在」ではなく本物の悪魔のリトルバージョン。
彼女は悪魔らしくたちの悪い不条理であり、大体において聖なるものを犯したがるなんて癖を持つのがまたどうしようもない。
よく絡まれる霊夢は普通にカミサマ的なモノに罰されてしまえばいいのにと思っているが、しかし最低でもこの吸血鬼の館に神などいないようで、今日も元気にちょっかいをかけてくるのだった。

霊夢がぱたぱた落とした埃の中を突貫。
きらきらと汚れで輝く悪魔は頭にも付いた羽根を今日も元気にぱたぱたさせる。

「霊夢さん、霊夢さん、面白いもの見つけましたよ!」
「……何よ小悪魔、急に」
「ほら、エロ本です! いやー、随分淫猥な言葉を囁く本だと思えばまさかまさか。パチュリー様の秘蔵品なのですかねー?」
「はぁ……そんなに本をかっぴらいて見せつけてるってことはそれを弾幕の的にして下さいってことね? はい」
「うわー! 霊弾でお宝に大穴が! ついでに私の胴もすっからかんになっちゃいましたー!」
「ふぅ。これで少し世の中が綺麗になったわね」

珍しくメイドとして清掃に気合を入れていた霊夢は、適当に纏めて雑に放った霊弾にていっぱいの肌色が目に毒な本とそれ以上に毒性の強い小悪魔の腹部を吹き飛ばし、満足。
ホワイトブリムを揺らし、驚いている小悪魔を他所に次のゴミを探さんと図書館内の散策を続けようとした。

「もうっ、霊夢さん! いけませんよっ」
「はぁ……小悪魔。しつこいわね。次は顔面に弾幕を受けたいの?」
「そーじゃありません! いえ、霊夢さんの神秘的で刺激的な霊力を受けて消滅チキンレースをするのは中々魅力的なお誘いですが、取り敢えず今回間違っているのは霊夢さんです!」
「へぇ?」

しかし、それを受けて、他人の仕事の邪魔をすることこそを楽しみとしている小悪魔は先まで空いていたはずの胴をしゅるしゅると衣服ごともとに戻したうえでぷんぷんである。
霊夢もコイツ殺すまでボコボコにするの面倒くさそうねと思いながら、剣幕と言うにはユーモラスだが怒りの態度に話を聞く気になった。
小悪魔はまず片手でエロ本だったものを青い炎にて消失させてから、ダメな生徒に教えるかのように反対の指を立ててこう続ける。

「霊夢さん。確かに百歩譲って私というリトルデーモンはばっちいかもしれません。ですが、エロ本というのは決して粗末に扱うものではありませんよ」
「はぁ? あんな欲を発散させるためだけの媚びた他人の姿しか写ってないもんの何が良いっての?」
「それは、ぶぶーです! 良いか悪いかで言えば確かに性欲は悪寄りかもしれませんが、発生するものをそっくり禁じることこそ毒極まりないのですよ!」
「ええ……よく分かんないわ」
「ぷぷー! しょせんはおぼこ娘。大人の理屈なんて霊夢さんには全部見たくもないものですか!」
「小悪魔、あんたねぇ……」

言わせておけばぴーちくぱーちくと。別段仏教徒でもないが、五欲の一つを嫌って何が悪いと霊夢は思う。
というか、こんな異性は死体として搬入されるているかもしれない程度のこの封じられた紅魔館にて性欲を覚えることなど彼女は普通になかった。
相手がこのままだと一生見つからないかもしれないのは花としてどうかとは思わなくもないが、ただまあ自分が使う予定のない知識を大事にしている相手を理解するのは難しい。

「はぁ……小悪魔風情があんまり、調子に乗らないことね」
「れ、霊夢さん?」

と、そんな風に霊夢は一重で考えたうえで結論づける。
裸とか普通に小っ恥ずかしいもん見せつけた上で文句まで言ってくるコイツはやっぱり悪だと。
これまではまだパチュリーという知り合いの持ち物だからと手加減していたが、こうもうざったければ思い切り《《払う》》くらいはしてもいいだろう。
溢れる神に紙一重で近い程の霊力。そんな霊夢が銀のナイフで攻撃を行うとそれはもう《《祓う》》というレベルになりかねないことを知っている小悪魔は慌てた。

「あのー……御慈悲は……」
「そんなの面倒よ」
「私の命にホント優しくないですねこのメイドさん!」

経験豊富な小悪魔からすれば、何この面倒くさい拗らせ処女としか思えないが、しかしからかい過ぎて発生したこの怒気は命に関わる。
霊夢が無造作に振るったナイフは的確に命を落とすラインを描くが、流石にそこに身を置き続けるような阿呆ではない小悪魔は逃げの一手。
ひいぃと叫びながら、ゆっくりと追いかけてくる「エッチなのはいけないと思います、なメイドさん」からの逃走は想定より捗らない。
それは霊夢の動きの一つ一つが逃げを塞ぎ道を限定させる異常に高度なものであったからとはいえ、窮鼠はそんなの理解も出来ず。
なので、破れかぶれで小悪魔はこう叫ぶのだった!

「うわーん! 霊夢さんたらカミサマに操を立ててでもいるんですかー! こんなのメイドじゃなくて《《巫女》》ですよー!」
「っ」

それに、止まった手はどうしてか。
兎にも角にもそれで逃げに成功した小悪魔にとって理由なんて知ったことではないが、巫女という言葉に異常に身体が反応してしまった霊夢はそれが気になって仕方ない。

霊夢は特定の本をざっと頭とお尻を読んだだけで巫女の大凡は知っている。
基本的には神職の補佐役。そして、それ以上に神に使えるということを使命としている、そんな意味のある女性。

ああ、それはきっとこんなところで稀種の世話をするのよりずっと楽そうで。

「巫女……アイツらを懲らしめられるなら、それもいいのかしらね?」

少女は銀のナイフに映り込んだ茶色い瞳をぱちぱちと瞬かせた。

 

命を紙一重で残した小悪魔。
クリティカルな言葉選びが出来なければずんばらりんの結果だったろうが、しかしそんな綱渡りな人生こそ彼女の楽しみであったりするから救えない。
希死願望もないくせして何故か興奮すらしながら、彼女は己の持ち主の元へと逃げ込みつつ突貫するのだった。

「パチュリー様! 霊夢さん、ホント可愛くなくなりましたねー」
「どたばたしてると思ったら何。またあんたあのメイドに構いに行ってたの? あんた司書なんだからその役目の方を大事に……」
「あ。そういえばパチュリー様……ふふふ意外と初心なところあるのですね。エッチな本をあんなところに隠していたなんて……」
「エロ本? ああ……それはきっと美鈴のものね」
「なぬ?」
「どうも《《向こう》》から送られてきた死体が肌身放さず持ってたらしいのよ。あの子死者の遺志とかにも気を遣っちゃうから……捨てるに忍びないって相談された結果、本棚の端に置いといたのよ」
「むむ……それはつまらない事実ですね……いやいや、ひょっとしたら持て余した美鈴さんがこっそり嗜んでいたとか……」
「貴女は龍が人のセックスに欲情出来ると信じられるタイプなの?」
「ええ。むしろドラゴンほどなら車両などですら相手取る欲深さがあるのではと妄想すら可能です」
「……解釈違いだわ」

それこそため息すら出ない、業の深さ。小悪魔の性癖は当然のように酷く歪んでいる。
こんなの近くに置いておいて本当に良かったのかしらと思いながらも、彼女の持つ「目的の本を瞬時に見つける程度の能力」にはローテクなこの図書館になくてはならないものであるからこそ困りもの。
まあ、誕生したドラゴンカーの姿を妄想してニヤけているコレが優れた端末であることは間違いない。狂っているが回転率の高い存在ではあるのだ。

「ねえ。貴女にとって霊夢は何なの?」
「はい? そんなの――――」

だから、パチュリーも気になることを偶に聞いてみたりもする。
それは隣人相手ほどではない期待。
意外と小さい頃から霊夢の面倒を見るのをよくしていた小悪魔は、だからこそ気安く雑に扱われている今をどう思っているのか魔女は少し気になったのだ。

たっぷり一秒。スーパーコンピューターに負けない処理能力を持っているはずのこの悪性存在がそこまで悩むのは珍しいなとパチュリーは思う。

「えへ」

そして、彼女は笑みを深めた。
それこそ先のエロ本なんて児戯でしかないと思えるくらいに厭らしいその表情は子供にも、巫女にも見せるようなものではない。
しかしそんなものにすら耐えられてしまう魔女はだからこそ。

「――――私の全てに決まってます」
「そう」

そんな、狂ったことを言う小悪魔を、理解できてしまうのだった。

 

『小悪魔……』
『おや、どうしたのですか、霊夢さん? 先までよく寝入ってらっしゃったのに、どうしてこんな時間に……』

『小悪魔は、私の前からなくならない?』

『ええ。勿論です。――――貴女が望まずとも私は貴女を決して捨てません』
『……ありがとう』
『いいえ』

悪魔の子。
ああ、そう間違って親に呼ばれて捨てられたこの子だからこそ、私は間違って愛し続けてしまうのだろう。


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