「わー、あははっ」
「きゃー!」
「はぁ……うっさいわねえ」
ホワイトブリムをてっぺんに載せているばかりの稚すぎる少女らの職務放棄な稚気の発声に、柳眉を寄せているのはまた少女。
頑張らない奴らを見下げる白黒な彼女の手もまた、しかしおなざりだ。しかし、今にも止まりそうなそのゆっくり作業は、仕方ないという理由のみで中々止まりはしなかった。
それは、こんな役立たず共の中で一人頑張るのもそのうち終わると知っているからだ。
働き者の赤い髪したメイド長がそのうち苦笑いとともにこの場の応援に駆けつけてくれることくらい、少女は信じていた。
「ホント。ここそんな広くなくって良かったわ」
紅魔館は、大げさな屋敷ではあるがそれでも弾幕を張るなどひと暴れするには少し狭い。
それこそ空間を操る存在でもなければ毎日の掃除をするのにも妖精メイドたちを頑張らせる必要はなかった。
とはいえ、賑やかしのためにだけに雇われているとも知らない彼女らはあまりに自由である。今も、眉根を寄せた少女を仲間としてニコニコ顔を向けるのだった。
「霊夢ー!」
「なによ」
「呼んだだけー! きゃはは!」
「はぁ……これだから妖精は」
元気身勝手の中で一人ため息を吐く、そんな彼女は言の通り確かに妖精ではない。
そう、この《《十六夜》》霊夢は、紅魔館で過ごす唯一の人間であり木っ端のメイドでもある。
思わずため息を吐いてしまうくらいにそこらの妖精メイドと比べればメイドとして就いた歴は長くて働きもまずまずだ。
とはいえ、生来の気質もあり霊夢はメイド隊の中でもやる気のある方とは言えずに、彼女も紅美鈴メイド長の頭痛の種の一つであるに変わりなかった。
やればできる子なのに、というのは紅魔館のお偉いさんを含めた多くの感想である。
そして、しばらくのそのそ霊夢が床掃除を続けていたところ、現れたのは頼りになるメイド長。
まるで屋敷すら彼女そのものというような紅を髪として棚引かせながら、にこやかに美鈴はメイドたちに声をかけた。
「お疲れ様、皆! 頑張って……うん。それなりにやってはいたみたいね」
「はーい!」
「なあに……ちょっと美鈴。私はちゃんとやってたわよ?」
「はは……霊夢は本当ならもっとピカピカに出来たでしょ? だからそれなりね」
「やーい、それなりー!」
「うっさいわね、チルノ」
「ぐえ」
「ったく……こいつらの面倒もみなきゃなんないんだから、真面目になんてやってらんないわよ」
「あはは。相変わらずね、霊夢は」
身勝手の中で最も自由が唇で嘴を作るのに、美鈴が苦笑になってしまうのも仕方ない。
五行の雑多な色の中で際立つ水色をすら拳骨一つでたしなめられる、霊夢。
そんな実際人間としては極まりすぎた存在に、しかしこのお屋敷ではメイドとして役目を着せてあげることしか出来なかった。
まあ、だからこうしてやれるのだけれどと、気安く少女の頭にメイド長は手を伸ばす。
「ま、霊夢もありがとう。お陰様で今日も紅魔館は随分キレイになったわ」
「……ふん。どうせ、あんたが一人でやったほうがもっと上等になるでしょうに」
「ふふ。それじゃ楽しくないでしょうに。私は霊夢と妖精メイド達が居てくれたほうが良いわ」
「そう……」
美鈴の手のひらの優しさを受け、ひねくれた意気を途端に失う霊夢。
柔らかなメイド長の撫でるだけの行為に、しかし十六夜の少女はそんなおためごかしと嫌がることだけはない。
下手をすれば風呂すら怠ける暢気は、でも紅魔館の妖怪たちが気にすることで今日も艷やかな髪を遊ばせていた。
本当に可愛い子と、手のかかる我が子同然を見下ろす龍は、宝として実際霊夢を愛している。
だからつと、女性は今日もメイドをやっている彼女に問うのだった。
「……ねえ、霊夢。でも貴女が本当に嫌ならメイドなんてやらないで良いのよ? お嬢様だって、貴女のスカーレットとしての居場所を用意していて……」
「美鈴」
「なあに?」
優しく言葉をかけ続ける美鈴に、大人しく撫でられてばかりいた少女から強い声がかかる。
見下ろしてみれば、この上なく尊さに近い青色が紅色の龍を望んでいた。
それでも愛おしいとしか思えない美鈴に、霊夢は。
「面倒だけれど、私は今が嫌じゃない……年取ってボケた頭でも、それくらいは憶えときなさいよ」
「はーい」
優しい笑顔は、ツンツンとした態度をすら飲み込んで円かに諾と返す。
手の甲で大きな手のひらをようやく押し返し、こんなことをひどく嫌そうに憎々しく吐き出す唇の隣、頬の横にてちょこんと見えた耳の赤。
「ったく……」
きっと、そればかりが少女の本音なのだろう。
「よく分かんないわ」
「そうね」
「でも、大体分かった」
「ええ。貴女ならそうでしょう」
光源不明の旧い優しげな明かりの中、棚に群れる本。それらがテーブルの周りを囲むように広がって果ても見えないここが地下だと誰が思うだろう。
最低でも、霊夢は理解はしていてもふとここが地の底に近い場所であるということを時に忘れてしまうのだった。
ここは紅魔館が有する大図書館。そこに何故か紫色のもやし地味た本の虫を飼っていることが、霊夢にとって昔から謎だった。
最近ようやく自らを拾った《《お嬢様》》から、それがパチュリー・ノーレッジとかいう仰々しい名前を持っていて更には彼女の唯一の友達と知りはした。
「これ、魔法?」
「そう。文として魔法を記しているけれど、その実読み取り方は視覚的でないから……」
「こんな感じね」
「当然、貴女なら出来てしまうでしょう」
「そ」
とはいえ、ばらばらと彼女が積み上げた本をぱらぱらと隣で捲って、さっき覚えたばかりの魔法として指先から火を灯している霊夢は、お嬢様もこんな置物みたいな魔女をよく友にしているのだなあとは思わずにいられない。
そして、その後直ぐにあの子供じみた吸血鬼の友達が変わり者なのはでも当然なのかもしれないと思いつき、雑に手元の火を炎としたり文字の形にするなどして遊ぶのだった。
魔法。思っていたよりそれは簡単だ。だがどうにもしっくりこない感が強いために、彼女は魔の方法を中座する。
「つまんないわね」
「貴女には、そうでしょうね。なら、こちらはどう?」
「これ?」
つまらなそうにしている女児のために、パチュリーの浮遊の魔法は行使され、別の分厚い本がゆらゆら宙から届けられる。
先から何となく少女のインスピレーションは魔法について察していた。これは理屈であり、当然至極の結果だ。誰かが考えた簡易なお下がりの法。
確かにこんなの普通に解ければ出来る。しかし、ちょっと続けていくには歯ごたえがなさ過ぎる感も霊夢にはあった。
なんかもっと使ってみたくなるようなというか、使っているような気持ちにさせてくれるような大げさなものはないかしらと思ってたところに、知恵者からの届け物。
何となく大げさな装丁のそれを開いてみた霊夢は、素直にげと言った。
「なにこれ。人間の文字じゃないじゃない」
「だからこそ、貴女向け」
「そうかなあ……」
人を選びすぎる活字に目を凝らす霊夢は、そんな対象を目を細めて見つめている魔女の思惑を気にもしていない。
未発見のヒエログリフですら人に読み解けるものでしかないが、しかしそれは本来人間ごときに見て取れるものですらなかった。
パチュリー・ノーレッジですら、それが無地空白にしか思えないのだから、そんなのをああだこうだと霊夢が読書しているのは異様ですらある。
「あー……何か面倒ね。つまりこっちに呼んで欲しいって書いてあるわ」
「どうする?」
「やんないわよ。誰かよくわかんない奴が隣に増えても仕方ない」
「賢明ね」
結果、つまんなかったと恐らくは邪神召喚の書は閉じられた。後で焚べとかないとねと思いながらパチュリーは十六夜霊夢の正体を再確認する。
これは神様直下の存在。強いて言うならば巫女に近い全能手前だ。
段位で言えば最高段。人でなしよりも人と遠い、天に行ける指先を面倒だからと何時までも伸ばさないだけの怠惰だった。
なるほどこんなものが友のところでメイドなんて興じているのは冗談じみていて、だからこそ面白くて。
「また来なさい」
「そうね……」
隣の少女の柔らかな黒髪を撫でてあげたりもする。
それに大して熱がなくても愛というのはしなければ無いのと同じ。下手くそな愛撫に、でも大してそれを気にしない大物は。
「気が向いたらね」
椅子からふわと降りずに浮いてそのまま地に立つことすら忘れたように去っていく。
続き違う魔の書を手に取る、それしかなかった秀才は、しかし空にあらざるを得ないほど天才すぎる少女を思って。
「何時か貴女も誰かのために地に汚れられるといいわね……霊夢」
十字を切らずに、そんな奇跡を願うのだった。
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