★ルート第九話 美味しそうだった

いいこちゃん いいこ・ざ・ろっく()

今日も今日とて学びの園に音は溢れるもの。
吹奏楽部休みな今宵その中で多分一番に綺麗なんじゃないかな、って音色があたしのお隣さんで奏でられてる。
下手が簡単に上手くなるなんて、あたしからしたらそんなおかしなことじゃない。
才能ってもんはそこそこ取り揃えてりゃ大体なんでもやろうと思えば出来てしまうものだから。それこそ、半ば暴力的にも。

「えっと……出来てた……かしら?」
「んー。ほぼほぼOKじゃない? 金曜伊地知先輩の家でやる音楽発表会には間に合いそうで、良かったねー」

ぱちぱちと、終止線の後の約束的に拍手が鳴る。
それが万雷のものでなくてなんだか申し訳ないね。それっくらいにこの子、喜多さんって天才。輝かしいものが星ではないけれど、うまくすればスターに成れそうな感じ。
まあ、それでも今は粗削りの初心者の範囲内なんだけれど、指の皮の厚みの薄さの割にはやるよねこの子。

あたしが、素直にも何処に出しても恥ずかしくないというわけではないけど仲間内なら十分すぎるよと太鼓判を押してみると、喜多さんは一度嬉しそうにしてから一転微妙な顔。
あらそんな愛らしいジト目なんて出来るのか、こりゃにゃんころにも似ててマイ動物ランキングを駆け上がっちゃうな、と内心ほっこりしていると、彼女は口をとがらせながらこう言った。

「井伊さんのお墨付き貰えて嬉しいわっ! あと……どうしてライブって素直に言わないの?」
「いやあ、あたし的にはライブハウスっていうか仲いいパイセンの家っていう感覚? アットホームな職場に家族ぐるみで染められちまったせいかなあー」
「うう……先週末は一緒に「STARRY」に行けなくて、ごめんなさい。先輩たちには先に用事を伝えていたんだけどまた井伊さんに連絡忘れてた……でも、井伊さんが働いてたって聞いてちょっとびっくりしたわ」
「もう、「STARRY」名物の新人イビリは最高に刺激的でしたぜ……へへ」
「それは、嘘ね……井伊さん。「STARRY」がアットホームな職場だってついさっき言ったのあなたじゃない……」
「なんと。とっくにあたしゃあ語るに落ちていたのですな。いやあ。実に楽しい職場体験だったよー」

あたしはなるべく満足そうに見えるように笑顔で頷く。
いやでも実際、音も楽しそーにしてりゃあたしの好みの範疇だったってことに気づけたのは収穫だった。
それに何より労働者としての楽しみを見つけられたのも大っきいかな。お金貰った上で人のためになれるってよく考えたら素敵じゃん。もっともっと時間やりたくなっちゃうね。

そんな風にあたしが将来の残業戦士の片鱗をチラリズムしていると、あんまりサラリーに向いてなさそうなきらきらな喜多さんはまたつまらなそうにして、呟く。

「もう……井伊さんに先越されちゃったわ。私も「STARRY」でバイトとかしてみたかったのに」
「そんなの、カバンの上に鎮座しちゃってる携帯電話のロインってコミュニケーションアプリで伊地知先輩にお伝えすればいいんじゃない?」
「ええと……その……なんか、図々しくないかしら? 私達バンド仲間だけれど、バイトまでさせてもらうなんて、お世話になりすぎな気も……」
「んー。そんなの、気にしなくていいんだよ、喜多さん」
「どうして?」

首を傾げるどこか無防備な喜多さん。オレンジ色が電灯の下でも艶やかに空を撫でた。
やっぱりこの子っていいとこの家の子なのかな。時々ちょっと可愛い間違いとかしちゃってる。

別にバイトは何だかんだ労働と金銭のやり取りがメインで恩着せ的なものじゃない。
それに、ちょっと図々しさを見せたところで喜多さんなら愛嬌の範囲じゃないかなとも思うあたしは微笑んでこう答えてあげるのだった。

「喜多さんならパイセンたちとずっと一緒にいたら、何時かそのくらいの恩なんて返せるでしょ」

彼女らがずっと一緒。それは間違いないだろうとあたしは確信している。
あたしは兎も角この子はパイセン達と運命的で絆チックだから。
結束バンドで繋がった、お似合いのスリーピース。そこにあたしなんて尖った異物が混ざれているのが奇跡的。
故にでも、せっかくのこの絆は大切にしなければいけないなと思うあたしではあるのだ。

「っ! そうねっ。まずは負けないようにギターで頑張って……痛っ」
「おー。張り切りすぎて指先切っちゃったかー」

と、何故かあたしを見上げてほっぺを赤くしていた喜多さんは、我に返ってからお古ギターの弦にて固まりきれていない指先を一閃。
思わずといった風にぱっとそこから離した指先が既にちょっと紅い。
あたしは単純にその痛々しさを嫌って、声を掛けて患部を見つめる。

「血出てるね。痛い?」
「ごめんなさい……ちょっと」
「そっか」

そう、紅を。赤くて少し黒いようなでも面がテカテカしていて触ればちょっとねばつきがあって、でも彼女の熱が少しはこもっているだろう、それ。
あたしはそれが心配で気になって、心吸い寄せられて、いつの間にか顔がどんどん近寄っていって。

あれ、あれ。

「井伊さん? え」
「あむ」

ぱくり。
そうあたしはつい、喜多さんの指先をぱくんとしちゃったんだ。

感じるのは、美味しくもない血の味と何だか多少の甘み。
見上げれば、そこには真っ赤な喜多さんの顔。いや、近いなまつげが長くてやっぱり美人さんだなあと思う。

まあ、それら全てが私が味見しちゃったことへの逃避。唐突にキス以上の行為をやらかしてしまったあたしに、彼女はタジタジで。

「え? 井伊さんが私の指口に含んで……」
「もごもご」
「きゃ。咥えたまま喋らなくていいから! ぺっしちゃって!」

酷く赤い顔に、しかし怒りよりも困惑の色が大きいのはまだ幸せなことか。
あたしが口を離した指先からは透明な橋がかかり、なんだかちょっとエロティック。
よく見れば当然至極に、喜多さんの指先の傷から血は、あの魅力的な赤はなくなってた。

そこで我に返ったあたしは、直ぐ様頭を下げる。そして緑の前髪を垂らしながら悪かったなあと心より謝るのだった。

「ぷは……ごめんねー。ばっちかったかな?」
「そういう……ことじゃないけど……どうして?」

おや。
どうも喜多さんは初心でした。顔を真赤にしながら、不安と興味で涙目で。
思わずあたしは誘われちまってるのかいとふざけて思ったけれども、これ以上可愛らしい子をイジメるのはよくないなとこう返すのだった。

「喜多さんの痛いのどうにかしてあげたいと思ってたら、やっちゃった」
「もうっ……」

手をあたしのハンカチで傷口以外を拭きながら、軽い平手打ちを肩に感じるあたし。
いや、まあ確かにあたしは間違いなくこの痛みはどうにかしてあげたいと思っていた。義務感に近い程の綺麗なそれは紛れもない本心で。

「気をつけてね」
「……ええ」

他にも、彼女が血が滴っていて随分レアで美味しそうだったから口に含んじゃったという本音も、あったりするのだけれどね。

 

その後の帰りの会話は三々五々に、とっ散らかって終わる。
あたしもどうにも気恥ずかしさからお話に集中できなくて。

「そういえばあの……ひとりちゃん、ロインだとどうしてだかおじさん構文の使い手になっちゃうじゃない?」
「あー……あたしがぼっち大体治したのに、ひとりちゃんったらどうしてだか慣れない人には何故か距離感バグったおじさん成分ロインで出しちゃうんだよねえ」
「……どうしたらいいかしら?」
「だいじょーぶ。そのうち慣れたらあの子もおじさんから女子こーせー相応とは言わずともそこそこ女子くらいには戻るでしょ」
「うう……でも、何だか年かさの人に根掘り葉掘り井伊さんのこと聞かれるみたいで時々怖くなるのよね……このアカウント、本当にひとりちゃんって女の子のものよね?」
「大丈夫。ヤンデレひとり叔父様概念なんて素敵な存在、あたしのロインに登録ないから」
「そ、そうよね……」

 

「つまりこんなに、ひとりちゃんは……井伊さんのことが……」

だからあたしは珍しくも喜多さんの独り言を聞き逃してしまう。
それが良かったのか、悪かったかとは言い切れずに、ただ。

「おー。星が綺麗だね」
「……そうね」

お空に顔を上げて、見つめる先は同じ。
だが、特異体質故に採光能力にも優れているのか、本来漆黒の夜空の向こうの都会の星星はあたしにだけ見えているばかり。
つまり、喜多さんはお空に一つ輝く月ばかり見つめていて同じ感想を告げている。

「綺麗に見えるわ」

そう、結局あたしたちはどこか、間違ってしまってはいたのだろう。


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