「やりすぎたさん」
「っ」
いや、しばらく都内行きの車両にてしばらく黙してからのあたしの第一声がそうなったのも仕方ないことだった。
先日の「新宿FOLT」【SICK HACK】代打あたし事件により、実力を知られちまったあたしはちょいと肩身の狭い思いをしてたから。
あたしのために争わないで、って言葉使うことになるなんて思ってなかったからいやいやびっくり。
銀ちゃん店長のおかげでしばらくスカウト地獄はなくなりそうだけど、早く貴女も安住の地を見つけなさいよと言われてしまえば流石のあたしも反省し切りってもんだ。
「どーかした?」
「い、いや……な、なんでもないです」
「そー」
しかし、こう独り言っちゃったらなんか隣にてゲームのためなのか携帯電話たぷたぷしてたパーカー締め切りでで顔面不詳な彼女は何故かあたしをちょう見てきた。
試しにお清楚さんににこりとしたらよく分からんさんな顔を横に反らしてぐきり。
あたしは、何となく少女から香る陰キャ臭からひとりちゃんに似通った所を感じてほっこりする。
ちょろちょろしてる子は可愛いなと、改めてネズミを見つめるライオンさん気分だ。
それからしばらく平日の今日も頑張ってがたんごとんとしてる車内にてあたしはぼんやり。
いや、創立記念日が休みとか高校でもあるんだねそんなの、とヨヨコちゃんとお喋りしてたのも少し前のこと。
実際休みになってみると中々の暇であり、またお家だと愛しの家猫ちゃん達(三匹。ケースケって子が一匹住み着いた)が優しくないのであたしはあたし達の高校以外だとふつーの日に外出しちゃった。
「ふぁあ。ふつーに二時間って長すぎっす」
なんだか聞き耳立ててるシャイガールの隣で小さく零してあくび一つ。満員ってほどでもないのに、どうしてあたしの隣から退かないんだろうね、この子。
今回ただの気晴らしがこうして遠出になっちゃったのは、まあなんというか。
黒歴史となった中学時代の影からただ逃げるためだけに片道二時間の通学(あたしんところだって都内だけどもうちょい近い)とかしちゃってる愛しのピンキーギターヒーローさんが通ってる学校に向かってるからだ。
「万年ジャージなあの子にとっちゃ、あっこの可愛めな制服も意味なしだし。本当あの時あたしの投げたダーツの矢があっこに刺さんなきゃ、もうちょっと近めだったかもなー」
「……だ、ダーツ?」
「いや、こっちの話っす」
「あっ、はい……」
お隣の女の子も思わず口にしちゃった、そうダーツ。
ついちょい辛めな対応をしちゃいながらあたしは、ひとりちゃんから何も聞かずににこれ地図に投げてと言われたからそのど真ん中付近にダーツを投じてしまったことを今更後悔してる。
そう、あたしが投げたダーツが深々と刺さっていたそこは、世田谷の秀華高校。そこが偶然ながらひとりちゃんの偏差値の上限に掠っちゃったりしちゃってたのがまた面白い。
地を這う偏差値に困窮したひとりちゃんは自分の未来をあたしなんかに託そうと、笑ってこ●えてなんて番組見た後に考えちゃったからそんな過程と結果が発生。
目標を見つけたひとりちゃんの頑張りっぷりは目を瞠るもので、ギリギリセーフで秀華に入れた彼女はスクールライフを満喫中、なわけもない。
ロインに溜まるは今日も友達できなかったよ、と語るばかりのログ。それもほぼコピペで最早あたしとのロインを携帯電話の正常性確認的なものにされてるのかなと疑念も起きるけれども、実際会って話したところで驚くほどがっこーの話が薄い。
ありゃこりゃ心機一転とはいかなかったんだねえと、何度も慰めてはいるけど、正直心配は募るもの。
おいおいあんた、ひょっとしたらちょいと新しい友情を諦めちゃってないかい、と。
「直子ちゃんなら、って言葉があんなに重い用途に使われるとは思わなかったぜー……」
「…………ぅ」
いや、依存はしているつもりだったけれどあそこまでされてもいたとはあたしも想定外。そもそもよく考えたらあたしが雑に投じたダーツに学校選びなんて大事を本気で預けたひとりちゃんはぶっちゃけ激重だ。
とはいえ、あたしも杓子定規に偏差値なんて比べっこで進路を決めずに、全てをロックにも親愛なる他人様に預ける勇気があったらなあ、と思わなくもなかったりするのだった。類友だね、うん。
そして、いい加減気になってくるのは先からお隣さんの空席に寄らずにむしろあたしに用でもあるのかい、といった横向き加減でちらちらしてる謎少女。
あたしはこういうタイプって一皮剥けば意外と大物だったりするから面白いよなあと期待しながら、こう指差し叫びしたのだった。
「ところでそこのあたしの独り言を時々拾ってくれちゃってた君!」
「わ、私?」
パーカーの紐をきゅっと。それで尚更閉じる顔面。見えているのは前髪の房ばかりだけれども、きっとこの子はとても愛らしいのだろうとあたしは期待しちゃう。
そしてお隣さんというこの距離でここまで来ると、あたしはもうくんくんするまでもなく理解できる。
脆い心はその分よく響く。あたしは縮こまり声裏返させてしまう彼女のずばり、こう指摘するのだった。
「ふふーん。君、音楽やってるね?」
「え、えっと……ど、どうでしょうか……」
「うんうん。反応ひとりちゃん然としていて尚更親近感ー。ねえでもさ」
「わ、ぅっ」
あたしは、厚着の少女にハグする。途端、あったかくて何となく落ち着く匂い(日陰の匂いはひとりちゃんに似てる)にほっこり。
でも、こんなの他人様にやることじゃない、ぶっちゃけ変質的行為だよね。しかし、やっぱり一度ブルリとするだけでこの子はあたしの抱擁をむしろ許してしまうのだから何となく複雑。
嫌だけど、待ってた。そんな気配がぷんぷん。認めて欲しいって後藤ひとり族の子にはありがちなのかもしれないけれど、愛足らずの気配までしてたら、あたしだってこうしちゃう。
この世の全てを幸せにゃ出来んけど、それでもお隣様の不幸を見逃せないのは、いい子ちゃんには当たり前。だから、こうあたしは少女のお上手さんを指摘しちゃう。
「うんうん。貴女の心臓のビートもロックだよ?」
「あ……」
心臓暴れさせながら、命を奏でる。その音色が美しければきっととても音楽の才能がある子となるのだろう。
そして、この子は間違いなく音楽のカミサマに愛されている。それくらい、あたしには分かるから、そんなに《《今に落ち込まないで》》と慰めになろうと抱きしめたのだけれども。
「うぇ……」
「うえ?」
「っ、上から私を、み、見ないでっ」
「ふうむ」
しかし、とても弱い力で彼女はあたしの手を退かした。じっと、前髪からあたしを見つめる瞳。見定めようと、彼女は果たしてしているのだろうか。
なるほどこの子の感性はあたしたち側に近いのかな、と思う。その証拠に彼女は。
「わ、私だって、ちゃんと、すごいっ」
口を歪めて笑顔のように牙を剥いて、あたしを睨みつけた。震えながらも、じっと。
なるほどこれは完全にあたしの想定外。弱さの隣に逆鱗があることを忘れていて、一緒に優しくしちゃったみたいだ。
素直に、あたしは離れたすぼみパーカーへとぺこりとするのだった。
「ごめんね。あたし、君を見くびってたかも。だから、かんけー急いじゃった」
「そ、そう……」
直ぐに慰めから入るなんて、確かに大分失礼。怒られて当然だった。
でも、怒られて引っ込ませてしまう助け手なんてそれこそうそっこ。
だから、あたしは改めて実際にこの最近音楽の練習のためにあんまり綺麗じゃなくなった手の平を伸ばすのだった。
「あたし、井伊直子!」
「え、え?」
「君の名前、おせーて?」
そう、何時までも君でも彼女でも遠い。だから、あたしはこんなもんですんで君の名はなんです、と問う。
私の両耳には丸聞こえだけど、まあ蚊の鳴くような声ってこんなもんなのかなあってもんで彼女は。
「わ、私は……ほ、堀江照」
ちょっと複雑な感情をもってその本名をあたしにそっと告げてくれた。
「へー堀江っち、かなりすんげえじゃないの、それ?」
「う、うん……こ、この前、なんて作曲家デビューの打診が来た、よ」
「すげぇ……こりゃあやかりてえぜっ! ありがたやありがたやー」
「や、止めてっ」
思わず本当に凄かった堀江ちゃんに合掌しちゃうあたし。
いやこの子が「Ame」っつーアカウントで出してるらしい曲の動画の再生数のヤバいこと。
ひとりちゃんが前バンドで急な陽に照らされたことでピンクのエクトプラズムっちゃった時のちょいバズ動画の一桁上ってのだからとんでもない。
単純に考えて、変形の衝撃よりも十倍の感動の曲ってことだから、そりゃ凄い。
「い、井伊、さんもギター……」
「おうい。あたしは堀江ちゃんとは違って何も数字出してないから、指摘されることも小っ恥ずかしいですなあ。まあ、苦手の横好きですよ」
「へ、下手の横好き、じゃない?」
「まあ、下手じゃあないもんで。ただ、苦手なだけかもね」
「……よ、よく分かんない」
「なら、これから理解していくってことでお願いしたいなー」
「う、うん」
改め直してみたら、秀華高校行きの電車の中でお隣さん同士の会話は盛り上がること。
堀江ちゃんは、顔見せてと言ってみたらメカクレ気味だけど随分と愛らしー感じをいち秒ほど見せて、またすぼんだ。朝顔よりずっと速いね、これ。
どうやら恥ずかしかったらしいけれど、これも含めてひとりちゃんと違って中々面白い生態ではある。
とはいえ、溢れ出る陰の気配の通りにやっぱり堀江ちゃんは若干のひきこもりん。
聞くに、ジミヘンちゃんに時に散歩してもらっているひとりちゃん以上に外に出る機会がないというのだから驚きだ。
あたしは俯きがちな彼女に真っ直ぐ目を合わせながら、こう問った。
「今日、頑張って外出したのはどうして?」
すると、弱々しく。こんな言葉があたしの耳朶を震わした。
「い、息を、吸いたくて……」
「そっか」
一息つく。それとも違う何か。それがしたくて少女は電車に乗って当て所もなくふらふらと。
それに居合わせたあたしに堀江ちゃんが引き寄せられるように隣に来た理由はちょっとよく分からないけれど、でも。
「うん。ならいいや」
「な、なに?」
「ね、堀江ちゃん。今日は、あたしと一緒にゆっくりしよ」
「……い、いいの?」
二時間かけるくらいの用事があったんじゃ、とすら続けない自信なさげな声が隣で響く。でも、あたしは決めたのだ。
ひとりちゃんじゃなくて、堀江ちゃん。この選択がいいのかどうかは聞かれてもあたしには分からない。
しかし、もしこの子の隣に居たのがひとりちゃんだったなら、間違いなくこの子のためになろうとすると信じてやまないあたしだから。
「勿論。息を吸うなら吐かないとだめだかんね。今日は堀江ちゃんには沢山溜息ついてもらうぜー!」
「あ、ありが……」
「おっと。感謝はいらないいらない。あたしらもう……」
しかし、おふざけするあたしに、シャイ以上に真面目な堀江ちゃんは今度は肩まで窮屈そうにしてありがとうなんて野暮を口にしようとしたからあたしはストップをかけちゃう。
そんなの本当にいいんだよ。他人同士で君に優しくするのが難しいならあたしは貴女にホッとしてもらうためにも。
「友達じゃん?」
そんな風に、いい子ちゃんらしく笑顔で騙るから。
そう、あたしは選ばなかった。
だから。
「あっ! ギター!」
「っ」
「それギターだよね! 弾けるの!?」
彼女たちの物語に交われずとも仕方ないし、きっと後悔なんてしないんだ。


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