☆ルート第一話 いい子と元陰キャ

いいこちゃん2 いいこ・ざ・ろっく()

「あん、わん!」
「むぅ……」

何やら、頭に柔らかさ。そして頬になまもの的な温さとべろんちょな滑りを感じてまぶたピクピクあたしの意識は動き出す。
全体はよく分からないけれど、でもその高音を耳にすれば大体分かる、これは確かに愛しのジミヘンちゃん。
元祖ギターヒーローの名を借りた彼の夢をちょうど見ていたあたしは、ぼやっとしたまま彼を撫でながらこう呟くのだった。

「ジミヘンちゃん、歯でギター弾くのお上手だね……そっか、長く伸びた犬歯を弦の隙間に入れるのがコツで……むにゃ」
「あん?」
「直子ちゃん、夢の中でジミヘンに妙なこと教わらないでー! というかそんなことしてたらジミヘンの歯、折れちゃうかも……」
「うんー? あれ、あたし寝てたんだ……」

寝ぼけ眼に、お目々パッチリな方の柴ワンちゃんなジミヘンちゃんが映り、その向こうで突っ込みに全力になり過ぎたのかまた身体の枠を自由にしてる幼馴染の姿をあたしは発見。
頭の天辺から足先まで、なんだかピンクのビックリマークみたいになってる、ひとりちゃん。
どうもあたしの幼馴染は物理から外れがちだなあ、と今更に思いながら、ぶっちゃけ夢より非現実的な彼女から視線を逸らす。
すると、机の上の時計の太い針が五から六へと動いてることに気づき、そして寝入る前の状況まで思い出せた。
またそれこそ、子守唄代わりにしては上等過ぎる、今代ギターヒーロー様の指運びの意味不明さまでもを。

がばりと起き、その際に枕代わりにしていたギターカバーを確認して、あたしはこう謝る。

「んー……しかも、ひとりちゃんの音聞いてる途中だった? ごめんねー」
「う、ううん。別に、いいよ。私のギターなんて、きっと直子ちゃんは聞き飽きてるだろうし……」
「いいや、あたしはひとりちゃん自体には飽き飽きだけど、ひとりちゃんのギターの音色に飽きることはあり得ないねー」
「えっと、これって私喜んでいいのかな? 私、ひょっとして直子ちゃんに楽器としてしか愛されていなかったりして……」
「冗談。ひとりちゃんは何もかも面白くて大好きだよ」
「嬉しい……けど実はそれってオモチャの感想みたい……なら、ジミヘンは?」
「何もかもが愛らしくて可愛らしくも愛おしい……あと歯ギターにはリスペクト」
「直子ちゃんもう愛が溢れすぎだし、ジミヘンから歯ギターを引き離してあげてー!」
「くぅん?」

ああ、ツッコミしながらあたしの話芸よりも余程面白く顔面ぐるぐるさせる、我が親友。
ひとりちゃんは、リアルに世界を狙えると思う。何かこの子時々ツチノコみたいになったりするしまずは、新手のUMAとしてニューヨークを震撼させることからはじめればいい。
勿論、彼女に付けられた100万ドルの懸賞金はあたしがいただく。それが親友特権っていうものだろう。

首を傾げるあざとさ最高なジミヘンを目に焼き付けながら、あたしはあえてこの妄想から話を続ける。

「ひとりちゃん。偶には、ジミヘンちゃんとニューヨークの動物園まで散歩に行ってあげるね? まあ、何時かはひとりちゃんの賞金に頼らずに向こうまで行けるようになるといいな……なら、今日もギターの勉強頑張ろう!」
「ああ、意味不明からやる気に繋がっちゃった……いいのかなあ」
「いいのいいの。ぶっちゃけさっきまで寝てたの、ひとりちゃんお手本の技術が遠すぎたせいでもう無理だって、ふて寝してただけだから。無理でも元気出さなきゃ次こそあたしはレベル差にヤラれる」
「うう。何時も通りに弾いて見せて、って言ったの直子ちゃんなのに……」
「あはは。ごめん、これも冗談。これからはふつーに頑張るよ」
「くぅん……」

表情豊かなひとりちゃんをからかうのは、とても楽しい。まあ、豊かを過ぎて、からかい過ぎると形態を戻すために木工用具で成形の必要が出てきたりするのが玉に瑕ではある。

とはいえ、こんなでも彼女はあたしの一等星。
前のバンドにて一人だけメジャーデビューの声がかかって《《しまった》》くらいにはギターの腕が逸していて、現在ギター触れだしてひと月未満のあたしには正直憧れだ。
そうでなくても、この手間のかかる少女があたしは大好きだし、出来れば隠れてもっとお世話してくてたまらなかったりする。
そして、そんなひとりちゃんがまた隣に落っこちて《《くれた》》のだから、たまらない。

もう、手放すものか。

まあ、つまるところ総じてあたしの先までの全ては本当に冗談でしかない。本気はこれから。
頑張って頑張って、ギターヒーローの支えになる。そのためにあたしはちょっとやる気マックスにキメるため、ジミヘンちゃんを吸っとこうかと思ったところ。

「ぶー。お姉ちゃん達、またジミヘン連れておふざけしてるー」
「あんっ!」
「あ、行っちゃった」

なんと、この頃ジミヘンちゃんの中のヒエラルキー最上位に躍り出た五歳児である、後藤ふたりちゃんの登場に出鼻は挫かれたのだった。
ちっさい彼女は同じくちっちゃな柴ワンちゃんであるジミヘンの出迎えを受ける。
尻尾パタパタ動く彼が笑み柔らかな彼女の隣で擦り寄りもせず撫でるのを待つシーンは、或いは夢で見た彼の歯ギターよりも感動的ですらあった。
思わず後方保護者ぶって腕を組んでから、あたしはこう品評する。

「流石は、後藤家の癒やし枠であるところって感じ。正直、あたしは空気になりたい。この光景を見るためだけの何も及ぼさない存在になりたいな」
「……私ならそういうこと出来るかもしれないけれど、直子ちゃん嘘でもそんなこと言わないでね。そ、それに実際私を空気にしないでくれたの直子ちゃんだし……」
「おかげであたし、クラスで結構目立ってたけどね……珍獣係として」
「私って、みんなの空気どころか珍獣だった!?」
「あ、また二人で仲良しして……これってイチャイチャ、って言うんだよね。わたし知ってる!」
「ふ、ふたり!」
「わ」

と、あたしとひとりちゃんがどうしても発揮しちゃう友情パワーで繰り広げられるワンちゃんも食べないような会話を、幼女は拾った。
しかし、それを自説で持ってしてえへんと語ってみたから、彼女のお姉ちゃんは大変だ。
慌てて高速移動。そしてフレーム越しに置いてきたお目々二つを手を伸ばしって引っ掴む。
そんなカートゥーンな感じに詰め寄るひとりちゃんのお顔は、真っ赤っ赤。そして取って付けたばっかりの瞳もまるで酩酊者のようにぐるぐるで明らかに、自失してる感じ。これは良くないなあと考えてたら案の定。

「あ、あのね、ふたり。お姉ちゃん達はそんな。いちゃいちゃなんてしていなくて。私達はそもそも女の子同士だし、私は直子ちゃんに釣り合うような……」
「ひとりちゃん、ひとりちゃん」
「え?」

ひとりちゃんは、何やら毛髪と似たようなちょっとピンクな感じの心をぽろぽろし始める。
これは、良くない。ひとりちゃんの黒歴史新設についてはどうでもいいが、ふたりちゃんの情操教育的に考えると、とっても。
あたしはちょっとドキドキな心を隠し、首傾げなんて仕草が無駄に似合うひとりちゃんに向けて、肩をぽんぽん。
そして振り向いた彼女にこんな一言を伝えるのだった。

「こんなこどものじょーくにまじになっちゃってどうするの?」
「あ、えっと……」

それは、お父さんから怒りとともに聞いて憶えた、とあるゲームにあったらしい往年のちゃぶ台返しのセリフのオマージュ。
出典は理解できずとも意味を解し、先とまた違った意味で真っ赤になったひとりちゃんは。

「あはは! お姉ちゃんってめちゃ重だね!」
「あん!」
「アイアムブラックホール!」

あまりのことに、そう揶揄してジミヘンちゃんと逃げるふたりちゃんを追いかけることも出来ず、謎の悲鳴を上げながら頭から謎のコズミックな爆発を起こすのだった。

「あばばばばば……」
「ふふ。顔が赤とっこして薄黒くなってる……」

頭の周りにくるくると星星を生み出してぱくぱくそれを飲み込んでいくひとりちゃんを見ながらああ、本当に人体って不思議って思う。

そして、それだけでなく、あたしは。

「……釣り合ってないのは、あたしの方」

戯れに爪弾いた指の腹は嘘みたいに柔らかくて、まだまだ。
しかしならば今のうちにと、そっと気を失っているひとりちゃんのためにその柔らかさで優しく撫でてあげて。

「うぅ……」
「よしよし」

多分ひとりちゃんがあたしが起きるまでしていた膝枕なんてことを真似っ子して。
そうしながらも、もっと、こんなに貴重な彼女のためにならないと、ってあたしは考えるのだった。


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