大槻ヨヨコは、怖いくらいの美形である。
いや、実際その柳眉が常に潜まっているからこそ、周囲が怖がるばかりなだけで実際はとても心優しい少女ではあった。
ただ、その険の強めな表情だけでなく生来の間の悪さが人望を損ねる結果に繋がってしまう。
「はぁ……」
かわいい、頭が良い、歌がうまい、楽器も上手、そんな全ての得意を努力によって独り占めしているヨヨコは、しかしだからこそ友達がいなかった。
褒め言葉。うわべをなぞって滑っていくばかりのものばかり投げかける誰彼は、少し言葉足らずな上虚勢を張りたがるヨヨコの本質に触れる前に避けてしまう。
まあ、彼女の自分が上位でなければ安堵できないという性質すら本当は可愛いものなのかもしれないが、中々そんなところを愛でてくれる存在に出会うことはなく。
「あー……まずいわ……」
高校二年生。この頃良いことがなければ、むしろ悪いことは雪だるま式にふくれあがっていた。
発起人兼リーダーとして結成から二年目を迎えたメタルバンド「SIDEROS」は、現在大槻ヨヨコただ一人を除いて脱退済み。
元メンバー曰く、ヨヨコとはやっていけないとのことであるが、だからってまるきり去っていかれても困るもの。
しかし、何よりもロイングループから去られただけで全員との接点を失っている現状こそが問題とは彼女も理解している。
「私、誰一人の連絡先も知らなかったって……」
自分に厳しく、他人にも厳しい。それがこの時期のヨヨコの態度。
元々、「SIDEROS」は天辺を獲るための集いと信じていたため、必要以上の馴れ合いは要らないとしていたら触れ合い最低限すら下回っていた、潜在的ぼっちな彼女。
去り際に暴君とすら言われたそんなヨヨコの評価は年上達以外からは軒並み低かった。
それこそ、単純な実力のみでトゥイッターのフォロワー数五千超のものを持っているというのに、彼女は年齢近い友達の一人すら居ない。
ヨヨコも高校から通い出してやっと慣れてきたライブハウス新宿FOLT。そこでただ一人ちゅーちゅーとジュースを飲みながら焦りに瞳ぐるぐるとさせているキレイめぼっちさんは、それなり以上に目立つ。
なんだろうと首を傾げながら悩める少女を気にしたいい子ちゃんが近寄って来ているのを気にせず、ヨヨコはぶつぶつ独り言を続ける。
「まずい、まずいわ……」
「んー? なにがまずいの? ドッグフード?」
「それは勿論、このままだとぼっち過ぎて一人もメンバー集められずに【SIDEROS】解散ってなっちゃいそうだから……」
「んー……そんなにしでろす? ってのは大事なの?」
「ええ! なんと言っても私が一番になるのには絶対に必要な、グループで……って、あなた誰よ!」
雑音が思考に混じりながらも自分の世界に入っていたヨヨコは、しかし流石に自問どころじゃない説明を求められ出したところでようやく他人の介在に気付く。
険を残したまま顔を上げてみればそこにはそこそこ可愛くも、あんまりなまでに締まりない緩い表情をした女の子の姿が。
ヨヨコと正反対のように、にこにことしている彼女は真ん前で唐突に叫ばれても気にも留めずに正しく返答する。
「あたしは、井伊直子。今日は、友達のためにライブハウスの下見に来たんだ」
「えっと、その……井伊さん?」
「うん、そうだよー。直子って呼んでくれると嬉しいかも」
「どうして、そんなに近いのかしら?」
井伊直子。これがそんなふつーの名前の持ち主であることも、なんだか妙に気にしてくれていることもそそっかしくも賢さ高めのヨヨコには理解できた。
だが、それにしても自分は他人の距離にしては随分と接近を許してしまっている。
まさしく眼前、手を伸ばさずともあと少し真っ直ぐ顔を突き出せばキスすら出来てしまう距離。他人へのプライベートスペースにここまでの接近を許した試しの少ないヨヨコは流石に狼狽する。
だが、にこにこしてばかりの他人は、どこか訳知り顔で指を立てながらこう諭し出す。
「だって、聞いちゃったけどあなた、大事なもの失くしちゃいそうなんでしょ?」
「そうだけど……」
「なら、どうしようか考えないとねー。あたしも手伝ったげるよ! もんじゃのちえ!」
「えっと。まずもんじゃに知恵なんてないし、初めて会ったし関係ないわよね、私達って……」
「ん? だからどうしたの?」
ヨヨコは、一度顔を伏せて少し考える。
正直、ぼっちの彼女にここまで気安い他人の出現は心追いついてなくとも嬉しくはある。また、眼の前の子のように他人の悩みに寄り添える、それが美徳であるとは捻くれもののヨヨコだって思う。
けれど、厚意を毎度ありがたく受け取れるぼっちなんて居なければ、正直仲間に裏切られたばかりの彼女はぽっと出の直子のことなんてとても信じられなかった。
だから、ヨヨコは意を決して表情を怒りに変えてこう突き放すのである。
「分かんないの? う、うざったいのよっ! 私はそんなに哀れまれなくても、一人で出来るわ!」
言ってしまって、ヨヨコは思う。こんなにキツく告げる必要なんて本当にあったのかと。
実際直子とやらは大分うざい感じだけど、ただの興味本位とはどこか違う感じがするし、哀れんでいると言うよりもむしろこれは。
そんな悩める少女を前に、悩まないことにしている直子は笑顔のまま。
「あはは。そんなんじゃないよ。あたしはね、ただこのうるさい箱の中で一番静かなこの場所でただ息を潜めるだけじゃなく、何か有意義なことが出来たらと思っただけだから」
この音によって幸福になるための場所をうるさいと断じた上で、紛れもない本音を述べるのだった。
その後、正反対な二人は互いに自己紹介を行う。
どこまでもふざけた様子の直子だったが、ふんふんくんくんと実のところ彼女はヨヨコの一言を転がし傾聴してばかり。
それに気付かず、冗句にぷんすかする彼女の前に、自分のターンが回ってきた彼女は己をこう紹介するだけだった。
「あたしは、音楽得意なヨヨコちゃん達と違ってすっごい苦手なんだよねー……ちょっと物理で動物的だから。大体の音は分かるけど、あたしにはうっさいんだー」
「……それなのに、直子は友達のためにFOLTまで来たの?」
「うん! 炭鉱のカナリア的な? つまりあたしがやられたらやばいよーって判断できるような仕組みかなー」
「いや、やられちゃダメでしょ……友達ってどんな子?」
「あたしの逆でちょっと精神的で流体な子! 昨日は来週バンドメンバーで向かうって聞いてFOLTにびびり散らかしすぎたのかぶるぶるしてるなって思ってたら、最終的に爆発して散らかっちゃったから元に集めるの大変だったなー」
「ちょっ、それって本当に人間?!」
その日、ヨヨコはこの子何を言ってのよと友人に関して特に突っ込みまくったが、直子はふざけていてもあまり嘘はついていない。
事実、耳が良すぎる彼女にはライブハウスの騒々しさに余裕がなくて道化のメイクも半端だった。おふざけ切れていない少女はただの変。
そして、紹介した後藤ひとりという存在が不可思議すぎたことも事実。
故に、背景に宇宙を浮かべた猫の画像ようにお前は何を言っているのだとヨヨコは叫ぶのだが、実際昨日押し入れの中で飛散した友のために来ている直子は微笑むだけだ。
「ま、あたし達のことはどーでもいいとして。問題はぼっちなヨヨコちゃんの一人っ子バンドをどうするかだよねー」
「わ、私はぼっちじゃないけど、まあ直ぐにはそんな……」
「よーし! まずは集めてみよー! ヨヨコちゃんの【SIDEROS】に入りたい子、この指とーまれ!」
「ちょ」
そして、直子は特に悩むことなく一本指を高らかに。
ワンちゃん達の遠吠えを参考にした直子の呼び声は、無駄に新宿FOLTの中に響き渡って、注目を集める。
「あら。ヨヨコちゃん……とそのお友達? やだ。ちょっと子供っぽいけど青春ねー」
「んー……あの子……何だか……」
僅か、気にする大人。
そして、何やってんだこいつと見つめる多くを尻目に、ぼっちのトラウマを知らずこれが何より優れた方法なのだと信じ切っている彼女の人集めの成果は。
「わー」
重なるは三つ。
尊敬と親愛と興味はヨヨコへの畏怖を超えて集ってくれはしたが。
「あははー。あくびちゃんも、幽々ちゃんも楓子ちゃんも皆面白いねー」
「っす」
「そう~?」
「直子ちゃんには敵わないよ~」
「……なにこれ」
ヨヨコの前に並んだのは、ものの見事にイロモノばかり。
長谷川あくびに、本城楓子、内田幽々。マスクに呑気にホラー系。
色違いのそれらは何故か我先にと直子の掲げた指先に飛び付いた上に、リーダーのヨヨコをすら差し置いてそれぞれ仲良くなった。
「ま、いいけど……」
蚊帳の外での盛り上がりに、携帯電話を弄りながら呟くヨヨコ。
今日一日でロインの新グループに四人の名前が増えたことに、ぼっち少女はむしろ困惑。
全員彼女から見れば後輩で、また都合良くギターにベースにドラムが揃っているのは最早不思議ですらあった。
「とりあえずお試し加入、って感じみたいだけど良かったねー」
「直子ちゃんは楽器やんないっすか?」
「あたしは楽器よりミ〇キー派かな? ハハッ!」
「……そのネタはよくない」
「減点ね~」
「がーん! あたし再現頑張ったのにー。ヨヨコちゃん的にもナシ?」
「はぁ……」
そして、そんな後輩達は妙に嫌われ者の筈の少女に対して気安い。
それが孤高な憧れの人の周りでピエロがお堅い空気を必死に引っかき回したがための結果であるとは、ヨヨコはしばらく気付くこともなく。
「……もう、とりあえずこれでいいわ」
ただ、望外にもうるさい箱の中なにより騒がしい少女のおかげで早々に夢の続きを見ることが出来そうなことを、つんとしたままヨヨコは認めて。
いじけながら直子に向けて指をさし、こんな意地悪なことを言ってみたのだけれども。
「ただ、直子……あんた半端に首突っ込んだ責任、とりなさいよ」
「うん!」
どうにもこのいい子ちゃんな後輩には糠に釘。彼女はほとほと頷くばかりのドリンキングバード。
むしろ奇縁が続くことを喜ぶ音楽苦手は【新生SIDEROS】四人全員をその広げた手でまとめて。
「なっ」
「っす?」
「きゃ~」
「ん~?」
「ヨヨコちゃん達は友達もんね!」
そう、直子は内に打算を隠しながら締めるのだった。
そして、そんな始まりを歴たからこそ。
「友達……ね」
心底無理しなければ音を拾えない少女が必死になってしまうような彼女の一番の友達、曰く【ちょっと精神的で流体な子】を嫌いになるのだった。
そして。
「……ギターと歌を、教えて?」
「うん……ダメかなー」
「ダメじゃ、ないわよ。直子は……私の、友達だもの」
ああ、幾ら大きく育ったところで月は綺麗で、でも。
「良かった! ヨヨコちゃん、ありがとー。これで、ひとりちゃんに近づけるよ!」
「っ」
彼女はひとりのために空を見上げない。


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