第十三話 皆、幸せに

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

私、川島吉見はそこそこ友達がいます。
立場もあって悪っぽい人が中心ですが、善い人にだって仲良しさんは居るのですね。
クラスメイトや、楠川の街の人たち。それに何より宗二君とかは幼馴染みでズッ友です。
影のある美少年から、明らかにコイツ主人公だなといった整え方不明な無軌道ヘアのイケメンさんへと順調進化を遂げている彼。
何か最近私に恋しているだのという情報をこれまたイケオジさんから得てしまっていますが、まあそんなことは知ったことではありません。

恋が病のようであるなら、その切っ先たる初恋は発熱悪寒、即ち身体と心がそれを受け入れるための前兆程度としてもいい筈です。
そんな大事にしなくとも、初恋が叶わないのは然り。
深みにハマってしまう前に、きっと忘れられてしまうだろう私は、何より悪で救世主と釣り合うはずもありませんでした。

「ま、どう考えても悪の首領の私なんかより、メインヒロインの玲奈ちゃんの方がお似合いです……そもそも、私は誰が好きとかよく分からないですしねー」

あの子は、ライトノベルの肌色多め挿絵にて無表情ポーズを取るのがお得意なのですね。
それと比べると、ドラマとかの桃色シーンの度に恐れて、はわわとクッションを頭に被って一次避難とその場に隠れだしちゃうような健全極まりない私です。
妹わらびに姉ちゃんはまるで情緒赤ちゃんだねと零されただけはあり、私は未だ恋知らず。
異性に告白される度に、慌てて間に合っていますと逃げ出し続けて早十数年なのでした。

そういえば、私が幼稚園生の頃に年齢は関係ないとガチ告白してきたあの道子先生は健在でしょうか。
既婚者だっただけあって愛の囁きがお上手でしたが、ぶっちゃけあぶのーまる過ぎてドン引きした私には逆効果でした。
何だかんだ人生二回目な園児の私にモラルと道理を説かれたことで最後は改心してくれた様子でしたが、いやはや世の中には変わった人がいるものです。

「あの当時はオレっ娘でちょっとぶっきらぼうでしたから……そのせいもあったのですかね? ま、その反省から小学校デビューな感じで《《あの人》》みたいに一人称私で丁寧語を心がけ始めた結果、今があるのですが」

晴れ渡り痛いくらいに日光降り注ぐ朝に、呟き一つ。
相変わらず独りぼっちの寂しさを独り言で紛らわせながら、私は何故か早々に登校してしまった妹を追いかけるように歩んでいます。

とはいえ、無能がするそれの速さは急ごうとも人並み程度。
むしろ焦っていない今の私は傍からすれば嫌にゆっくりしているように見えてしまうことでしょう。
しかし、白鳥さんが優雅そうに水上を進む際に懸命なバタ足が居ることと同じく、優雅な登校風景を作り出す毎日に私の細足は痛むほどに頑張っているのですね。
周囲に心配をさせないように努めてのことですが、実のところ家に帰る頃には大体足ぷるぷるしていて時に攣ることすらあります。
これでも毎日豊胸体操を含めてストレッチは欠かしていないのですが。

「まあそんな湿布さんとは仲良しな私ですが……でもそのためか、前に職業実習にて老人ホームを選んだわらびに、婆ちゃん達姉ちゃんと同じ匂いだったって言われたのは業腹です」

あれですかね、ハッカの匂いという奴でしょうか。お年を召した方々には尊敬こそあれども、別に私はその匂いまでも真似したいとは思っていないのですが。
ちなみに、同級生等には不足した成長よりも大いなる性徴を注目されてしまうわらびも、お爺ちゃんお婆ちゃん達から見てしまえば何もかもが若さでしかなかったようです。
めちゃ可愛がられたわらびはしばらく月一くらいで老人ホームに通っていました。
それはもう楽しそうにお手玉教わっただの、窓際好き爺さん実はすげぇ人だっただの、誰々が今日は全部ご飯食べられただの、語ってくれたのです。

「でもそれも今はなく……やれ、残ったのが愛おしい記憶ばかりであったことにあの子は耐えられなかったのですね」

ある日わらびを可愛がってくれたお婆ちゃんが、亡くなりました。
折り紙が得意だったあの人はすっかり身体を弱らせて、もう起き上がることも出来ません。
色々語ってくれたお爺さんは痴呆により喋れなくなってしまい、今も不明の空をずっと見ています。

優しいわらびはそれらの当たり前に、とてもではありませんが耐えられませんでした。
諸行無常と習えども、愛に心はそう簡単に移ろってくれません。そして、死と老いを泣きながら見知ってしまったからこそ。

「だからこそ、不滅の恵のような異能持ちに過剰に懐くようになったのかもしれませんね」

近頃増えた夜間の外出。それを指で数えようとして、諦めました。そんなことをしたところで、ちょっとくすんだ妹の青春は返ってくるものではありませんから。
そう、幾ら無能の私でもこの頃わらびがこそこそ四天王達となにかをしようと企んでいるのには気づいています。
私はただ、それが妹本人のためであることを願わずにはいられません。あの子は少し、優しすぎますから。

「たとえ人の眼がひたすらに外を向いていたとしても、まず抱きしめるべきは己でしょう。その後で、正義だの悪だの考えれば良い……違うのですかね?」

私は私のことがあまり好きではないので除外しますが、大好きなこの世界の皆くらいはまず自分の幸せを確保して欲しいなと思ってしまいます。
別に私は悪でいいので皆は幸せになってしまえばいいのに、というのが実のところ本音だったりもするのですね。

まあ、それが異世界転生にて歪んだ私の価値観によるものだと熱に揺らぐアスファルトを孤独に横目に見ていると。

「んー……《《たし》》は合ってると思うぞ?」

なんと先まで何もなかったはずの反対側からそんな声がかかります。
振り向くと、そこにはオレンジ色の短髪で口元の金のリングが特徴的な女の人のチェシャ猫のような笑顔に埋もれた青い瞳が見て取れました。
予期していた私は驚きもせず、こう返します。

「なんだ。|古崎友美《こざきゆうみ》さんですか。はじめまして」

そう、彼女はカメレオンの配列を真似できる唯一の拡張型人間。そして、テキストで見知った人でした。
彼女は光のもとに、どこにだって隠れることが可能です。
隠密得意なその特徴を嫌われたため、原作では真っ先に善人に狙われて原作開始以前に亡くなっていたのがこの友美さん。
ですが、この世界では私の言を受けた善人の気まぐれによって、未だに生き延びていることを私は知っていました。

努めずとも無表情気味な私に、しかし友美さんは驚きを隠せない様子。
先まで服ごと背景に溶け込んでいたことを忘れさせるようなビビッドカラーな全体を一度ぴょんと跳ねさせてから、こう疑問を呈するのでした。

「あれ……たしったらひょっとして泳がされてた?」
「ええ。私は全部知っていました……そして」

私は彼女の疑問に対して云と頷きます。
なにせ、私は私が急所と知られることこそを望んでいました。また、テキストとして数行の活躍とはいえ原作キャラをいたずらに殺してしまうなんて酷く《《もったいない》》です。
だから、何時だって私のお口にはチャックをせずに、今日までずっと本当のことを独りで口走るのを繰り返していて。

「こうしてお話できる日を、ずっと待っていましたよ?」

だからこそ、そんな作為的な全てを知ってどう思ったのか気になる私は小首を傾げます。
バツかマルか、サンカクか。私は私に対する他者の採点が気になって、別視点たる彼女を望んだのですね。

「あはは……全知、ね」

すると、まるで蛇さんに睨まれたカエルさんのように友美さんは怯えながらも苦笑を漏らすのでした。

 

さて、改めて【イザナミ】という正義を掲げる機構には、一般的な人員以外にヒーロー、【拡張型人間】と呼ばれる超人的な戦闘要員が存在します。
そして、その拡張型人間とは孵卵器【IZANAMI】によって最初から存在を拡張して設計した人達のことですね。
ちなみに、彼らは孵卵器を稼働した時期により三つの世代に分けられています。

まずは、第一世代。これは公式的には失敗とされていますが、実際あの上水善人を生み出してしまったのですから、大失敗と言ってもいいでしょう。
そして第二世代というのは、今から三十年ほど前になるのですかね。
第一世代からの改良として一体の究極に注力するのではなく複数の次善を生み出すという考えから、イザナミは十数名程の拡張型人間を生み出しました。
それが、道上大地さんと古崎友美さんら。現在のイザナミの主力となっている人たちですね。アベレージが高く、中々粒ぞろいですよ。
ちなみに彼らからデータを採り、《《枷》》を加えながら原点回帰として究極の一として生み出した第三世代たるイザナミの技術の結晶、海山宗二君は現在失敗作と目されています。

実際は工夫さえすれば宗二君は善人に負けないので、最高傑作としても良いのですが。
まあ、それを知っているのは今のところ私だけ。宗二君本人ですら、ときに私があだ名として用いる救世主という言葉をすら欠片も信じていないのでした。

「で、これまでのあんたの独り言、どこまでホントだったのさ」
「全部、ですよ?」
「んなこたねーだろー」

そして、第二世代。数少ない拡張型人間の成功作としてヒーローとして運用されている友美さんは、やさぐれ気味にコップに突き刺さったストローをガジガジ。
学校を休んで贔屓の喫茶店でフラペチーノに砂糖マシマシマシマシという何時もの注文をした私の前でアイスコーヒーをイッキした彼女は、私以上にキツイ眼差しの端に軽く涙を浮かべていました。
カチューシャを弄りながら、彼女はこう言います。

「知らずに口走っていたのと、知っていて嘯いてたんじゃ情報の確度は天と地の差だっての。どれが本当だったか嘘だったか精査するの、たしが研究者共に頼まなきゃなんねーじゃねーかー」
「それはご愁傷さまです。ただ……あ、マスター。注文通りありがとうございます」
「うわ。もはや砂糖の山じゃんソレ。何度見てもありえねー。たしがへんてこなアンタに何度ツッコもうとしてたか、分かってんの?」

フラペチーノを覆い尽くし小山となした上白糖に半目を向けて、私の言に友美さんはそんな風に呟きました。
なるほど、見るにボケとツッコミで人を大別するならば、明らかにこの人はツッコミタイプ。全く同じタイプである私が気に食わないのは、同族嫌悪として仕方ないのかもしれません。
私は納得に頷きながら糖分にざらりとした口の周りを舐め、言葉を返します。

「さあ……ですがなるほど。私の全知、確り持ち帰ってくれたのですね?」
「そりゃ、それが任務だしー。意味分かんなくても全部上に上げてんよー。つうか、前世とか厨二病も混じっててアンタイミフ過ぎだわ……報告書どんだけ書き直したことか……」
「それはご迷惑をおかけしました」
「まー、良いんだけどさー……どうも実はたしのこと、見逃してくれてたみたいだし……はー……たしみたいに薄い奴でも存在認知されてたとは、全知っぷりに落ち込むわー」

ついにべちゃりと溶けたようにテーブルの上にて落ち込む友美さん。彼女はコップから落ちた水滴にて天板に大きなのの字を書き出します。
まあ、敵対している私もこの様子には同情せざるをえませんね。
実際知っていた私が呟いた本当のこと全てにクエッションマークが付与されこれまでの情報が信じられなくなってしまったのであれば、今回の任務は失敗とされても仕方がないでしょう。

「お疲れ様です」
「ホントなー」

ついよしよしとしてしまった私を友美さんは気にも留めません。
それは、ジンベイザメ程に存在拡張されている方ですから私の撫で撫でなんてそう痒感すら覚えないのかもしれませんが、しかし何となく胡乱げでも気は取り戻せてきた様子。
首を上げ、彼女は私をまっすぐ見直しました。

「でさ……予定と違っちまったけどよ。答え合わせいーか?」
「ええ、勿論」

私は諾します。彼女がわざわざ接近したのは、なにかの確信を持てたからだと私は察せていました。
それが勝機か否か。私はちょっとわくわくしながら友美さんの次の言葉を待ちます。

「はぁ……」

たっぷり十秒ほど口ごもってから、しかし彼女は続けました。

「なあ、ひょっとしたら、お前死のうとしてないか?」
「はい」

笑顔で私はそうだと告げます。
正義も悪も大好きで、それ以外も友として愛しているのならば、全てが憎しみや愛に軋み合っている世界の様子が私にはとても辛くって。

故に私は悪の花冠として、せめて全ての責任を負って殺されたいのです。

ああ、だから私はバツで悪いのだ。そう、改めて思いました。

「そういうの、止めろよなー……」

お姉さん悲しいぞ。
顔をべちゃりとテーブルに預けた友美さんは殆ど全てを知って、けれどもそう溢すばかりなのでした。

 

「あー……」
「……ご苦労さま」

デスクの上にて悩む。それを続ける古崎友美のここ最近の何時もの行動に、道上大地はただそう呟いて自席へと戻る。
心臓付近に発信機《《等》》が取り付けられている透明化可能なこの同僚に、大地は思うところが多々あった。

「うー……」

任務としてだろうが、暗部に触れ続けて撚た女性。
それが、ここ最近なんだか愉快な子供につくようになってから、随分と明るくなってきたというのに。
ここ最近は、こうしてずっと悩みに困っている様子だ。机上の情報端末に乗っかり、珍妙な鳴き声を上げる彼女は明らかに異常。

「ぬー……」
「はぁ……友美。何があったか、聞いてもいいか?」
「だいちゃん……いや、たしったらさ……」

気遣いの声に応じるは、膿んだ表情。
そして同い年、しかし生じた順では最後に当たる妹のような機密情報担当の友美は。

「イザナミ、辞めたくなっちゃったよ」
「はぁ?」

「どうにか皆、幸せになれないもんかねー……」

自らの心の臓の大動脈に付いた【管理者】には収縮自在の輪っかの存在を知りながら、そんな生きてでは叶わぬ夢を見ていたのだった。


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