第十四話 わらびはえろび

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

川園は近頃ヒーローの発生源でその昔は鬼共の根城であったからには我らがテュポエウスの拠点が点在することをさっ引いても、中々の治安の良さを誇ります。
世界を犯したがるあの善人ですら川園での悪行はなるべく避けるものですから、県内でも随一の住みやすい地と認められているのですね。
おかげで近年町から市へと昇格するくらいに人の入りが激しいのです。
まあ、当たり前のように魔法少女とかと鬼が喧嘩しているのを見て撤退する方も多いようですが、むしろそれ目当てで外国人観光客が訪れたりすることもあるようでした。
私は謎の言語で話しかけてくる彼彼女らにいつもあいきゃんすぴーくじゃぱにーずと返しているのですが、何故か都度爆笑を誘う結果になっています。
私は日本語しかしゃべれないよって伝えているつもりなのですが、海外の方のツボっていうのはよく分からないものですね。

まあ、そんな風にして色々と有名になりつつある混沌とした平和の街川園。
そもそも鬼共の根回しによってマスコミの動きが制限されているらしいこの地ですが、しかし人の口に戸は立てられないのでしょう。
実際動画配信サイトとかで我らが魔法少女、ゆきちゃんは普通に有名です。

このちびっ子お隣さん、力使うとき当たり前のように変身しますから、色々と映えるのでしょうね。
カラフルふりふり衣装に、謎のどでかハンマーという構成は男女構わずロマンと取れるようです。
この前なんてゆきちゃんは、突然舞い降りてきた鶴に求愛のダンスを披露されて困り顔になっていましたし、その魅力は最早人界すら超えて留まることを知らないのでしょう。

ただ、一度服を再構成する際の裸の時に光で恥ずかしいところを隠している彼女に対し、ゴツいキャノン砲のようなカメラを持ってして激写を狙おうとする複数の男子達には流石の私も閉口しています。
まあ、変身バンクがどうのこうの語るマニアな彼らですが、いざゆきちゃんが暴れ出したら避難誘導などを率先してくれるので、やっぱり善悪というものは計りがたいなとも思うのでした。

そして、今は川園の中央付近の川島の我が家。
用途不明の錆々高鉄棒が鎮座するお庭にて、お隣さんな彼女とお話をしていたところ私は動物たちに絡まれ、ゆきちゃんは顔を唐突に伏せました。
もふもふというよりアニマルパワーを存分に味わっている私の隣で、彼女はどうしてか口を尖らせます。

「ぴょん、ぴょん!」
「ワン、ワン!」
「うむむー」
「やれ。どうしたのですか、ゆきちゃん。私の前で何かお悩みですか? 私も現在進行形でひらめちゃんとミリーちゃんに両側から袖引っ張られる謎のモテ期に身動き取れない悩みを抱えていますが、良かったらお話聞きますよ?」
「うん……ちょっとねー。あ、ひらめはあんまりうさちゃんに対抗して吉見お姉さんで遊ばないでね」
「くぅん……」
「やれ。動物さん達のヒエラルキー雑草以下の私はゆきちゃんの号令がないと延々と遊ばれっぱなしで大変です……あ、これ袖めっちゃのびのびですね」

魔法少女の退いての指先の動きに合わせて整列するひらめちゃんとミリーちゃん。大人しく従う動物たちを見ても、しかしゆきちゃんの表情は優れないままでした。
縄跳びすら出来そうなくらいに伸びてしまった袖を持て余しながら、これは何か良くないことがあったのだろうと私は傾注の姿勢を取ります。
すると案の定、堤が溢れたかのようにゆきちゃんは想いを言葉にしはじめるのでした。

「ねえ、吉見お姉さん。私って唯一の魔法少女だったでしょ? 実は私、それって凄く自信にしてたんだー」
「あー……確かに、ゆきちゃんの魔法は誰も真似できるものではないですからね……やれ、法を曲げる魔たる少女なんてたった一人で良いのですよ」
「うん……でも何か突然強い変な子が出てきちゃって、私ちょっと落ち込んでる」
「へ、変な子、ですか……」
「そう。それに、スケベ」
「す、スケベでもあるのですか……あ、それってもしかして」
「うん……前夜中に出会ったウサギの耳を付けた仮面のスケスケメイド服の変態さんのこと。あの子、どうも魔法に近い能力があったみたい」
「え? そ、そうだったのですか……その出会いで、ちょっと自信に揺らぎが出た、と」

落ち込むゆきちゃんを撫で撫でしつつ、お話を聞いているとどうも話が妙なところに飛び火しました。
そう、それはつい先日にできたてほやほやの私の黒歴史。
ゆきちゃんが言ったのは強化された私が仮面を被って、あのガーゼ一枚どころかオブラートよりもスケスケの布地というどうして日本はこんな技術まで優れているのだと嘆きたくなった薄々を用いたメイド服を知らず纏って大立ち回りしたあのこと。
何でかゆきちゃんには遭遇するなり魔法で攻撃されたので必死になって持っていたモップでガードして逃げ切ったのですが、それをこうもトラウマにされてしまっていたとは。

「私はすっごいから、だから吉見お姉さんを守れると思ってたのに……本当は違ったのかな……」
「ゆきちゃん……」

そもそも、あの日の私は大分成長というか、見目の拡張と言うか善人とミュート特製の外装によって変化していたために今の私とはゆきちゃんも分かってはいないようです。
しかし、あの変身の際に何気なく使っていた力がまさか能力として魔法に近いものとは私も思っていませんでした。
ですがそんな全知の振りした私の無知にて、ゆきちゃんは傷ついてしまっています。

いや、ホント善人は余計なことしかしませんね。
悪い人たちのお掃除をこの手で出来たのは良い経験でしたが、結果私はバニー痴女メイドとして裏に知られるどころかこうしてゆきちゃんのトラウマに。
というか、ゆきちゃんって私のこと守ろうとしてくれていたのですね。有り難いのですが、そういうのは他のいい子たちにやってあげて欲しいなと思う次第です。
とはいえ、この御髪の柔らかな子の自主性を奪うのも良くないですし、取り敢えず私は慰めの言葉をかけるために口を動かすのでした。

「ゆきちゃん、大丈夫です。私はどうせならそんなセクシーな女の人よりも可愛らしいゆきちゃんに守って欲しいです」
「吉見お姉さん……ありがとう。でも、あの女の人はセクシーじゃないよ。ああいうのがあざといって言うんだと思う」
「そ、そうですか……本来私が苦手とするタイプですね……余計、そんな人じゃなくって、ゆきちゃんがいいです!」
「……そうだよね! うん、そうだよ! えへへー……吉見お姉さんの一番信頼できる魔法少女は私だものね!」
「ええ! そんな見ず知らずの人より、ずっとゆきちゃんの方を私は信用しています」
「うん! あんなスケスケ変質者、魔法少女の風上にも置けないもんね!」
「……ゆきちゃん、それは言い過ぎでは?」
「えー」
「わんー」
「ぴょんー」

暇を持て余したのかゆきちゃんと一緒になって鳴き声をあげるひらめちゃんとミリーちゃんの上目遣いの愛らしさを堪えながら、私はちょっとぷんぷんになります。
私は改めて、あざとい系女子が苦手でした。故に、私がそれに入れられてしまうなんて想像もしなかったことです。
あまつさえ、変質者扱いとは。いや、実際変態さんなのはあんな極薄衣装をこっそり買って手の届くところに置いていた善人であり、それを羽織った私はただのバカです。
まあ、やたらすーすーするなあとは思いながら戦っていた私のアホさをお利口さんなゆきちゃんが毛嫌いするのは分かりますが。

とはいえ、悪くだけ言われるのは嬉しくありません。今度は私が口をとがらせ、こう言い募るのでした。

「ゆきちゃん。ひょっとしたら、その人だって何かこう……理由があってそんな格好をしていたのかもしれませんよ。ただ変質者とするのは短慮かもしれません」
「うーん……でも、私あんなエロエロな格好してパンツ丸見えで戦う理由なんてわかんない!」
「……例えば、ひょっとしたら騙されたり強制されてそんな服着ていたのかもしれません」
「んー……それってプレイ? っていうやつ?」
「ゆ、ゆきちゃん、そんな言葉の使い方どこから覚えたのです!? お姉さん、顔真っ赤になっちゃいます!」
「わらびちゃんが教えてくれたよ! よくあの子、吉見お姉さんが放置プレイし過ぎとかどうのこうのって言ってるー」
「わらびはえろびでした!」
「あははー」

恥ずかしくて赤くなった顔を両手で隠す私に、しかしゆきちゃんは朗らかにも笑います。
大分元気になってくれたのは有り難いですが、わらびのエロさ、まあ原作から削減はしてもまだ大分残っていたようでびっくりでした。
まさか、お隣の小学生に放置プレイだとか、しかも私がしているとか寝の葉もないことを。
これは後でお尻ペンペン……は可哀想なので、デコピンの刑ですね。
全く、えっちなのは良くないです。

「あー……そうだね」
「どうしました?」

そう改めて思う私に、しかしなぜかゆきちゃんはにんまり。なんだかチェシャ猫の笑みってこんな感じなのかなと思う私に彼女は。

「あのおねーさんにもう一度会えたら私の考えも変わるかも!」
「はぁ……」

何か楽しげな、期待を帯びた魔法少女。ひょっとしたら異常な現実を保有しているゆきちゃんには私には分からない先が理解できるのかもしれません。
ですがもう一度、という機会があるのかないのか分からない私は、ただ首を傾げてどうすれば良いのかなと思うばかりだったのです。

「ぴょんー!」
「ミリーちゃん! わ、私は悪いうさぎメイドさんじゃないですよー!」
「あ、変態おねーさんがうさちゃんにイジメられてる!」

だから、翌日の夜に善人の要請により再び変身した私がお家から抜け出す際にミリーちゃんに見つかったために伸されたその時、ゆきちゃんがタイミング良く助けてくれたのは、きっと偶々だったのでしょう。

 

『鬼は外ですがもう外にいるなら野生動物の餌食になることだってあるでしょう! ラビットキックです! やー!』
『うおっ、コンビニにカップ麺の買い出しに向かったら変態女の飛び蹴りを食らうとはー!』

「これハ……」
「はは……凄いな……」

それはどこから撮影したのか。
闇夜にそれだけくっきりと浮かんでいるのは、謎のうさ耳仮面メイド(スケスケ)の勇姿、というよりもアホ行動。
悪人退治をしていたと思ったら魔法少女と敵対し、最後は通りがかりの鬼に全力キックを打ち込んでその上半身を裸にひん剥いてからその場を逃げ出した無法ぶりに、観覧者達も苦笑いだった。

「これくらいで良いだろう」

そして、その場を仕切りながらアホ映像を打ち切ったのは、なんとかの悪逆非道上水善人。
四天王最強である彼は、他の四天王と、その秘蔵っ子に向けてこう問う。

「それで、コイツの正体は分かるか?」
「ヨシミンでス!」
「この馬鹿らしさ、最早問うまでもないレベルだな……」
「また姉ちゃん何やってんだよ……おっぱい盛ったら気分上がっちゃったのかー?」
「私、吉見お姉さんがとうとう気がふれたと思っちゃってたよ……」
「なるほど……お前ら四天王と実妹くらいになると、分かるか……胸の盛り具合が足りなかったか? 答えは絶壁プラス最小限だとはじき出したミュートの試算も役に立たんな……」

アジトの一つ、彼の持つ高級過ぎるアパートのひとフロアにてどうせなら西瓜レベルにしておいた方がとか何やらぶつぶつ呟く善人に、仲間たちは苦笑。
なるほど上手なテクスチャというかレイヤが川島吉見という絶望的な少女に対して貼り付けてあるようだが、それくらいで愛すべき首領を見失うことなどあり得ないと信奉者共は思うのだった。
そして、特段うむむとしていた妹、川島わらびは手を挙げ、こう問い正す。

「ねーねー、善人くん! キミが鬼にも届きかねないほどこんな過剰防衛な装備を与えたのはまあ、心配だからだろうけどさ。どーして姉ちゃんはこんなにスケスケなの?」
「……それは僕も気になったな」
「しゅみ?」
「それハ、ヨシミンのデスか? ヨシトのですカ?」
「……オレがもしもの時の備えを、間違えて渡してしまったというだけだ」
「本当にエロかったのは善人くんだったかー」
「あはは……どんまい」

マッチョマン形態の恵に肩に手を置かれる善人。
だが地味に魂が女子である恵にエロい部分を慰められるのは、彼にとって酷だった。
酷く先を続けにくそうにしながら、しかし生真面目にも善人は続ける。

「……ちょっとした手違いはあったが、まあ試運転としては上々だろう。カメレオンの目によってイザナミには理解されているだろうが、しかし言動の紛らわしさといったら流石だ」
「あー……確かに吉見、言動を見る限り正義か悪かまるで分からないよね。これ、どっちでも通せそう」
「つまり?」
「アリス、分かっタかもデス!」
「えー……私まだ分からないよー……どういうことなの?」

ニコニコと得心に笑んだのは、人のマーブル。
上等の最高段は、言動からは意外にも優れた知能にてこう結論づけるのだった。

「敵か味方か分かラない、なラヨシミンが誰かラも手を出されない可能性がアルかもデス!」
「おー」
「その通りだ」

そして、皆は善人が自らの時々良いことをしたくなるという乱心すら用いた奇策の目的に驚く。
理解が広がる様子を見ながら、天を穿つように指を立て彼は補足を続ける。

「吉見は知っての通り、《《死にたがり》》だ。そして何より本人が弱すぎる。これまでは妹の強化やペットの実装で守りを補強してきたが……今回は無理にだが変身、外装という形で強化とその披露まで成せた」
「はいはーい! やっぱり善人くんでも姉ちゃん本体の強化は無理だったの?」
「ああ……アレは全知ぶってはいるが、そもそも無能という概念そのものに近い。故に、そのものの拡張は不可能。外装として本体と繋がらない強化を用意する他になかった」
「はー……厄介な姉ちゃんでごめんねー」
「ヨシミンだカラ仕方なイデス!」

仕方ない。アリスのその言葉にうんうん頷く複数名。
それはそもそも四天王の共通認識である。

「そうだな……アイツの、せいだ」

赦して、赦しを請いたくなる。それが彼女の持つ深すぎる愛によるものだったとしても、あまりに毒であった。
それこそ、最強に近いだろう上水善人だろうが吉見のない世界を生きるのは無理だと思えてしまうくらいに、それは間違いなく。
苦笑を浮かべ続けていた恵は、ふと呟いた。

「僕らは頑張ってるけど、何より本人がそれを望んでいないだろうっていうのがアレだよね……」
「……言うな」

私なんて、という言葉は聞きたくなくても親しいゆえに何度も聞かされる。
それが辛いと言いたくないのが、彼彼女らにもある善なのだろう。

何にせよ、テュポエウスの四天王は皆川島吉見を想っていて。

「私、あのばーじょんの吉見お姉さんにまた会いたいな……」
「どうしてだ?」
「えっと……ね?」

それ以上に。

「あの状態なら、ちょっと叱ってあげても死んじゃわないから!」
「そっかー」

なんとか幸せにしてあげたいとも悪ながら考え続けているのだった。


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