第十六話 友達に優しくしてみた

優しい幽香さん 幽香さん、優しくしてみる

入道雲を青く呑み込む空高く。何にも寄らぬ宙にて少女たちは舞い踊る。魅せるためには弾を交わすことでは足りないと、直に矛を交えて戦う姿は多くに仰がれた。
夏の頃合い、高き日の暑い中。涼みの最中に少女たちの弾幕ごっこは丁度いい祭りごと。やんややんやと手の届かない偶像――宗教家たち――の勝ちに価値をつけて、里人達は楽しんでいた。
そして、それは驚くべき変わりよう。近くの和気あいあいを楽しんで、風見幽香は微笑んだ。

「人里に広がり始めていた厭世の感はどこへやら。嘘も方便というけれど、宗教も使いようね。方針のぶつけ合いが、熱気を呼ぶのはまあ当然なのでしょうけれど」
「それだけじゃありませんよ! 彼女たちのあの弾幕格闘を行う姿の格好いいこと。皆が思わず戦いの結果に一喜一憂して、勝者を推してしまいたくなることも分かります!」
「そうね……ふふ。特に小鈴は霊夢がお気に入りのようね」
「はい! 霊夢さんは素人目に見ても避けるのがお綺麗ですので! あれですよね……なんというか、軌跡がどこか優れた書道家の一筆にも似ているような……」
「あら。小鈴は慧眼ね」

ほう、と感心する艶やかな浴衣姿の幽香の隣で、あどけない容姿の少女が朗らかに笑む。
そう、揺れる二本の髪の房を揺らしながら、本居小鈴は恐るべき妖怪の隣で会話を楽しんでいた。まさか、こんな美人が怖い存在だなんてありえないと、いつぞやの早苗のように高をくくって。
それもそのはず、小さい頃から本の虫であった小鈴は妖怪を未だ《《本》》絡みでしか見つけていない。彼女は生きた妖怪の筆頭である幽香のことをすら寡聞として知らなかった。
故に、隣が空いていますね、お邪魔しますと混雑の中からどうしてか隙間があった優しげな幽香の隣に割り込み、話し込んでからの今がある。
そんなビブリオフィリアの無知ににっこりしながら、幽香は続けた。

「力感がないのよ、あの子の戦闘には。あるべき場所に身体を置いているだけ」
「うわあ……なんか、達人の業ですね、それって」
「それが業ではなく、天才によるものであるのが困ったところね」
「天才……やっぱり、霊夢さんって凄いんですねー!」

霊力に輝く符が相手をかすめ、歓声が大いに沸く。光描の最中を舞う少女の美しさに、誰もが目を惹かれた。
赤は瞬き、弾けて交じり敵を逃しはしない。近寄ることすら殆どいらない、それは誰も賛同できるような巧緻の美であった。

きらりきらりと小鈴の輝く瞳は優れた空の筆致を認める。そして霊夢の飛行の意味――無敵――をすらどこか覗いているようですらあった。
上手。そのために、ファンになってしまうのも致し方のないことか。その若さを見て取り、しかし幽香は語るのだった。

「でもまあ、天才でしかないのが霊夢の弱いところでもあるわ」
「それは……」
「最善の方法ばかりしか思い描けない人間が、愚作の檻を見通すのは、逆に難しいということ。――――ほら、結果が出るわ」
「あ」

瞬間、大空に流れ星が尾を引く。ジグザグ。妥当な檻を引き裂き、自分の飛ばした星を足蹴にでたらめな軌道を持ってして、彼女のスペルカードは天才的な弾の包囲を食い破る。

「いやっほう! この瞬間をまっていたぜ、霊夢!」
「くっ!」

そして、始まるは至近での意地の鍔迫り合い。弾ける青と赤。力を大いに纏った箒に大幣がばちばちと輝いて、その伯仲を知らせる。

「応援の甲斐、あったようね」

予想外の展開にあ然とする小鈴の隣で平然と、幽香は零す。
この異変が起こった端からずっと幽香はある人間の勝利を確信していた。そう、彼女は小鈴と違い、霧雨魔理沙ばかりを優しく認めていたのである。

分かりやすい宗教に己の希望を託し人が刹那の快楽を求める異変。幽香はええじゃないかの言葉を代表とするその異常に気づいている。
賢しくあるのは弱者の取り柄。しかし、幽香はどうしてだか誰よりも強いと言うのに間違いなく知恵者であった。故に、彼女は焦ることなく淡々と見解を述べる。

「先が見えない、つまるところ希望がないから今を求める。なるほど、一面の感情が人々から失われているようね」
「ほぅ。お前さんもそう思うか」

深夜の人里。丑三つ時に出歩くものなど数少ない。しかし、夜分遅くに妖怪は活気づくもの。そしてついでに外れた人も喜ぶものだが、どうも酒に浸る彼らに表情はない。
興味の赴くままに夜更けに人のゆりかごまでやってきた幽香であるが、抜け殻の夜警に門番に止められることすらなく中心まで歩めたのは少々拍子抜けであった。
反応不足、つまらないばかりになってしまった人たち。壊れたおもちゃで遊ぶほど数寄者ではない。だから、独り言に返ってくるものがあったことを、幽香は歓迎するのだった。

「予想の材料は充分。そして、見て明らかならば疑問の余地はないわ」
「ふぉっふぉっふぉ。一見で理解したか。賢者でなくとも大いなるものは想像の上を思っているという。……なるほど儂なんかでは届かぬところにその天辺はあるようじゃな。流石は噂の大妖、風見幽香といったところか」

当たり前のように、幽香の前にどろんと現れたのは、葉っぱを頭に大きな尻尾を持つ大妖獣。それが縞持つ幻想狸特有のものであることから分かるように、彼女は化け狸。
そしてその中でも群を抜いて極みの一つに座しているのが、この二ツ岩マミゾウだった。マミゾウはほとんど初対面の相手を見定めるかのように眼鏡をずらしてその目を細める。

「のう。お主はひょっとして、この異変を起こした犯人に見当がついておるのじゃないか?」
「それは流石に買いかぶり過ぎね」

マミゾウの疑問に、幽香は頭を振る。全知全能にまで至らせていない妖怪でしかない彼女は、全てを解している訳ではなかった。
しかし一陣の風に癖っ毛遊ばせつつ、その不明とも遊んだ。ふと昼間の青を伺わせないくらい洞の空を見上げながらぞっとするほど美しく微笑んで、幽香は言うのだった。

「ただ、間違いなく言えることは、あと数日でこの異変はおしまい、ということね」
「ほぅ……果たしてその根拠はいかに?」

マミゾウは知らない。本来ならば、こうして問答が平和に続いていることが奇跡。それくらいに、意地悪でない幽香はここ数年ばかりの稀だった。
しかし優しい笑顔は深く、幽香はそっと塀の端――死角――を見る。そして口を開いた。

「信頼という名の経験則よ。ねえ――――そこの貴女もそう思うでしょう?」
「っ! 流石……分かっていたか」
「下手に能力を使わないで隠れたのは良いのだけれど、咄嗟に身を隠したがために花――その子――を踏んづけている者を見逃すことは流石にないわね」
「これは……重ね重ね失礼した」

塀の向こうから返ってきたのはどこか固い声。この場に居た三人目の人物は、幽香の言に焦っていた。
件の人物は足を疾く小さな紫の花――夏枯草――から離して、姿を現す。恐縮した様子でしかしすらりと二色の髪を流して歩くその姿に驚いたのは、マミゾウだった。

「お前さんは……確か、寺子屋の」
「ええ。上白沢慧音です。二ッ岩殿。そして、幽香。隠れて聞いていたことと、花を踏みにじっていたこと、共に申し訳ない」

二人の前に現れるなり、丁寧に、立ち聞きと潰れた一輪について謝る慧音。どこか怯え混じりのその様子を優しく、幽香は認めた。

「ふふ。真面目ね。裂かれて映える花もあるわ。それに踏まれて伸びようとしない花のことまで、私は知らない」
「ふぅ……そうか。正直なところ幽香、貴女が優しくしていて助かったよ。以前の幽香だったら私は何をされていたことやら……」

慧音は夜に咲く笑顔の花の前で恐縮しきり。そこには、少し相手を疑っていたバツの悪さもあった。
夜の人里の異変に気づき、乗じる妖怪等がないか見回りをしていたところで見つけたのは、極めつけのあやかし、風見幽香。
慧音がよもやこれは異変に彼女が関係しているのでは、と簡単に疑い、更に隠れたところでヘマをやらかしたのに至っては、恥じ入るばかりだった。

「ふむ。幽香どのの以前とやらが興味深くはあるが……しかしあえて話を戻そうかのう。信頼、とはどういうことじゃ?」
「まあ、なんとなく分かる気もするが……私も貴女の口から聞きたいな」
「決まっているわ」

疑問に首を傾げるマミゾウ。そしてどこか苦くも笑む慧音。二人の妖獣の視線を受け、どこかもったいぶりながら幽香は口を開く。
月光隠すものなく、当然のように星光だって燦々と。夜更けにあって辺りは不明ばかりでも、仰げば明瞭にそれらはあった。
当たり前に間違いなくある。だから、人々は安堵できるのかもしれない。そしてそういうものを、ひょっとしたら希望と呼ぶのかもしれなかった。
故に、彼女の言葉はどこまでも自然なものにしかならない。妖しく、美の極致は言った。

「私の友達が、こんな異変なんかで屈する訳がないじゃない」

幽香は、これから活躍続けて希望そのものになるのだろう、魔理沙の勝利を疑わない。

「面霊気、か……面白い付喪神もあったものね」
「だろ? 中々変わった奴でさあ。秦こころって言うらしいんだが……いやあ、元が器物と思えんくらいには達者なやつだったぜ」
「だから、貴女が擦り傷打ち身だらけ満身創痍の今があるのね。ひどい有様」
「新聞一面、大活躍の魔理沙様の前で、それは言ってくれるなよ……」

人の心も落ち着いて、ええじゃないかはどこへと消え。当たり前に、明日を見据えて日々を暮らしはじめたそんな異変の暮れ。
幽香と魔理沙はふわりふわりと空の上。以前より二人距離近く、彼女は彼女の痛みに触れるその手から逃げることもなかった。
そして、魔理沙は頬に触れた幽香のその手のひらが緑色に輝き、患部に熱を持たせていることを感じる。少女は、問った。

「癒しの魔法はざっとしか見て取っていないのだけれど、どうかしら?」
「ん……なんかむずかゆい感じだが……これで治るってんならそれは嬉しいな。ありがたい」
「ふふ。どういたしまして」
「いやー、正直筋肉痛覚悟の連戦だったからなあ。さしもの私も、くたくただぜ……」

箒の上で、星の少女は本音を晒す。それに、花の少女は微笑んだ。
無防備を突きたくなる己を殺し、努めて手の光に熱を込めすぎないようにして。

「にしても、これで霊夢に一勝か……」

雲に紛れた空を見上げ、感慨深げに魔理沙は呟いた。その吐露を受け取り、幽香は眦を更に緩める。

今回、幽香は異変に手を出さないことに決めていた。それは何故か。誰よりも、真相に近いところに居たというのに。
けれども、自らの強力をすら、花は無粋なものとした。

風見幽香は知っていたのだ。目の前の少女が頑張りたがっていたことを。
それが、誰よりも博麗霊夢の大変を知っていて、それを共に分かちあいたいからこその頑張りであることも。
いじらしいまでの思いやり。以前確かにそんな眩しいものを認めたからこそ、自分の気持ちが変わったのだということをすら、幽香は知っていた。
だから、少しばかり思いを込めて、彼女は彼女を困らすのだ。

「お疲れ様」
「お、おう」

人は人に美しさを見出す。そして、人の影は人をどう思うのか。それは花となって現れていた。
間近に咲いた笑顔に作意は何もない。だからこそ、戸惑う。

「はは……ありがとな」

けれども、差し出された月桂樹の花を受け取らないのも下らない。
そして、自分の気持ちに二度も嘘をつくのも馬鹿らしいことである。
だからこそ、魔理沙は今度こそ逃げることなく友情を受け取り、自然に笑えたのだった。

 

笑みの花、二つ。

「風見、幽香……」

そんな二人を下から逆しまに強く見下げて。

「はぁ」

鬼人正邪はため息を吐いた。


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