第十九話 ライバルに優しくしてみた

優しい幽香さん 幽香さん、優しくしてみる

断崖絶壁が邪魔になっていても、ぶち破って進めば良い。そんな発想は常人には持つことが出来るものではなかった。
普通ならば力が足らずに届かず及ばず、涙を呑むのが当然。挑むまでもなく自信崩折れさせるのが本来であるだろう。
そんなこと、何度も手抜きの彼女と戦って、その度に墜とされてきた霧雨魔理沙には理解出来ている。

最強とは、欺瞞ではなく真実そのもの。看板立てるまでもなく当人が口走ったそれこそこの世の道理そのものであるなど、彼女以外にあり得ないことだろう。
故に、幽香の遊びですら最難関の問題と化すのは、もはやどうしようもない。だが、隠れた優等生の魔理沙には、そろそろ出題者の癖だって分かってきている。
風見幽香とて弾幕ごっこなら無敵ではないのだから、百点満点を出さずとも合格さえ得れば良いのだ。
そう、無様でも墜ちる前に墜とす。そのためのパワーならば既に得ていると、魔理沙の右手に握り込んだ自信は囁いていた。

「よしっ、いくぜ!」

柔らかな頬を武器持つ逆手でぴしゃんと叩いて痛みに気合を高める。
最強に心ですら負けていては、勝負にもならない。そんなこと、分かりきった事実である。
視線を強く、刺し貫くようにして魔理沙は友を見つめた。

だが、まるで楼閣を守るように立っていた彼女は、逆さという台無しになった城をすら一輪のための自然と化させる。
無理に無意味だって愉快に足らずにむしろ哀れなほどの可愛らしさ。そう考えられてしまえるくらいに際の強さを持つ幽香はまるで全てを抱いているかのようにアルカイックな笑みを見せる。
そのまま彼女は自分に凶器――妖器となったミニ八卦炉――を油断なく向ける友に、問った。

「さて、作戦は十分に立てられたかしら? 勝利の星は今の貴女に見えている?」
「勿論だ! 燦々と輝く一等星が、私には丸見えってもんだぜ。だから幽香……お前さんにだって今の私は負けないからな?」

魔理沙はむしろ暗黒を帯びたミニ八卦炉を掲げ、勝利を暗に宣言する。
そう、これまでに足りなかったのは、禍々しいまでの力。弾幕はパワーと言い張り続けて、そうしてようやく得たのは全てを無に帰しかねない程の代物。
棚からぼたもち、どころか降って湧いて這入ってきた力を歓迎し信頼するのはいささか軽すぎる気もするが、それがどうした。

手段を選ばずに、それでも勝ちたい並びたい。そんな心こそが友情だというのは、霧雨魔理沙という少女にとっては当たり前のものなのだった。

「そう、良かったわ」
「……良かった?」

だが、そんなお前しか目に入らないとでも言わんばかりの熱中を前に、風見幽香は冷静に丸をつけるばかり。
そこに花をつけずにおかざるを得ない残念を心中深くに隠し置いて、向けられた友情に彼女はただ応じる。

閉ざすは、白く桃や草の色を呑み込んで揺らめく傘の蕾。そっと周囲に妖力魔力で練り上げた花々で空を飾りながら、臨戦態勢の相手を前に彼女は微笑む。

「ええ。魔理沙、貴女が今回の異変の勝ち筋を勘違いしてくれて良かった」
「どういうことだ?」
「簡単なことよ。それは……」

本来勝利条件は、本来一つ。天邪鬼、鬼人正邪の目論見を挫くというそれだけ。
だが、そんなことを知らない魔理沙は、故にただ空にあった最強に意味を感じて発奮してしまった。

ああ、首謀者にお前の力だけは借りない、勝手にしろと言われて追い出されても優しく彼女の近くに佇んでいただけの幽香に、どうして挑む価値があるのだろう。

微笑んで、向けられた敵意に応じて弾幕を展開し始めた最強は、こう嘯く。

「ただの門柱の装花に本気になるほど、無駄なことはないというだけ」

そう。本来ならば、戦うことこそ誤り。
最強なんてもの無視して通り過ぎて行ってしまえばいいだろうに、友だからこそ気にして相手にしてしまう。情こそ冷静を失わせる哀れであって、無意味に近い高鳴りなのかもしれないが。

「はっ、私が幽香に挑むことが、無駄なもんかってのっ!」

旧き魔女の形に恋をして、認めた光り輝く力をモットーとしている乙女には、心より大切なものなどないのだった。

火力は過ぎて、形をすら取り切れずにただの炎と化す。
一撃一撃が焼き尽くす形を取って、花の守りを次々と食い破っていく。
赤の輝きは、色とりどりを一緒くたにして散華の美すら許さずに焼失させた。幾ら多種多様を並べようともそれは同じで、むしろそれをすら許さないと怒涛と成って炎は迫る。
無様でなくては逃げることすら難儀する、そんなパワーに依った一色弾幕の檻は容易く幽香という花冠を閉じ込めることに成功した。
人では灼けそうな光熱に支配された空の中、どうにか笑めた魔理沙は、言う。

「どうだ? これなら弾幕はパワーって言えるだろ?」
「なるほど。貴女が自信に鼻先を伸ばすだけはあるわね。増幅器と願望器がうまく重なり合うと、これほど増長するなんて」
「はっ、天狗程じゃないが私にだって格好つけたい気持ちはあるぜ? 特に、霊夢やお前さんの前ではなっ」
「それは光栄なことね」

会話の合間にも、通う炎が赤熱を花々に伝導させて消し飛ばしていく。
幽香の余りある力も、弾幕ごっこにて用いている弾幕の花を操る程度であっては、魔理沙のかざすミニ八卦炉の前には蟷螂の斧。
最強にとっては涼しい炎であっても、とはいえルールの上では無視は出来ずに、ゆらゆら動いて服の末端を焦がしていく。

幽香の言の通り八卦炉のような火炉は、要は魔力に対する増幅器である。森近霖之助というとびきりの腕を持った者が創り上げたそれは、伝説的な素材を含めてかなりの高度。
それが、打ち出の小槌の与える魔力を食い散らかしてその願いを叶えるという方向性をすら得てしまえば、最早それが持つ火力は神の持つ権能、能力に近いものになる。
人が持つにしては過分なほどの、究極じみた高効率。本来ならば、こんなものを持った人間など、力に溺れてしまうのが普通であるだろう。

「そして、何より勝ちたいと思っちまうな! 知ってるか、幽香! 幸運の女神には前髪しかないんだってよ!」
「ええ。とても残念なヘアスタイルよね」
「だなっ!」

だが、普通の魔法使いを自称する霧雨魔理沙は違う。
冷静に、大量の火炎の中に自力のレーザー網を織り交ぜる等して、更に踊る花を追い詰めていくのだ。
赤青が紫電にラッピングされた、とても美しい直線。それで区切って余裕を失わせることこそ、大事。ここぞとばかりに弾幕畳み掛けて、仕留めにかかる。
彼女も、何度も幽香に負けて地の味を噛み締めたことで理解していた。この幻想の化身に対するには圧すだけでは意味がないと。
強弱含めたリズムを持って、ペースを狂わす。それこそが、唯一の勝利への道。そして、その殆どを既に魔理沙は踏破していた。

「そろそろ、だな!」
「ええ、もう少しね」

つまり、チェックメイトに足りていないものは後少しの時間であり、決め手。
タイミングを合わせたかのようにそれぞれが同時に取り出したスペルカードは、向かい合って。

「さて」
「いくぞ……妖器「ダークスパーク」!」

僅か、追いかける流星の少女の宣言の方が早かった。

互いの距離を一重に埋めるように駆け抜けるは昏き光線。恋をすら塗りつぶさんばかりの暗黒は、全てを無に帰す威力を発揮する。
そんな最強にほど近い少女の全力全開を受けた風見幽香は。

「ふふ」

笑った。

 

最強の花の妖怪、風見幽香という存在とは何だろうか。
最強、そして妖怪であるというのは、自称するだけあって間違いない。だが、実際に生の象徴である花々を基にして妖怪が生まれることなどほぼあり得ないことでもあった。
そこは区分けが違う、別担当の存在のもの。それこそ《《妖精》》でもないというのに花を操るなんて、そんな、そんな。

「あっ……」
「ふふ」

しかし、幽香は色とりどりの花弁の中、生命の妖怪として何より強くこの世を祝福する。
素晴らしい世界、幻想郷。その頂上にあるのが花であることこそ、何よりファンタジック。ルールを超えた、有り得ざる計算外。

「惜しい」

そう、たとえ遊びの中で力の殆どを削がれたとしても、彼女は花。
力の合間をそよいで、途絶えることない多色の愛の美だ。そんなものが、墨線一つで消せるものでないことは、明白。
案の定、黒の光線が消え去った後に、残ったのは花の繭。それは優しく開いて少女の背中を飾る羽根と化し。

「私にとどめを刺すならば、恋にすべきだったわね」
「な」

一瞬の強力を発揮するがための相手の溜めの時間にて宣言できた真新しい一枚のスペルカードを見せつけて。

改めて、それを語った。

「「幻想郷」」

そして、無聊な全ては花と散る。

「私は優しくしてみているけれど……決して、易しくはないのよ?」

力づくで攻略出来ると思うなら、それは論外。
落ち行く魔理沙に片目を瞑り、そして幽香は彼女を受け止めるための花々のブーケをその手で創り上げるのだった。

 

さて、門前にて火事どころでない熱量が暴れている。そんな時にどうするべきかは、簡単だ。
避けて、通れば良い。
幸い、最強の存在は釘付け。こっそり城へ忍び込むのを咎める様子もなかった。そうして、メイドは逆さの城を征く。

「うーん……降参よー!」
「わっほい、この人強かったー!」

最中に、九十九弁々、八橋の琵琶と琴の付喪神が姉妹をしているという中々の変わり者達との弾幕勝負にて無事勝利を収めて彼女、十六夜咲夜は笑顔を作る。
流石に二人が揃って二重に奏でる弾幕の渦に巻き込まれた際には、幾らなんでも咲夜も頬をひくつかせたものであったが、それでも相手が不慣れであれば勝負にはなった。
そもそも、あの風見幽香の相手をすることと比べれば、この程度は楽勝。つい笑顔になった彼女は、付喪神達の弾幕などを散々に引き裂いても余裕がある今回の相棒を褒め称えた。

「ふふ。幾ら斬っても斬れ味鈍らない、この妖刀は素敵ね」
「ううー……今は力ないものが力をもらえるからって道具の天下だけれど……騒がしい私達より物静かな刃の方がより力をもらえたのね」
「その刃、怖いわ……」
「ふぅん……なるほど、いい話を聞けたわ」

そして、最中に負け楽器達の言葉から情報を拾い、更に咲夜は気を良くする。
力ないものが力をもらえる。それは、ここまでの道中のザコ敵の厄介さからそうなのだろうと察していたが、だが、なるほど今この手にある刃はその中でも特級。
これなら、異変が終わっても手入れ要らず最高の包丁として使い続けられるのではと、内心メイド長はほくそ笑みながらふわふわと先を急ぐ。

「……ん?」

だがそんな持ち手の考えを察してか、小刀がカタリと動いて主張をした。ちらりとその僅か鈍くなったような銀色を認めてから、言い訳のように咲夜は力を得た業物に対して語り合かける。

「大丈夫よ。あなたが思っているほど私も道具を粗末に使うつもりはないわ。ただ、適材適所ってだけで……」
「あー、それっ!」
「あら?」

そんな咲夜を見咎めたのは、一人の少女。彼女はまるで一般の人間のようなサイズまで打ち出の小槌の魔力にて己を拡大した城主、少名針妙丸その人である。
針妙丸は、怖いもの知らずといった体でそのまま怪しい見知らぬメイドに近寄り、しげしげと小刀――元の彼女にとっては剣――を眺めて頭を下げた。

「貴女、私が実験的に付喪神にした剣、ここまで持ってきてくれたの? ありがとー!」
「……付喪神に? 貴女は……」
「あ……こほん。私は少名針妙丸。道具に導かれて我々レジスタンスの元まで至った貴女を歓迎する者よ」

きゃっきゃと子供らしく喜んでいた針妙丸も、しかし現在の立場は弱者のために働く反逆者達の長というもの。改めて、その身を正すのだった。
この立ち位置押し付けたまま、正邪またどっか行っちゃったんだよなあ、と思う彼女の内心を知らず咲夜は目を細く針妙丸を見つめる。
そして、断言するように彼女は問った。

「レジスタンス……つまり貴女が今回の異変の首謀者ね」
「そう! 私が力ない者たちに力を与えたんだ。幻想郷の弱者達が、見捨てられないようにって」

あっけらかんと、用意されていた台詞を読み上げるようにそう返した針妙丸に、咲夜は整った眉根を寄せる。
そもそも、幻想郷という中に潜む存在な時点で、弱者。その中の尽くが見捨てられていないからこそ楽園に守られているというのに。
これは、少し変なことをこの子は言っているのでは、と思ってつい咲夜は正しに言葉をかける。

「それは……現実とは違うと思うわ」
「うん。知ってる!」
「へぇ……」

だが、それに対して針妙丸は変わらずに笑顔。その満面ぶりに、何かを感じた咲夜は改めてナイフを構えるのだった。
そして、まるでずっと夢の中にいるかのような喜色をそのままに、その昔一人ぼっちだった彼女は叫ぶ。

「私はね。はじめて出来たひねくれ者の友達の願いを叶えるために、頑張ってるだけ! それだけで……貴女がもしあの子が望む世界の邪魔になるのなら」

そして、針妙丸が晒すは、黄金の槌。それがどこまでも価値のあるものであるというのは、欲の薄い方である咲夜であっても理解できる。
また、秘めた力は神々や幽香に及ばずとも考えられる最高クラスの願望機であるのは間違いなく。

だから、その前にて少女は何時ものように笑顔で夢を語るのだった。

「夢幻の力を与えるこの秘宝にて、レジスタンスの元に降るといい!」

それが叶わないかもしれないことを知りながら、それでも友の役に立って――使われて――いる今を少名針妙丸は歓迎する。

 

そして。

「風見幽香」
「あら、正邪……どうかしたの?」

「これで私の異変――夢――を終わりにする……風見幽香、私と勝負しろ」
「ふふ」

そんな小人の思いなど知らずに、幕は次第に降りていくのだった。


前の話← 目次 →次の話

コメント