少し暗い雰囲気になりもしたが、主にセイウンスカイと仲良くした一日は――――にとって楽しく過ぎた。
喫茶店の後は公園に移動して、久方ぶりに芝を楽しんだり、二人で花を愛でる。
その際に来年には飛び級してトレセン学園に入るのだと話すニシノフラワーというウマ娘の少女(二人共飛び級の下りは本気にしていなかったが、事実だった)と出会い、仲良くなったりもした。
ちょっと魚臭くはなったが、無理に駆けることもなく心穏やかにすることが出来て、まあ満点とまではいかずとも良い休暇が過ごせたと感じた――――。
「はぁ」
しかし、涼しい風に抜けるような空。格好の運動日和となっている翌日、本来なら走り込んでいただろう土曜日の今に、彼女は緑色のチュニックに黒のレギンスという私服に身を包んでいた。
その原因はとても簡単。トレーナーの零した一言で表せた。
一日程度では、まるで疲れが取れていない。
ごめんねと了解を得た上でトモを触診した彼女のトレーナー曰く、今まで拷問レベルに無理していなければ、こうはならない、とのことである。
「まさか、二日も休暇になるとはね……」
二日も走れないとはそれこそ拷問だと、流石にごねた――――だったが、冷静にトレーナーはこれでも譲歩している方だと諭した。
彼は本当なら、直ぐ様休暇どころか検査入院でもして欲しいくらいだ、と昨日書き出させた数頁に渡るここひと月のトレーニングを見ながら語る。
細かく連ねられすぎて真っ黒に近くなっていたそれを覗いたエルコンドルパサーもまた、擁護しようと思いましたが、無理デース! 毎日鉄人レースレベルとか――、直ぐ休んでください、とトレーナーの援護についた。
これには――――も白旗を揚げ、大人しく久しぶりの休日を堪能することとなったのだ。
だが何時ものお下げを流し、おせっかいさんに梳かしてもらった栗毛を気にしながら、今日は日差しも走るのに丁度いいレベルなのになあ、と未練タラタラ。
そんな、他所を気にしていれば、まるでそっぽを向かれているようにも《《連れ》》には思える。
ちょっとめかし込んでいる様子の桜色の少女と、深緑の淑女は――――に、声をかけた。
「――ちゃん、どうしたのー?」
「――さん。ぼうっとしていてはダメよ。このキングと一緒に出かけられるのよ、もっとシャンとしなさい」
振り返り、――――が目に入れたのは縁があって仲良くしているハルウララにキングヘイロー。
共に、――――が今日を一緒したら楽しいであろうと考える、そんないい子達である。
本当に大丈夫なのか顎に指先を当てて心配しているハルウララに微笑みをかけてから、もっと私を見なさいを捻くれた言で伝えるキングヘイローに向かってどうってことのない彼女は、ふざけた。
「分かってるよ……キングお母さん」
「なっ、私のどこがお母さんなのよ! ――さん、冗談も程々にしなさい!」
「冗談じゃなく、キングは下手をしたらうちのお母さんよりそれらしいけど。ね、ウララ。キングはお母さんみたいに優しいよね?」
「そうだねー。キングちゃんはとっても優しいよ!」
「っー! もう、私をからかって……二人共先に行っているわよ!」
認められたがるくせに、真っ直ぐに褒められ慣れていない。そんな愛らしい乙女を――――は素直に可愛いな思う。
そして、わ、キングちゃん怒っちゃった、ごめんねー! とキングヘイローの実は楽しげな尾っぽを追っかけていくハルウララもまた、愛らしい。
更には、そんな二人が自分を気にしてくれていたことがまた、――――には嬉しかった。
昨日はスカイさんと一緒に出歩いたと聞いたわ。それじゃあ今日は私と行くわよ。いえ……そうね、貴女には私と一緒に街なかを歩く、権利をあげるわ。
ふぁ――ちゃんいつも起こしに来てくれてありがとう! え? 今日は――ちゃんもお休みなの? やったー、なら一緒に遊べるね!
つまらない筈だった休日は、彼女らの友愛のお陰で、楽しみなばかりになった。
その最初がショッピングというのは、ここのところずっと必要なもの以外削ぎ落としてきた――――にとっては魅力に映らないが、それはそれ。
「あの子達といたら、退屈はしなさそう」
そう確信しながら、もう笑顔を交わし合っている二人の後に続いて、――――も、パンプスを前に前にと急かせる。
見事な茶色の尾っぽが喜色にゆっくりと左右に揺れて、その後ろに。
「あらあらー。――も、今日はお休みなのですね。それにこれはひょっとして、私と目指すところも一緒でしょうか……運命的です♪」
静かに微笑む、休みに一人買い物に出たグラスワンダーが誰知らず、ぴょこりと続いたのだった。
「なるほど……これは、良いものね。ただ、以前購入したバッグと比べると……」
「ねえねえ、キングちゃんキングちゃん! これも可愛いよ! ほら、ここ押すと、うにょーんって鳴くんだー!」
「ウララさん……何ですか、その珍妙なぬいぐるみが付いたカバンは……確かに見た目としては面白いかもしれませんが、実用性が……はぁ、そもそも幾らかしら…………ええっ!」
「いちじゅうひゃくせんまん……ああコレ、見た目はウララには似合う愛らしさだけど、ちょっと値段は一流のキングに似合う感じかもね」
「へぇ……確かによく見ると造りは確りしているみたいですね……それにしても、ちょっとお高い気がしますが」
「そんなに高かったの? どうしてだろ。わたしこの子、おもちゃ売り場でよく見るよー?」
「ああ、なるほど……この変なぬいぐるみ、最近の流行りみたいだけど、コレに関しては一流メーカーとのコラボ商品だったみたい。タグに書いてある」
「ウララさんったら、売り場のどこから持ってきたのかしら……流石に低級なジュエリーと変わらない値段のものを粗雑にそこらに置くわけには……」
「ウララはコレがあった場所分かる? ちなみにコレ値段はこんな感じね」
「えっと、ぜろがひとつふたつ……わわっ! わたし、お姉さんにこの子、返してくるねー!」
「ウララさん、走っちゃダメよ!」
「はーい!」
きっと皆と一緒なら。果たしてそういう気持ちで挑んだ買い物は――――の予想通りやはり波乱なしでは終わらなかった。
大型デパートに場所を移したところで、彼女らの楽しい戯れは続いている。
質を気にして比較的に高いものを買いたがり目を皿のようにして見つめるキングヘイローに、可愛かったり面白かったりしたらなに気にせず手に取りたがるハルウララ。
そしていつの間にか合流していたグラスワンダーの和風びいきに、自分が買うのはなんでもいいから取り敢えず茶化しとこう、な――――。
彼女らの間で愉快は続き、ハルウララがマネキンの立つ角を曲がっていく様を望みながら――――は、なんとなく自分の頬に緩みを覚えて、手を当てる。
「……ふふ」
すると、笑窪の凹みに、上がった口角。ようやく彼女も自分が笑っているのに気づいて、声を漏らすのだった。
ああ、楽しい。生きることの真実は痛みなのかもしれないけれど、それでも今ばかりは楽しく過ごせている。
――――は何となく、前世を思い出す。上手に駆ける度に、笑って首筋を撫でてくれた彼、もしくは彼女。楽しいに、あの人達は喜びをくれた。
時が流れるにつれその頻度は次第に減って失くなってしまったけれども、確かにあの瞬間は暖かかったと思う。間違いなく、残したいくらいに喜ばしい思い出ではあったのだ。でも、でも。
それは与えられた死によって忘れられた、彼の遠い過去。抱きしめたくなってしまうくらいに、小さな温もり。
ああ、だから私は。
「……――。どうかしましたか?」
「え? ううん。何でもない」
「そう、ですか……」
グラスワンダーの声により、我に返った――――。触れた頬は強張っている。いつの間にか、笑顔は凍って雪華のように儚く消えていた。
悲しい過去、とはいえないくらいに遠いウマソウルが運んでくるあの日の夢。それによって今が凍えるようなことは、偶にあること。だから気にするべきではない。
彼女は気を、取り直して友に声をかける。
「あ、そうだ。キング、今度は調理器具見に行かない?」
「うっ……ま、まあ貴女がそう望むのなら構わないけれど……」
「うん。一揃え使いやすいやつを探しましょう。そろそろキングにも料理を覚えてもらわないと、安心してお嫁に出せないから」
「私が出来ないのは、料理は――さんが担当って取り上げるからでしょう! それにお嫁って、母扱いなのか娘扱いなのか、はっきりなさい!」
「いや、流石に米を洗剤で洗おうとする人に自炊させられないでしょ。それにどっちでも、良いじゃない。キングは私にとって可愛い人だよ」
「……からかいがいがある人、の間違いじゃなくって?」
「はは、そうとも言うかな」
「もうっ」
おちゃらけて、笑顔を作り直す――――。それは勿論仮面である。でも、ずっとそうあって欲しい姿でもあった。
だから、それが嘘だとしても、と違和感を覚えながらもキングヘイローは迎合する。
しかし。
「ああ、確かに――の笑顔は可愛らしい。けれど…………儚すぎます」
大凡を看破したグラスワンダーは、新たに造られた笑みの冷たさを悲しく思うのだった。
「あ、トンボだよ、トンボ、ぐるぐるー。えい!」
「きゃ! ウララさん、捕まえるのがお上手ね。とてもお上手だけれど……」
「わーい! トンボって羽がすっごく綺麗だよねー。キングちゃんも見る?」
「きゃあ! ごめんなさい、近寄せないで。私、大きな虫はちょっと……」
「そっかー。こっちこそ怖がらせちゃってごめんね、キングちゃん」
「いえ……」
「あ、私の頭にも止まった。ひょいっと」
「ああ、貴女も素手で羽を掴んじゃって――は虫が怖くないのね……」
「いや、近くで胴体とか見ると結構グロいけど、まあウララの言う通り綺麗でもあるよね」
「そう、ね……でも怖いわ」
買い物し、そしてご飯を皆で一緒。話に花が咲いて、ちょっとレストランに長居してしまった後の夕焼けに、多くのトンボが羽ばたいていた。
松の枝に止まっていた一匹の指先ぐるぐるにて目を回させて、捕獲し喜ぶハルウララに、たまたま手にしたトンボをしげしげと見つめる――――。
そんな彼女らを離れて見ているキングヘイローは、自分の肩にアキアカネが一匹羽を休めていることを知らない。
また、――――の隣にて、上げてみた指先にトンボが停まったのを見たグラスワンダーは、呟く。
「蜻蛉、ですか……そんなに脆そうには見えませんが……」
「グラス。蜻蛉切は逸話だからね」
「ふふ、分かっています。ロマンですねー」
薙刀を習っていたこともある、実は武力ではウマ娘の中でもかなりのものがあるグラスワンダーはどうやら天下三名槍を思い出していたようだった。
――――に注意されながらも真っ二つとはどんな感じですかね、と視線でずんばらりんとされたトンボはしかし、元気にグラスワンダーから離れていく。
空の赤に、茜の虫は飛んでいった。
「すっかり秋だねー」
「そうね」
そう。今は天高くちょっと食い気にウマ娘もぽっちゃりしてしまう秋。そんな中、まだ今はこうして並べているけど、来年は。
何となく、今を楽しいと思ってしまったキングヘイローは、ふと寂しさを覚える。思わず、彼女は言った。
「……ねえ――さん」
「キング、どうかした?」
「いえ、ただ……貴女は……やっぱり、走るのね」
同室。そしてそれだけでなく、知らず夜な夜な――――抜け出した後のベッドの温もりを確かめたことが度々あるキングヘイローは、どこまでも知っている。
――――は、止まらない。弱かろうが、強く成れなかろうとも。しかしその努力に期待する心もあるし、見届けたい思いもある。けれども。
「うん。私は諦めない」
「……そう」
そう、はっきりと口にする――――のことがキングヘイローは心配だった。でも、そんなのライバルのする考えではない。けれど、この子は敵には思えなくて。
正直に、勝利を分かち合いたい数少ない相手なのだ。だから、だから。
「頑張りなさい」
ああ、ライバルとして頑張って、と彼女の無茶を黙って認めてしまった自分のことが、キングヘイローは嫌いだ。
私は果たして、上手に笑顔を作れているだろうか。
そんなだから。
「ふふ……――は、止まらないでくださいね?」
「勿論」
「……っ」
バチバチに心の真剣をぶつけ合う――――とグラスワンダーの姿を、彼女はどこか羨ましそうに見つめるしかないのだった。
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