第八話 虎柄な毘沙門天に優しくしてみた

優しい幽香さん 幽香さん、優しくしてみる

「なるほど、つまり幽香、貴女は封印を解けない、ではなく解かない。しかし、道中の安全確保はしてくれる、と」
「私の開封は何時だって力技。加減を損ねて下手をしたら中身ごと潰しかねないというのは拙いでしょう。だから、私に出来る残ったことはそれまでこの、聖輦船といったかしら? 兎に角この船の警護をしてあげるくらいね」
「十分ありがたいことですね。風見幽香直々の警護なんて、この世で最も頼もしいものではないでしょうか。これからはもう、賊も八雲紫の邪魔にも気にしないで済むようになります」
「元より紫が手を出すことはないと思うけれど。不思議な木片の捜索をこんな船で大々的に行っているから異変かと思うものも出るでしょうけれど、仔細把握しているのであれば別に慌てるようなことではないから」

それにしても法力とは鬼の力に匹敵するほどに便利なものね、と口にしてから幽香は特殊な力の篭った木によって型取られた空間を流し見る。
そう、幽香がこの船、と言ったように彼女が椅子に座しつつ乗っているものは聖輦船という特殊な船舶であった。
海がない幻想郷。川湖があるために全く不要という訳ではないが、それでもやる気になれば弾幕ごっこを出来る程の大きさで、ましてや空を飛べるような船となると唯一に近いものだろう。
今は空高く雲の影に隠してはいるが、最近は地底から間欠泉と共に飛び出した際に散った飛倉――聖輦船の元となった倉、聖輦船と同義――の破片という物を探すためによくよく動かしていたために、人里や山で聖輦船が目撃されることも多々あった。
何故、そこまで目立つ真似をしたかというと。それは幾ばくかの飛倉の破片と、今は何処かへ失くしているらしいが、幽香の眼前にてにこやかにしている元虎の妖怪のものであるという毘沙門天の宝塔が揃えば、聖白蓮という僧の封印が円満に解けるから。
だから、白蓮に恩ある妖怪たちは、焦って船を走らせたのだった。それを幻想郷の管理者、八雲紫に何時妨害されるか不安がりながら。

「ひょっとしたら、八雲紫は、聖復活が今の迷妄した幻想郷に必要なことである、ということを分かってくれているのでしょうか」
「さあ? でも、ここに在るなら出来るだけ、認めるでしょうね。紫は混沌を望んでいるから。ああそう。直接は関係ないけれど知っているかしら――カオスって言葉、元々は隙間という意味であったこと」
「……いえ、知りませんでした。しかし……それだけ重要そうな混沌という言葉に則るとすると……八雲紫は受け入れ現状を変え続けて……或いは何かを生み出そうとしている?」
「どうかしらね。まあ、紫はいくら策謀張り巡らしても、その答えが間違っていれば私が力尽くで正すことを知っているから。だからこそ余計慎重に容れてもいるのでしょう」
「何だかお二人の関係が分かってきたような気がしますね……」

訳知り顔で、つらつらと核心に近いであろう言葉を述べる幽香を見ながら、寅丸星はその不明な八雲紫にすら明るい強力の持ち主をどこか頼もしく思った。
力を恐れることなど、既に十分にしている。ならば、次は印象を変えてみる番だというように、今度は強く信頼してみたようだ。
星は白木のテーブルに両手を載せながら、どこか親しげに笑んで、笑まずに何か考えている幽香のその冷え冷えと尖った表情を見つめていた。

「それにしても、幾らか手に入れているという飛倉の欠片、とやらはまだしも、毘沙門天の宝塔を失くしてしまっているのは痛いわね。失くした場所に心当たりはないのかしら?」
「ナズーリンの家から帰る途中で気づいた時にはもう無かったので、無縁塚の何処かに落としたのでしょうが……虱潰しに探しても見つからないということは、誰かに拾われたという可能性が高いですね」
「ふぅん……無縁塚にて拾い物をするような変わり者、ね」
「ひょっとして、心当たりがあるのですか?」
「十中八九、宝塔は香霖堂にあるのでしょう。そこには色々と面倒な店主が居るから私が出て行ってもいいけれど……」
「そこまで面倒をかけさせるつもりはありません。後でナズーリンを向かわせます……しかし、こんなに簡単に見当がつくとは。分からなければ人に聞く、という言葉の有り難みを痛感しますね」

そして、失せ物の心当たりまで教えてもらえたとなれば、その心を疑うようなこともなく。優しくしてみているだけ、というナズーリンの報告を忘れ、知らず幽香をそのまま信じるようになっていた。
どこかで誰かに聞いた言葉を脳裏でリフレインさせながら、鋭い犬歯秘められた口の端をにこやかに曲げる。
そんな様子だから、他も聞いてみようと思ったのだろう。星は小さな客間から移動して、大切なアイテムである飛倉の破片が集まる倉庫代わりの一室へとまず案内し、そこで現状について色々と話し合おうと考えていた。
先のことから、出来るなら収集の効率化のためにも幽香のその知恵を借りたいという部分もあるが、それは副次的なもの。どちらかと言うと、仲良くなった者と秘密を共有したいという気持ちの方が、強かったりもした。

「出来ることなら、飛倉の破片に関しても今のうちに幽香の意見を聞いておきたいですね。まずは、どんなものか知らないと判断に困るでしょうから、案内しましょう」
「実物を見せてくれるのかしら?」
「ええ。見てくれはただの木片ですが、投げ出すとしばらく宙に浮き、妖精等が掴んだら挙動をおかしくさせてしまう程の法力が篭っているものです」
「それが、聖輦船が地底から間欠泉に乗って地上に出た時に欠けて飛び、挙句妖精たちに持ち去られて散り散りになってしまったと? それは少しおかしいわね」
「何がですか?」
「ただの浮かぶ木片。それが、妖精の気を確実に惹くようなものかと言うと、疑問ではない?」
「それは、確かに……」
「しかし、現に殆ど全てが持ち去られた。ひょっとすると、飛倉の破片の精査をする必要があるかもしれないわね」

そして、道中の考察にて幽香が鋭いものを見せたことで、星は自分の判断を正しいものと確信する。彼女の注意力は非常に優れていて、それがこれからも有益に働くであろうことは間違いない。
だから、ナズーリンが迷い、他の皆が反対していた、幽香を仲間に引き入れるということを強行したことを星は誇る気にすらなり始めている。
故に、元の種族柄小さな足音も更に軽くなった。きっと尻尾があれば、気分よく立ち上がって揺れたことだろう。

「ふぅ……仲が良さそうでいいこと」

天風が外で轟く中、しかし倉庫へと降りる中で丈夫な船体に守られて二人の会話は邪魔されることなくよく響いていた。それはもう、向かう方に居る者にまで楽々届くくらいには。
そして、幽香と星の会話を耳に入れた、破片を守る入道使い雲居一輪は、眉をひそめて溜息を吐く。しかし、噂に聞く悪妖を歓迎出来ない心を表に出さないまま、降りてきた二人の姿を認めて、声をかけた。

「星、新人さんをこんな場所まで案内して本当に大丈夫? そして、初めまして、かな。私は雲居一輪。聖輦船に来る前に周囲を守っている姿を見たでしょうけれど、私はあの入道、雲山を操る妖怪よ。よろしく」
「あの、頑固そうに見えて付き合いは良さそうな入道の主が貴女なのね。知っているでしょうけれど、私は風見幽香。花を操ることが得意な妖怪よ」
「やれやれ、本当にただの花妖怪なら下っ端として扱えて良かったのだけれど……まあ、大恩に報いるためには、良し悪しなんて言っていられないのは確か。もっとも、猫の手も借りたい状況、最強の手を借りられたというのは心強くはあるかな」

相対し、それはそれは、美しい笑みを形作る幽香を見ても、しかし一輪の心は動かない。彼女には、妖怪を迫害する人間以上に、妖怪人間構わず対せば虐める幽香が異常であるという考えがあった。
平等すぎて気味が悪い。少し優しくしてみていると聞いても、その程度で一輪の認識を雪ぐようなことはなかった。むしろ、気軽に態度を変えられる幽香に不信が強まる結果となっている。
だが、わざわざ横で仲間が友好を深めるような様子を眺めて喜んでいる星と、よく分からない風見幽香という妖怪の機嫌を損ねることもないだろうと、一輪は退いて二人に倉庫への道を示した。

「それで、飛倉の破片を検証するって言っていたわね。残さず倉庫に保管してあるわ。貴女達がそちらへ向かうのならば、私は外へ向かいましょうか。雲山も長く一人にしていると可哀想だし」
「哨戒お願いしますね。……それでは幽香、行きましょうか」
「分かったわ。ああ……そういえば一輪。一つ言い忘れていたわ」
「何?」

去っていく前の言葉と気を抜いた、その途端に一輪は自分を底まで見据えた赤い瞳を認める。耐え切れず、彼女は身体をぶるりと震わせた。
それが止まらないことに驚き、幽香を見る目は思わず少しずつ逸れていく。

「ふふ。そんなに気を張って、恐れなくても大丈夫。不明に怯えるのは、人間だけでいいと思わない?」
「……そうね」

微笑む幽香と、その言葉を外敵に対するものと誤認した星を見送りながら、強く自分の腕を抓って震えを抑え一輪は思う。
風見幽香という妖怪を自分が恐れていたのは間違いない。しかし、言われるまで分からなかったそれが表に出ていたとも思えなかった。
自分でも手が届かなかった心の深みを見抜いたあの瞳。それは悟り妖怪のあの大きな目よりも尚印象深く。アレを忘れるまでしばらく一人になることは出来ないな、と一輪は雲山の元へと硬直していた足を動かし向かい始めた。

「まだ少ないですが、この小山になっている木々が飛倉の破片ですね。これから法力を取り出すのですが、封印を確実に解くには、倍は欲しいところです」

船の底の方、船尾の辺りにある倉庫の中にて、寅丸星は木屑の山を示してそう語る。
力に敏感な幽香は、周囲の法力と元は同じであるが少し異なる力をその木片から感じ取って、なるほどと納得した。聖輦船の木材に篭められた法力は強すぎて加工に難い。
しかし、劣化し自然と離れたものならば、星のような妖怪であってもその力を抜き取ることが可能であるのだろう。だから、彼女たちはわざわざ破片を集めている。

「質が落ちるほうが、自由にし易い、というのは面白いわね。一つ、手にとっていいかしら?」
「ええ。勿論どうぞ」
「……なるほど、ね」

そして、幽香は破片が妖精たちの気を惹いたからくりをひと目で看破した。見知った正体に疑問符をつけようとする何か。それを見つけて彼女は睨む。
そんな真紅の強い眼光を恐れたのか、破片から現れ途端に逃げ出そうとする蛇を、幽香は慌てず掴んで捕まえた。

「な、何ですか、その蛇は! うわっ、他の破片からも次々と湧いてきました!」
「私にも分からないわ。ふふっ、でも外に散った破片にもコレが付いているのだとしたら……」
「あ、くっ、速い。しかも形態が変わる? ううっ、四・五匹しか捕まえられませんでしたー!」

元、とはいえ虎の妖怪らしく、俊敏に動きまわり突如として現れ逃げる獲物を追いかけた星であったが、無闇に殺生する訳にもいかなかった彼女に捕まえられたのは数える程。
そして、考え事をして動かなかった幽香が掴んでいるのは一匹。これだけでは、未知を既知にするだけのサンプルとしては少なすぎると星は思う。
しかし幽香は、今度は持つその手に疑問符をつけ始めた謎の物体を、そういうものと認めて利用することを思いつく。手放してから、彼女は星に告げる。

「星。もうそれは離していいわよ。全部逃がしてしまって構わない」
「そうですか? 分かりました。……確かにこうして握りしめていたずらに苦しめるのも心苦しいですしね」
「それは生き物ではないとは思うのだけれど。でも、まあそんな心構えも嫌いではないわ。そう、ただ掴んでいるだけでは意味がない。利用するには動かないと」
「何のことですか?」
「ふふ」

幽香は疑問に答えず、笑う。そして、ウェーブかかった緑を軽く流して、細めた目を、その奥の赤が見えなくなるまで更に狭めた。
訳がわからないままに、首を傾げる星は、しかし悪感情を持つことはない。もう既に、全面的に幽香を信じてしまっているから。

「ナズーリンには悪いけれど、彼女にはやってもらうことが増えたわね。まず、先に言付けを伝えて貰うわ」
「はぁ……」

そして、幽香は星を惑わせたままに、事態を先へと進める。すぐそこにあったのは、スタートボタン。躊躇いなく、彼女はそれを押す。
悪計等、知らなくていい。分からないまま成就させて喜ばすのが、幽香なりの優しさだ。
そう、幽香以外の誰知らず、ここから、異変は始まるのだった。

地に落ちた桜の花びらを境内から片付けるために、ゆっくりと箒持つ手を動かす少女が一人。桜色を作るためにパレットへ乗せた絵の具のような、鮮烈な赤と白の衣服を纏う彼女は博麗霊夢。
霊夢は名前の通りにここ博麗神社の巫女をしている少女である。主に異変解決妖怪退治を生業としている霊夢であったが、平時の今は暇を潰すための掃除をしながら、友人と会話をするのに明け暮れていた。
しかし、その内容は年頃の少女がするようなものとはいえない。

「宝船、ねぇ……」
「なんだ、お前は見たことないのか? 最近そこら中で話題になってるぜ。でっかい船が空を飛んでいるって」
「何、空飛ぶ船っていうだけじゃあ宝船かどうかなんて分からないじゃない。大きく帆に宝、って書いてあるならそうだと分かるけれど」

そして、最早腐れ縁とでも言うくらいに馴染んだその友は、霧雨魔理沙。一番に幽香に優しくされた、被害者の彼女である。
しかし、日にち経ち、気を取り戻して長い今。魔理沙は話題の宝船に夢中だった。普段から箒持ちながらも霊夢の手伝いをする素振りなど欠片も見せず、まるでタクトのように箒を振り回しながら、彼女は力説を続ける。

「なんだ。物欲は人並みにある癖して、お前には浪漫ってものがないな。一攫千金にメアリー・セレスト号の謎の答えに匹敵するような値打ちが手を伸ばした先にあるかもしれないんだぞ。飛びつくのが普通じゃないか?」
「情報に信ぴょう性があるのならね。見たこともない幽霊船を追うほど、私は馬鹿じゃないわ」
「いや……どうも、確かにそれはあるみたいだぞ?」
「何、雲を指差して……って、もしかしてアレが?」

そして、その時偶々、出来た雲の切れ間から、船の胴体部分が見て取れた。指し示した魔理沙は知らないが、それは聖輦船であり、勿論宝など何一つ載せてはいない。
しかし、金銭欲に濡れた瞳で見ればどうだろう。空船の奥に宝物が覗けてしまうもの。ましてや、先程までそこに宝の有無を話していたばかり。
最早霊夢には聖輦船が、宝船にしか思えなかった。

「驚いた、確かに何処となく宝船にも見えるような……追いましょう、魔理沙!」
「ちょっと待った」

だから、霊夢は箒を投げ捨て直ぐに追いかけようとしたが、魔理沙が袖を引いてその動きを止める。
霊夢が驚き、振り返った先で、魔理沙は反対の手で魔女帽のつばを下ろして顔を隠していた。それを不思議に思って霊夢は尋ねる。

「どうしたの? まさか、私に宝を先取りされるのを恐れたんじゃないでしょうね」
「いや、聞き回った中に、七福神のどれかっぽい奴と……幽香が乗り込んだのを見たっていう目撃情報があったんだよ」
「七福神って……本物らしさが増してきたじゃない。でも、幽香、ですって?」

嬉々として飛ぼうとしていた霊夢を留めた言葉。それは幽香の二文字。それを聞いた途端に、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。
どうも、霊夢は幽香が余程嫌いか苦手であるようだ。それもそのはず、自身を幾度も墜とした相手に苦手意識を持たない筈がなかった。

「ああ。行ったところであの風見幽香が待ち構えているかもしれないぞ。幾ら霊夢でも、そんな軽装でアイツに勝てるか?」
「そうね。最低でも陰陽玉をあと二つと、御札をもっと持って行かないといけないわね……」

霊夢にとって初めての敗北。それも随分昔のこと。様々な面で上達した今、勝者幽香とやりあえばどうなるかは分からない。或いは勝てるかも、と思わないでもなかった。
しかし、それでも少量の御札と針に、奥の手である陰陽玉を手薄にしたままで打倒する自信はないのだろう。霊夢は装備を整えに、神社の奥へと向かおうとした。

「あ、霊夢さんに魔理沙さん! お二人共々丁度一緒に居て、助かりました!」
「おっ、早苗か」
「何、急にどうしたのよ。あんたもあの船を追いかけているクチ?」

その時。大きな風音と共に現れたのは、霊夢の商売敵たる妖怪の山の巫女、東風谷早苗だった。何やら、彼女は随分と急いだ様である。
風に乱れた長髪を手櫛で整えながら、早苗は何事かと近寄る霊夢達へ、言葉を継ぐ。その内容は、彼女達が驚く代物だった。

「いいえ。違います。幽香さんから二人へ言付けです! 急がば回れ、鍵は妖精が持っている、と」
「は? なんだそりゃ。鍵って……ひょっとして、宝物庫に何か仕掛けでもしてあるってことか? そういえば、最近妙な動きをする妖精を見かけたな……」
「そんなことより、何で早苗が幽香のメッセンジャーなんてやっているのよ! 何、ひょっとして守矢神社はあいつに屈したとでもいうの?」
「いえ、個人的に友誼を結ばせて貰っているのですが……」
「幽香の、友人? あんた何言っているの?」
「いや、嘘か誠か、私もそうだと言われたんだが……」
「はぁ?」

場は、大混乱。変わった幽香の姿を見ていない霊夢は、他人を容れる幽香なんて信じられないし、認めることなんて出来やしない。
しかし、二人が嘘を言っていないという無駄に鋭い勘がこの度も働いてしまい、霊夢は戸惑うのだった。

「ちょっと待った。何かおかしいわ。回りくどい質じゃないと思っていたけれど、アイツ何か悪巧みしていたの? あんたたちを利用して……うーん、何だか違う気もするけれど」
「そうですよ。幽香さんは意地悪ですけれど、悪いことを考えるような人じゃありませんよ!」
「いや……流石にアイツは悪いことを考えるような奴だと思うが……」
「魔理沙さんまで!」

早苗は、友のために義憤に燃える。本気のそれが、魔理沙にとってはおかしく、霊夢に至っては不気味にすら見えた。
明らかに、早苗の中の幽香は霊夢の知っている悪妖ではない。かといって、幽香がそうまで変わったことなど、想像できる筈もなく。ならば、騙されていると考えるのが自然なことで。
霊夢はこんな面倒を起こした相手を悪しざまにすら思う。

「この混乱の元凶。早苗が誑かされているのは間違いないみたいね」
「霊夢さん……分かりました」

別に、霊夢は早苗に対して思うところはない。強いていうならば、あんなのに操られていて可哀想と思うくらいだ。
しかし、正すためにも仕方なく、霊夢は早苗に向けてお祓い棒を突きつけるのだった。

桜色を足元に敷いて、赤と青、霊夢と早苗は向かい合う。二人の様子は奇しくも対照的である。方や物思いに沈み、方や強い感情を表に出し。
霊夢は柳に風と早苗の怒りを受け流しているが、しかし何か引っかかるものがあるようで観察するように相手を見つめていた。

「それで、本当にお前らスペルカード使わないんだな?」
「ええ。これは準備運動みたいなものだし」
「むっ。知りませんよ、後悔したって……行きます!」

そうして早苗の言葉から始まったのは、四角く茶色い蛇の背中の模様の様な弾が真っ直ぐ進む、その周囲を蛇のようにうねる白い弾幕が埋め尽くす、そんな光景。
空は一気に色を帯び、一帯は音にまみれて、静けさは消えた。騒々しい周りの中で、霊夢は眉根を寄せて、弾幕に相対していく。
怒涛のように襲いかかる蛇は、くねくねと動いて避ける場所をランダムに失わせる。そして、高いスピードで直進してくる蛇の鱗もまた、邪魔だ。蛇の真っ直ぐな丸呑み口と、その身の湾曲さ。その両方を併せて髣髴とさせるこの弾幕は非常に嫌らしい。
速さの違う二種類は、真っ当な回避を否定する。隙間の少ない中で、自分を目掛けてくる大量。横に避けて回らなければ、避けるスペースを作ることは難しい。

「まあ、こんなものよね」
「くっ、やっぱり当たらない!」

しかし、霊夢はそんなまどろっこしい真似などしなかった。真っ向から、相手を破る。それは正々堂々を好むから、等ではない。ただ、無駄に動くのが面倒であるから。
だが、それを続けて霊夢は回避を上達したのだ。そして、今や少女は回避を殆ど極めていた。ふわりふわりと全てをすり抜けて行く彼女は、幽香のそれとも違って無理を削り切った華美のない自然なものである。

そして、斜めに動いて蛇を袖に当てないように気を付けながら、思い出したかのように、霊夢も弾幕を放つ。
まず、周囲に浮かべた陰陽玉から霊弾が弧を描きながら飛んでいき、霊夢が投じる御札はそれと違って直線を描いて飛んで行く。そしてそれらは寸部違わず相手の元へと届き、付近で爆発する。
青と紅色の交差美しいが、ただそれだけの単純な弾幕。だが、そうであるが故に、避けるのは至難だ。その命中精度から、直撃しなくともダメージはかかり、次第に早苗の耳に散華の音も遠くに響くようになる。
前よりも随分と頑張っているな、と霊夢は思ったが、しかし早苗が墜ちるのは、早かった。

「くっ……神奈子様、諏訪子様。幽香、さん」
「よっ、と。ぷあっ」

そうして、早苗が重力に負けて地に頭を打ち付ける前に、流星がその身を攫う。観ていてタイミングを測っていた魔理沙だったが、少し高度にミスがあったのか、助け上げるところに桜の花があり、視界が一時桜色で覆われることとなった。
何とか地に降りて、早苗を降ろしたが、黒い帽子にも三つ編みにも花びらが絡まってしまい、魔理沙はしばらく身体を叩くはめになる。
そんな少し滑稽な姿を白い目で認めながら、ゆるりと霊夢も無傷なまま降りた。そして、少し考える様子を見せたために、魔理沙は彼女に話しかける。

「それで、どうする霊夢?」
「……あいつの言うことを聞くのは癪だけれど、いざお宝というところで鍵がない、となったら困るから、あんたが言っていたちょっとそこら辺のおかしな妖精とやらを探ってみるわ」
「ま、それが懸命だな。幽香が待ち構えているとなると、私ら以外に突破出来るのなんて居ないだろうし、それこそ急がば回れだな」

二人で早苗を神社の奥へと寝かしに向かいながら、霊夢と魔理沙は、そう結論付けた。
おかしな妖精から手に入るものが、何者かに植えられた正体不明の種により未確認飛行物体に見えてしまう、飛倉の破片であることを知らずに、二人はそれを宝物庫の鍵と信じて集め。
そして、それが聖白蓮を封印から解くための鍵であることを後に知り、酷くがっかりすることとなるのだが、そんなことは霊夢も魔理沙も知る由もなく。
ただ、この後二人は別々に青空へと往くのだった。


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