第七話 ダウザーな鼠に優しくしてみた

優しい幽香さん 幽香さん、優しくしてみる

「ご主人……私は少し拙いことを知ってしまったのかもしれない」
「これは唐突に……何ですか?」

満点の星空の下にて、クビキリギスの鳴き声響くそんな夜更け。無縁塚近くにある小さな掘っ立て小屋。畳張りのその中にて、寛ぐ妖怪が二人あった。
一人、家主であり話の途中で癖っ毛を抑えて大きく丸い耳を垂らし始めたのは、妖怪鼠、ナズーリンである。そして、彼女の妙な様子を気にしながらもお茶を口にすることで隠し、金色の瞳を真っ直ぐ向けているのは、毘沙門天の弟子、寅丸星であった。
単に主従、とするにはナズーリンと星の関係は複雑であるが、それを抜きにすると長く関係を続けてきた二人は友人でもあり、鼠と元虎の妖怪という違いを気にしないくらいには仲がいい。
だからこそ、胸に秘めておくべきかと思ったものを、ナズーリンは吐露したのだろう。

「先程まで宝塔と飛倉の破片探索の状況報告をしていたけれど、語っていない部分があったんだ。実は、その際に思ってもみない場面を見てしまってね」
「はぁ。確か、宝塔は全然駄目だったけれども博麗神社近くで破片は幾つか見つけた、と先ほどは言っていましたが」
「私が探索中に、空で轟音が響いたと思ったので観てみたんだよ。そうしたら、光線迸らせている、風見幽香が居てね……」
「風見幽香! 大丈夫だったのですか、ナズーリン!」
「まあ、私も目を付けられてはたまらないと思って隠れていたからね……しかし、おかしいと思ったのはそれからさ」

行灯では不足しがちな明かりの中、ナズーリンは中身が半分ほど減った茶碗をちゃぶ台に置いて、上を見た。板張りの天井、節が独特の趣を演出する薄暗いそこに、彼女は鮮烈な光を思い出して目を閉じる。
そうして少し経ってから、ナズーリンは語りを続けた。

「彼女は、隣に居た星が接触する予定の魔界神の子、アリスを光によって術式破壊しつくされた先、恐らくは魔界に送ったのだろうね。見送ったと思ったら、その無茶苦茶な所業に怒ったのだろう八雲の式が現れて、交戦を始めたんだよ」
「弾幕ごっこで、ですよね?」
「勿論。噂で聞いていた通りに両者とも大したものだったよ。弾幕美は素晴らしいわ、避ける姿も華麗だわ。思わず私もつられてふらふらと、気づけば間近に寄って行ってしまったんだ。今考えると、気づかれていなかったのが不思議な距離までね」
「見つかって、下手に風見幽香の勘気を誘うようなことになっていたら大変でしたね。ナズーリンはよっぽど運、或いは普段の行いが良かったのでしょう」
「いや……あれは、分かって無視していたのかもしれないな。何だかその後もおかしかったし」
「おかしい、とは?」

話に引き込まれたのか、星はその金と黒の独特な毛髪目立つ顔を知らず知らずのうちにナズーリンへと寄せている。
端正なだけでなくどこか愛嬌のあるそんな顔が近づき過ぎているのを嫌ったのか、ナズーリンはそっぽを向いてから、話を続けた。

「いや、弾幕ごっこは風見幽香の勝利に終わり、丁度その時にアリスが現れた。私もこの耳だ。見て取れるほどであれば聞き取ることだって簡単なものさ。去っていく式と、その後のアリスと風見幽香の会話も残さず受け取れた」
「はぁ。何だか盗み聞きを自慢しているようですが、偶然、なのですから仕方ありませんか。ナズーリン。貴女はその会話の中で何か、おかしなことを知ってしまったと」
「その通りさ」

演技のように、手を上げて天を仰いで、ナズーリンは大げさに息を吸ってから、吐く。そして、いかにも面倒といった様体で、続きを喋り始める。

「ふぅ。彼女らの話を統合するに、どうやら風見幽香は自らを変えていて、そしてそれを楽しんでいるらしい。アリスは、会話でそれを認めた、といった様だった」
「ええと……それがどうかしたのですか? 妖怪といえども多少変わるくらい、普通のことだと思うのですが」
「いや、あれは……何と言えばいいか分からないんだが、違うんだ。本当に彼女は風見幽香だったのだろうか。そう、思ってしまうくらいに、確かに彼女は伝聞と変わっている。まるで、普通の少女のようだった」

あんな笑顔を見せる悪妖なんて、本当にあり得るのだろうか、とナズーリンは零した。
考えるために身を引きながら、星はどうにか最強最悪の妖怪とまで聞く風見幽香と、普通の少女を結び付けられる故を探す。やがて、一つ思いつき、自信なさげにその内容を伝えた。

「……ナズーリンが、風見幽香が友達との間にだけ見せる顔を垣間見た、という訳ではないのですか?」
「話の流れからしても違うだろうね。まるであれでは棘が抜かれた薔薇だよ。ただ美しいばかりの無害。それに最強は似合わない。頂点に険しさがなくなったら、挑むものも増えるだろう。下手をすれば幻想郷は荒れるね」
「考え過ぎとも思わなくはないですが……幻想郷最強、という彼女が腑抜けていれば抑えが効かなくなるのはあり得そうです。しかし……よく考えると異界、魔界にも出入りできる風見幽香が、現在は与し易い存在になっているということでもありますね」

例外中の例外。風見幽香という妖怪は、現在出入り禁止となって入れなくなっている筈の異界へ自由に向かうことが出来た。
それは、結界なんて一枚の薄い防壁なんかで幽香の行動を止めようとしたら、容易く抜けられるどころか嫌がらせにその他周囲の結界、下手をすれば大結界に辛うじて修復可能な穴を開けたりなどしかねないから、なのだろう。
だから、その性格から考えても、聖輦船と名付けた船によって、異界である魔界へ自分の恩人を助けに行こうとしている星達の計画の邪魔になりかねない存在として、幽香の名前が挙がったこともあった。
しかし、もしも、ナズーリンの言の通りに、幽香が変わっていて、触れるに容易い存在となっていたとしたら。

「おやおや、ご主人。ひょっとして、良からぬことを考えてはいないだろうね?」
「失礼な。一石二鳥の良策ですよ。聖輦船の航路での安全の確保要員に、無理に飛倉の欠片を探さずとも聖の封印を解くことの出来そうな人物の勧誘。それを、ナズーリンに任せようと思います」
「それってつまり、風見幽香をこっち側に誘導しろ、ってことだよね……私じゃ無理だ。危険だよ。ご主人が近づけばいいんじゃないかい?」
「宝塔を失くした私には万が一の際の戦闘能力もありません。それに、私には無駄に格がありますから。下手に刺激してしまいかねないというのも問題です」
「それはそうかもしれないが…………はぁ。まあ、仕方ないか。ご主人じゃあとんでもない失敗をしそうだしね。まあ、あの様子なら大丈夫じゃないかな。明日、向かってみるよ」
「頼みましたよ、ナズーリン」

気は乗らなくても、仮にも主人の頼み。別段、毘沙門天という強力な笠を着るようなタイミングでもない。仕方がないと、ナズーリンは認めた。まあ、殺されるようなことはあるまいと、楽観して。
計画の成就が近づき、余程嬉しいのだろう満面の笑みの星に、ナズーリンは苦笑いで返し、そうして二人は同じタイミングで茶を味わった。

それからは、ご主人の本当の望みを叶えるための話し合いに、移る。魔界にて封印されている聖白蓮という僧侶を復活させるという大事な計画に、穴がないか確認するためにも尽きぬ会話は酒も入らず夜を徹して行われたのだった。

「ふぁ……ちょっと、眠いか。妖怪とはいえ夜更かしし過ぎたかな。……おっと、着く前にお前たちにご飯をあげないと。ほら、分かっているだろうけれど、今日は奮発して干し肉だよ」

空を飛んで風見邸へと向かうナズーリン。あくびをしながらのその道中にて、彼女が尻尾で持っていた籠の中からチューチューという声が聞こえた。
それは、ナズーリンが使役している一般鼠の鳴き声である。それが、お腹を空かせた時のものであると解した彼女は、ポシェットから肉を与えて彼らを喜ばせた。
ナズーリン本人はチーズが好みであるが、肉を食べ慣れた鼠たちはその赤みを選ぶ。偶にあげるのはいいけれど、調達が面倒なのが難だと、そう思いながら太陽の畑へと向かっているその時。

「お肉だ。美味しそう」
「ちょっと視線がおかしいな……君にはコレと鼠、どっちの肉がお好みなのかな?」
「私は新鮮な方が好きだわー」

唐突に下方から夜がやって来たかと思いきや、それが晴れて現れたのは、暗い衣服に金髪、そしてリボンのようにつけられた赤い御札が特徴的な宵闇の妖怪、ルーミア。
食に興味の多くを置いているルーミアは、小動物のものとはいえ美味しそうな食事風景を見て、触発されてしまったようだ。睨めつけるように見つめてくる赤い瞳を恐れて、鼠達はチュウと籠の奥へと引っ込んでいく。

「やれやれ、これから大事な用があるというのに、困ったものだ。時間をかけないためにもスペルカード、一枚でいいかな?」
「そうね。何事も早く終わる方がいいわ。鮮度がよくて血の滴るレアが最高だもの。怯えて惑う子鼠の肉なんて、きっと特別美味しいに違いないわ」
「弱肉強食の習いは知っているが、私はそこから解脱したところを目指していてね。この子たちは、そうそう餌にさせてあげないよ!」

啖呵を切ってから、二人が始めるは青空で映える弾幕ごっこ。宙に広がる互いの表現を確かに認めているのか否か、ナズーリンとルーミアは大きく動いて円かな軌跡を描く。最中、景品の小さな鼠達は、怯えて揺れる籠の縁にてしがみつくのに必死だ。
ルーミアが展開する弾幕は、相手に向けて細い光線と列成す薄緑の小玉弾を幾条も走らせて大きく避けさせた後、逃げた周囲に向かって今度はランダムに同形の小玉弾を打ち出すという、相手の動きを想定して形作られたオーソドックな代物。
宙で踊るのが苦手な者は、光線に注意しすぎて弾幕との距離感すら掴めないまま、墜ちてしまうのが通常のことだろう。量が足りないが、逃げた先へ先へと光線を繰り返すその弾幕は、中々に避け辛い。

そして、ナズーリンが創り出す弾幕は、そんなルーミアのものと比べると一味違うものだった。それは、横一列に、紫色の鱗弾を隙間もランダムに並べてから、相手に向かって殺到させるというただそれだけの代物。
速さは確かに目を見張るものがある。前に後ろに広がっていくそれらは、まるで開闢というものを表現しているかのようで、中々に独特な美しさがあった。しかし、それだけであって、工夫もなく避けるのに難い部分は少ない。
それなりに弾幕ごっこに慣れているルーミアは鼻歌混じりに避けつつ、光線を放つ。弾幕量の多さに比べて、相手に向かうものが少ない張りぼてのような弾幕を創り続けるナズーリンは、押され続け、やがて先に音を上げた。

「なるほど。この程度の弾幕は避けられるだけの腕はあるみたいだね。マスカットのような弾幕の広げ方も中々だ。名前も聞いていなかったけれど、君はそこらの妖怪よりは腕があるようだね」
「ふーん。私はルーミア。褒めてくれて嬉しいけれど、このままじゃ、あと半刻も保たずに貴女の子供は私のお腹の中よ?」
「私はナズーリンというよ。この子達に私と血の繋がりはないが、まあ大事な部下達さ。こういう時に守るのが上司の役目。言われずともルーミア、君を墜としてあげるよ……視符「高感度ナズーリンペンデュラム」!」
「私もいくわー、ナズーリン。夜符「ミッドナイトバード」!」

そして、互いにカードを示し、そして二人の本当の実力はここでぶつかり合う。
まず、二人の周囲に現れるものがあった。それは、ナズーリンの場合は胸元から取り出した青い菱型のペンデュラム四つ。それが大きくなって彼女の周囲を巡る。
そしてルーミアの辺りに巻き起こったのは、太陽を食らうような真黒い闇。それは闇を操る彼女の能力によるもので、弾幕の発射の瞬間を見難くする効果があった。
先にナズーリンはペンデュラムから青い針状弾を隙間なく生み出し並べて宙を区切る。その間にルーミアは、薄緑の小玉弾をこれでもかと言わんばかりに爆発的に広げた。
あわや激突か。そう思われた瞬間に、二人の間にペンデュラムが割り込んで邪魔をした。黄緑色の大玉弾を続けながら、思わずルーミアは呟く。

「なによそれ。とっても硬いじゃない」
「探索のためではなく、弾幕ごっこ用の特別製さ。いくら激しくても、それから守ってしまえば凪と同じ。さあ、反撃だ!」
「きゃあ!」

ルーミアの弾幕は、闇からぼんやりと出て行くその様もあって、急速な展開と空に広がる物量、共にその身の妖力から思えば非常に優れたものだった。真昼に浮かぶ、夜光の美しさは、違和感を超えて感慨深い。
しかし、確かに避けるには難いそれらの光も、直線的で回りこむような動きさえなければ、受け止めるというだけで無力化出来てしまうもの。
ナズーリンの弾幕は、珍しく防御に偏った性質をしている。相手を針弾で囲んで動きにくくさせ、そしてペンデュラムを盾にしながら、赤い大玉弾で仕留めるといったもの。
勿論、ペンデュラムはただ周囲を巡っているだけのために、隙は幾らかあるのだが、ルーミアのものが一気呵成にそこを狙うような弾幕でないために、ナズーリンは定期的に集中すればそれでよかった。
先に弾幕を張る手を緩めて、相手の弾幕の癖を把握していた甲斐があったというもの。いとも容易そうに避け続けるナズーリンの姿に、ルーミアは焦り出す。

「わっ……うーん、やられたー」

そして、赤弾を避けて、逃げ惑うことに集中し始めたルーミアは、間近を通ったペンデュラムに態勢を崩し、針弾にその身を貫かれる結果となった。
闇を散らし、金髪を振り乱しながら、ルーミアは天に見放されたかのように、地に引かれていく。
しかし、墜ちていくルーミアを拾う手はない。が明確に自身の仲間を狙う敵であった――流石に鼠を食べるというのは振りであったのかもしれないが――ということもあるが、それ以上にナズーリンは疲れていた。

「ふぅ。まずまずの敵だったね」

溜息を吐いてから、ナズーリンは先程の戦いを振り返る。性格上敵を作ること少なく、使命から弾幕ごっこで遊ぶことも少なかった少し前であっては、とても敵わないくらいに、濃い弾幕を相手は張っていた。
最近、主人の望みのために付き合わされている計画のメンバー達と弾幕ごっこの練習を繰り返していたために、急激に上がったごっこ遊びの腕のおかげで下せたが、初といってもいいくらいの実戦で、ナズーリンは消耗していることに気づく。
もっと面倒な用事の前にせめて気を休めようと、普段から清潔にさせている鼠達を撫でながら、もう一息ついていたその時。

「……っ、誰だい?」

どこからか、ぱちぱちという拍手の音が聞こえた。思わず周囲を見回すと、自分が向かおうとしていたその方角から、ふわりと飛びながら、手を叩いて笑んでいる少女の姿が認められる。
ふわふわの緑髪に、赤チェックの衣服がよく似合う彼女は、それこそナズーリンの目的の人物だった。
突然であったことと、面倒事が向こうからやってきたということもあって、ナズーリンは引きつったような表情のまま、少女を歓迎する。

「風見、幽香……」
「中々面白かったわ。ああいう弾幕も、確かにあり得ていいものね。あのくらいの防御だと私なら貫いてしまいかねないけれど、加減して隙間ばかりを狙うというのも楽しそう」
「褒めて頂けて実にありがたいね。特に最強と謳われる貴女にそう言われると、自信もつくというものさ」

実際に、仲間内にしか褒められた試しのないナズーリンは、警戒しながらも少しばかり気を良くしていた。
弾幕ごっこは自身の表現。それを良く受け止められたことが、嬉しいと思わない者は中々いないのだ。しかし、幽香にはナズーリンの顔にまで出ていた喜色が慢心を呼びかねないことが分かるのか、少しきつ目に釘を打つ。
その釘に、もう一つ見抜いているというメッセージを載せて。

「ただ、あまり調子に乗るのは良くないかもしれないわね。あのくらいなら、霊夢や魔理沙なら軽く破ってしまえる。早苗でも楽でしょうね。せめて、もう一段難しくしなければ、異変を起こしても彼女たちの邪魔をすることすら出来ずに終わるでしょう」
「……貴女はどうして、私が異変を起こしたら、と仮定したのかな?」
「だって、私を利用するつもりなのでしょう? 私の力まで求めるようでは、それは大きなことをしたいと考えているだろうと思うのが自然よ。ねえ――毘沙門天の使いさん」
「っ!」

幽香の口の端が一段と美しく持ち上がろうとする、その瞬間にナズーリンは脱兎の如く逃げ出そうとした。自分の目論見どころか、正体すら看破されている今、これ以上相手の攻撃範囲に居るのは悪手だ。
何を思って察した部分を笑顔で吐露したのかは分からないが、自分が使用されようとしているのであれば、まず怒るのが普通。その微笑みの仮面の下で沸き起こっているだろう怒りに触れてしまわないためにも、ナズーリンは一目散に飛んだ。

「ちょっと、待ってくれないかしら」
「ぐっ」

しかし、それが叶うことはない。突如として沸き起こった、後方からの圧倒的な重圧にその身を竦ませ、ナズーリンは宙を飛ぶことすら困難になってしまったのだから。
それは妖気ですらない恐ろしい力の気配。神々しさすら感じ取れる過分な力を感じて、ナズーリンは息を詰まらせる。
逆鱗に触れてしまったのかとナズーリンが恐る恐る振り返ると、そちらには笑みを湛えたままの幽香の姿が見て取れた。それが不思議で、ついつい彼女は思いを口に出してしまう。

「なんだい。君は、怒っていないのか?」
「別に、私は怒るどころか不快に思いすらしていないわ。子が頭に乗ろうと一々感じる牛はない。わざわざ小物を振り落として楽しむような気も、今はないわね」
「……それが、変わったというところなのかな?」
「畏れは私から人を遠ざけ、力は私に人を呼んだ。それがつまらなかったこともあるし、後は単純に趣味で、皆を不快にさせて楽しんでいたけれど。でも、その反対をしてみるのも意外と面白いと最近気づいたわ」

優しくしてみるのも、今のところ悪くはなかった、と幽香は語る。そんな言葉を聞いて、ナズーリンは中々言葉を継ぐことが出来なかった。
しかし、それを幽香は許さない。笑いながらもその奥にある強い意志を垣間見えさせながら、彼女はナズーリンに通告する。

「さあ、早く貴女達の企みを教えなさい。私が優しくしている間に、ね」
「分かった……」

そして、折れたナズーリンの尻尾は落ちて、危うく籠の鼠たちまで落としてしまうところであった。

場所は移って、そこは太陽の畑の側に立つログハウス。幽香の別荘にて会話は続けられていた。
いや、会話といってもそれは主に一方からのもの。紅茶で口を湿らせながら、語っているのはナズーリン。それは、仔細を教えなければ自分達の必死が伝わらないだろうという考えから、熱の篭ったものであった。
しかし、それを続ければ疲れるもの。昨日あまり眠れていなかったこともあり、一瞬うつらうつらとしたことを笑われながら、何とか最後まで温度を保ちながら、話を終える。

「……そういう訳で、私達は聖白蓮という封じられた僧を助けることに決めたんだ。その助けとして、風見幽香、貴女の力が欲しいと思ったんだよ」

やがて、ナズーリンは余すことなく自分達の目論見全てを喋った。彼女が真剣な表情で語った全ては、笑顔で受け止める幽香にどれだけ通じたことだろう。きっと、変わらぬその表情が答えなのだ。
沈黙がしばしの間、降りる。そのまま、幽香は掌の上に魔法で種を呼び出し、能力で操り急速に花にまで仕上げた。やがて、土もない中育ったのは可憐な一輪。
黄昏時の夕暮れに、ピンク色の花が咲いた。手の中で創りあげたそれを遊ばせながら、幽香は黙して答えを待つナズーリンに向かって口を開く。

「分かったわ。その僧の救出、手伝いましょう」
「あ、ありがとう! これは百人力だ!」

そして、幽香が投じたラバテラを、ナズーリンは確りと受け止めた。小さな花と鼠達を抱きしめ喜ぶ姿を見て、幽香は笑う。
聞いてみた限り、個人としては聖に対して思い入れが薄そうである。これはつまり、ご主人という存在の助けになることがよっぽど嬉しいのだろうと、幽香は察した。
そっちにも優しくしたら、どう反応するか、それを思って幽香の楽しみは増す。
そして、喜びの最中、思えば悩む間も殆ど無く早かった回答に対して今更ナズーリンは疑問を覚え、それを素直に口に出した。

「ああ、そうだ。助けてくれる理由は何かな? 納得できる内容なら、他の仲間に説明がしやすくなるから、言ってくれるとありがたい」
「そうね。聞いている間に、私もその聖という僧に会ってみたくなったのよ」
「……妙なことはしないでおくれよ。無抵抗を貫いた結果とはいえ所詮は数の力に負けた魔女。力比べするまでもなく、君の方が強いというのは間違いないのだから」

もし、助け出した後に、幽香と戦い結果殺されてしまったとしたら最悪だ。自分の物では弱かろうとも、打てる釘は打っておかなければならないとナズーリンは口を回す。
勿論、幽香にそんな気はまるでない。何しろ、幽香は弾幕ごっこで、とはいえ件の聖が封印されている異界の主で魔界神、神綺ですら軽く捻った過去を持つ。
神綺が許容出来る程度の封印をも破れない存在の力など、興味を惹く対象にはならなかった。だから、気になるのは別のこと。

「違うのよ。少し気になってね」
「何が、かな?」
「私が彼女に優しくしたら、どうなるか、ね」

本当に、嵌っているのだね、と笑うナズーリン。それに対して、幽香は意味深に笑む。
目を細めて、初めて見せるはどこかサディスティックな笑顔の形。それを見て、思わず、ナズーリンの表情は固くなる。本当に、優しくしているだけのコレを近くに置いていいものだろうか。今更そんな疑念が湧いて。
外側は菩薩のようでも、中身は変わらぬ、加虐趣味。そんな相手を身内に入れてしまうのはどうだろう。目先のことに目が眩んで、大事なものを守るのに手薄でありはしないか。

「ふふ。妖怪の味方。それは私の味方にもなることが出来るのかしらね?」

続けた幽香の言葉の内容が、そんな迷いを助長していた。
しかし、ふと緩んだ幽香の表情は、相変わらず優しげな代物で。邪なものが見当たらないくらいに無垢な少女に見えて。
だから、悩ましげに耳を上下させながら一度の笑顔で創られた疑問が勘違いであればいいと、ナズーリンは思う。


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