第十四話 怖い話

ハナコ 口が裂けてもいえないことば

ゴミ捨て場にて亡くなった命の一つに、足立勇二という青年がいた。彼は花子の友達、足立華子の兄である。
普通、一般の男子であった勇二は一年以上前にこの世のあり得ざる者共が忘れさられて消える前のゆりかごにまで迷い込んだ。
要は怪人やお化けというゴミ共が棄てきられる前の安堵の場に、彼はこの世から消え去った妹を探し続けた結果、間違って落ちてしまったのだ。
そんな勇二がはじめて出会った怪人が花子さんであったのが運の尽き。口裂け女と成り替わるために自らの口元を引き裂いたことまである、生きたがりの花子さんはゴミ捨て場に不案内な足立勇二とこう契約をすることにした。

このゴミ捨て場から妹を見つけてあげるからその代わり、あなたをいただきます、と。

その契約を普通一般で苛立ちに自らを傷つけてしまうくらいに焦っていた勇二は、花子さんが彼の死を基に怪談として元の世界に帰還を果たすという目論見を知らずに契約を快諾してしまう。
やがて悪人に囚われていた妹はハナコの手により救われ、勇二は彼女の裂けた口にていただかれてしまった。
後に、今は亡き赤マントの尽力と七恵の騙りのお陰もあり、ハナコは怪異の一軍として普通一般の被害者候補達が暮らす世界への切符を手に自由を取り戻して、めでたしめでたし。

「……ごちそうさま、だったね」

だが一方で、当の口裂け女の花子さんは亡き勇二との契約に縛られ続け、彼の死後も兄を求めて毎日のようにゴミ捨て場へと堕ちてくる華子を掬いに往く羽目になってしまっている。
また、足立勇二という青年に対する感想は、お上品に手を合わせてみたところで消化しきれずに裂けた口の端で血のあぶくはぷくぷくと弾け続けていた。

ああ、命なんて死ぬことしか意味がなく、そして結局文字でしかない怪人なんて、死ぬことすら出来ずに消え逝く程度の無意味。その過程を幾ら【私】が伝えようとも価値など生まれようもないというのに。

「それでも、食べた分は生きないと」

そんな全てを知って、ハナコは律儀に生きようとする。その死穢が赤マントの怪人と化すほどの犠牲によって噂となり、本家本元の口裂け女を引き裂いて入れ替わり、つい先日までゴミ捨て場に落とされていたところで諦めずに、今は一人の男子を喰らったことで活きた怪談として存在を続けている。
たとえこの世が美しくなかろうと、汚くたって、それがどうした。私の糧達は、そんなものにすら浴することすら出来ずに、死んでいる。それが、辛くて哀れだから、私だけは永く生きないと。だって。

「私が消えたら、あの子達の死だってなかったことになってしまうもの」

そう。恋しかったからこそ殺した全てを、怪異の少女は未だに背負い続けている。

場は再びゴミ捨て場。静かに夜は深まり偽神は去った。ずっと、手を重ねて互いの命ばかりを感じていた二人の少女は震えることに飽いたからか、どちらからともなく離れる。
そして、ハナコから華子へ問いただす。真四角にすぎるガーゼマスクから溢れた口の端は痺れたように持ち上がらず、故につまらなそうに少女は言った。

「高子がああ言ってたから……ちょっと、今日はここで一晩ゆっくりしましょうか?」
「やった! ハナコは私を直ぐに帰らせようとするから、あんまりここで一緒したことなかったものね。何しよう……楽しみ!」

契約不履行。上から下に外出禁止を言い渡されているとはいえ、これは良くないことである。出来るなら、華子を人の世に帰してあげたいというのはハナコの本音。ゴミ捨て場なんかに馴染んだところで、グロテスクに慣れて腐臭を身に纏うことになる程度であるのは明白なのだ。
そんな良いことなしの、終わったところ。現し世の模造、嘘と断じられた荒唐無稽な噂達の最期で最初のゆりかごは、でも少女にとっては一番の遊び場であり、最高のお友達との約束の地。
それにどこだって危ないのは一緒なら、ここで終わってしまっても良いのだと微笑む。
悪人に締め付けられた結果一生取れないとされた鎖の痕。それを隠すためだけのチョーカーを弄りながら嬉しそうにする少女は、でも決して死にたいと思っている訳では無い。
ただ、自分を愛してくれる、この幻想と一緒だったら終わってしまっても許せるだろうから。

「はぁ……」
「ん」

愛らしき全てを疲れと病の心に損ねた幼子を、でも仕方ないなとところどころ粘る髪を撫でる手。誰を愛する資格もない、でも愛したがりの怪人は、無償の愛を恐ろしいとすら思ってしまう心根でもって、ガマガエルのような微笑みを見せる。つい、少女は問った。

「全く、なら今夜はおにいさんについては、何もしないの?」
「それは……そうかも」
「そ、う……」

否定するだろうと思いきや、返って来たのはまさかの頷き。兄の愛を求めて毎日のように堕ちてきていた筈の少女が、しかし今日はどうして満足してしまっている。
それが、自分のせいだと思うと、ハナコは途端に気持ち悪くなってしまう。つい、今まで食べてぐちゃぐちゃにしたものを吐き出しそうになるけれども、そんな兄妹の再会なんて望めないから彼女は広すぎる口を押さえる。
真っ黒な空を見上げながら、変わらない噂と違い、成長の余地の有りすぎる子供は呟いた。

「ねえ、ハナコは私のお兄ちゃんを食べたって言ってたよね」
「うん、そうだけれど……」
「今なら、信じられるかも。そのお話」
「……華子?」

ハナコは、首を傾げた。疑心にずっと過去を見ない筈の華子。しかし幾ら頑なであろうとも生き物であるからには変じて当然であり、僅か見上げてくる少女の赤い目もどこか余計な色が混じっているような気もした。
そして華子はぱちりと瞳を閉ざしてから、ハナコに向けてこう語り出す。

「私はね。お兄ちゃん以外の愛を信じられなかった。ハナコだって、義務で私を助けてたって知ってるし、これまで私はだからずっと独りで」
「そう、なんだ」
「でもね。今なら信じられるよ!」

再び開いた少女のお目々は強く光を孕んで、決意をすら表しているようだった。間近のその生々しさに怖じすら覚えるハナコに対して優しく、それこそ壊れ物に触れるようにしながら華子は答え合わせをするのだった。

「ハナコは、お兄ちゃんのことが好きだったんだよね。だから、食べちゃった」

子供は自由にさせれば好きなものしか食べない。華子はそんなことよく知る幸せな子供だった。記憶の残骸を漁って、今更になってこのお姉ちゃんも私と一緒だったのだと理解する。

この子はお兄ちゃんのことが好きになってしまって、だから。それと似た私を拙くも愛そうとしてくれたのだ。そう信じたくなってしまったのはどうしてか。
まだ歩けるけれども、止まってみたくなったから。愛は、愛によっても停止する。少女は本当の意味で、隣の少女を認めたのだった。

「……うん」

案の定、ハナコは小さく肯定する。白き頬は紅を失い、青く白く。それは罰に首を差し出す罪人の如くに、哀れな面。しかし、彼女の頬に手を当て、華子は笑いながらこう続けた。

「あはは。やっぱり、そうだったんだ。殺したいくらいに好きっていう言葉って、私も最近七恵さんから聞いたよ」

それは、黙っていても語り出す嫌なお姉さんの余計なセリフばっかりから引き出した輝く一つ。
殺したいくらいに人は人を好きになれるなんて、それはどうにもおかしくって、素晴らしいものなのだろう。殺害が愛によるものばかりなら、この世はもう少し綺麗だろうからそれは稀なのだろうけれども。
でも、私の隣でそれはあったのかもしれない。そう想像し、愛の殺害相手に聞いた。
その答えは是である。怖じるハナコを前に、そっと華子は胸をなでおろした。

「でも、いいや。ハナコだからさ、許したげるよ」

理解できない、言葉。捕食者は、同じ言葉を喋れども所詮はモンスター。通じ合えないと断じても仕方ない程の他。
でも、それにだって好きという気持ちが確かにあったと知れたなら、許容の気持ちが起きることだってあるのかもしれない。
なにせ、兄の愛の証こそが、この怪人の生。ならば、認めなくては。
そう、愛に飢えて狂った乙女は仕方ないと言うのだった。

「そん、な……」

無論、話して通じ会えたかもしれない相手を、だからこそ殺し続けた怪人に、そんな道理は理解の外。
怖い。無理の許容なんて不明である。愛なんて、見知らぬものでしかない私はただのバケモノなのに。

「い、嫌……」

再び、いやこれまで以上に恐怖に震えるハナコ。いただきますに、ごちそうさま。そんな、餌に対する許しの乞いばかりを続けていた少女は、許されてしまうことこそ認められなかった。

「私は、怖い話、なのよ?」

そう、トイレの花子さんも口裂け女も恐れられ認められないからこそ噂されるもの。それを失くしてしまえば、あやかしなんて、ただの嘘。これまで通りに忘れられゴミ捨て場にて再び堕ちていずれ死ぬ。そんなことが嫌で嫌いなハナコは、本音を転がす。

「私を、嫌って?」

本当は、愛されたいけれども、そうは決していえない傷心。だから生きるために真逆を投じるのだ。
哀れと、そう思わずとも華子は否定のために二つ首を振って縋る少女に告げる。

「……幾ら考えても私は、皆の幸せなんて願えなかった。でも、ハナコは幸せになって欲しいと考えなくても思うよ」

好き。それは、都合にばかりよるものではない。寄り添うことこそ癒やしであるなら、ただずっと近くに存在し続けてくれていたことがどれだけ悪意により傷つき壊れた華子の救いになったことか。
皆の幸せなんて、知らない。なら、一人だけでも。愛しているからこの世を引っかき続ける愛おしい怪人に向けて、少女は言葉を更に続けようとして。

「だから……あ」
「え?」

ちょきん。
綺麗に纏まりそうだったお話を醜く削いで、ついでに可愛らしいあんよも真っ二つ。
じゃきじゃきと、滑りすら切り裂きなかったことにした下手人は。

「よっこいしょ、っと」

友達だったものに同刻ゴミ捨て場に落っことされたことを理解もせずに、ただ必要だからと起き上がる。切り裂きジャックは、そして両足を失った女の子がぐしゃりと倒れる音を聞いて。

「さてここは……どこかにゃあ?」

そんなものよりもと、皿の目で汚い周囲を舐め回すように見つめ、満月の下にきりんさんのハサミを輝かせるのだった。


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