去話 終わりの音色

朝茶子 うつくしさ極振りのアイドル生活

生きるということは、ただ意識があるだけの状態ではないと小さな頃の朝茶子は思っていた。
生は推移であり、変化と反復を交えた動きの総称だと幼き少女は考えていたのである。
つまるところ、朝茶子にとっては世界の多動が生々しいものに映るのだった。太陽活動ですら命の輝きで、小石の転がりにすら意味がある。

「お空、すっごいなあ」

だから少女が空を見上げることは、生き物の腹を覗く行為と似ていた。まるで何もかもは大いなるもののダイナミックな生命活動。
朝茶子にとって風のそよぎは空の優しさで、雲は蠢く数多だ。見せつけてくるその偉大に、どうにもその下に転がっているだけの彼女はこのままで良いのかと悩むのだった。

成長途中の器物は、当然光明に灼かれてもおらずにまだ愛らしきものを容れることが可能である。
故に、少女が少女らしく愛されていた時期。上等に極まっていない半端は花や蝶に例えることだって可能で、故に生きものに焦がれた。

おもむろに頬を両手で挟んで、そうして柔らかさを捏ねながら、朝茶子は空に向けて嘆息するように呟く。

「あたしって、小っちゃいんだねえ……」
「そうだな。美醜などどうでも良いくらいに、僕らは小さい」
「あ、真夜(まよ)おにーちゃん!」

そんな小粒な少女の独り言を拾い上げたのは、彼女の従兄弟である片桐真夜。
停まった片桐邸の端に、青年の足が砂利の流れと共に止まった。
彼が口を開けば鈍色が響いて、散らかる。なにしろ真夜は深みに重い、そんな代物を心に持っていたから。
博覧強記なばかりの足りない青年だった彼は、笑顔を転がす完全な未熟である朝茶子を見下げながら、続ける。

「朝茶子は、大きくなりたいのか?」
「うん! あたしはいつかお空みたいに大っきくなって、皆に優しくしてあげたいんだー」
「なるほど、触れ合いに快ばかり抱く子供らしい。朝茶子、お前は知らないんだな」
「なにを?」

その時期の朝茶子が人間のお手本のような見た目の少女であるなら、真夜は陰気の見本であるような青年だった。この世を凡てと諦めて、すっかり心を離している。
凡ては穢。生来の持ち物ではないその考えが、真夜の胸の内にはぴたりと嵌まっていた。
いじけて、それでも全てを愛したいと思っていたけれども痛すぎて諦めてしまった夜の青年は天国の蕾の前で語っていく。

「触れ合いとは自他共に薄汚れることだ。本当に優しくありたいなら、疾く死んだ方が良い」

嫌いな自己を認めるために良くありたがる潔癖症はそんな囀りを見せた。
我を生かすことは、他を殺すことと似ていると、そんな至極当然を今更になって男は嘆き続ける。
しかし、何も考えていない子は、ただ真っ直ぐに青年を認めて言うのだ。

「汚れるのも、たのしいよ?」
「僕にはとてもではないが、楽しくないな」
「そーかな-?」

泥んこで遊ぶ陶器の少女と、自分の悪心すら憎む青年は違う。通じ合えないことは自然だった。
しかし、未だ薄片でしかない朝茶子は、それでも当たり前のことを口にすることは出来る。大好きなおにーちゃんに向けて、幼気は呟くのだった。

「ばっちいのって気持ちいいのに」
「そうだな」
「なら……」

真夜も朝茶子の言を否定はしない。人の擦れ合いは穢れを押しつけ合うものであるが、果たしてそれこそが快楽であるのは間違いなかった。
いやそも血に塗れて産まれる穢れこそが生ならば。汚らしいことこそ正しくて、清廉であることこそおかしいのだろう。
だがしかし。

「僕はね。気持ちいいのが気持ち悪いんだ」

青年は認めない。素晴らしくなりたかった嫌われ者は、故に活きようとした自分を間違いだと叫び、気持ちいいからと異形にて己を慰めることなんてあり得ないとつぶやく。
異を認めることこそ愛なのに、それを否定して孤独になる。愛を認めずぼっちに逃避して死を志すのは、哀しくすらあるのかもしれない。
そんな真夜のことが、どうしても朝茶子は心配でならなかった。

「ならおにーちゃんは、どうすれば幸せになれるの?」
「ふむ」

真夜は、曇天の蠢きの下に一考する。生きるのが間違っていて気持ちよくすらなりたくない自分なんかのことなんて思いたくもないが、しかしと。

【夢は、叶うよ♪】

青年は、誰より愛を知っていたからこそ、その裏切りに耐えられなかった。その後せめて邪魔にならないようと人のために動き続けて嫌われてばかりのこれまでがある。
そこに無意味を覚え、端から死んでしまえばよかったと思ってしまうのはおかしくない。どん底に安堵できる幸せすら知らずに。

だがそんな打ちのめされてばかりの人生に、今日のように心より心配してくれる人間が現れるのは珍しい。
だから、餓鬼の戯言であると錯覚しながらも、それでも気持ち悪いくらいに嬉しくなってしまった真夜は、素直に本音を口にした。

「それは、世界が死んだ時、かな」

真夜は、とうに結論終わっているが故に、思う。そう、この世の生命活動が停止したなら、それはきっと快いだろうと。
愛に裏切られるのが怖くて怖くて四方八方に優しくし続けたからこそ、愛を取り戻せなかったそんな生き物はこの世がカンバスへと堕ちることを望む。
何しろ自分の幸せが、死だから。みんな同じに成って欲しい。そんないじけた最低の言葉はことの他響き渡る。

「あは」

そして間近にそれを聞いてたことで胸元の鈴を鳴らして、朝茶子は笑んだ。

稚児の婀娜。そんなものがどうして美しい。変態にて成る蝶に幼き時分はない。けれども、もしかしたらその幻想は目の前に存在しているのではないだろうか。

「っ」

真夜は胸を嫌気で押さえる。吐き気がするほど、この子は《《あの人》》そっくりで、でもそれより可能性を秘めた未熟。
だから認めざるを得ない。少女のその可憐さは美しさは、正しく青年への毒(薬)だった。

ああ、皆がコレだったら。そう、真夜は過って考えてしまう。

そして、汚れ知らずのお手本じみた朝茶子は続けてこんなことを言うのである。からりと、笑いながら。

「じゃああたし、大きくなったらみんな仲良く●してあげる!」

パキリと、何かが割れる音が青年の耳に届く。それは、鬆の入った器物が壊れた響き。
間違った思いやりは、終末の音色は、ここにはじめて鳴ったのだった。

この世は生き物。ならば、全部ぷちりって出来ちゃうよねと少女はカランカランと笑い声響かせる。

「……そうか」

しかし真夜は、久方ぶりに不格好に微笑んだ。
これは、間違っている。だがどうせ命の輝きにかき消されるだろう覚えない思いやりなんて、笑顔で送ってしまえば良いと思って。
彼は子供の決心なんて、きっと全てが迷いであると勘違いするのだ。

「任せてー」

だが、覚悟し心に決めた朝茶子は、間違いない。壊れて砕けて、鋭い破片はみんなのために。

「そのためにも、みんなをあたしのお友達にするんだ!」

だからきっと彼女は、この時より終わってしまったのだろう。

 

 

「ふんふ~ん♪」

片桐朝茶子が引き連れるのは夥しい愛の群れ。友としたそれらは、どうしたところで最早災害でしかなく。
それでいて少女は希望をカバーし盛大に鳴らした。

「夢は叶うよ♪」

終末のラッパはきっと陶器でできていて、それはきっと彼女に似ている。


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