第十一話 一人ぼっちは寂しぃ

朝茶子 うつくしさ極振りのアイドル生活

あたしは片桐朝茶子。今日はお歌をうたうよ。
そう、さっきからあたしはなんだか趣味の入ってる狭いスポーツカーの車にゆうちゃん社長とまこさんと一緒に乗ってスタジオに向かってるんだ。
それも、歌を録音するために。いや、知らない間に作詞作曲してもらってた、っていうのだからびっくりだね。
でも、これで踊る時歌わなくっていいんですね、っていったら皆首を傾げちゃったんだ。
いや、ずっと勘違いしてたんだけれどアイドルって口パクしてちゃダメなんだね。あんなに激しい踊りをしながら本当に歌ってるなんて、知らなかった。

だから、あたしはそうなると歌いながら踊りを失敗して転がるよ。踊りなんて複雑な入力覚えきれないから、きっと足もつれちゃうんだ。困ったね。
でも、相談してみたところ、最初は口と手を動かすだけでもいいよと言われたんだ。
むしろ、踊りが下手なことを想定して、ゆったりテンポで聞いてもらうための歌を創ってと頼んであるみたい。
手でお話の代わりをするのは意外と得意な方だから、それなら出来るかも。これは、楽しみだね。

「ゆうちゃん社長ー」
「なんだい、朝ちゃん」
「改めて、ありがとうございますー」
「はは、どうしたのかな、藪から棒に」
「あの。踊れないあたしがアイドルするっていうの、あたしでも難しいと思うんです。でも、それが出来るって、ゆうちゃん社長や皆が頑張ってくれたおかげですよね」
「うーん……いや、実のところこれまで歌唱力勝負のアイドルってのも、そこそこ居たからね。実は全てが全て私たちの力という訳でもないんだよ」
「へ? 歌が得意な子、ってのもアリなんですか?」
「ああ。一点勝負も許される。その点、朝ちゃんは、ビジュアル特化だが……歌も上手いっていう思わぬ奇貨まで持ち合わせていて、ありがたいよ」
「そうですかー。えへへ」

ビジュアル。特化していると言われてもそんなの自分を自分で見ることなんて出来ないから、分かんないね。
鏡を見ても、向かい合うあたしの顔は真っ黒ぽっかりなんだ。だから、キレイと言われても中々信じきれないよ。
でも、だからお歌が上手いって褒められるのは嬉しいな。きんきん身体を鳴らして遊んでるだけなのだけど、よく聞こえるっていうのはよく考えたらスゴイね。
歌詞とか覚えるのたいへんだけど、まあ一曲分だけなら大丈夫だよね、きっと。ちょっと、練習してよ。

「ふんふんふーん♪」
「あ、朝茶子ちゃんの得意な、歌詞が分かんないから適当に音だけ出すよ、的な鼻歌ね。ああ、癒やされるわー」
「はは。朝ちゃんは、音合わせは抜群に上手だ。これは、今回の難物相手でも、きっと結果を出せるだろうね」
「ふんふーん♪」

あたしは鼻歌しながら思うんだ。難物なんてのが居るんだ。それは、大変そうだね、と。
だって、あたしみたいに簡単物じゃないと、ツーカー出来なくて辛いよ。難物さんってきっとワンちゃんとお話出来ないんだろうね、悲しいな。

「あ、そういえばうさぎって追いしなんですね。美味しいじゃないんだ」
「ああ、そうだよ。はは、あの歌か。よくある間違いだね。うんうん。そういう間違いを知って、皆大人になっていくものさ。朝ちゃんは気にしないでいいよ」
「なるほどー」

そうして、動物つながりで最近知った衝撃の事実をゆうちゃん社長に伝えたけれど、理解とともに流されちゃった。
あたしはずっとうさぎは美味しいものと勘違いしてたよ。昔話にもなんか自分を食べさせようとするうさちゃんのお話があって、それを知ってたせいもあるのかな。
あたし、自分の味に絶対的な自信があるから、うさぎさんの時のお釈迦様は自分を食べさせようとしたのかと思ってた。そうじゃなきゃ、自己愛のないうさぎって、ちょっと怖いよ。
ただ、勘違いしていたのは間違いないのだから、動物園に小学生の頃に行った時においしそー、ってきゃっきゃしてた自分が恥ずかしく思えちゃうね。
そういうのが大人の階段を登ったということなら、まあ恥知らずにも生きている自分もどうにかしなければいけないのかな、と考えもするけど、清廉潔白じゃない自己愛のあるあたしだから、どうにも難しいね。

「ふんふーん♪」

だからあたしは、奏でちゃうよ。誰かの叫びを乗っけた歌詞を曖昧にして、ただただメロディの流れとして消費する。
そうやって、本番前に自分がうっ欠けていないか調べておかないと、と思っちゃう臆病なあたしはダメだね。
でも、それだって、アイドルになって叶えたい夢があるから。

「がんばろう」

えいえいおー、とは車の天井が低いから出来なかったけれど。でも、そんな気持ちにはなったよ。

 

そうふんふんしながら入った建物は、おっきかったね。いつも通り、見上げるくらいだよ。
だからあたしはそんなところで迷わないように、ずしずし歩くゆうちゃん社長の後ろをせかせか歩いたんだ。
途中に色々とキラキラがあったような気がするけど、そっちを観ないようにはなんとか我慢できた。
これも、最近アイドルとかのお写真を沢山覗いたせいかな。あたしは、だから中々惑わされなかったよ。
でも、いざ大げさな扉の前で、どうしてだかゆうちゃん社長が停まって迷ったんだ。ノックの形で手を止めて、小さく彼は溢したんだ。

「うーん……どうしようかな。アポは取ってある、写真情報も渡してある。でもそれであの方が納得しているかは分からないんだよな」
「そんなに、難しい人なんですかー?」
「ああ。難しいというか、私が礼を失してしまったせいかな。……うん。ならば先に私が謝罪をするのが筋か。朝ちゃんとまこ君はここで……」
「いえ、私も失礼したいと思います」
「それは……どうしてかな?」
「いえ、朝茶子ちゃんのためになることを嫌がる阿呆の面を、歪む前に拝みたいという気持ちから、ですよ」
「はぁ……まあ、どんな気持ちでも構わないが、私より失礼してはいけないからね?」
「大丈夫です。それでは朝茶子ちゃん。行ってくるわね」
「ちょっとだけ、待っててくれよ」
「はーい! いってらっしゃーい」

そんなこんなで、あたしは二人を送り出して、扉の前で出待ちだね。
扉の隙間からちょこっと見えたのは、金髪のおじいさんだったよ。あんまり優しそうじゃなかったかな。
だからかな、二人がなだめるのにも当然時間がかかっちゃうよ。山ってのの噴火を止めるためには、どれだけの水が必要かなんて、分かんないよね。
でも、年寄に冷水、なんてし続けたら死んじゃいそうな気もするけど、どうなんだろ。

「ふぁ」

そうして、しばらくあたしは建物の奥の方でゆっくりしてたんだ。まるで、人通りのないここは、打ち捨てられているかのようでもあるね。
偉いってことでベタベタ触れなくなるのは面白くないな。だから、あたしは偉ぶっちゃだめだね。あ、でもよく考えたらあたしは馬鹿だよ。
なら、あたしは永遠フリーハグってことかな。まあ、つるつるな触り心地だけには自信があるあたしだけれど。
そんな風にくるくる考えながら、あたしはあくび一つ。そうして油断してたら。

「おねーさん」
「わ」

とんでもないのがやって来たよ。
塵芥にも満たない程度の凹凸なのに、それは何より重要なのかもしれないね。まるっきりあの世の蓋だよ、この子。
悪に焦がされる、そんなヒトガタ。バケモノだね。直で見ると、とんでもない視覚情報だよ。発禁されても仕方ないんじゃないかな。

あたしが呑気にそう思ってたら、彼女は目隠しの奥で眦を上げたよ。そして、明らかに隔意を持って言った。

「そんなところで無駄にそびえ立ってたら、邪魔ですぅ」
「あ、ごめんね」
「いえいえ。ただ、あんたって聞きしに勝る実物って奴と聞きましたが、実際大したもんじゃないですねぇ」

そうして、彼女はひょっとしたらはじめて、目隠し越しからあたしを見上げたよ。彼女はちっちゃい。でも、それ以上に低いんだ。
覆いで見えないけれど、分かるね。その黒黒とした双眼は洞より深い、無情。こんな子、この世に居ても良いんだね。
反則はあたしなんて、当然のように見下げちゃう。

「あんただってどうせ、汚穢に犯されて台無しになる、そんな程度の一つですよぉ」

そう言って、嘲笑ったんだ。
わあ、初めてだね。あたしを特別扱いしない子って。むしろ、蔑んでるなんて、ステキ。

「わわ、えっと」

だから、あたしは思い切ってみたよ。ここを逃したら、タイミングを外しちゃいそうだから。遠慮なく、彼女に向けて球を投じるよ。

「あの、友だちになってくれないかな?」
「ほほーう」

それは、ひょっとしたらデッドボールだったかもしれないね。でも、眼の前の子はあたしなんてクソピッチの低速球なんて気にもとめない痛み狂いだよ。
だから、もしかしたらと思って沈黙で待っていたら。

「良いですよぉ?」
「わあい!」

そう、返してくれたんだ。やったと両手を挙げるあたし。そのままぐるぐる廻るよ。

「あっと」

そして、五回転くらいしてからようやく気づいたよ。友情って見返りが大事だって。夕月ちゃんも言っていたじゃない、役に立つ他人だって。
なら、困ったね。あたしはお金はあるけど、能力が足りないからお友達料を上手に支払えそうもないよ。
これは、ロカボなんていってられないね。やっぱり無能が友達を作るなんてダメだったのかな。思わず泣きそうになったあたしに、でもこの地獄みたいな女の子は言ったんだ。

「泣かなくて良いんですよ、天国のような人でなしさん。あんたが幾らクソだからって、百合は気にしないですぅ」
「あなた、百合ちゃんっていうんだ」
「そうですよぉ? 百合の敵は、彼岸花だとか揶揄しますが、百合は純潔なリリィなのですぅ」
「そうだよね。百合ちゃん、可愛いもの」
「ホント、あんたって頭と口がわりぃですぅ。可哀想なものと可愛いは、ホントはノットイコールですよぉ? 思っても、口に出しちゃだめですぅ」
「うう……とっても勉強になるよー」
「こんなクソバカに取り付いた上等な上っ面が可愛そうですぅ。ったく、世の中ってやっぱり滅ぼしたほうが良さそうですねぇ」

やっぱりスゴイよこの子、いいや百合ちゃん。あたしを叱ってくれる。本音で汚い音だって立てちゃうよ。
世の中滅ぼしちゃうのはダメだけど、それ以外は満点じゃないかな。この子が友達になってくれて、あたしは感動だね。
でも、やっぱり相手がこんなにいい子だったら、それこそあたしは釣り合わない。だから、率直に聞いてみることにするよ。

「ねえ、百合ちゃんはどうしてあたしの友達になるのをおっけーしたの?」
「はぁ? そんなの簡単ですぅ」
「えっと」
「百合は友情に見返りいらずで期待もしていないし、それに滅ぼされようが気にもとめないからですぅ」
「つまり?」
「まだ分かんねぇんですか……良いですよ。ハズいですぅが言ってやりますよ! それはですね」
「それは?」

ああ、この子は優しくって、それを嫌って悪ぶってるけど、でもそれはあたしと真逆。だから、くっつかないけれど、それでも彼女は思いやる。
そんなどうしようもない人間性があたしに、とても気持ち悪く映るけど、でもそれだってきっと正しくって。

つまり、やっぱり可愛いんだ、この子。

「……百合も一人ぼっちは寂しぃって知ってるからですぅ」

百合ちゃんは言ってからそう、そっぽを向いたよ。

 

夢かなっちゃった。でも、だからって要らないわけじゃないね。むしろ、彼女の友達を続けるのに、アイドルって都合がいいよ。

だから。

「はぁ? こんな、こんな……俺の歌が、歌がこんな……」

友だちができた喜びに人が創った歌なんて、踏みにじって飛んでしまうよ。それに、怒って、彼は言ったんだ。

「バケモノ!」

なるほど、あの子というお友達が出来た後、自分を振り返ってみると、あの子には劣るけれど確かにあたしも化け物じみてるかもね。
ただ、結局至るのは一緒。早いか遅いかの差でしかないのに。

でもあたしは今のところ唯一人の到達点として、でもこれからの百合ちゃんと隣り合うんだ。
なら、どうでもいいね、こんな大きな大人の壊れの雑音。

「ふんふーん♪」

ああ、器物は叫ぶよ。愛を歌って。誰かの叫びを乗っけた歌詞を曖昧にして、ただただメロディの流れとして消費する。

それを聞いたら、ああ。壊れちゃった。残念だね。

「あはは……こんな。人でなしが」
「え、それって当たり前じゃないですか?」
「はぁ?」

ただ、あたしは力なく呟く彼のひと言を拾ったんだ。そうして、思い出しながらあたしは言うんだ。

「昔話でも言うじゃないですか。ほら、女の子って水と泥で出来てるって」

それは神様が創った、似姿。粘土から創られた番いは。あれ、それってメソポタミアの話だったっけ。まあいいや。
結局あたしが言いたいことなんて、一つきりだから。

「あたしはきっと、アレにそっくりですから」

空を指差し、土偶のような組成の人の間に生まれた不可解なあたしは、そう言って笑うんだ。

ああ何時か、あたしは天国に行けるのかな。

次はそう、夢みたいよ。


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