第一話 えいえいおー

朝茶子 うつくしさ極振りのアイドル生活

あたしは片桐朝茶子(あささこ)、っていう名前の女の子。

そこらにいるような普通の子だよ、って言えればいいのだけれど実際あたしは頭が悪ければ、運動だって苦手なダメダメなんだ。
勉強は、結構色々知ることが出来て楽しいなとは思うのだけれど、いざ答案に向かったら中々覚えたことが出てこないの。すらすら解けちゃう子達って凄いよね。憧れちゃう。
運動なんて、もっとダメかな。脚を前に出すのは上手だと言われて、大会に出たはいいけどほとんどびりっけつ。
それ以外の右に左に身体を動かすことなんてもう、苦手。球技とか、あわあわしている間に終わっちゃっててよく分かんないんだ。

「そんなあたしが、アイドルになっても大丈夫なのかな?」

よく、分かんない。だから、あたしは助けを求めるように周囲を見たの。
所属している地域は同じとはいっても、ガタンゴトンで知らない街並み。大勢が仲良くしないですれ違い合っているここは、やっぱり都会なんだな、って思う。
ちょっとビルがいっぱいなのは怖いかも。間違いで上から何かが落ちてきたら、って思って歩道も車道よりを歩きたくなっちゃうな。
それに、色んなお店のマークが上に下に並んでちょっと眩しい。ついつられて首が右に左に動いちゃう。
そんな感じでふらふらしながら、車道に寄りがちなあたしったらちょっと危ないかも。気をつけないと。

「真夜(まよ)さんも、都会は危ないから気をつけた方がいい、って言ってたもんね」

注意で思い出すのは、いとこかはとこか忘れたけれど片桐真夜さんっていう親戚のお兄さんの言葉。
私の家の離れに昔から住んでいて、すっごく賢くって色々と教えてくれる人なの。
何か京都の方で大学の更に上のところで勉強していたらしくって、一時会社をつくって譲った後、それからは人に色々と仕事とかのやり方を教えて回ってるみたい。
結構忙しいみたいなんだけど、あたしが困っていると何時も助けに来てくれる、良いお兄ちゃんでもあるんだ。
そんな人が言うんだから、都会は本当に危ないんだろうね。実際、車がいっぱいだし、自転車も歩道を駆け回っているし、ちょっと怖い。
お家の周りは田んぼだらけで、ちょっと軽トラに気をつけるだけで良かったし、中学も高校も送り迎えしてもらってばかりだったから、新鮮だけど緊張するね。
真夜さんの言うとおり、気をつけないと。

「それにしても、真夜さんは、どうしてあたしをアイドルに応募しちゃったんだろ?」

思わずあたしが呟いたそれもまた、よく分かんない。
なんかええと、最近田中勇作さんっていう人が作った芸能事務所とかいうのが、オーディションをしていたみたいなんだよね。アイドルになりたい人はいるかー、って感じで。
それでまずは書類審査っていうことで募集をかけたみたいでネットにちょこんと載っかってたみたいなんだよね。
それを見つけた真夜さんは運命的なものを感じたらしくて応募書類を認めて、何故かあたしの名義で送っちゃったみたいなの。
それも、あたしへの了承もなしだよ。困るよね、こういうの。

報告で、朝茶子、お前アイドルになれるぞ、とか言われたあたしはびっくりだったよ。
合格通知とかいきなり見せられても、ねえ。アイドルとかよく分かんないよ。
でもお父さんお母さんは特例ってやつであたしが書類で一発合格したというのに気をよくしたみたいで、乗り気になっちゃった。
珍しく、いい仕事をしたと真夜さんもお父さんから褒められて満更じゃなかったのか、なんと事務所に顔出しの時に着ていけとひらひらした服を買ってきちゃったの。
今着てるんだけど、結構心地がいいんだよね。高かったって言ってただけはあるなあ。

と、そんな感じで周囲が賑やかになってしまえば、あたしの反対の声なんて響かないもの。
テレビとかに出ることになるのかな、とか考えて嫌だなと思いながら断る断らない以前に礼儀のためにもあたしを受け容れてくれた事務所に顔見せにいくことにはなったんだ。
そのために、とぼとぼ歩いているのが、今現在。

「えっと、こっちだったよね」

流石に、右に左はあたしは分かる。そして、ひと目見れば大体の道のりを覚えられるって特技も持ってるよ。だから、お父さんお母さんも安心してあたしを送り出したんだ。
でも、こういう時は普通、保護者同伴って当たり前だと思うのだけれど。事務所の人たちはそれでも良いって言ってたからって、ぼっちは流石に心細いな。
まあ、そんなことを考えながらも足を止める気さえなければ、目的地には着くもの。
あたしは、中々に大っきなビルの前にて足を止めたんだ。

「えっと、このメロン第三ビルの四階、だったよね。田中さんの事務所は」

そうして辺りを見回すと、田中勇作芸能事務所、っていう看板があるのが見えた。それ以外は、居酒屋さんに、なんだろうマッサージ屋さんとかかな。そんなのがこのビルには入ってるみたい。
まあ、お酒も揉み揉みもあたしにはまだ早いから、迷わずにあたしはエレベータをよんだよ。
エレベータって賢いよね。直ぐに来て、あっという間にあたしを上の階まで連れてってくれたんだ。
扉が開いて、そしてちょっと歩いて。そうしたらまた扉。
その前になんか女の人が居るね。あの人は性別的に勇作さんじゃないと思う。でも、誰だか分かんないから、とりあえずあいさつをしないとね。

「こんにちは!」
「あら、こんにちは……え?」
「どうかしましたー?」
「え、えっと……貴女、片桐朝茶子さん、で合ってるかしら?」
「はい、そーですよ? 今日はよろしくお願いします!」
「参ったわね……」

多分上手にこんにちは、って出来たと思うのだけれど、なんだか目の前の女の人は困ってる。どうしてだろ。
それにしても、パンツルックのスーツ姿が、この人格好良いなあ。ちょっと茶色い髪の毛遊ばせてるところはでも芸能関係の人って感じがするね。とっても美人さん!
でも、そんな女の人は、溜息ひとつ吐いてから、あたしに何か差し出してきたんだ。
あれ、この小っちゃな紙ってひょっとして。

「失礼しました。私は田中勇作芸能事務所の、プロデューサー兼、事務員の渡辺まこと申します。本日は、よろしくお願いしますね」
「わあ、本物の名刺だー。格好良い!」
「ふふ……喜んでくれて何よりです……こういうところは子供らしいのね」
「わーい!」

あたしははじめて名刺を貰って大喜び。名前を交換して管理するって、大人っぽいよね。
そういうの、憧れてたんだ。嬉しいなあ。
そうしてきゃっきゃしていたあたしを、渡辺さんは、優しく見つめてた。あ、こんなことずっとしてたら良くないよね。直って、あたしは改めて、言うの。

「お名刺、どうもありがとうございました。私は名刺作っていないので返せなくて申し訳ないですけど、今日はよろしくお願いします!」
「そうね、今日もよろしく……というよりこれからよろしくといった感じでいいでしょうか?」
「えっと?」
「朝茶子さんは、アイドルとして働かれる意思を持ってやってこられたのですよね?」
「あ、はい」
「良かった……」

まだ学生で働きたいとは正直思っていないけれど、アイドルになって欲しいっていうお父さんお母さんの意思は止められそうにないから、あたしは質問にはいって答えたの。
それに、どうしてだか渡辺さんは嬉しそうにした。花咲くような、綺麗な笑顔があたしに向けられたよ。
でも、良かったってどういうことだろ。あたしをアイドルにしてこの人に得なんてあるのかな。きっと、足引っ張っちゃうよ。よく分かんなくて、あたしは首を傾げる。

「良かった、ですか?」
「いえ、実は社長……田中は貴女の応募書類を一目見て、直ぐにアイドル部門の募集を切り上げてしまったのです。それ以降貴女一人で天下を取れると息を巻いて。ですから、もし朝茶子さんが辞退する、なんていうことになりましたらこちらとしては頭を抱えざるを得ませんでしたから」
「そ、そうだったんですかー……」

渡辺さんのお話を聞いて、あたしはひぇえと思う。てっきりアイドルの同期の一人二人はいるよねって思ってたんだけれど、聞く限りではあたし一人。グループとか作んないんだ。
むしろ、社長さんはあたしなんかに賭けちゃってるみたい。あたしそんなに凄くなんてないんだけれど、困っちゃうね。
そもそも天下なんて皆のものなのに。よく分かんないなあ。そんなことを思っているあたしに、どうしてだか頷いて渡辺さんは言うの。鳶色の瞳が細く、あたしを見つめた。

「まあ、私も話半分に社長の天下取りの意気は受け止めていたのですが、やはりあの人の人を見る目も侮れませんね」
「えと?」

びっくりするほど見つめられながらも、あたしはまた置いてきぼり。社長さんはすごいっていうのは何となく分かるよ。そもそも社長さんて社長だからね。すっごいと思う。
侮れないのは当たり前じゃないかな、と思いながらあたしは続きを聞いたの。そしてそれはびっくりな内容だった。

「直接お顔を拝見して確信しました。朝茶子さん。貴女は間違いなく、芸能界を含めたところで天上の類の人間ですよ」
「本当ですかー?」

天上って、凄いね。でもそこにあたしが居るなんて嘘っぱちだよ。
だってあたしはそんなに凄く大っきくないし、偉くもない。ただ、周りを凄いなあと見上げてばかりのちっちゃな存在だと思うんだけど。
でも、首を傾げるあたしに、渡辺さんは胸を張るよ。あ、意外とこの人大っきいね。

「まだ磨きが足りていないようですが、これからひと目観れば、誰もが貴女を夢中になることでしょう。それくらいに、貴女はとびきりの金の卵です」
「金? お金のことですか?」
「まあ、そうですね……お金としても不自由しなくはなるでしょう」
「うーん……お金はそんなに欲しくないですけど……」

お金って、沢山のところで使うけど、大体十分なくらいにはお父さんがくれるんだよね。そもそもあたしの家って名家、って奴らしいし。
磨くとよく光るし、紙幣だって肖像さんに変顔させるの楽しくてお金自体はステキって思うけど、でももう自由だしなあ。
他に欲しい物ってなんだろう。そう考えて、あたしは一つ見つけたよ。
それってとっても大切なもの。温くて、優しくって、頼りになる、いくら沢山あっても困らないあたしの夢。
あたしは、変な顔してる渡辺さんに、聞いてみた。

「お友達は、できますか?」
「もちろん!」

もちろん。それを聞いてあたしの瞳はぱっちり。
凄いね。アイドルしてたらこれまであたしに一人もできなかった友達が出来るんだ。これは、やるしかないでしょ。
やる気がぐんぐん湧いてきて、だから言ったよ。

「ならあたし、アイドル頑張ります!」

右手伸ばして、えいえいおー。
事務所にも入らず、変な動きをしているあたしを、実は社長も微笑ましそうに見てたらしいよ。

こうしてお友達欲しさに、あたしはアイドルをはじめることにしたんだ。

 

でもね。

「バケモノ!」

「キミには、嫌いという感情はないのかい?」

「きれいきれいきれいきれいきれいきれい」

「お前は、アイドル(偶像)ではない」

中々友達作りってむずかしかった。
でも、頑張るって決めたから。

「えいえいおっー!」

さあ、今日も誰かを踏んづけてでも、いっぱいの光を浴びるんだ。


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