第二十八話 斉天大聖/ユーアーユー

ハルヒさん2025 【涼宮ハルヒ】をやらないといけない涼宮ハルヒさんは憂鬱

さて。運命の七夕の夜に私はようやく【あたし】を見つけたわ。
まあ実際は見つけたというよりも灯台もと暗しというか、全てはお釈迦様の手の平の上だった、というような感じ。
まさか私も私が【涼宮ハルヒの憂鬱】から意図的に生み出された彼女の偽物だったとは思いもしなかったわ。
これじゃあ、勘違いして何とか立場を返さなければとか考えていたのがバカみたい。

「まあ、でも全ての筋書きを知っちゃっているらしい本家の【あたし】がどこかで私が涼宮ハルヒを逸脱しないか見てくれていると思えば、今までよりもむしろ気楽ね」

核心的な情報を載せた独り言がつい零れてしまったけれども、それが誰かに渡る可能性も低そう。
何せ私には見る人によればカミサマにすら思えてしまうようなご都合主義の塊さんが見守ってくれているのだから。
有希も上手に情報操作が出来るらしいけれど、流石にこの世の主人公みたいな【あたし】には敵わないでしょう。
何せその手の平に居た借り物の力持ちの私も、彼女の存在の一切を感じ取れていなかったくらいだし。

「本当に斉天大聖なお猿さんがびっくりした気持ち、私なら分かるわ……それにしても、流石に暑いわね……そろそろ夏休みかあ」

なんだかお猿の孫悟空さんに親近感な歩きながらの思索の最中に、頬を汗が一筋伝ったわ。
つい青天快晴なお空を見上げてみれば、今日も太陽は核融合反応元気にしているみたいで眩くって長くは見てらんない。
そのために視線を下ろしてみれば黒いアスファルトの壁みたいな坂があったわ。通学のためとはいえ、この道の勾配を思うと夏にはちょっとした運動ね。

「ふぅ」

とはいえ、かの【世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒ】の身体を借りているのだから、弱音もそう沢山は出せない。
内心ですら悪態はつかずに息を吸って、吐くだけ。
むしろ、世界の中心って楽しいって顔をしなくちゃと思いながら、私は楽しき夏休みの予定を諳んじたの。

「えっと。憶えている限りだと……孤島で合宿が変なことになるとか、夏はちゃんと終わらせないとすっごくひんしゅくを買う、とかそんなくらい……変なの。ホントに合ってるのかしらね、この予定」

しかし、【あたし】が私の脳裏に用意したのだろう台本はどうにも雑だったわ。
こんなの演技内容どころか舞台設定すら覚束ない、殆ど役立たず。それでも、何とか予定表としてくらいは使えそうだから困ったものね。
まあ、孤島で合宿とか私のお小遣いじゃそんな豪華な旅の用意とか無理よとか、終わらない夏休みとかちょっとしたホラーじゃないかしら、とか思うわ。

「夏ねぇ……」

結論としてそんな体験、本当に楽しくて望ましいものなのかしらと信じ切れずに首を傾げる私に、元気に過ぎる太陽の輝きがあざけるように降り注ぐの。
もうこんなにも暑く、だから楽しげな学生たちの夏の空白は否応なしにやってくるでしょう。
はじめての殆ど自由に過ごせるだろう友達との夏休み。涼宮ハルヒ三歳児を現在進行系でやっている私がそんなの喜ばないわけないじゃない。

「でも、私は私」

ただそこに【あたし】の姿がないことばかりが気になってしまうのは、どうしようもないのよ。
別に憂鬱でも退屈でもないけれど。ただ、暴走寸前にまで逸ってしまう心があるわ。
せっかく会えたのだから、もっと【あたし】の素敵なところ見せてほしいと思ってしまうのはあの人が私の生みの親だからかしら。
とはいえ、日本古来からカミサマな引きこもりさんに向けるべき対処としては、上手に岩戸の前で踊ってあげること。

まあ見ていなさいな。貴女が思わず手を伸ばしてしまいたくなるくらいに素敵な夏にしてあげるんだから。

「うーん……まあ、とりあえずは期末試験、か」

と、色々意気込んでいても、その前にやることはそこそこあったわ。
やがてそう呟き額に浮いた汗を手の甲でひと拭いしてから、頭の中の時計の針を今に戻すの。そうしてから過ぎる時に追いつけるようにとさらに足を速めた。

「通るわよ」
「あ……涼宮」

そして通りがかりに声がかけられたわ。
それは先の私みたいにあまりに強烈な日差しに対する現実逃避かしらね。
横一列になっていたのは、せめて冬は楽に帰りたいからと今のうちにスキー板を持ち込むか議論をしていた、帰宅部の模範生みたいなへとへと男子達。
彼らは空想話の続きを気軽に振ってくるようね。こちとら天下の涼宮ハルヒだっていうのに気安いわねとは、私だからこそ思わない。
むしろ何言い出すのかニコニコしながら見返すと、相手は少し視線を外してからこんな突飛を投げかけてきたわ。

「なあ。仮の話だけどさ。涼宮はこの道滑り降りるんだとしたらスノボとスキーどっちが良い?」
「ふふ。あんた達も面白い話しをしてんのねー。でも二択じゃ少なすぎよ! 仮の話ならお神輿でもUFOでも、帰りの足の選択肢なんてよりどりみどりじゃない!」
「あー……なんだかずるっこいけど、そういやそうか」

絶妙回答に納得でうなずく彼らを遠慮なく抜き去りながら、私は冬期ゲレンデ予定らしき傾いだ道を強く踏みしめて進んでいく。

夏に雪って楽しそうねとは思いながら、たとえ出来たとしても降らせることは一生ないだろう私はだからこそ今も滑り落ちることなく登校出来ているの。
それは、他の人が困るだろうからというだけの理由。けれども、この世はそんな遠慮と優しさでそれぞれの居場所をすっぽり確保できるのだからよく創られているわよね。

勿論アイアムアイだけれど確かにユーアーユー。世界は一人ぼっちじゃなくて、だから良いと思える私はだからこそ【あたし】じゃなくて、それでもいいのよ。

「あら……あの頭って」

そろそろ校舎の天辺が見えてくる頃。
そこで見て取れたのは見慣れたオールバックと整わない襟足。今日は何時もに増して汗に湿って跳ね回っているけれど、もう間違いないわね。
私は気軽にそいつ、谷口に声をかけるわ。

「谷口、おはよっ!」
「おお、涼宮。……今日もご機嫌だな」
「なあに。そう言うあんたは随分としょぼついている感じじゃない。ひょっとして、道草でも沢山食べてた?」

振り返った三枚目は、何時もの全場面コメディリリーフ然とした様子をどこに放ってしまったのか、少し暗かった。
まあそれが分かるのはこいつを嫌ってほど見慣れた【私】だからこそよね。
またそれを見逃せられなかったのが、友情の面倒なところ。
私はあえておちょくるような言葉で元気づけようとするのだけれど、けれど谷口の返事はどこか淡泊なものだったわ。

「あー……そうなのかもな」

冗談に雑に頷く谷口は、ろくにこっちを見返しもしてこないの。
むしろどこか他所の遠くばかりを見つめている彼は、こんなにお隣さんしているのになんだか何時もより遠く感じる。
ただ、話自体には乗ってくれるみたいなので、私はこう続けたわ。

「ええ? 本当にそこらの草を食べるなんて、ダメじゃない。せめてノビルとか食べられる野草を選別調理してから口に入れないと……」
「はぁ……マジの道草なんて食べちゃいねーよ。用事あって最近朝が早くなっちまったってだけだって」
「うーん……そういえば、最近谷口ちょっと付き合い悪いわよね。SOS団の部室にも何日か顔見せてないじゃない」
「っても、東中の時の俺等の距離感ってこんなもんだったろ」
「……今とあの頃は全然違うわよ」
「そりゃ、そーだったな」
「むぅ」

しかし、谷口は珍しくつれない。これまで話しかけたら殆ど何でも丸呑みしてくるブラックバスみたいだったのが嘘みたいね。気になっちゃうじゃない。
とはいえ、押してダメなら引いてみろ理論は私には効かないのよ。何時だって私は押せ押せ。
友達がいつもの調子になれないってのなら、それは私だって同じ。そんなの嫌だから、私は足元が平らになったその瞬間に谷口の前に回り込んで、こう問ったの。

「何かあったの?」
「……まあな。涼宮にはかんけーねーことだ」
「そんなの、関係あるわよ」
「そりゃあ……」

谷口からの軽い拒絶。でもそんな道草男のソフトタッチなんて、ハリボテとはいえ我が道を行く涼宮ハルヒの強靭なボディにはないのと一緒。
当然至極距離を尚詰める私に、一切顔色を変えずに谷口は酷くつまらなそうにこう聞いてきたから。

「俺等がダチだからか?」
「当たり前じゃない」

私はこの上なく真剣にそう返したの。

それは私の心を占めるには物足りないけれど、それでも谷口あんたはずっと私の唯一の友達だった。
恩知らずと涼宮ハルヒは決して結びつかないし、第一私は友達がつまらなそうにしているのが嫌だわ。

他人を思えるから私だとも思えないけれども、友達を想える私ではいたいのよ。だから、そろそろ何時もに戻ってよという私の視線に谷口は。

「はぁ……まー、それで良いか」

それだけ言って、一人前に進もうとするのを一旦止めたわ。
次に一呼吸。そうしてから、私を確りと見て取ってから、谷口は何となく言いにくそうにしながら話をはじめたの。
背景に広がった雲の白に整わない跳ねっ毛を目立たせながら、格好つかずともそれでもと、彼は今日も私と向き合ってくれる。

「……さっき後ろから聞こえたんだが……あー……帰りの足なんてよりどりみどりだって感じのこと、話してたよな」
「あんた、聴力はいいのね。その通りだけど」
「茶化すな。それで思ったんだがよ……」

黙してから、溜めることしばらく。
悠長にしていることで抜いた相手に今抜かれたことに横目で気付く私。でも谷口はまるで私以外の何もかもも見えないといった真剣さで、こう問ってきたの。

「涼宮。お前がもし悪い帰り方しか選べなきゃ、どうする?」

その言葉が何の例えかは、私には分からない。でも、その似合いもしない真面目っぷりにちゃんと答えてあげたくは、なったわ。
なにせ馬鹿するばかりが友達じゃないし、何よりその質問は私も深く考えてみたくなるような、引力を覚えられたから。

「私なら……そうね」

言いはじめて、私はでも口ごもる。
戻ることで何が幾ら悪くなろうが、きっと涼宮ハルヒならそのまま進んで奇跡的に全てを好転させるに決まってた。それでも帰れなければ、進むでしょうね。

でも、私は私でいいともう知っているわ。
本来のスカスカな予定を理想と目安にしながら、足元の理解すら覚束ない釈迦の手のひらの中の孫悟空のように間の抜けていることをすら良しとしている、何でもなし。
そんな私が悪い帰り方を選ぶかとしたら、それはもう。

「帰るのを、諦めちゃうかもしれないわ」

静かに首を振って、私はそれを答えにする。だって、あり得ないじゃない。悪いと分かっていてするのは馬鹿で、私は馬鹿でも良いけれど悪さで人に迷惑をかけるのは嫌なの。
そして、そもそも私なんかのために、何かが歪んでしまうなんて、そんなそんな。

私が、そんなことを考えているのを谷口は、きっと分かっていないわ。でも。

「そうかよ」

想定外の答えにそっぽを向く、大人足らず。きっと谷口は、私の返しに全く満足なんてしていないのだろうけれど。

「ふふ」

少し、嬉しそうにもしていたのが、不思議。

 

さて。そんな会話の直ぐ後教室で、試験勉強すんの忘れてたという谷口の汚い悲鳴を聞いた覚えも新たなその日の放課後。
何時もは和やかな会話と有希の本の頁をめくる音が響いているここSOS団部室には、今奇妙な緊張が走っているわ。

「あー……えっと。それって本当?」
「はい……」

私の前で深く頷くのは、手入れされた髪の毛一本一本にまでフェミニンな感のある一個上のゆるふわ系女子。
名前を《《喜緑江美里》》というらしいのは、この人を連れてきたみくるちゃんが教えてくれたわ。
どうにも私を名指しで相談事があるらしく、だからこそこのSOS団のど真ん中にて今彼女は気まずそうにその身を縮こませているっていう訳ね。

とはいえ、どうにも解せない私はオウムさんのように繰り返すわ。なんだかちょっと口の中が、乾いてきた。

「貴女のお友達が、その……行方不明だって」

こんなの本当だったら普通に困る、そんな相談。本来の不思議探しどころか、ただちょっと違うお友だちと遊んでばかりだった私に人探しなんて出来やしないし誰も求めていなかった。
でも、眼の前の心より困っていそうな彼女は、瞳を落としながら悲しそうに続けるわ。あまりのことにきっと有希も本を読む手を止めたのね。さっきからずっと本がめくれる音が《《聞こえてこない》》。

ごくりとする声に、喜緑さんの静かな声色は負けずに狭い部室内に響いたの。

「そうです……まさか関わりのある貴女達も知らないなんて……でもどうか私の友達の九曜……周防九曜を《《見つけてくれませんか》》?」

有希曰く天の上から来たという彼女。その関係者らしき少女が切羽詰まった様子で見つめてくる中、私は頭を沢山の疑問で溢れさせる。
あのホラーハウス地味た周防さんに一般人らしき喜緑さんみたいなお友達がいたなんてびっくり。それに、あの不思議な周防さんが私との奇妙な関わりをどう周りに話していたのかは気になるわ。
もっとも、そもそも周防さんったらそういえば《《光陽園学園》》の学生服を着ていたし、普通に学生をやっているに決まっていたわね。

「ええと……」

色々と私なんかより思考を走らせているだろう団員たちの皆が私を信じて黙って待ってくれるのは嬉しいわ。
でも、ちょっと困りもするのよ。正直なところ周防さんのことをろくに知らない私が安請け合いなんてしたくない。とはいえ、周防さんみたいなとびきりの不思議を一人ぼっちにさせてしまうのも涼宮ハルヒ的には違うでしょう。

こんな時に限って周防九曜さんと仲の良さそうだった谷口が《《この場に居ない》》ことを恨めしく思いながら、私は眼の前の不安そうな顔をばかり気にしてしまう。
ああ、やっぱり私は駄目ね。その心に寄り添いきれないまま、こんなことを口にしちゃうの。

「分かったわ。ええ……私が周防九曜さんのこと、見つけてあげる!」
「ありがとう……ございます!」

そしてきっと感激に、特に優しい人が持つらしい冷たい手のひらが私の手を覆う。
喜緑さんは、それこそ噂にならないくらいが不思議の可愛い人。そして友達思いとあれば私が助けるのは決して、やぶさかではないのだけれど。

「ええ。任せてとまではいかないけれど、なるだけ頑張るわ」
「それでも充分助かります……うぅ」

眼の前で起きた落涙ですら一向に乗り気にならないのが、本当に不思議。

『―――――捉えた」

そんなに私は周防さんが怖いのかしら。

 

「え?」

改めて疑問に少し停まった私。すると気づけば夏服の裾が、誰かにくいと引かれてた。

「…………」
「有希?」

振り返れば、この夏の中に溶け込むように、でも確かに《《ゆき》》はそこにいて。

「……止めた方が、いい」

不安げにそう、揺れていたの。


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