第二十四話 草笛で薄明光線

ハルヒさん2025 【涼宮ハルヒ】をやらないといけない涼宮ハルヒさんは憂鬱

昔物語に竹取の翁という言葉が出てくることは、まあかぐや姫の大本的な竹取物語を読んだり学んだりしてみたらよく憶えているものだと思うわ。
なにしろ冒頭の一節が彼、讃岐の造の説明だものね。私としては本題のかぐや姫よりこのお爺さんのことが最初随分と気になっちゃったわ。

竹を取りつつよろずのことに使いけり、ってつまり細工の器用さで身を立てている人ということよね。位は村長さんみたいなのに、変わり者。
きっと竹とんぼ製作なんて彼にはもう楽勝で、流し素麺台どころか家中四方八方竹製スロープだらけで、ひょっとしたら赤ちゃんかぐや姫がその中をきらきらきゃっきゃと滑って遊んでいたかもしれない。

想像するだけでわくわくする背景設定。これには【あたし】と違って破竹の勢いなんて言葉が似合わない、色んな意味で木に竹を接ぐように不器用な【私】が彼に多少の憧れを持ってしまうのも仕方ないことよね。
それこそ老人の竹取りなんて、かぐや姫の実は宇宙人でしたというサプライズよりも気に入っている想像の余地だった。

「実際そこら辺からして、私は涼宮ハルヒらしくないのよねえ……と」

そんな独り言をしちゃう私は今、大部分落としてもらってもざわめく葉っぱが目立つ竹を持って歩いているの。
ちなみにこうして学校裏から七夕用に竹を貰うという用事をこなして帰って来るその間隙に、かぐや姫のお話を思い出しちゃったのは、簡単。

「本当、いいお爺さんだったわ……人はやっぱり見た目じゃないわね。ちゃんと話してみるものよ」

うんうん頷きながら、私は笹なんてどっかからかっぱらってくりゃいいじゃねーかという面倒くさがり屋の意見を無視して、筋を通してみた結果に満足してるの。
放課後ピンポンと来訪した私に、少し暗い顔をしたお爺さんは存外歓迎してくれた。そして、私が竹を一本いただきたいのと言ったのに、ぎこちなくも微笑んでくれたのよね。

「……しっかり、使ってあげないとね」

私は、ぎゅっとそれこそ抱くように硬い節持つ竹を持ち直すわ。
長めにカットしてもらったそれは、どうにも腕の中で安定しない。私は何となく、別れ際手を振ってくれたお爺さんから聞いた短いお話を思い出すの。

北高の裏手、すこしひっそり暗めなそこには高く竹が群生しているのを生徒のみんなは知ってるわ。
どんな家かと覗いてみれば藪どころか庭の手入れもあまりされていない様子。
住人の唯一の目撃情報だって、野球部が敷地内にまでホームランを打ち込んだ際に老人がぶっきらぼうにボールを投げてよこしたという程度のものだった。
だから、ちょっと薄気味悪くないかしらと、涼子だって言ってたの。でも、だからこそ私は見てなさい大丈夫だからと笑って一人で竹をいただきに向かったわ。

ちょっと緊張はしたけれど、出てきたお爺さんはやっぱり優しかったし、また笑うと歪む白いあごひげに禿頭が校長先生と違う感じでチャーミングだった。
私はなんのために竹なんて欲しがるんだい、と聞いてきたお爺さんに七夕の笹代わりにしたいの、と答えたわ。
すると、そういうことなら譲ってあげるよとやる気になってくれたから、嬉しくなっちゃって私はお爺さんもなにか願いがないかって聞いちゃったのよね。それを一緒に短冊で掲げてあげたいなって、私は思っちゃったのよ。
でもお爺さんは、遠いお空の向こうを見上げながら、あいつらがあっちで幸せでいてくれてりゃそれでいいんだと、私の前で決して願わなかった。

大切なものを全て天に持っていかれた老翁。あの人そんなところまで竹取の翁に似通ってなくてもいいのにな、って私は思ったわ。
でも、また来ていいかしらっていう私の問いに空から顔を下ろしてから笑って勿論と返してくれたあの人は、読んで通り過ぎるだけの物語の登場人物ではない地に根ざす生きた人だった。

徐ろに私が見上げれば、そこにはただの薄曇りが多少の圧迫感を持って広がるばかり。憂い一つない綺麗に晴れた七夕を私は望んでいたけれど、でもこれでもいいと今更認めたわ。

「誰も彼も、物語の主役なのよね……だからこそあたしは退屈を感じたのだろうけれど」

私の影でひょっとしたら、倦んでるのかもしれない涼宮ハルヒ。
世界をどうとでも出来る子の代役をしている私は、でもだからこそ皆がみんなそれぞれでいいって考えちゃう。
擦れ合う笹の葉が奏でる狂詩曲を一つ一つ聞き取ることはなくたって、別にそれを風情と取ってもいいのよ。

同じように、苦しんで間違っても、理想的じゃなくたって【あたし】はきっと間違ってない。

「だって、私は……」

だからこそひらめいた凄く難解な宇宙的言語を持ってして、あの言葉を7月7日の夜にグラウンドいっぱいに書いたのだから。

 

さて、私も子どもじゃないのだから人の家にお邪魔します、するくらいで保護者が必要なんてことはないわ。
でも私は涼宮ハルヒとしてはちょっと大人しめで頼りないのかしらね。SOS団女子陣の心配に急かされたのか、男子が勢揃いで門の隣で待ってたわ。

「ん? ……よう」

どうも北高内外で女子人気があるみたいな三人組。その中で一番マニアックなところの谷口が似合いもしないオールバックを弄りながら私を真っ先に見つけたの。
彼はミッションコンプリートした私を労うことすらなく、こんな感想を述べたわ。

「……涼宮。お前随分とふてーの持ってきたな」
「そうね。お爺さんと一番いいのを選んだわ!」
「こんなの切るのも大変だったろうに付き合いの良い爺さんも居るもんだな……しかし丈は後で調整するにしても持ちづらそうだ……貸してくれ」
「あ……」

そして近寄ってきた彼の手により、葉音は直ぐに離れて手の中は空っぽになったの。
私だったらえっちらおっちらという風にしか運べなかった竹も、そこそこ背もあるキョンくんならひょいって感じ。
このままでも部室に入るか、とか呟く彼の隣で古泉くんも私の戦利品を眺め出したわ。

「ふむ。節から察するに真竹でしょうが……傷もなく中々立派なものを譲っていただけたようですね」
「古泉、お前は竹の品評も出来るのか……いいからそっちの端持ってくれ」
「分かりました」

やがて、二人はそのまま前と後ろに別れて運ぶことを選択したの。そしてそのまま部室まで真っ直ぐ向かってく。
大きければ大きいほど沢山の願いを掲げられるものと思っていたのだけれど、その分ちょっと手間になっちゃったかもしれないわね。
まあ、そもそも基本は笹でいいのに、欲張っちゃった私のミス。でも、それに文句一つなく対応してくれる彼らは実にスマートで優しくて。

「ありがたいわね」

それこそ、私には勿体ないくらいだ、とまで思っちゃう。
がさごそとして人目を引きながらも気にせず、SOS団の一員として涼宮ハルヒという爆弾の安定が続くようにと、頑張る彼ら。
そんな彼らに私は彼女じゃないと告げたら幻滅されるかしらね。そんなこと思いたくないけれど、でも。

『――ピッチャー、交替ね』

私は彼らの太陽じゃない。

「眩しい」

見上げた雲の合間から奇跡のように輝くのは薄明光線というありきたり。けれどそれを天使の梯子と捉えられる心があるからこの世界はきっと、退屈じゃないと思うの。

でも反して誰もかもにも同じ顔を見せてばかりの私はつまらないまん丸お月さま。あの子の代わりになれるような熱量なんて、きっと足りてない。
だからこんなので本当にいいのかしらと泣きそうなくらいに思うのだけれど。

「……鳴んねえな」
「何葉っぱ咥えてんのよ、谷口」

うじうじ門の近くから去らずに居たら、同じくその場にうずくまるようにしながら残ってる谷口のことが私は気になったわ。
何やら竹から落ちた葉っぱを拾って加工してぐるぐる巻きにして口に咥えているみたいね。
ひょっとしたら、煙草のマネでもしているのかしら。よく分からない私は難しい顔をしながらすーすーしている彼に問ったの。
するとこんな意外が返ってきたからびっくりね。

「いや、草笛ってこんなのだったろ? 昔、小学の林間学校で教わったんだが……違ったか?」
「はぁ……谷口」
「なんだ?」

私のため息に、真っ直ぐな視線がぶつかる。いや、普段の授業中にこそ眠そうなのじゃなくてこんな目で挑みなさいってのよ。
とはいえ、人って偶にはこんなに真剣に童心に帰ることってあるみたい。しかし草笛って、私も知っているけれどちょっとコツが必要で難しいのよね。
それをうろ覚えで再現しようとしているのが、私にはおかしい。また全然出来ちゃいなくて、それでも頑張って口膨らませてるのがどう見たってユーモラス。

「ふふ。谷口のぶかぶかで、てきとーじゃない。それじゃ、鳴るわけないわよ」
「……そういうもんか」

難しいのな、と呟くどこか間抜けな谷口。私は再び見上げながら伸びをする。
ああでも、全体これくらい緩くってもいいのかもしれない。
鳴らなくても、形にならなくても私だってそれでよいのかもしれなくて。

でも、そんな私は【あたし】の役に立ちたいなんて叶わぬ夢は、思っているのかもしれない。

「ふふ」

何知らぬ顔で遊ぶ友達の隣で、自嘲。
ふと私は、目を瞑ったわ。視界は平坦な黒に染まり、すると。

 

『そんなわけ、ないでしょ?』
「え?」

開いたところで輝きから一転。
所々青かった空は一体灰色で暗く、それこそ悩める私の心象風景そのままに塗りつぶされてしまったかのよう。
辺りに音は消えて、先まで響いていた間抜けな吐く音の名残が寂しいくらい。

『ねえ』

そして眼の前には【あたし】。
鏡合わせのように彼女と【私】は手のひらを重ね合っていて。これまでの不通が嘘みたいに今、近かった。
これまで一年に一度も会えなかった、そんな誰かさんが今私の中の閉鎖空間の中で距離を失くしている。それはまるで。

――そもそも七夕、乞巧節には距離という概念は不確かになっている可能性が高いということでしょうか――

黙し、まるで真正面から責めるような【あたし】の視線を前にして、場違いに私は古泉くんの言葉、結論を思い出したわ。

また、何の柵に囚われることなく願いは叶ってほしい、でも果たして私の願いとは、そんな昨日の迷いも想起した。

唖然とする私の前でお手本のように涼宮ハルヒを見せつける【あたし】は、酷くイライラとした様子で、こう叫ぶように言ったの。全く可愛らしい顔が第無しね。

『あんたがあたしの役に立たないなんて、そんなことはないわっ!』

ぎゅっと、握り込まれる右手。実際永遠に届かないと思った手がこうして七夕の今日、熱とともに繋がった。
何と返せばいいか分からなくなってしまった私はでも、取り敢えず一言。

「あ、ありがとう……」
『ふんっ』

思わず恐縮する私の前で、似て非なる顔が鼻を鳴らす。
なるほどあの日の私の突飛で無理やりな発想も、あながち違ってはいなかったみたいね。

『……だから、あんたが月まで逃げようがなんだろうが、離してやらないんだから』

そのまま耳元でぽつりと零された私は、きっと【涼宮ハルヒ】のために、退屈なんて出来ない。


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