第二十七話

霧雨魔梨沙の幻想郷表紙絵 霧雨魔梨沙の幻想郷

あたし、霧雨魔梨沙は、星が好きである。まず、大本の距離や大きさは違えども、夜を明るくしすぎないくらいに天を賑やかせているその有り様が素敵だ。
色とりどりに、瞬いたりして、決して大きくないその存在は自己を主張する。それが集まる天の川なんて、ついつい見惚れてしまうほどのもの。
そのように、小さな中でも、流れたり、爆発したりして、宇宙を彩り大いに美しくさせる、その姿は弾幕に通ずるものがあるとも思っている。
だからだろうか。あたしは、教わった魅魔様の魔法をアレンジして、よくよく星を真似た。趣味を同じくする妹と一緒になって、弾幕の形を考えたのも、色褪せぬ思い出だ。
真似るからには、天を眺める必要がある。あたしは、人並み以上に夜空を見てきた。季節や時刻を天に見る、そんなことは当たり前。どんな些細な変化も気づくことが出来ると、自負していた。

「そんなあたしにしたら、今回の異変は分かり易いわねー」

空をいくら見ても全く変化がないというのは、それはもう、とてもおかしなこと。そう、時間が経とうと天が一向に動かないという異常事態がここに起きていたのだ。
このままでは夜が永遠に続いてしまうことだろう。それに、おまけとばかりに、よく見れば月がちょっと欠けてまでいる。
時を止められる知り合いは居るけれど、月を砕く知り合いも居るけれど、それでも普段から天を望んでいるあたしの知らない内に両方を成すというのは難しいことだろう。
しかし、今回の異変を起こした相手は、難なくあたしを出しぬき、夜を永くして、どうしてだか月を弄った。
ひょっとすると、あたしの知らない大妖怪の仕業だろうか。月も、夜も妖怪に縁深いものであるし、それは充分にありえることと思えた。

「なら、今回は霊夢の本業異変解決の邪魔を考えずとも、あたしの本業妖怪退治に連なる事件にもなりそうだから、先に動いてもいいかしら?」

しかし、勝手に動くことは、流石に拙いのかもしれない。今回の相手は危険そうだという、そんな予感を抜きにしても。
前々回の紅霧異変も、前回の春雪異変も、萃香の事件も人里では砕月異変として知られている。それらを解決したのが、まあ一つは合っているけれども、全部があたしとなっているのは困ったところ。
あたしが説明することで何とか、その都度霊夢は異変解決の礼として金銭などを貰えている。けれども、それは完全に個人で解決したものではないと、ケチを付けられて充分なものではない。
怒ってあたしは抗議したが、霊夢がそれでもいいと引いてしまってはどうしようもなく。だからあたしはちょくちょく霊夢に詫びを篭めて差し入れしたりして、飢えさせることなくしていた。
今回も、砕月異変の時のように、まるきり全部があたしの手柄となっては霊夢が糊口を凌げない。とはいえ、あたしを救ってくれた幻想郷の異変を見逃すわけにもいかず。

「とりあえずは神社に行って、そうして話し合ってからにしましょうか」

考えをまとめたあたしはそう、独りごちる。勘のいい霊夢のことであるから、既に解決へと向っているかもしれないが、まあ止まっている夜の中で寄り道しても些細な違いにしかならないだろう。
そう思い、あたしは玄関前にて上げていた頭を戻して、近くに立てかけてあった竹箒を手に取る。
宙に箒を浮かべ、さあそれに乗っていこうと思ったら、目の前に霧が萃まって、一匹の鬼の形になった。

「おお、流石だねぇ。もう異変に気づいているんだ」
「そうね、萃香。何だか夜が止まっているみたいなのよ。後は、満月が欠けて見えるのも妙だわー」

つい先程まで見当たらなかった同居人に、あたしは端的に事態を説明する。
酔っ払っているのは変わりないが、何時もと違って少し真剣味を感じられるその表情を見て、やはりこの異変は大変なものであると痛感できた。
妖怪の星座にされている伊吹童子も恐れるような天の異常。普段よりも、気を張って掛かった方がいいと、あたしは理解する。

「そうだね……前者は、正直なところどうでもいいんだ。妖怪にとって、問題は後者だ。満月に異変が起きているのが問題さ。手伝ってやりたいくらいだけれど……異変解決は人間の仕事、だっけ?」
「そうねー。妖怪の力を借りた、ってなるとまた霊夢の査定に響きそうだし。まあ、依頼してくれるならそれに応えるよう努力するわ」
「そうかい。じゃあ、頼んだよ。今回は天に映る月を私が壊した時の比じゃない異変だ。本物の月を取り返してきておくれよ」
「承ったわー」

そう言って、時は金なり、でも停まってしまったらその価値大暴落ねと思いながら、あたしは急いでその場を飛び立った。
夜空に溶けたあたしは、風景をどんどんと置き去りにしていく。箒を新調してからどうしてだか飛行の調子が良い。いや、それは文の飛行を真似てからなのかもしれないけれど、どちらにせよ速度域が広がってきたことは歓迎である。
そうして、魔法で弱めた筈の風を強く受けながら、自分でも驚くほど速く神社の赤を目に入れて、そうして呟いた。

「本物の月、ねー……」

あっという間に風に流されていったその言葉は、宵闇に消える。しかし、口の中で転がした疑問はなかなか消化されることはない。
一度、聞き流してしまったが、確かに萃香は本物の月を取り返せ、と言った。ならば、この空に浮かぶ傷ものの月は、偽物なのだろうか。また、本物の月を隠すとは、いかなる力を持ってのことなのだろう。
まだ見ぬ下手人への期待は膨らみ、それが満ちて満月のようになった時、あたしの頭には一人の人物の姿が思い浮かんだ。

「魅魔様」
「やっぱり来たね、魔梨沙」

満月、そして知る限り最強の人物。あたしが仰ぐそんな亡霊は、風を切って周囲の玉砂利を転がしながらあたしが止まった時に、神社の奥からふわりふわりとやって来た。
青い三角帽に衣服が目立つその全体を覆う魔力は月光によって冴え冴えと輝いている。しかし、それでも完全ではないとあたしは知っていた。
何時もの満月下における魅魔様は、更に畏怖を抱かせるような重みをその増しに増した魔力に持たせている。それを思うと、今日の魅魔様には、月光による影響が足りていないと考えられた。つまり、今昇っている月は【弱い】のだろう。

「霊夢はもう行ったよ。紫に連れて行かれてね」
「え? 紫なら、異変解決は人間に任せるって言いそうだけれど、自ら動いたの?」
「むしろ、こんな異変時を止めてでも今夜中に解決させると、息巻いていたね」
「なら、時が停まっているのが本来の異変ではなくて……あの偽物の月が問題なのね?」
「その通りよ。何者かが術を使って本物の月を隠している。通常では考えられないことよ……ひょっとすると、私でも危ない敵なのかもしれない」

そう言って、月を睨む魅魔様の顔には、大いに敵愾心と危機感が表れていた。
こうまで表情を複雑にしている魅魔様を見るのは久しぶりのこと。確か、最後は魔道に触れてからこの方話せる人が減ってしまったということを小さい頃のあたしがぼやいた時だったと思う。
なるほどやはり、敵の力は強いのだろう。あたしでは、危ないどころか敵わないくらいに。しかし、そう知ったところで魅魔様について来て欲しいと思うほど怖気づくほどのものではない。

「大丈夫よ、魅魔様ー」
「どうして、そう言えるんだい?」
「だって、魅魔様でも危ない、といった【程度】の敵なのでしょう?」
「……そうだね」

そう、その【程度】の力の持ち主を乗り越えた時に、あたしの力はどれだけ増していることだろう。あたしが為すべきことは、今出せる限界を超えて勝ればいいという、それだけのこと。
口元が釣り上がるのが止められない。不安げにあたしを見る魅魔様に向って、あたしは胸を張って、宣言する。

「目標は、何時かは超えなければいけないもの。魅魔様でも難しいと言うのなら、大丈夫。あたしは今宵、魅魔様を超えるから」
「ふふっ……全く、可愛げのない弟子だこと。でも、それでこそ魔梨沙だ。そこまで口にするなら、見事この異変を解決してきなさい!」

あたしの言葉に恐れを振りきった様子の魅魔様は、盛大にあたしの背中を叩いた。痛がるあたしを他所に、宙に浮かしておいた箒にあたしを乗せる。

「無事に帰って来るんだよ」
「きっと、強くなって帰ってくるわー」

一撫でされてから、あたしは再び空を往く。やる気は満々。恐れるものなんて、要らないものを削りきって空っぽのあたしには何もなく。ただ無謀にも、恐るべき相手に単身挑む。
あたしに出来るのは守破離の最初だけ。でも、そればかりは得意だから、強い人から教わろう。そして、幻想郷のためにも相手を破れたらいいな、と思わなくもない。

「とりあえずは、霊夢達を見つけないとねー」

まあ、そんな取らぬ狸の皮算用なんて、後回し。まずは永遠と化した夜を取り戻さないといけない。
妖怪にとっては今日中に解決しなければならないと焦るような異変みたいだけれど、それよりも停まっている夜のほうが、人間にとって有害だと思える。
まだ見ぬ強敵よりも先に、時を止めているらしい紫をやっつけることが先だろう。そうあたしは考える。

「でも、こっちって、人里以外に何かあったかしら……まさかあの二人が聞き込みをする訳がないと思うのだけれど」

魅魔様からこっちへ行きなさいとあたしの家、ひいては人里へ向かう方に行かされたことに、奇妙な感覚を覚えながらも、あたしは箒を駆り風となった。

 

 

「魔梨沙、今回も無茶を始めていなければいいけれど……」

魔法の森を出て、霧雨邸に向かうために人形とともに宙を行きながらアリス・マーガトロイドは焦っている。それは、今回の異変の恐ろしさに、彼女が気づいているからだ。

「こうも簡単に夜を止められたのは、他にも時に働きかける力が複数あったからだけれど……考えられるだけで咲夜、紫、それだけ皆本気ということよね」

そう、限定状況下においてのみ、であるがアリスはグリモワールに依る魔法によって、時を止めることが出来る。
剣技の極みに時を斬るというものすらあるのであれば、究極の魔導書に時に関する文章がないということは考え難いもの。勿論魔法を使うものの手腕を試されるものであるが、アリスは一流といっていい魔法使い。
解決する時を幾らでも稼げるよう夜は止めた。しかし、それでも満月を隠した下手人の手腕を思えば、その程度の即席の術なんて何時破られてしまうか分かったものではない。

「月を隠して偽物とすり替える、なんてどうすればいいのか。関連した能力持ちならまだ分かるけれど、そうでなく方法を一から考えられるような人物としたら……厄介極まるわね」

今回の異変は、危険。それが、魔界人であるアリスにはよく分かる。今宵は満月による影響があまりに少ない。余程強力な存在でない限り、こんな不完全な満月では殆ど益がないだろう。
それに頼っているもの、夜の妖怪等には、この異変は致命に近い。少し常人とは離れているばかりのアリスにだって違和感があるのだ。永く続けば妖怪が弱まり、それを認められずに彼らが暴れたりして幻想郷は荒れるに違いない。
だから、こんな歪な月夜は一夜で終わらせる。そう考えたのが自分だけではないことに、アリスはほっとしていた。
何せ、最近純粋な弾幕ごっこで勝ちを拾った覚えの少ないアリスには自信が欠けている。戦ってきた相手が悪いといえばそれまでだが、しかし今回目指す相手はより悪い相手なのかもしれないのだ。
とはいえ時を操れる程の者が何人もかかれば、この異変も簡単に終わるに違いない。そう、アリスは思う。

「後は、魔梨沙が無茶しないように合流して見張らないと……きゃっ!」

独り言を零し、魔梨沙と組んで放つことで威力を増す、とっておきの砲撃のアイディアも試してみようかしら、等と考えながらの夜間飛行。たとえ真っ直ぐ進んでいても、注意がそぞろでは危険を避けるのは難しい。
それでも、アリスが勢い良く飛んできた足を身に掠らせる程度で済ます事が出来たのは、相手の力が確かでないためであった。

「あれー。人間、かと思ったら、違った?」

急に現れ、飛び蹴りを放って来たのは、緑髪に触覚が特徴的なリグル・ナイトバグ。妖蟲、その中でも幻想郷ではありふれた存在の蛍が妖怪化した存在が彼女である。
リグルの周囲にはこれでもかというくらいに蛍が集まり、黒いマントを羽織った彼女を朧に浮かび上がらせていた。半自動的に人形を働かせて異変に昂ぶる妖精を散らせていたアリスも、ちょっとした敵の襲来に、身構えてその姿を睨みつける。

「間違っていないわね。私は、生まれた場所が少し違うだけの人間よ」
「そこは夜も光に溢れていたりするのかしら。蛍に感動を覚えない人間なんて、珍しいわ」
「そうね。都会派とはいえ、周囲の明かりのせいで星も見えない夜は、少し寂しく感じられていたかもしれないわ」
「都会ってつまらないところねー。夜光は仄かに辺りを照らすくらいが一番なのに。私の弾幕で、それを痛感してみる?」
「お生憎様。私は今蛍見よりも星見がしたいの。……羽虫を散らすのは、やはり熱かしら」

そう言って、アリスは開きっ放しの魔導書から、巨大な炎を球状に纏めて出現させた。圧倒的なその熱量に、リグルは呆気にとられる。
一寸の虫にも五分の魂。しかし、所詮は小さき生き物の半分程度。それくらいで、本気になっているアリスを脅かすことなど出来はしない。

「ま、待って! スペルカードルール! スペルカードルールを忘れちゃ駄目よ!」
「……はぁ、面倒ね」

しかし、そんな圧倒的な力量の差を覆すことの出来るルールの遊戯がここ幻想郷では広まっている。リグルは青い顔をしながら、アリスに向けて二枚のスペルカードを見せつけた。
消極的ながらも同意したその際に、リグルがパッと笑顔になったのをアリスは見逃さない。最初から、彼女は弾幕ごっこをしたかったのだろう。
リグルは、どうやら今回の異変に気づきもしないで、むしろ強大な妖怪が驚き戸惑い軽々と動けない今を楽しみ、遊びたがっているようだ。リズミカルに揺れる触覚が、何となくそれを察しさせた。

「魔梨沙と合流する前に、同じようなのが寄ってきたら困るわね……」
「むっ。無駄口を叩く余裕があるの?」
「だって、ねえ……」

アリスがぼやいてしまうのも当然といえるのかもしれない。何せ、相手の弾幕が薄くて避けるのに容易いものなのである。
展開し、僅か斜めから来る緑色と黄色の米粒弾は、離れていれば散らばり結果的に道ができた。その先が行き止まりならば、なるほど難しいものと取れるが、そういう訳もなく。
苦し紛れに放たれた黄色い小玉弾の周りで、使い魔となる蟲たちが放つ小粒の弾幕の方が避け難いくらいである。
何も考えずに発しているのではないかと疑える、そんな弾幕の最中で、アリスは人形にスペクトルミステリーと名付けたレーザーを発させて応戦した。
すると、大して防御も用意していなかったリグルは早々に音を上げ、まずは一枚目のスペルカードを切る。

「くっ、ヤバいのに喧嘩売っちゃったー……灯符「ファイヤフライフェノメノン」!」

リグルの周囲から一挙に、緑色と青緑色の光が散った。それは、先と同じく米粒弾であるが、今度は渦を巻くように周囲に展開されている。
その弾幕は大量の蛍をイメージしたものか、周囲を行き来する緑系の光は、まるで生きているかのようであった。アリスも、これは中々に綺麗ねと思わずにはいられない。
しかし、これも的確に狙ってくる使い魔の弾幕の方が危険といえばそうである。美しさと、難易度、その両方を取るのはリグルでなくても難しい。最初の頃の四苦八苦を思い出しながら、アリスはレーザーで相手を射抜いてスペルカードを終了させた。

「くっ、やっぱり駄目かー」
「まあ、これくらいならね」

そうして、次のスペルカードの繋ぎのために、輪状に緑色の米粒弾を放つリグルにアリスは焦ることなく避けることを選ぶ。
これまた、スピードも密度もない弾幕ではあるが、周囲で支援している蟲たちが、黄色の小玉弾を大いに零しているために、難なくとはいかなかった。

「二枚目、蠢符「リトルバグストーム」!」

そして、二枚目のスペルカードが切られる。
リグルの周囲に広がるは、まだ形を成していない光弾。それが次第に色と形を持ち、黄色に緑に、米粒状になってから、辺りに不規則のように散らばっていくのがそのスペルカードである。
量は増して、斜めから来て交差を見せるその弾幕は、確かに嵐のような様体を見せていて、使い魔達が本体のような先ほどまでと比べれば、美しさに難易度が近くなっていると思われた。
しかし、これまでの弾幕を総括して、難易度は普通くらいかしらと思っていたアリスを驚かす程にはいかない。

「奥の手を使うまでもないわね。さあ、そろそろ焦げた臭いがしてくる頃かしら」
「ううー」

大して熱量を持たない蛍は、高温のレーザーに焼かれて墜ちる。しかし、加減が過ぎていたのか、蛍は直ぐに死んでしまわずに、墜ちる前に気を取り戻して再び浮き上がった。

「うーん。負けちゃった……」
「それじゃあ、先に行くわね」
「待って。もう一枚! これで最後! とっておきの最新作があるのよ。もしこれで貴女を倒せても私の負けでいいから!」
「仕方ないわね……」

妖怪と対する場合には、相手の心を折るのが一番手っ取り早い倒し方である。そこまでやらないとしても、こうして再起させてしまったのはアリスのミスであった。
まだやる気充分の相手を放っておいて、後ろから撃たれでもしたら、大変だ。更に魔梨沙に先行されることを覚悟しながら、アリスはリグルを再び目に入れる。

「これがラストスペルよ! 隠蟲「永夜蟄居」!」
「ラストスペル……くっ、とっておき、と言うだけはあるわね」

周囲に渦を巻くように、光弾は展開し、そして米粒弾が広がっていく。緑と黄色のそれが、以前のものとはっきりと違うといえるのは、速度と量に差があるからである。
何処が蟄居なのかしら、前のものよりよっぽど嵐という名称が似合うわね、とアリスが思うほどに左右から来る弾幕は激しく美しい。リグルの周囲は、多量の光で眩いくらいだ。
更にはレーザーの射線に入らないようにフラフラと、リグルが左右に動くため、早々に終わらすのは中々難しかった。

別に、相手を満足させるために、わざと負けてしまってもいいと、一瞬だけアリスは思う。この程度の相手に本気を見せるくらいならと、そう考えないこともない。
しかし、それはただの気の迷いである。霊夢と競うことでアリスの中に最近育ち始めた負けん気は、そんな弱気を跳ね除けさせた。

「そう、この程度の弾幕で負けていては、魔梨沙の横に立つ資格なんてないわ」

少しばかり、気が急いていたことをアリスは認め、そうしてから彼女は避けながら当てる、といった難易度の高い技術に挑戦を始める。
元より人形を平行して動かす事ができるアリスであるから、充分な下地があったのだろう。アリスはリグルの前に合わせながら前後することで斜めの弾を避けつつ、相手にダメージを与えることに成功した。

「うーん……」
「じゃあね。今度こそお終いよ」

アリスはリグルの全てのスペルカードを攻略しきって、勝ちを収める。再び墜ちていく光る羽虫になんて眼を向けず、アリスは一度見上げて星を望んだ。
今回、確かに力を伸ばした実感がある。そこには間違いなく悦びがあったが、それに中毒になるほどではないと思う。憧れのあの人の気持ちを、真っ当な感性をしたアリスは理解が出来ない。
そう、魔梨沙は歪んでいる。それは間違いない。普通は真っ直ぐ戻すべきなのだろう。だが、アリスは魔梨沙が正しくなって変わってしまうことをすら恐れてしまう。

時は止まって欲しいし、永遠に変わらないで欲しい。そう、アリスは現状に満足してしまっている。

「今日の星は、変わらないから素敵ね」

だから、アリスは満月の夜空を眺めて、そう思わずにいられなかった。そして我に返ったアリスは、再び魔梨沙を追うために、前へと飛び始める。
異変解決は他に任せて、魔梨沙を傷つけないため止まらせるため、アリスは追い縋ろうと考えていた。魔梨沙が変わらないためなら、自分は重りになっても構わない、と彼女は思う。

しかし、此度の異変で、アリスが魔梨沙の横に立つことはなかった。


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