第二話 喪失

私は彼女の魔嬢(まじかるすてっき)

第二話 喪失

 

私は自分で思っているよりも大分、見目が良いらしい。間違いなく性格は悪いのだろうが、人当たりには気を遣っているので、あまりそれが表に出て来ることもなかった。私には理解できないが、だからだろうか、異性からの告白というものはそれなりに経験している。もっとも、一度だろうと、私がそれを受け取った試しはないのだが。

 

「大須さん。それで……オレ達、どこに向かっているのかな?」

「秘密」

隣で男の子が何やら頬を掻きながら疑問を呈して、私を伺う。それに、ろくろく答えず勿体振って、私は前を向く。校門を抜けたところで向かう先を思い少し逸った私の足に、しかし大柄な彼は軽々と付いてきた。

「ふーん。それは、楽しみだ」

再び並んでから笑みを向けてきた彼、柾健太(まさきけんた)君は、どうやら格好良いらしい。昨年クラスメイトで関係もあったことから、悪い人ではないとも知っていた。

確か部活はバスケ部、だったろうか。体育の時間でレイアップを綺麗に決めていた姿が印象的。成績も中々良いと聞いたことがあったような気がする。まあ、兎にも角にも優れた子だ。私なんかに告白をしてきたのが不思議である。

「別に楽しい場所じゃあ、ないかな」

「そっか」

でも私は、その高水準に惹かれない。ただ、この先を思って柾君を注視しなかった。それでも彼はニコニコしている辺り、何だかやっぱり気持ち悪いな、とは思う。

 

私は休み時間に人気のない自転車置き場前でこっそりと行われた、柾君の告白に少しも胸をときめかせることはなかった。好きではないものが自分を好きだと知ったところで、特に何も感じない。好意の返報性なんて言葉は私に通じないのだ。どうしようもなく、好き以外はどうでもいい。

更に私は、決して他に理解できないものと通じてすらいた。真っ当ではなく気持ち悪い生き物。それとくっつく相手は可哀想。だから、彼に向ける返事はごめんなさいというものしかあり得なかった。

しかし、同じように拒絶した以前の例と違って、柾君は怒ることも困惑するようなこともない。笑んで、彼は大須さんのそういうところが良いんだよなあ、と言う。暖簾に腕押し。流石に私は、困ってしまった。

よくよく話を聞くと、柾君はどうにも目立つようになった自分のことを殆ど見なかった相手、ということで私を特別に思ってしまっているようだ。無視を喜ぶなんて彼は随分と被虐的な性質だな、とは思う。

そんな性癖を知ったからとはいえ、惹かれる私ではない。だが、はにかむような柾君の笑みに記憶を刺激されて、思わず付き合えないけれど、帰りにちょっと付き合って、と言ってしまった。それが故の、二人の帰り道である。

 

「それにしても、心ったら冷たいの。誘ったのに、付いてきてくれないなんて」

「はは。彼女は相変わらず随分と優しかったと思うよ。オレに対しては、だけれど」

「幼馴染みの男子と一緒に私たちの冷やかしに徹したあの子が優しいなんて、やっぱり柾君は変わっているね」

「ははは」

「はぁ……」

爽やかにも笑みに白い歯を覗かせる柾君をちらと見て、私は溜息を吐く。

直近の疲れる事態を思い出す。私は帰り際に、柾君も帰り道を共にしても良いか心に訊いた。すると、あの子はきゃあきゃあ言って、すてっきーが格好良い男の子を連れてきたよ、と騒いだ。それに同調した沢井君もこれは俺らが邪魔しちゃだめだね、とはやし立てた。

相当な人目、嫉妬の視線も含めて集めた、玄関前の小さな騒動。そこから逃げ出した私に柾君は付いてきて、こうして二人きりになった。

明日、私を嫌う女子等に何と揶揄されるか思うと、今から頭が痛い。つい、よく通るばかりが自慢の長髪をかき分けた。頬を、数多の黒線がはらはらと撫でていく。

「柾君は見られても平気なのかもしれないけれど、私はそうでもないの」

「それは何か、隠しているから?」

「……へぇ。分かるんだ」

柾君の確信を持った断言を受けて、私は感心する。顔の向きを変えると、横には先と変わらぬ笑顔がそこにあった。何となく、細まったその視線に粘度を覚える。

交差点の赤信号にて止まって黙した私には、空の蠢きがよく聞こえた。異常で不快で、しかし時折あまりに美しくもあるその音色は延々と続く。だから、私に静寂はあり得ない。

異常が身近なそんなこんなを上手く隠せていると思ったのだけれど、そうでもないみたいだ。それなりの観察者には判ってしまうようである。

「他の人は、大須さんをクールだとか、憂いを感じるとか言うけれど、違うよね。きっと近寄らせなくて、悩んでいるだけじゃないかな」

「暗いだけ、とは思わない?」

「オレが好きになった人なんだ。きっと暗いだけじゃないよ」

信号機に青色が灯って、皆は歩き出す。私のはじめの一歩は大股で、次第に早足になった。何となく彼の言葉はしゃくに障る。それに、自分が特別と思い込んでいる子供と並んで歩いていくのは恥ずかしい。なにせ、大分前の自分を見るようだから。

しかし、ウドの大木な私よりも尚、少し背の高い柾君は直ぐに追いついて来た。気遣わしげに、彼は私を見る。

「気に触った?」

「……多少は」

「ふぅ……それでも、大須さんはオレに注目してくれないんだね」

主人公になりたがりさんは私を追い越し、自分を晒しながら、そう口にした。確かに、少しうざったかろうとも、好きでないものを私は気にしてはいない。

左右対称の間違いの少ない顔。整髪料で仕上げられた髪。確かにこうして見ると、柾君は見にくいところがない。好まれて、然るべきだろう。しかし、私が真っ直ぐに彼を見ると、どうしても空が目に入ってしまう。何かの生活圏、大勢の理解不能を。そのいやらしくも黒くならない多色の凝縮の元に、少年の整列は希薄だ。

「私は、おかしいから」

どうしても、醜いものこそが、私の心を奪う。生き物らしく勝手に標準装備されてしまっている警戒心は、空を仰がせたがるのだ。けれどもそんな怖いものを見るのが嫌だから、私はついつい下を向いてしまう。そして、私は私を好きな彼を無視して残り少しの道を見る。

「だから、人が見ないものを見るの」

そう、目的地はすぐそこだった。忘れられない場所。私以外の誰からも忘れられてしまった彼女が過ごしていた駄菓子屋。思い出されることもなく、一年足らずで寂れ果てたそこに私は遠慮なく足を踏み入れる。

「お邪魔します」

「……失礼します。廃墟っぽいけど……オレも入って良いのかな。駄菓子屋か何かだった、みたいだけれど」

「……うん。きっと、あの人も喜ぶと思う」

言い、私は未だてらてらとした極彩色が残る捕食痕に荒れた室内を眺め見た。散乱する期限切れの菓子類を避けながら、私はその中心にて安堵する。まるで巨大なミミズの化け物が這った後のような惨状に、無理に過去を重ねながら。

私の中学校からさして遠くない、老婆が切り盛りしていた駄菓子屋。その繁盛が、今やあまりに遠い。

「柾君、思い出せない?」

「思い出す、って言っても……オレはここに来たこと、一度もないよ」

「本当に?」

「ああ。だって、オレはここを知らなかった」

願いを込めて、私は柾君に聞き返す。だがしかし、現実は無情。有り得ないものの腹の中に入ってしまったあの人、安田菊子(あだきくこ)さんの存在を、彼は否定する。きっと、私には丸見えなバケモノの痕跡すら、この少年にはよく見えていないのだ。

誰も彼もそれは一緒。おかしくて、私は笑ってしまう。

「ふふ。皆、そう言うんだ。お隣さんですら、知らないっていうんだよ。変だと思わない?」

「それは……」

「それに。この写真に映っているのは、柾君、だよね」

私は、スマホを操作して、学生服を身に纏う子供達が散見される、在りし日の安田駄菓子店の姿をデータとして柾君の前に差し出した。私には、写真の端にて満面の笑みを見せる菊子さんとはにかむ彼の様子が目に映っている。でもきっと、健太(・・)君にはアレに食まれてしまった老婆の姿は知覚出来ないのだろう。

だが、確かに健太君は一度ならずこの店に訪れたことがある。自分の笑顔でそれを知った、菊子さんに纏わる因果を奪われここで過ごした大体の記憶を失くしてしまった彼は、狼狽する。

「ここに来たことがある、のか……どうして、忘れて……」

「ふふ。多分、ここで一番に楽しそうだったのが、健太君だったよ。何しろ●●さん……私の中から出ると名前も無かったことにされちゃうのか……まあ、ここの店主さんと仲が一番良くって。ふふ。一度仲良しな理由、聞いたんだ」

「……オレ、なんて言ってた?」

「亡くなったお婆ちゃんに似ていて優しいからって」

「婆ちゃんのこと、言った覚え……いやそもそも、大須さんとそんなに喋ったこと、ない筈……」

「●●さんを介しての仲だったからね。あの人が失われたから、私と仲良かったこと、全部無かったことになっちゃって。滴ちゃんって呼んでくれなくなったの、ちょっと残念だったんだぞ?」

悍しいモノに汚されていても、輝く記憶を私はほじくり返して微笑む。整い切る前、成長痛に悩まされる前の健太君は、それなりに愛らしかった。私を見上げ、どうしたら滴ちゃんの背を抜けるかな、と呟いていたことも覚えている。よく髪を撫で付けてくる私に、照れていたっけ。

「知らない……何を、言ってるんだ……」

「そうだよね。もう、健太君は、知ることは出来ない。調子に乗って私なんかに告白したのが、その証拠。それを認めたくなかったのだけれど……」

健太君の顔は、もう蒼白だ。そんな様は、私も初めて見る。必死に記憶をさらって、何もないことに恐怖した結果なのだろう。可哀想なことをしたものだと思うけれど、でも私は藁にも縋りたかったのだ。私は彼に僅かでも、思い出して欲しかった。

「今もお空に蔓延っているアレのせいとはいえ、●●さんを忘れちゃった健太君は、嫌い。少し前まで結構好きだった分、余計」

一年前。私と健太君は、それなりに仲良くしていた。けれども、関わりがこの駄菓子屋においてばかりだったのが災いした。私が菊子さんと一緒の時にばかり彼と言葉を交わしていたのも、悪かったのかもしれない。

あの日、天から落ちた一滴。それに気づいて逃げた私は、落ちた先が安田駄菓子店であると知らなかった。だから、菊子さんがあの怪物にどれだけ苦しまされ食べられたのかも、判らない。そして、あり得ないモノの一部となってしまったあの人はその存在があったこと、そのまつわりすら忘れられたのだ。そう、私が立ち向かわず、見て見ぬふりをした結果の一つが、大好きな人の私以外全てからの喪失だった。

「私は覚えてる。●●さんの可愛い笑顔も、額のシワも、曲がった背中も。ハッカのような匂いも柔らかな声色だって、忘れられない」

ただ独り、あり得ないモノを知覚出来てしまう私ばかりが、世界の異常に気づけてしまう。おかしなモノの一部となった菊子さんを覚えてしまっていた。そして、楽しかった過去を見て見ぬふりが出来ないことが、少しばかり辛い。

そんな私が、幾ら仕方ないとしても、忘れ去ってしまった全てに情の無さを覚えてしまうのは、仕方ないことだろう。

「知らない……オレは、そんなの、全然、判らない!」

「そう……」

どうして健太君は見てもらいたがったのか。それは、自分に対する愛、肉親のものに近いほどの優しさを失った後遺症のようなものから、だったのかもしれない。喪失という病巣に気づいてしまった彼は、頭を振ってそれを失くそうと慌てる。

「嫌だ! オレはただ、大須さんのことが好きで……」

「ふふ。忘れていたのに、白々しいね」

無視を喜ぶなんて気持ち悪い性癖と一時は思ったが、今考えるとそれは違う。故の見つからない胸中の親愛と無関係を必死に結びつけたが為に、好意がねじれておかしくなっただけ。きっと、健太君は健全だ。だから、これ以上違えないでと、私は彼を突き放した。

「……ぐぅっ!」

堪えきれなくなった健太君は、溢しながら逃げ出す。その背中を最後まで私は見守り、気配が遠ざかってから、呟いた。

「泣かしちゃった、か」

後悔はない。けれども、少し、悲しかった。

「もし健太君が覚えてくれていたら……ごめんなさい、はなかったかもね」

しかし、そんなもしもはないのだった。私が特別なんかではなくただの異常であるということと同じくらいに、現実を変えること等、出来ない。

仰いだ空は、今も醜く豊かに形を変えている。

 

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