ルート3 砂金の真心 金沢真弓②

原作版・皆に攻略される百合さんのお話

恒星が光り輝くのは当たり前なのかもしれない。
いやそもそも遮りさえしなければ万物が光輝を帯び得ることを思えば、発光する膨大な熱で大いなるものが自己を宇宙においても可視化してしまうのは何らおかしいことではなかった。
だが、瞬くお空の数多の輝きは何万何億という単位で古い年月昔のもの。光ですら届けるのに遅れる、彼らは遠い遠い存在のかつて。

「寂しいな」

夜空の黒に散りばめられた四千ほどの星々に、何を感じるのかは自由。
その五芒に希望を覚えても良いし、その棘を周囲に向ける形象に痛みを感じても構わないだろう。
だが忘れられた展望台の広い中にて小さな一人、金沢真弓はただそこに無常を覚えていた。

「もうあれらは既に亡いのかもしれないけれど……まあ便利な石塊の占有権に必死になるよりは、星の光を望む方が意義深いものかな?」

そう、タイムテーブルが終末に近づいたためか、とうとう元主人公さんに聞いたとおりにそうなるのだろうと知っていた真弓の目にはお空は一部がひび割れ紅く見え出している。
赤が罅として通った部分の星の輝きは最早少女には見て取れない。
だが、そこには確かにあったはずで、亡くなっていいはずはなかったのに、きっともうこの世界に確かな星は殆どないのだ。

なにせ、水野葵という少女を中心としていた世界は、遠からず滅ぶものだから。

観ること叶わずとも、きっと尊かった星々はもう亡いと理解できる。だって、幾ら妄言染みていようとも、難しい真実のような言葉達より一体となった我が友の未来予想図こそが信じるに値するものだから。

「この世界にとっては星より大切だった、個人が散った。そして意味を失ったものが壊れるのは自然……ああ、物語ってどうしたって近視的過ぎるものね」

個人としてはインテリジェントデザインよりも人間原理の方が納得できる可能性はあった。だがしかし、密な彼女の周り以外こそ全てが蛇足であったと当人以外の誰が知ろう。
実のところ、この世は過去から未来へと流れるスクロール。エヴェレットな選択肢容れない、真っ直ぐ直線。
だが、それですら閲覧者が観やすいために纏めていただけに過ぎないと知ったらどれだけ価値観が余所人と離れるものだろう。
最低でも、それを理解していた水野葵は自分以外が大切でないというこの世界の道理に馴染めなかった。人と違う、それこそ大変な孤独である。

『あたしは、操ってくれた誰かにありがとうって思うな!』

でも、そんな中にも救いはあった。

『たとえ嘘でもあたしは皆を愛せた。そんなの嬉しくてたまんない。なら、幸せだよ!』

|上位者《プレイヤー》の操り人形に対して笑顔で断言した彼女は、きっとだからこそ唯一のヒロインとして愛されたのだろう。

『――――ごめんね』

それこそ、世界よりもずっと。

強請るように携帯端末からコピーして貰った写真はロケットペンダントにて胸元に。
その記録の中にしか存在しない少女の肖像を思わず握り込んでから、真弓は結論づけた。

「葵が百合を愛したのも、当然か」

ならば、彼女と一体になった私の愛も当然だったのだろうか。きっと運命というか、そんなものでしかないのだ。そこに、意思の介在は果たして足りているのだろうか。
そう不安に思いながらでも、胸は今を生きているのだと高鳴る。
末期を生きる楽しさ灼けた肌に、もう痛みはない。親家族との親愛も、味わいすぎて日常的となり飽きるくらいで。空の色を見る限り、途切れても主人公を容れて再び動き出した人生に、殆ど未来はないのかもしれなかった。
でも、たとえ世界が滅んでしまったとしても、真弓はただ一途に。

「ああ、悩んだ全てがどうでもいいくらい、百合ちゃんに会いたいな」

主人公さん譲りのオッドアイにて滅びの空をすら背景にして恋しく一人の少女を思う。
哀ばかりでも、愛だって確かにあって、それこそが何より重要。
そんな風に決めつけた乙女は、夜風に伸びた髪を流して微笑んで。

「そして……ロマンティックに、最期の恋をしよう?」

終末をロマンとすらして、諦めきったその瞳を輝かせるのだった。

まあ、とはいえ刺激に怖じるのは当然の反応。
それは蠱惑的で魅力たっぷりの高鳴りではある。だが相手に触れなくても耐えきれない程の恋慕を覚えてしまえば、近づこうとする心も挫けた。
好きである、でもそれに過ぎる。ああ、葵はこれを持っていたから死んでしまった。それほどにこの想いは毒である。
でも、毒と知って病的にも呑み込むからこそ恋であり愛だ。
ただ未だ自分が弾けかねない程の恋を怖い怖いと思ってしまう心があって、両親に乞って西郡高校への転校を決めた今も震えてしまう。

ああ、あの子に会いたいのだけれど、これ以上好きになってしまうのは、怖い。

そんな想いをまるっと隠して、何時もの喫茶――その名も檸檬――で何時もの相手、葵を受け容れた同じ境遇でありながらも似て非なる少女に相談。
転校するけど、どうしよう。そんな言葉が意味不明と首を傾げる光に、やっと不安げな内心を表に出して、言った。

「あの子に近づく踏ん切りが付かない、ですか?」
「うん……百合ちゃんをこれ以上好きになるのが怖くって」
「相変わらず、乙女をこじせていますわね……毎度年下に相談するとか恥ずかしくはないんですの?」

溜息を呑み込みながら手慰みに光が突いたマドラーでコップに揺らいだのは、白に薄茶色。主にミルクで出来た特注カフェオレを眺めながら、本当にこの子は付き合いの良い子だなと真弓は思う。
黒に近い色をした大好きな苦みを躊躇わずに嚥下した真弓は、その際に指に乗っかった水滴をテーブルで躙り、こんな返しをした。

「そりゃ、実年齢は光ちゃんには勝ってるけど、私の時間の殆どは寝ぼけていたばかりだから。経験豊富な光ちゃんに、相談の一つだってしちゃうよ」
「はん。貴女ったら箱入りなわたくしにすら経験で負けるとはもう、とんだ年上ですわよね。それで終わりを知ったから……諦めちゃっていますの?」
「そう、かも……」
「つまらない、ひと」

光は本心から、呟く。
大好きだった亡き人の言葉を信じ、たとえそのために酷く疲れようともこの世の全てに価値を見いだそうとしている少女には、諦観なんて唾棄すべき代物。
金持ち喧嘩せずなんて言葉に縁遠い揺らぐ内心を持っている光は、あえて自分が遅れきっていてそのために愛される資格なんてないと思い込んでいるバカな年上を挑発するように語るのだった。

「そんなところ、貴女、結構あの人とお似合いですわよ」
「え?」
「諦められなくて、全てを愛さざるを得なかった日田百合。諦めるしかなくて、一人しか愛せないと思い込んでいる金沢真弓。ほら、背中合わせにしてみれば、ぴったり」
「それってつまり……同等のプラスとマイナスを足したら零になるってこと? それって割れ鍋に綴じ蓋理論とも違った、無理やりだよ?」
「ええ。それでもきっと、貴女と彼女ならグラウンド・ゼロに行き着くでしょう。いつぞやの黄昏の爆心地こそ、希望と絶望のま真ん中」
「……光?」

嘘のように似合いと言って、しかしその後に意味深を繋げる。金の光の束の髪を弄りながらつまらなそうに語る月野光は、やはり不思議だ。
本来ならば何も知らないはずの、ただの名前と設定ばかりの出番なし。幾らそれが少しの間主人公さんに触れていたとはいえ、こうも真に迫れるものか。
光の黒の瞳はゆっくりと閉ざされ、長い睫毛が重なる。物語のバグたる彼女は、故にお客様として望みきったバッドエンドの顛末の全てから終末に至るまでを予想していた。
そして、それだけではない。眼の前の恋の歪みをすら看破して、彼女は愚かと考える。続いてまあ、そんなだからこそ愛おしいこの世の一つと思い込んで、赤と青で出来た窮屈な空を見上げながら呟くように言った。笑いながらも李の唇は歪んで、少し痛々しくも一言を紡ぐ。

「おほほ……それでも結局ところ、真弓さん。貴女はたとえ一つになろうとも水野葵には決してなれないのですよ?」
「っ……」

そんなこと考えたこともないと怒りに任せて発そうとし、しかし真弓はそのまま口を噤んだ。がりと、研ぎきれてない八重歯が唇に穴を開ける。ぷくりと、血の赤色が薄色の唇にて小さく膨らんだ。

「分かって、るよ……」

そう、真弓とて幾度も悩んで理解してはいた。自分が水野葵を継いで生きている存在であるならば、想いだってその延長でしかないだろうことくらい、分かっているのだ。でも、たとえ唯一でなくても個でなくとも、それでも確かに愛がこの胸にあってくれるのならば。

「私は葵と違って最期まで彼女に愛されないかもしれない。私と百合ちゃんが一緒になって、良い訳がないのかもしれない。でも……それでも仕方がないんだ」
「……それは、どういうことですか?」

小さく首を傾げる、光の子。誰かに説かれた言葉を信じ、終わりの紅すら容れて全てを愛さんとしている。そんな日田百合を模倣したような少女は、たとえ彼女が偽物や代替品であるとしたところで間違いなく可愛らしい。賢しげにうそぶくことさえ辞めてくれば、もっと良いのにと真弓は思う。

「君よりずっと、単純なことだよ。私には――――」

愛はためらってしまう程だからこそ価値がある。そんなことばを考えたのは、果たして《《どっち》》か。そして、恋の発端はどこ。
ああ、そんな全ての小理屈が馬鹿らしい。恋は言葉ではなく、高鳴り。幾ら考察に真実を重ねようとも、そんなの全く関係ないのだ。

今の私は彼女が好きだ。ただ、それでいい。そして。

「たとえバッドエンドだって、ロマンだから」

そう、そもそも真弓は悲恋が怖くって、あの子に近寄れない訳ではない。ただ、愛おし過ぎる愛が怖いだけだった。
終わりに再生した彼女は、故にこそバツを恐れずに。

「終わっていて、間違っていて、蛇足であっても」

黒の目が、当たり前の光輝に拠って少女を映す。嬉々にポニーテールを揺らすその子はとても愛らしく何より無垢。黙す光は、そんな真弓を改めて勿体ないと思ってしまう。

「それが私たちの物語」

バッドエンドから始まる、そんな余計な付け足し。それでもそれだけが、唯一無二の生命を輝かせることの出来る場であるのだからと微笑んで。

「光ちゃんと話せてよかった。怖くても、今からスタートを切るよ」

周回遅れの少女は今を生きるために、そう決めるのだった。

「そう……」

遠き星々が既に亡かろうとも、光は未だ遺って燦々と。だが、それでも全てが終わっていることに変わりなく、一時の輝きだって気休めにすらならない代物でしかないのかもしれない。

「それなら、良いわ」

でも、そんなの生命の当たり前だとはにかんで、月野光はすっかり氷溶けて薄くなった殆ど白い薄い飲み物に口を付けるのだった。


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