第五話 ちょんぎる

ハナコ 口が裂けてもいえないことば

「清太君、次はこっちー。この、あばれるもんがーを取ってみない?」
「もんがー? いや、うん。このぬいぐるみが何かかはよく分からないけれど、美袋が欲しいのっていうのは分かったよ。……よし」

騒々しい機械がクレジットを求めて光り輝く、そんな遊び場。大人達が下らないと切って捨てがちの楽しむしかない所にて、二人の大人足らずが青春を散らかしていた。
最近この学校から少し離れたゲームセンターに時折訪れるようになったのは、清太と美袋。デートという名目で、二人は小銭と時間を捨てることに親しんでいた。
今も、埋もれるほどに横たわったプライズを前に、真剣に清太はボタンに指を乗せる。そして、筐体に滑稽なまでに顔を近寄せるのだった。

「えっと、これ……くらいかな?」
「あはは。清太君、ざんねーん。その位置じゃ、人形の頭を撫でるだけだよ?」
「あ、アームが届いてないのか……難しいんだね、意外と」
「そーそー。ユーフォーキャッチャーっていうのも下手したらウチの学校のテストより難しいのかもよ? あは。私的には、テスト全部コレでもいいけどさー……ほいっと」
「……お見事。一発で取っちゃうなんて美袋、スゴイね」
「それほどでもありますなー。あははっ!」

ちょっと磨いたら大分格好良くなった男の子の関心を受けて、美袋は調子に乗る。少女の愛嬌ばかりが、表立って愛らしく歪んだ。

「全く、ちょっと鼻につくけど、それでも可愛いもんだから困るなあ」
「いやはや。私ったらもう清太君をメロメロンにしちゃってますなー。私ったら罪な女!」
「いや、僕が可愛いって言ったのはそのぬいぐるみに対してだけど?」
「なぬー! なら、美袋ちゃんは清太君的にはどうなんだい?」
「プリティ」
「ひゃあ! やっぱり清太君ったらメロンちゃんだったぜー! やっほー!」
「あはは……喜んでくれるのは嬉しいけれど、メロンだけ残しちゃうとちょっと意味不明だね……」

自分のことは嫌いだけれども、相手を褒めるのは、好きだ。そしてこの子はちょっとそうするだけで面白く反応してくれる。奇妙なケダモノのぬいぐるみを持って変わったポーズを取る彼女を見て、なんとはなしに相性の良さを感じる清太だった。

その後も二人はもんがーを連れたままクイズゲームをわいわいやってみたり、リズムゲームでスコア勝負をしたりして、遊びを続ける。やがて二人して相手の顔を特殊効果で弄っておかしくなった写真を小さくプリントしてから、美袋はけらけら笑って言うのだった。

「おおー! バケモノが二人、仲良く並んでますぜ、こいつは! 清太君、すっごい顔色しちゃってまあ……」
「健康的を超えてもはや真っ赤になってるね……こんなふうにも出来るんだ」
「あは。そして、私は顎がずれて口が裂けたみたいになっちゃってるしー……いや、美人さんが台無しって奴だねっ」
「いや、むしろプリティさに拍車がかかっているような、そうでもないような」
「むむ、どっちなんだよー! いや、キミにはこんなしゃくれてる私のほうが愛らしく思えちゃうのかい?」
「そんなことはない。ありのままのキミが一番素敵だよ」
「唐突に熱烈な告白、いただきましたー。やっぱりメロンだー。あはは!」

二人はゲームセンターの騒音と戦っているかのような、そんな大きな声ではしゃぐ。それこそ周囲の人間にいちゃついている、と認識されるくらいには近い距離をして。しかし、二人の間にはもんがーが挟まっていて、くっつくことさえないのだった。

「あは。笑った笑った……っておう、良い時間になっちゃったねえ」
「八時か……いや、親に連絡忘れてたし、普通に怒られるなコレ。飯抜きかな……美袋は大丈夫?」
「へへーん。美袋ちゃんは、親に絶賛放置されてる途中だから、幾ら遅く帰ろうが困ることはないんだなー」
「いや、それ威張るとこじゃないでしょ」
「そうー? えへへ」
「うーん……」

会話をし、真剣になるところでもならない。そんな今時少女になんとはなしに、清太は違和感を覚える。なにせ、こんな態度は今までずっとだから。そう、美袋はおどけて、笑う。そしてソレに尽きていた。

「……困ってるんなら、相談にのるけど?」
「おー。清太君ったらやっさしい。神様仏様かな? 拝んどこ」
「はぁ。いつか茶化すのに飽きたら、僕の言葉、思い出すんだよ?」
「分かりました!」

そしてふざけて敬礼をする、ポーズばかりの少女。明るい彼女の内面に、無数の暗がりがあることに、清太もそろそろ気づきはじめていた。美袋は、至極楽しそうなまま、言う。

「頼もしい彼氏君で嬉しいなっ!」
「ああ……」

曖昧に頷く、清太。そう、彼と彼女はいつしか付き合うようになっていた。切っ掛けも何もなく、ただ美袋のそろそろお付き合い設定で行きましょう、という謎の宣言によって。
それに、まあいいやとしてしまった辺り、清太も満更ではなかったのだろう。だが、今はどうかというと、難しい。
強ばる眉根を隠して、世界を愛する地雷原から目を背けながら、彼はきゃっきゃする美袋を連れて歩き出すのだった。

「ま、何にもないならこのまま帰ろうか」
「そーだね。エスコート、お願いします!」
「任されたよ」

そして、恋人たちは家路につく。二人並んで、並んだだけで。

「はぁ……なんか寒くない?」
「大丈夫! 私ったらかなり体温高めだから!」
「具体的にはどれくらい?」
「そりゃ、百度は超えてるんじゃないかな? アツアツだね!」
「なるほど、それは頭が沸いてるわけだね」
「むむ、どういう意味ですかなー?」
「通りで美袋が僕と手を繋がない訳だって、こと」
「あはー」

視線を外す、ふざけた美袋に、清太はため息を飲み込む。そう、彼女は必ず、荷物を持つ手を彼氏の側にしている。もんがーは、つぶらな瞳で文句一つ言わないが、しかし体の良いバリアにされているのぬいぐるみは、どこかかわいそうにも思えた。

「これで付き合ってる、ねぇ……」

手をつなげようとして、拒否されて、むしろ嫌われているのかとさえ思った。だがしかし、そうではない。ただ、彼女が変わっているだけだったのだ。

「ごめんねー、清太君。私ったら、ちょっと潔癖で」
「ああ、分かってるよ」
「……ホント、ごめん」

美袋という少女が、これほど道化るようになったのは、何時からか。それは、前の彼氏に強要されることが続いたがため、なのかもしれない。もちろん、そんなことを察することなんてできず、清太には不満ばかりが募る。

「どして皆、ばっちいことばかりするんだろうね」
「さあ、ね……」

本音を転がした美袋に、清太はそれが気持ちいいからだ、と本音を投じることは出来なかった。そして、そんな生優しさをこそ、彼女は喜ぶのだった。
なにしろ少女は擦れ合いなんて、嫌いなのだ。だって、美袋という子供は痛いのが好きではないのだから。性愛なんてもってのほか。思わず、ちょんぎってやりたくなってしまうくらいに、気持ち悪い。

「だから、世界は綺麗だと、思わないとね」
「そっか」

続く、少女の本音の転がりに、何も返せない自分を清太は呪う。だがああ、もしこの子が世界は汚いものだと理解してしまったら。その時は。

きっと全てをちょんぎってしまうのだろうな、ということだけは分かるのだった。

「それじゃあ、またねー、清太君」
「ああ、また明日」

ふざけている。だが、それは紛れもない真実で。

「ただいま」

鍵を開けて、ドアを閉じる。一連の音以外しん、と静まった全て。自分以外に何もない一室に帰ってきた彼は。

「はぁ」

自分と赤の他人以外に何もない、嘘みたいな一人ぼっちに、ため息を吐き出すのだった。


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