第十二話 真っ二つ

ハナコ 口が裂けてもいえないことば

物語るばかりの道化が踊った黄昏時に、吉田美袋という少女は死んだ。彼女はやがて嘘みたいに残虐な切り裂きジャックと成り果てる。
そして、明津清太という人間はそもそも嘘だった。薄っぺらの設定、人でなしがこの世に貼り付けた物語は暴かれ赤マントという怪人と姿を変えた。
生きとし生けるものを切り捨てるジャックと、終わるまで穢しつくす赤マント。水と油のこれらの前身は、仲良く愛を語っていた時期もあった。
けれども、そんな平和こそが薄弱な嘘だったことを思い知り、ジャックはその目を釣り上げる。先まで心地よく感じていた血の温とさを嫌って手の甲で拭い、幼い顔を汚しながら彼女は言った。

「あんた、気持ち悪いわ」
「ああ、そうだろうネ。きっと君のタイプの反対だろうサ」
「ああ、こんなのが存在していたなんて……この世が綺麗な筈がなかったものよ。ばっちい、ばっちい、キモい!」
「まあ、僕からしても、君なんてただの道具程度でしかないんだけどね」
「汚い手で触らないでっ!」
「おっト」

ちょきんどころか、ずんばらり。トイレの花子さんが誤って預けてしまった、たからものは禍々しく無情な威力を発揮する。怒りとともに振られた一挺はきらんと闇夜に輝き、触れた赤い男の肩口までもを真っ二つ。呪われた誰彼の血液で満載のそれは溢れて、獲物にあぶれて空に死ぬ。
赤マントの朱の一部はヘドロのように飛散し、切り捨てられて黒に消えた。

「余剰は全て捨てるカ。なんともそれらしい、残酷さだヨ。うんうん、可愛らしイ」
「死ね」
「今も、何度も死んだサ」
「っ!」

返す刀よりも、ハサミの閉じる方がなお速い。一度で切り捨てきらなかったのなら、何度でも。彼女はこんな要らないの、斬って捨てて切って捨てて、愛したことすらなかったことにしたかった。
だが、どれだけ削いでも、それは死なない。いや、生きていて、死んでいて、そして生まれ変わっていて、また存在をはじめている。
ぶくぶくと、創傷からは赤いアブクが気味悪く湧いて、彼はそこから再誕を果たす。赤マントとはそんな不滅の現象。産穢、死穢。そんな全てが赤となって永遠を創り出す。

「くひ」

勿論、理屈も意味も彼女の十数年で把握できることではない。だが、つまるところ潔癖過ぎる少女の前にあるのはこの上ない、気持ち悪い存在。傷ましい、グロ。
そんな最悪と対して、成りたかった男性名ジャックと変われた美袋だった子は笑む。それは、当然のことながら嬉しかったからではない。ただこれまで摂理に悖って半分以下を切り捨てにし続けていた彼女は、ここにて会心の思いつきを得たのだ。

ああ、どうしてウエディングケーキは二つにするのだろう。無垢なんて、嘘。本当は私以外に誰も要らないのに。でも、等分だってこの世に必要なやり方の一つ。だってだって。

「くひひひひぃ!」
「ァ」

ほら、いくら生き汚かろうとも、こうして命を二つにしてしまえば、もうくっつくことなんてないのだ。どうしてハサミは二つの刃を持っているのか、それはこうするためだとジャックはようやく理解した。
断面はあまりに精緻に切り裂いたために、血管すら驚き理解できずに凝る。血だらけだった筈の、そんな赤い視覚情報は溢れることすらなく綺麗に等分にされてしまい。

「こんな……事ガ……」
「くひ。真っ二つ。お前にはそれが正解だろう?」

真っ二つ。死んで生きていた存在は、死ぬだけ、生きるだけの二つに切り裂かれてしまった。
あっという間に、死んでいるだけの半身崩れた男の身体。最早再生などあり得ない、そんな赤マントだっただけの生きている半身は諦めて呟く。

「ここで、終わりカ」

開かれ、常人のように血を命として垂れ流しながら、身動きすら許されないまま彼は星の光に露わになった凶器を見つめる。それは、麒麟の形を取りながら、ちょきんと動く。

「くひひ」

あの日きっと愛おしかった、彼女はためらわずに笑った。

 

明津清太は、嘘である。そして、赤マントも正しくはなかった。本当は、彼は憧憬の集合体である。

『追いかけっこ、しよう?』
『うん!』

それは、子供達。怪異に拐かされた少年少女達の愛。おかっぱ彼女を気に入って追いかけた、そんな子達は彼女の可憐が大好き。

『いただきます』
『あ』

でも、それらは沢山遊ばれた上に、最期に無常にも喰まれて終わっていた。

『ふふ』

ああ、花子さんの怪談の糧として、果たしてどれだけの無辜の死があったのだろう。そんなのはきっと誰にも分からない。

だが、やがて食べ残し、今やゴミ捨て場のランドマークのようになったゴミのように余計な便所に捨て置かれたそれらは。
腐れて凝って、生きて死んだ坩堝の色は、果たしてどうなったというのか。

『あァ……』

産声が腐れたものであっても然り。だがそれは自分の彼女に対する心の色も分からず、だからこそ彼のような何かは赤子らしく赤いマントを羽織って。

『赤がいい、青がいイ?』

彼は誰もかもに赤に青、恋が良いのか復讐が正しいのか、問い続けたのだった。

 

「ありがとウ」
「え?」

そして、やがて策謀を続けてしかし、愛されるに届かなかった赤マントは、ようやく己の中がぎっしりと赤で満たされていたことに気づく。それがどんどんと死に近づくことで熱を失っていくことを残念に思いながら、彼は身動きも取れないままに更に言葉を紡いで、そこまでは好きでもなかった女の子の幸せを、感謝とともに願ってみる。

「僕が悪かった。だから、助けよウ」
「何を、今更っ……」

ああ、よく見れば吉田美袋は在りし日の花子さんによく似ていた。そんなものを、壊して毀損して、それで憂さを晴らして何になろう。
だが既にやってしまって、覆水盆に還らず誤って正しく殺され己は死ぬ。そんな当たり前がとても嬉しくって故に赤マントの中の何者かはいつしかの笑顔を皮膜一枚で再現して。

「それでも、僕は君が可愛いって言ってくれたのが嬉しかったよ」
「あ……」

最期に明津清太の顔でそんな呪言を落としていく。

「う……く」

涙が、ぽろり。赤く赤く血が溢れていく人の半分を見下ろしながら、吉田美袋は。

 

 

「くひひ。やっぱりコイツ、なんだか可哀想だったね」

思いの外ウケた自分を不思議がりながら、もう物言わぬ死体をずたずたに切り捨てたのだった。

「はーあ」

そう、ジャックはそれを切って、棄ててしまったのだ。


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