水木巫女子は、自分を世界で一番キレイな存在になれると思っていた。そして、キレイであれば、何もかもを思い通りに出来る、と。
そんな勘違いをずっと続けていた少女だったのである。
巫女子は小さい頃からよく言われていた、可愛い子だ、という褒め言葉を嫌っていた。それは、明らかに自分を下に見ているから言える言葉であると思っていたから。
本当に美しいものにあったら、きっと綺麗としか浮かばないはずである。なら、それ以外の褒め言葉は偽物だ。
そんな風に思い、彼女は綺麗と言ってほしくてオシャレに力を入れたり、化粧をしてみたり、稚さに任せて迷走を続けた。
「え?」
しかし、ある時彼女はすっぴんのまま同級の男子に言われたのだ。水木って綺麗だな、と。
巫女子は、それににこにこになった。
今思えば、それはきっと懸想しているばかりの男の子の背伸びした褒め言葉。嘘に近い、感想である。
しかし、巫女子はそれを本気にして、やっぱり自分は綺麗であたりまえなのだと誤解した。
ならば、このまま世界で一番にキレイな存在になってしまえば良い。そのための努力は、しかし今まで通りでは足りないだろうと思う。
「なら、戦うしかないかな」
そして、巫女子は幼くして同等とぶつかり合い、己を磨く決心をする。
しかし、十を数えられたばかりの子供が美を競い合う機会なんて、そうそう訪れはしない。
そして相応以上の婀娜があっては子供の綺麗と認められず、ならば何時か一番にキレイとされるためにも学ばなければいけなかった。
そうして余計な大嫌いな可愛らしさを巫女子は身にしていく。その中で、芸能のプロダクションに入る機会を得て、結果アイドルの卵という今があった。
「いてて……」
さて、しかしアイドルというのは驚くほどに多数である。そして、この世界においてはあまりにメジャーないちジャンルですらあった。
ならば、卵であっても傷つけ合う。
金でできているわけでもない柔らかなその殻はぶつかり合いに度々傷ついたが、しかし巫女子はそれでいて確かにものが違ったのだ。
「わたしが、そう負けてられるもんか」
傷ついても、治りが速い。そして、そもそも殻が他より分厚かった。
故に、少女は次第に抜きん出る。そのために、金の卵として扱われ、環境も次第により良くなっていく。
そして、エムワイトレーニングセンターにて、少女は確かな研鑽を重ねていった。踊りは得意。そして歌も上手であれば、顔立ちもしっかりしていて。
評価が厳しくて有名な与田瑠璃花トレーナーにも、これなら大丈夫と認められ。
「わたしはキレイなんだ」
努力は自信となり、しっかりと巫女子の身になっていった。
そうして、ようやく彼女はアイドルとしてこの世に生まれて、誰からも愛される何時かがやってくる。
そのはず、だった。
「んぅ?」
それをはじめて見た時、彼女は心の底からぞっとした。
まるで、底から何かが這い出てくるような感覚。肺腑を蝕む緊張。言葉すら、その見目に対する感情で出てきやしない。
それがあまりに美しいものを見てしまったがための感動によるものだと知った時、巫女子は絶望を覚えた。
ああ、こんな。本当にキレイなものに遭ってしまえば、思うのはただ一つだけ。
そう。ただ、逃げたい。
だから、巫女子はその後太陽ともいうべき内心妬けつく輝きの塊たる朝茶子を前にして、何を言えて、どう蠢くことが出来たのか覚えてすらいなかった。
後、唐突に、扉の奥から知らない女の人が現れる。その人は見たことがないけれど、けれどもわたしはキレイなはず。誰だって不調を見逃せないくらいには、美しいはずだった。
故に、助けてと瞳で必死に送ってみたのだけれど。
「私はこの子の味方」
そう、もっともっと、とんでもなく美しいなにかに依っていた彼女に切って、捨てられる。
ああ、わたしはわたしは。巫女子は考える。
そして、鏡に囲まれた室内に戻る。
すると、わたしを確りみてくれていた筈のトレーナーすら、わたしを見ない。わたしを見つめているのは、鏡の中わたしと、そして。
そんな風に、迷った巫女子は見つける。
「?」
アレの瞳だけだった。何より美しい奇跡に磨かれた、只者ではないその輝きに、少女が映る。
ああ、かがみよかがみよかがみさん。わたしはほんとうに、きれいなの?
その答えは、果たして。
「ごめんね、もう耐えらんない」
聞きたくなくって、巫女子は逃げた。
「お母さん、ごめんね。わたし、もう出来ないよ。アイドルなんて無理。こわいよ。あの子が怖い。だって、これからアイドルするなら、あの子と戦わなければならない。あんなのに、比べられなければなんなくて……」
まくし立てて、続けて続けて。薄い携帯電話に巫女子はぎゅっと縋る。
怖いんだ。あんなもの、美しいとばかりしか心に残らず、その枝葉末節はいくら観たって不明。感動しか心に残らないものなんて、それはもうヒトではない。
巫女子はそんなのと、競い合うなんて考えられなかった。そんなものに、負けてすり潰される未来なんて、嫌で嫌で堪らない。
勿論、そんなものと手を取り合う未来なんて考えもつかなくって。だから。
「助けて、誰か……あ」
そう言い、ようやく彼女は自分が電源をオフにしたままの電話機に独り言を喋り続けていたことに巫女子は気づくのだった。
己の狂乱に気づき、沈黙は降りる。やがて。
「巫女子ちゃん!」
ばたんと扉は開き、それが現れた。
それは片桐朝茶子という名札が付いただけの、ヒトガタの美。ただ、綺麗としか分からないそれが、人語をほざく。
きっと、これに心なんてない。そもそも見つからない。だって輝きすぎて、意味不明だから。
奇しくも、美しさばかりを望んでいた巫女子は美観を人より磨きすぎていた。だから、プラスだらけの朝茶子は棘の塊のようにしか見えず、怖くしかない。
だから、そんなものがこんな言葉を溢しても。
「友達に、なりたいのに」
信じられる訳がなかった。
友達というのは、果たして格別の隣に、あばたを置くようなものではないだろう。それなのに、こいつは平気で寄ろうとするのだ。
巫女子は思う。化け物なら化け物と仲良くすればいいのに、と。それなのに、自分に寄って、潰すな壊そうとするな、そう思う。
「わたしは誰かの引き立て役じゃない……わたしはきれいなの、格好いいの、一番なの、わたしは……死にたくない」
だから、それこそ必死に自分を鼓舞して対抗したのだけれど。
「うん。巫女子ちゃんは……すっごく可愛いんだよ!」
間近にて朝茶子に可愛らしいと見下され、巫女子の自信は木端微塵に踏み潰された。
「ひひ、うひ」
そして、そこからずるりと這い出てきたのは、最早健全な心ではない。
けれども、それでも生きていたかったから、へらへらへりくだって、彼女は言うのだ。
「ああ、わたしは可愛くて、それで良いんですね、朝茶子様」
「えっと?」
愛らしいようにして首を傾げる、そんな様すら綺麗の体現でしかない。
そんなものを前にして、自分のキレイは霞んで消えたのだ。ならば、残ったかわいそうなかわいらしさを活かす他にないではないか。
そんな、確信。身体からだらりと力を抜き、携帯電話をコツンと落として、絶望に身を任せながら巫女子は言う。
「もう、わたしは綺麗とかそういうのは諦めました」
そう、もう水木巫女子の今までの人生は無意味と散った。ならば、これからは違うものを選ばなければならない。
それこそ、目の前の見上げるばかりの化け物が落とした言葉に縋るとか、そのくらいだ。
「だから、わたしは可愛いだけのまま、生きてみます! これまでの水木巫女子は死にましたから」
台無し、死んだ、壊れて消えた。そんな程度。
だから、これからは第二の人生。その導としてインプリンティングされた、美の体現は何も分からずこう呟く。
「がんばってね」
ああ、なら頑張らないとな、と巫女子は頷いた。
だって、がんばらないと、もしこの人を裏切ってしまったら。
またわたしは殺されちゃうかもしれないじゃない。
そう、巫女子はおこりのように震えた。
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