世界が一つであると決めたものは、何か。おおよそ、それは焦点がひとつどころにしか合わない人間の在り来りから来たのだろう。
そう、ぼやけた視界の中で少女は思った。
「だから、私とは合わないんだ」
呟きながら喉元のチョーカーを弄る少女、足立|華子《かこ》はその緋色の瞳で花と散華した一体全体を垣間見る。
彼女の前で次元は今や接続しきれない線の集まり。人々は、まるで金たわしによって執拗に引っかかれたかのように、おぼろ。華子が何も見たくない、を繰り返していけば、周囲はこのようにボロを見せていくのだ。
そしてそれを通り越していけば、手はこの世を突き抜け、あの世に届く。
血迷い続けたアリスは穴へと飛び込む。みしりと世界は軋み、やがてずっぽりと、少女は再びゴミ捨て場に迷い込んだ。
「……ただいま」
変わらない錆色。唐突に顕になった袋小路の狭いビルの合間には、行き場のなくなった腐れた物ばかりが積もっている。
最深部にはまだ遠慮があったのかゴミ袋に纏められてあったが、その上に上にと裸で積まれたゴミはその姿を風雨で更に濁して汚れていた。
頂にあるのが鳥か何かの死体であって、黒い羽の中から骨の白さを僅かに露出させている様が、また象徴的である。
終わっている、処。そう、怪異いわく、この場はゴミ捨て場。
今にも消えて無くなりそうな怪談達が集まる異世界である。デスクトップからゴミ箱に追いやられたアイコン達と同じ、そんなどうでもいいが集まった場所に、少女は居た。
「はぁ。いい空気」
あくまで腐臭の集まりでしかない全てを嗅いで、華子はうそぶく。そして、手近の屍のカラスをつるりとなで上げた。
そんなふうにして彼女はこの世から、それ以外へ。命なくす以外の方法でそんなことを成すというのは考えにくい。とはいえこれもただ少女が望ましい全てから最悪の坩堝へ落ちたのだと考えれば、腑に落ちる。
堕ちるのなんて、何にだって出来る簡単なのだから。
「帰ってきたよ」
もう、この世にないものを探して落っこちはじめるようになってから、何度目か。影に蠢く怪異達の中に、華子はそんな呟きを投じる。
返答は、悪意の沈黙。そんな何時も通りに彼女は柔らかな歪みを見せるのだった。
「あはは」
お前なんて死んでしまえと何もかもからぞんざいに思われて、ようやく華子は花咲かせる。愛を失い、哀に慣れきってしまえば、憎悪こそが新鮮な感情だったから。
そして、場違いな嫌われ者は辺りを見回して、問う。
「お兄ちゃんは、どこ?」
愛は何処に。私のために居なくなってしまったあの人を、私はどうなってしまったところで見つけたい。
そんな想いは、蒼白を基色にさせて、髪も唇だって強張らせた。唯一、爛々と輝く瞳ばかりが特異である。
「今度は私が見つけてあげる」
そう、少女はどこまでも、それこそこんなゴミ捨て場にまで逃避して、最愛を探し続けていたのだった。
壊れてしまった普通なんていらない。華子には、過去こそが全てである。
「どこだろ」
血走りを超え、意に沿って全力を朱く集中させた力持つ目を走らせ、華子は無価値な全てを見定める。
「居ないなぁ」
唐突に嘲笑って過ぎ去る無害なピエロに、怯えを誘うためだけに歪に形を換え続ける壁のシミ。指先ばかりが嫌というほど降ってきたと思えば、老翁の首が壁の上から勢揃いで覗いていたりもした。
どれもこれもが呪わしくもあざとい、怖いだけ。慣れきってしまった華子は、唐突に耳元にて叩かれたタンバリンの騒音ですら嘆息のもとにしかならなかった。
「はぁ……どうでもいいのばっかり」
そう、そんなゴミ捨て場行きになった怪異の二軍なんかに気を取られる華子ではない。
むしろ、意に沿わない何もかもを睨み殺さんばかりの一瞥に、全てを散らして少女は歩く。
魔を見慣れた否定の瞳。元の世界ではただ赤いばかりのその目は、しかしゴミ捨て場では強い意味を持つ。華子が、自分のために死んで欲しいという怪異たちの強い悪意を、跳ね除け続けて探索を続けられているのは、そんな魔眼を持っているためである。
「お兄ちゃん……」
だが、そんな強力がひとつばかりあるだけで生き残れるほど魑魅魍魎は甘くなく、憎悪は浅くない。下等を睨んで退かせる、筋者と同じ。本物には負ける。
そもそも、華子は背中とお腹の違いが分からないくらいに細く筋張っていて、覇気なんて失われて久しい。彷徨う少女は、やはり弱々しいものだった。
「……寂しいよ」
十を数えたばかりの幼子は、凍えに震える。歩はやがて、止まった。不健康に小さく裂けた唇から、滴り落ちたのは鮮血ばかりではない。
これまで華子は運よくゴミ捨て場の極めつけの危険、蛆に食まれ続ける人喰らいに出くわすことなく、そして見たり聞いたりするだけで命を落とす生きた人形などを見聞きすることもなかった。
「ふふ」
そして、そんなどうしようもないよりも尚確とした怪異が今忍び寄る。
最近昇格した一軍。ゴミ捨て場から再び拾い上げられた輝石。現に噂される怪人は闖入者を敏に感じて近寄りぴたりと華子の後ろに付いて。
「だーれだ」
すっかり悲壮に染まった少女の顔に手を当てて瞳を隠し、そんな風にそっと問いかけたのだった。
「ハナコ?」
そして、華子の言葉は正鵠を射る。振り返った少女が見て取った姿は正に。
「正解」
お友達の口裂け女の花子さんだった。
「今日も契約を果たして、貴女を見つけにきたよ」
言い、にっこりと、がま口を持った愛らしい彼女は笑う。
「じゃあ、今日も探すのはおしまいかぁ……」
「そうだね、華子ちゃんも一緒に戻ろう」
「うん。分かった」
みいつけた、もうかえろ。
そんなようにして、ぐちゃぐちゃと、ハナコに毀損されたばかりの蛆だらけの屍の身体を蠢かせる怪異の音色を、バックグラウンド・ミュージックにしながら幼い少女は手をとり合うのだった。
「お兄ちゃん、何時か見つけられるかな」
「だから、私が食べちゃったんだっていうのに……」
「嘘ばっかり」
そんな下らない会話を交わす華子とハナコ。言葉ではなく彼女らの笑顔が並んでいることこそが、嘘である。
やがて被害者の妹と仇はそこら辺にあったなにかの恨みつらみを踏み台にして、当たり前の、もとの世界へと戻るのだった。
コメント