霧雨魔梨沙はある能力を持っている。
おかげで魔梨沙は強いのであると断ぜれば楽なのであろうが、実際にはそんなことはない。彼女はただ、元来持っている魔法使いとしての才能を狂信的なまでの努力で育て上げ、実践にて魔法を弾幕に使うことに慣れただけの人間だ。
まあ、そんな努力が報われる補佐として、彼女の【力を見つめる程度の能力】は役に立っている。それは様々な力の推移や種類を把握するだけの、弱い子供の時に得たトラウマを磨き上げて至った能力。
だがそんなものしかないというのに、魔梨沙は大抵の人妖と渡り合えるくらいの力を持っている。それはどうやってか。
魔梨沙は求めて必死に見定めて、後でそれを真似て力を会得する。そういったことをずっと続けていたのだ。そう、能力を使い努力の近道を通い続けて、彼女は人としては破格の力を持った。
その根底には、力を欲する狂気がある。内にある暗い炎が未だに、幼い魔梨沙を焼いていた。魔梨沙はその痛みに抗うために力を求めて力に触れて、生きるために死と戯れグレイズし続けるのだった。
「あはははは! スゴい、よく避けられるね、魔梨沙!」
しかし、そんな魔梨沙の必死な努力をあざ笑うかのように、フランドールの放つ通常弾幕は一発一発が破滅的なものである。今も、紅に緑色をした死神が、魔梨沙の傍を掠めていく。
フランドールが努力をしなかったとは、言えない。身を消したり、四つの数に分身したりするなど、並大抵の魔法使いでは出来ないそんな魔法を習熟するためには相当の年月を要したものである。
しかし、それも熱のこもったものではなく、永き時の合間を使って何とか理解し覚えたもの。とても、魔梨沙のように狂的な努力を重ねたりはしていない。
何しろ生まれながらの強者に娯楽にならない努力は必要ないのだから。それくらい吸血鬼、人間の地力の差は大変なものなのである。種族の差を努力でどうこう出来るものか、果たして疑問だ。
そして、いくら魔梨沙に才があろうとも、フランドールにだって溢れんばかりの才能に恵まれている。普通に考えれば、勝負にすら成り得ない。
「きゃははは! フランドールの力も、スゴいじゃない!」
だが、魔梨沙も、そしてパチュリーですらそんなことは考えなかった。
一歩間違えれば虐殺にしかならない、そんなフランドールの能力に引っぱられて破壊的になりすぎた弾幕に囲まれた中で、その冗談みたいな破壊力を身に掠めて確認しながら魔梨沙は笑う。
それは楽しいからだった。あんまりなまでの力の差、それを見ることで力を求める心に火が点き疼いてたまらない。まるで恋するかのように瞳は釘付け、近づくために計算する頭は大いに回る。
逆さまになっても、魔梨沙は懲りずに杖から魔弾を発した。そしてそれは当然のようにフランドールの前で彼女の魔弾によってかき消される。
フランドールから発される魔弾は、四方八方に好き勝手な色と形をとって、纏まり見難くならない程度の距離を開けてばら撒かれている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのようなその光景には、しかし不細工な偏りがあったりはしない。
それはフランドールが弾幕にある程度以上の美しさを求めているからだろう。充分ふざけた数ではあるが、先の賢者の石の弾幕と比べれば、相手の顔が見えるだけ遥かに薄い。
だが、力任せに発されている分時間制限なんて無縁であるし、その一弾に詰まった力は必殺である。スペルカードを用いてもどれだけ相殺できるかどうか、分らない。
それでも、魔梨沙は不敵に笑んで、グレイズしながらフランドールの能力に寄って破壊力をました弾幕の変化を観察する余裕すら見せる。
「お姉さまは貴女よりもっと速いけれど、そんなに上手に避けられないわ。人間って面白いのね、まるで浮かした羽毛みたいにつかまらない」
「この緊張感、あたしは幽香との弾幕ごっこを思い出すわ。あの時は一発でも当たれば再起不能程度に抑えてくれたみたいだけれど、フランドールの弾幕はリクエスト通りで強烈だわー」
フランドールは、手を握りかけて、止めた。先程からそんな動作を繰り返している。
それはフランドールの持つありとあらゆるものを破壊する程度の能力の真骨頂、相手の【目】という弱点を掌に集めて、それを潰すことによって対象の結び目を切り取ってしまったかのように破壊する、その予備動作だった。未だ、動作は完了しない。
フランドールの狂気は血しぶきを上げる魔梨沙を見たいと言っているが、しかし真っ赤な両目は彼女の軽やかであったり苛烈であったりするその無軌道な動きに惹かれている。
そして、弾幕を放つその意識だって、魔梨沙を中々落とせないということに焦れることがなかった。時折魔弾を紙一重で避けるその姿に、むしろひやりとした思いを抱き、当たって欲しくないという矛盾した思いすら起きる。
人間は食べものの中に入っているだけのもの、という認識しかフランドールの中にはなかったが、しかし今は違う。最低でも、目の前で儚げに舞う魔梨沙という人間は大切にしてみたいと思える存在であった。
「あ、やっちゃった」
しかし、極めて集中している魔梨沙と違って、フランドールの気は漫ろで。故に、誤った彼女は弾幕を壁のようにして集めて張って魔梨沙の前に迫らせてしまった。
それは囲いのようで、どうやっても避けられないこの弾幕は美しくなく、そして必中となった魔弾は魔梨沙を容易く殺してしまうだろう。不得手なのか、防御の魔法を一切魔梨沙が使っていないのは、フランドールもよく見て知っている。
だから思わず、きゅっと唇を噛み締めたが。
「もーう。やっちゃったじゃないわよ。恋符「マスタースパーク」!」
しかし、一条の光線によってその檻は穴を開けられ、魔梨沙は隙間から顔を出して体をねじ込み抜け出した。そして、間髪入れずに彼女はまた弾幕を張る。
今度の魔弾はマスタースパークで弾幕を開けた分だけよく届き、紫色の星はフランドールの眼前までたどり着いてから青色に巻き込まれて掻き消えた。
「くぅ……やっぱりこれじゃ当たらないかー」
「あははは! そんな必殺技を隠し持ってたなんて魔梨沙スゴい! なんだ――――これなら、目一杯やっても壊れないじゃない」
弱々しく見える存在から放たれた窮鼠の一撃に、フランドールは目の色を変えた。あれを間近で当てられてしまえば、自分もただでは済まないだろう。
しかし、そんなことより相手が選択肢を増やして、これ以上楽しませてくれるというのが大きかった。力づくもいけるのなら、もっと弾幕を増やして空をキラキラで埋めてもいいだろう。
そう考えて、これからが本番と魔弾を更に浮べた時、魔梨沙が不敵に笑っているのが見えた。
「スペルカードは連発出来るものじゃないわよ。でもまあ、いいわ。そろそろあたしも分かってきたし、いくわよー」
「え、なに……わっ!」
フランドールの驚きも仕方ないこと。そう、ついにフランドールの魔弾を貫き逆に破壊してから、星が彼女に届いて爆散したのだ。今までどうしてだか途中で霧散したり弾幕に阻まれて届かなかったりした、紫色の魔弾が、である。
しかし、対する魔梨沙の表情には驚きも感動もなく、ただ喜色ばかりが表れていた。帽子はもう失われ、全身傷だらけの中で、曇り一つない赤い目がフランドールとその周囲の弾幕を見詰めている。
魔梨沙も何の考えもなしに弾幕ごっこを挑んでみたわけではない。必死に避けている最中に、その弾幕を見て、記憶して、そして真似て放つようなことを繰り返していたのだ。もう何百回と繰り返し、そうしてやっと可能になった。
相手が破壊力のある弾幕を張ってくるのであれば、自分も魔弾に破壊力を付けて対抗すればいい。一発に篭められた力よりも、何よりその方向性が恐ろしいのだから。
そんな浅はかな考えが成功したのは、フランドールの弾幕が強力なのが能力固有の特徴であるわけではなくて、ただその能力に引きずられて破壊的になっているだけであるからだった。
よく見た魔梨沙には、それが分かる。ならば、自分の弾幕も大体理解した方に向けて引っ張ってあげれば似たような味が出るに違いないと、衝撃が内臓に響くほどそれを味わって、再現が出来るようになった。そして、その先までも。
「ちょっと変な味付けのー、魔符「スターダストレヴァリエ」!」
「うわわっ!」
相手が驚いている。それは隙だ。弾幕ごっこは隙間のゲーム。そこを見逃す魔梨沙ではない。
破壊の風味の付いた星形の弾幕はここぞとばかりに展開されていき、ちょっとスパイシーな甘みを保ったまま、今までの光景が嘘のように魔弾に殺されることなく周囲に広がり逆に辺りの弾幕を消していく。
フランドール本体の方にもそんな威力を持った弾幕が迫る。たまらず蝙蝠に変化してフランドールはその場から飛び退った。
「どうして突然、くぅっ!」
そして、元の姿に戻って体勢を立て直そうとしたその瞬間に、体に大きな衝撃が走っていく。それは今まで問題としていなかったビットから発される白い弾が連続して当たったためである。
その隙をまた縫って、破壊味をした紫の通常弾が迫ってくる。それをギリギリで避けて、フランドールは冷や汗を流す。あと少しで終っていた。それも遊んでいたはずの自分が負けて、である。
魔梨沙の魔弾は本家本元のフランドールのものよりアレンジが加えられていて、影響されているだけのフランドールのものより破壊力の妙味を特化させているために、力で勝るフランドールの弾幕すらものともしない。
その魔力が【非常に純粋】なものであるから偏らせるのは難しくなかった。そして歪なものほどよく他を傷つけるもの。あまりに刺激的過ぎる紫色は、強力な再生力にすら一時的に引っかき傷を付ける。
そう、最早魔梨沙の弾幕は当たり続ければ吸血鬼ですらやられかねないものに変貌していた。
弾幕ごっこらしく、これからはフランドールも弾を避けなければならない。しかし、ほとんどやったことのない彼女は、避けるというのが苦手だった。
「形勢逆転、ってやつねー」
「わっ、えい、きゃあー!」
魔梨沙は誇らしげに豊かな胸を反らして星の杖を掲げ、その先端から円状に続けざま紫の星弾を放っていく。等間隔に広がる星々は遠くから見れば紫陽花に似ているが、近くのフランドールにとっては紫色をした津波のようなものである。
もはや魔弾を放つことすら忘れて、それを下手くそに避けているフランドールは、大体笑顔だった。
「はぁ? 何よこれ。すっかり攻守逆転して、普通の弾幕ごっこみたいになってるじゃない……弾幕の力はちょっと異常だけれど」
レミリアが封印の鍵を開け、その先の扉の横に居て静かに首を振る咲夜を訝しげに見送りながら、恐る恐る吸血鬼の妹の部屋に入った霊夢が見たものは、地下を揺るがすほど強烈な弾幕を張っている魔梨沙とそれを避けているフランドールの姿だった。
先ほどスキマ越しで見た光景がまるで嘘みたいに、薄い弾幕の中、余裕なくフランドールは慌てて百面相をしながら避けに徹している。
しかし、別に紫に化かされたというわけではないようで、中心にいる魔梨沙は額に汗どころか血まで流しているぼろぼろな姿を晒していた。
「また無茶をして……そんなに私が信用ならないのかしら。別に、魔梨沙がそこまで頑張らなくても異変は終っていたのに」
そんな姿に見当違いにも劣等感が刺激されたのか、霊夢は思わずそんな勘違いをする。霊夢は未だに魔梨沙が狂的なまでに力を求めていることを知らない。
だからただ、姉貴分の未だ遠い姿に、歯噛みするしかないのだ。
「ちょっとどきなさいよ、霊夢。見えない……わ、ってあら、これはどういうこと?」
入り口でぼうと見詰める霊夢が邪魔となり、背の低いレミリアは二人の姿が見えなかったが、退かしてようやく先が見えた。
近くに当たった星形の弾が大きな音を上げたことに少し驚き、レミリアはフランドールと魔梨沙を目に入れることで、更に大きく驚く。
「アレが……霧雨魔【理】沙?」
「そうよ、魔梨沙は今のところあいつしかいないわ」
レミリアは、把握していた筈の運命が指の間からぽろぽろと零れていくのを感じた。目の前の現実が間違っているのか、或いは今まで想像していた運命のほうが外れてしまっていたのか。
運命として掴んでいたマリサの姿はモノクロームな二色をして居たはず。しかし、目の前の魔梨沙の姿は紫色で、予想していたより全般的に大きい。
「困ったわね……」
これでは、自分が必死に手繰り続けて待望していた運命と異なってしまう。人間一人分の違い、と切り捨てられれば楽であるが、それは理想ではフランドールを外へ連れ出してくれる相手で、現在進行形でフランドールに不明な影響を与え続けている相手だ。
フランドールのために、レミリアは数奇なまでに運命に関与した。元々その結実に携わるのが外の人間であるというのは不安だったが、その憂慮が当たってしまったということになる。
今も楽しげな様子の妹を見ていて悪い事態になってはいないと思えるが、段取りは無茶苦茶。これからどうなってしまうのかは、レミリアにも分からない。
「うあー、やられたー」
「フラン!」
そう、スペルカードルールもなしでフランドールが倒されたことも、ルールがないから可能であるのに最後まで能力で相手を壊さなかったということも、目の前で起きていなければ、信じられなかった。
しかし、墜ちてきた際に抱きとめた妹の温もりが、そして再生したが弾幕ごっこで服が破れたために触れる肌のさわりの良さが、この事態が現実であると教えてくれる。
「やったわよー霊夢……奇跡的に弾幕ごっこ中に真似ができたわ。うわー汗ビショビショ」
「違うわ魔梨沙! 拭ってるのそれ汗じゃなくて血よ!」
「……何か猛烈に眠いわ、悪いけど霊夢ちょっと倒れそうだから肩貸して」
「ちょっとそれ洒落にならないわよ、って重い!」
「重いってのは酷いわー」
「はぁ……あんたも言ったでしょ。まったく、しようがないわね」
そして、まるでフランドールのように破壊的な弾幕を張っていた魔梨沙も、限界を迎えたのか、降りてくるなり霊夢に近寄りしなだれかかった。
先ほど軽々と持ち上げられていただけに、霊夢も随分な体重差を感じたが、しかたないと、体に霊力を巡らして地力をあげ魔梨沙を背負う形で持ち上げる。
そのまま二人はフランドールを抱くレミリアの方へと向かう。
「あれ、お姉さま……どうして」
「大きくなったものね、フラン」
「うふふ。私負けちゃったよ、お姉さま。悔しいなあ……」
少しの間だけ目を閉じていたフランドールは、眼を開けるとまず気を失うほどのダメージを負ったが今は綺麗なお腹の方へと目を向け、気付けば間近にあったお姉さんの顔を見て、驚いた。
そして、知らない間にレミリアに抱っこされていたことが嬉しかったのか、フランドールは穏やかに微笑む。そこには、口にした悔しさなんてまるでないようにも見える。
「あら、負けて悔しいなら、壊してしまえばいいじゃない」
「むっ、なに言ってんのよ、レミリア」
霊夢は冗談と思って軽く反発したが、レミリアのその言葉は本心からのものであり、妹が紫色の魔法使いとの出会いでどれだけ変ったか、確かめるためのものでもある。
「ううん。そんなことはしない。だって、楽しかったもん」
果たして、確かにフランドールは変化していた。
ここで相手を壊してしまえば、楽しかった過去を否定することになる。心はひとつ。嫌になったら壊してしまえばいいと今も思うけれど、それでも好んでしまった事実は消せなくて。
「この思い出は壊したくないの」
フランドールは、手を胸の前で組み合わせ、目を閉じて、そう言った。
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