第三十七話 すっきりしたわ

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

硬質な材の廊下に降ろされるは、靴下に包まれた柔らかなつま先。よって特に忍んでおらずとも音も立てることなく彼女は残骸としたばかりの出入り口を背に進む。
背負うコウモリの羽根が骨ばかりになっているとはいえ、空を行くことが出来る少女が階段へと伸ばす一歩一歩を楽しむということ。
それは、焦りを遊ばせられるほどの彼女の度量から来る行動ではあるが、しかし悠長を楽しんでいる当人の口元は歪に曲がる。

「無駄を楽しむというのはどうかと思っていたけれど、心を喜ばせるのにも助走は要るものなのね。楽しいわ」

愛らしさを損ねるほどに口の端は上向いたという自覚。それをはしたなく思う心もしかし、見知らぬ自宅の地上部の気持ち悪いくらいの赤さを進むことでどうでもよくなっていく。
背中を飾っている纏めて虹色な多色の宝石の重なる音にすら気を向かわさずに、妖怪は先行き読めない暗さに笑む。

そう、端的に言えばフランドール・スカーレットは殆どはじめての地下からの移動にわくわくしていた。
親殺しの後はずっと言われるがまま地下にあることを良しとし続けた引きこもりであっても、決して冒険心がない訳ではない。
そんな当たり前の事実を、己を保守的な性格と信じ込んでいたフランドールは495年目の今更になって理解する。
なるほど心とは環境によって揺れるものか。ならば、或いは愛に狂った家族の心もいずれ理解することだってあるのかもしれない。
そんな予想に、少女は身震いしてから笑顔のままこう呟く。

「うふふ。反吐が出るような未来ね……あら?」

フランドールがそんな風に思索しながら楽しく地上に上る階段を越えてみれば、赤い廊下は紅の霧で覆われていた。
赤に朱が重なりうざったくなるくらいに異常を主張する。数百年単位の知らない間に変貌していたこの色合いには、彼女の笑顔も多少引きつらざるを得ない。

「私に赤を着せたがることで予想していたけれど……お姉様ったらこれほどまでに、偏執狂なところがあったのね」

視界に最早痛い程の、シグナルレッド。
これほどの停止信号を垂れ流しながらも止まらない心こそ歴とした狂気であるとフランドールは粘つく雫を嫌いながら再認識する。
とはいえここまで生まれの赤に執着するなんてもはや病的なこだわり行動だなと捉えながらも、それはそれで実に姉らしい一途さとも彼女は受け取った。
総じて、自分に開始を伝えもせずこんな面白そうな異変を起こした姉の心はやはりまともではないとして、だからこそ嫌いではない。

「全く。お姉様は、私がいないとダメね!」

フランドールはダメに心萌えてしまう嫌いがある己を発見しながら、ぷりぷり歩みだす。
これまで情報源を本と対話に絞って生きてきていた彼女は経験に乏しいが、それでも周囲が想像していたよりずっと常識を知っていた。
それを壊すのですら彼女の遊びだっただけで、基本的な思考はむしろ整然としている。
故に、魔霧なんてものを世に垂れ流す迷惑でだらしない姉なんて私が叱ってあげないとと、思い込みもした。

フランドールは姉とおそろいのナイトキャップに指先に乗せた赤い雫を躙らせながらこう独りごちる。

「私にはアイツが何がしたいのかなんて分からないけれど、ならやっつけた後に聞いてみなければいけないわ。仕方ないわね、姉妹だもの!」

正直なところ、これまで出歩かなかったため私を見てと言わんばかりに姉によって赤く染められて495年の間にその名の通りになっていた紅魔館に、ドン引きはしているがまあそれはどうしようもないとフランドールも諦めた。
最早、姉は私を見てと請わないからそんなに優しくしてあげなかったが、しかしこれほど精神をやられていたのであればそうしてあげなければいけないだろう、という義務感だって彼女には発生している。

「はぁ。早く叱ってあげないと」

495年拙く続けてきた姉妹ごっこ。
そこに愛なんて期待しておらず、実際フランドールが姉からそんなのものを向けられたら気持ち悪いと拒絶するだろうが、とはいえ嫌いではない血の繋がりがあれば類似がやらかすのは彼女には何より恥である。

「よいしょっと」

だから、彼女は仕方ないなあと本気を出す。
吸血鬼としても魔法少女としても天才極まりない少女には目立つ姉の位置の把握なんてお茶の子さいさいだし、特に能力の色を力に篭めずとも何もかもを破壊するのなんて簡単だ。
先まで持っていた少しぐにゃりとしたデザインの黒い魔法の杖。それを基にフランドールは溢れんばかりの魔力と妖力のブレンドを光り輝く剣として表す。

陰った紅の中に赫々と輝くそれは正しくスルトの炎の剣に匹敵する程の威力と化して赤熱して弾幕と散る前にそれを破壊的にまで凝固させて。

「えいっ」

小さないっそ可愛らしい掛け声と反するように、レーヴァテインの形をした炎は破壊的なまでの結果を天に生み出す。

「ふぅ。これですっきりしたわ!」

ずれる、赤。見えるは薄赤き月と融解の煙。
そう、紅魔館上方ごと、フランドールはダメな姉へのお叱りとしてレミリアを《《正確に真っ二つにたたっ斬った》》のだった。

 

それは、フランドールが紅魔館を破壊してから後に魔理沙と邂逅するその前。
元気いっぱいに無傷のレミリアが紅霧を生成していたその最中。

霊夢が夜空を通ってバルコニーからレミリアの元へと向かおうとした、そのルート外れぶりを見咎めた健気なメイドが彼女の前に立ちふさがっていた。
忠実な悪魔の犬。紅魔館のメイド長でもある十六夜咲夜はその銀の髪を速さに散らしながら、縦横無尽に空を駆ける。

「っ!」

そして彼女の動いた軌跡に瞬間移動地味て発生する刃物の弾幕が、霊夢の動きを封じた。
首元を刈らんと銀のナイフは輝き瞬かせながら、飛来し交差によって回避すら制限させる始末。
これには弾幕ごっこの第一人者である霊夢でも本気にならずにはいられない。

視線で無理なら勘により背後の飛来すらグレイズでやり過ごす。
服の端々が切り刻まれていようが知ったことかと、霊夢は胡蝶のごとく夜空に踊る。
朱と白は月夜に映え、決して彼女は器物にて墜ちることはない。

「あら。コレも避けるの? ハクレイのミコっていうのは厄介な生き物ね」

いっそ無法なまでの当たらなさ。メイドとして掃除が上手く行かないことに、咲夜も歯噛みする。
時を操る程度の能力にて投擲を弾幕と化させている彼女に、霊夢の回避力はため息を吐きたくなる程には面倒なものだ。
いや、これまで何度瀟洒な様を維持しながら時を止めナイフ回収を行ったことか。
その上でどれだけ工夫を凝らして投げたナイフの配置を変えようともこの巫女は避けてしまうのだから、多少の口撃をぶち当てたくなっても仕方ない。

だがそんな大変を知ってか知らでか、霊夢はこう返すのだった。

「私も、メイドっていうのは時を止めるなんて奇妙なこと出来る生物だって知らなかったわ!」
「ふうん……その上タネを見つけるのもこんなに早いとは。奇術師泣かせね」
「どう、もっ!」

返事代わりのホーミング御札も、当たる寸前の時間停止によって避けられてしまう。
タネは割れた。だが相手が時を操れることを知ったところでどうそれに対処すればいいというのか。
このメイドは霊力の炸裂をすら悠々と遠くに回避し死角を取る相手だ。強い弱いではなく少々巧すぎる。
そもそもナイフで針を叩き落されてしまうことすらあれば、霊夢とてどうにも火力不足を感じざるを得なかった。

「はぁっ」
「のっ」

これは、埒が明かない。
通常弾幕を交わし合うだけではあまりの千日手となることに彼女らはとうに気づいている。
だが、スペルカードを切るには両者迷いがあった。そして、それだけでなく互いに抜け目がなさすぎてそんな余裕すらないのである。

「早く隙、よこしなさいよっ!」
「……貴女も私が離れる前に先回りするような動きをするのは止めてくれない?」

巫女とメイド。彼女らの展開はあまりに目まぐるしければ、実力はあまりに拮抗しすぎていた。
故に緊張は酷く、最早二人互いに互いをしか見ていられずに。視線は交錯。

『えいっ』

「なっ」
「へ?」

そうであったが故に、彼女らの近くを何もかもを破壊するレベルの熱波が通り過ぎていったことは最早幸甚そのもの。
幻想的なまでの力の輝きが熱さを広げて過ぎた後は空白が残るだけ。
メラメラと燃える屋敷は天井までスカスカしていて一瞬見るものを唖然とさせる。

「お嬢様っ!」

だが当然、傅くことを定めとした咲夜は気を取り直し、時を加速させて破壊の渦中にある主レミリアの元へと急がんとしたのだが。

「――今ね」

その背後にかけられたは、冷静な高い声色。

「っ!」

咲夜が振り返る間もなく、彼女らにとって最悪/最高のタイミングで五色の光芒が周囲に広がるのだった。

「霊符「夢想封印」」

霊夢の宣言。
そしてメイドは輝きにまみれる。

「お嬢、様……」

力が発揮された時間はそれほどでもない。
だがやがてミキサーに巻き込まれたかのような衝撃の渦に溺れ、耐久力に乏しい十六夜咲夜は真っ直ぐ墜ちていく。

こぼれ落ちる銀色は、先までの躍動は嘘のように重力に負けてバラバラに散り赤に飲まれて形すら見えなくなった。

「はぁ。手間が省けたわね」

そして、そんなメイドを見返すこともなく変わらず一人、博麗霊夢は空を飛んでいく。

 

「お前……何だ?」
「あら。そんな貴女は多分人間かしら?」

次には、真剣勝負の結末の眼下破壊の痕にて、赤の視線に青が向かい合い、ぱちぱちと。
今初対面の二人の魔女/魔法少女は金の髪を鏡合わせのようにして、互いの存在に疑問符を浮かべたのだった。


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