第四十四話 星の銀貨

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

「……そりゃ、本当か?」

本泥棒。その目的で分かり易い玄関から堂々と侵入してみれば、少女は茶器に菓子が揃った立派な歓待を受けた。
いいところの娘である彼女はその事態に怖じることはなかったが、影は未だ拭いきれぬところがある。
それを、ここに居ない妹への恐れによるものと察したレミリア・スカーレットは重い口を開く。

曰く、フランドール・スカーレットは星を知らない。

そう、お姉さんが言うことを霧雨魔理沙は最初信じられなかった。
けれども前回の異変の主犯たる紅魔館のトップは、問いにどこか悲しそうにこう返すのである。

「ええ。とても残念ながら先の私の言葉に嘘はなかったの」
「ふぅん」

マドラーをカップの縁にて音も立てずに一周。そんな吸血鬼の手慰みに、どうしてか魔理沙の瞳は寄せられた。
まるでこれは悩む人のようであり、そして実際この人でなしもこんな真似事を何百年も続けた結果、人間様と紙一重で一緒なのだ。

ならば、あの日我が血を盛大にぶちまけた《《吸血鬼ごっこをはじめたばかり》》の娘っ子だって何時かはこのように悩むのだろう。
そう理解すれば、魔理沙に最後に残った強張りが解けるのは早い。
そもそも、白紙に怯えるのは知恵者のすることではなく、ましてや自らのオリジンをすら見知らぬ子供に震えるなんて馬鹿らしかった。
嘆息ごと呑み込むように慣れない紅い茶を呑み込んでから、魔理沙はこう結論づける。

「……ま、星も観たことないお子様がやったことを、何時まで気にしても仕方ないか」
「いいの?」

レミリアは許されるということを期待していても、難しいと思っていた。
だが此度の異変で重症を負った少女は、大して強くもなかろうとも決して弱くない。
第一魔理沙は、星と化してそれを流して空を飛びたいという夢を叶え続ける天狗にも負けぬシューティングスターの体現者だ。
そんな人が魔法使いが無知に殺されかけようと、飛べなくなるわけもなければ星に伸ばし続ける手のひらは何時までも大きく開いているもの。
故に、恐縮しきったお姉さんを前に首元の包帯の痛々しさをあえて指先で弾いてから、魔理沙は言った。

「良くはないな。だから、……私があんたの妹様に|星《大切なもの》をこれから教えてやるよ」

ウインクが得意。そんな生来の戯け上手を褒めてくれたのはどこの誰だか、魔理沙は忘れた。
そしてそんな物忘れなんて心よりどうでもいいと彼女は思うのである。
なんせどんなに遠くてもちゃんと言葉はこの胸に、遺ってくれているのだから。

またあの日その誰かと星を見たこと。その人の肩に乗っかり、目を輝かせたのだって間違いなくて。
それがどうしようもなく、見ず知らずの他人様にだって味わって欲しいと血迷ってしまうくらいには幸せな体験だったから。

だから、魔理沙は被害の後にて相手の心を慮れた。それが、どれだけ幸運なことか。
この世の無情をよく知るレミリアは、故に複雑に揺れる心を、目を瞑りながら吐露してしまう。

「助かるわ……けれど他人の貴女に助けられてしまっているそれ自体がどうもシャクね」
「なあに。世の中家族よりも無遠慮な他人の手のほうが遠くにまで引っ張れたりするし……それにさ」
「それに?」

魔理沙は目を閉じ、しかし瞼の裏の暗闇に何かの姿を認めることは出来なかった。だが、そこに一等好きな星を浮かべることは勝手だろうとも思うのだ。
深く紅い瞳で見つめる吸血鬼を気にも留めずに、まるで自分に言い聞かせるかのようにして。

「いつでも、コンティニューなんてしていいもんだろ?」

一枚の星の銀貨を胸に、少女はそう呟いた。

 

フランドール・スカーレットが天球儀、というものを台なしにしたのはもう百年以上前のことだ。
姉からの球形のプレゼントを笑顔でこの上なく平たくした過去を、フランドールは一切後悔はしていない。

「わぁ……すごいわっ!」
「ふふ」

むしろ、私はあんな手の中の宇宙に満足しなくて本当に良かったのだと、生まれて初めて夜空に招待された彼女は思わざるを得ない。
幻想郷では羽持たなかろうが力さえあれば当たり前のように飛ぶ。
そんなの少し前にやってみた弾幕ごっこにて対決した鬼気迫るふわふわの巫女のおかげで重々理解出来ていた筈だった。

「手が、届きそうで……届かないっ」
「そうか……よし。ならもっと高くに行ってみようか」
「……いいの?」
「フランドール。君がそう望むなら」
「うんっ!」

しかし、夜空においても隣に当たり前のように付き添ってくれる慧音のその瞳とずっと並べられるのがこんなに嬉しいことだったとはフランドールにとって望外だ。
彼女はどうせなら最初からクライマックスだと良くわからないことを口走りながら、空に甘ったるい味した流星を輝かせる魔法使いを尻目に夜空のより高みへ向かう。
ごめんなさいと上手く言えず、でもいいさと手のひらでぽんと叩かれた頭に感じた熱に浮かされるよう、ふわふわと。

しかし、輝きはどこまで行っても輝きで手に収められるようなものではなかった。
ありとあらゆるものを壊せたとしても、ありとあらゆるものは望めない。
知らぬ頭に浮かべていた落書きとは大違いな初めての空の広さ鮮やかさの違いにもう、心すら茫洋と広がっていく心地になってしまう。

「敵わないなあ……」

培ってきた了見なんて狭すぎた。

ああなんて、世界は広い。

 

「良かった」
「そのようで」

そして星光に呑まれながらはしゃぐ妹の姿をバルコニーから覗くのは、当然お姉さん。
レミリアは、フランドールに負けずとても嬉しそうな表情をしていて、ならばそれを横目に観ていたメイドの十六夜咲夜だって現状に丸をつける他にない。
これでめでたしめでたし。きっと、紅魔館の物語はこれにてよき結末を迎えたのだと何となく満足をする咲夜。

「そして、貴女もこれから良くなるわ」

だが、この場で誰より欲張りな小さな夜の王は控えがちな自慢の娘に対しても、そう述べる。
思わずぱちぱちと青い瞳を瞬かせた咲夜は、こんな風に零した。

「それは……運命ですか?」
「いいえ。奇跡よ」

レミリアが断じた合間に、淡色をした輝くマジカルスターが紅茶の上にぽちゃんと落ちる。
それをそのままポリポリと甘味としていただきながら、彼女は素知らぬ顔してカリスマをまとい直した。
咲夜が真似したオプション(弾幕を放つ子機のようなもの)を造れないかなとか考えている(マジカル☆さくやちゃんスター)ことすらつゆ知らず。
何もかもを知っているかのような素振りで、レミリアはただ最良の明日を望み続けるのだ。

「それは必死に手を伸ばさなければ手に入れられないようなもの……貴女がそれを何時か私に何の衒いもなく披露してくれるのを楽しみにしてる」
「それはそれは。気長にお待ちくださいな。お嬢様」
「ええ。時は急がないのでしょうし」
「ふふ。その通りなものですから」

笑顔の少女はしかし内心大層困っている、
咲夜は祈ることはもう随分前に止めていた。よって、彼女が望むことはない。
そもそも上出来な今に未来を望むなんて、どうすれば。

とはいえ、瀟洒と評判な時を操るメイドさんにとって、完全な仮面を被るのは容易いこと。
少女はその面に冷たいくらいに気持ちを表に出さずにして。

「ですので、楽しみにしてください――――レミリアお母様」

ただ、スカーレット家の咲夜ちゃんの面影だけは、こうしてぺろりと舌を出したのだった。

 

情がなくても世界は動く。そしてそれを無情とだけでなく無常とも誰かが語った。
連綿と繋がる命こそ、歴史こそ無常の対。

世界は平らで、地動説こそ真。そんな心もあってもいいが、些かそこには観察が足りていないのではないだろうか。
私こそが世界のま真ん中であるのは、子どもの感想。
そう、フランドール・スカーレットは今更に理解を及ばすのだった。

「高い……」
「そうだな」
「でも、全然お星さまには届かないや」

飛び、地平から離れてもう少しで博麗大結界の天板といった頃合いに、ようやく徒労を味わいきった少女は止まる。
フランドールは、何時までも隣にあってくれた慧音と手をつなぎながら、夜天にこう感想を告げる。

「綺麗だね」
「うん」
「でも……星ってトゲトゲして、怖いかもしれない」
「そうか」

黒天に強い風一つ。フランドールは今更に寒さを覚えた。
幾ら手を伸ばし続けても届かない。それを『酸っぱい葡萄』の寓話のように嫌う気持ちだってあり得るだろう。

だがこれはそれと似て非なるものかもしれないなと、ぼやとフランドールは想像した。
光を四方に放ち続ける、表すならトゲの形象。それは明らかに段違いであり求めてやまない美の光源である。
けれども、それがどうしてこんなに心に痛いのだろう。

『星ってのはな……そうだな。私の全てみたいなもんだ』

それは、先に自らの星への恋心を熱弁してくれた彼女と自らの心の形が違うことがまざまざと分かってしまうためなのだろうか。

どうして私はあんなにか弱くなれず、そして正しくもなれなかった。

生きていて恥ずかしいと思ってしまうそんな心がまたむくむくと巻き起こってしまうのが良くないことだとようやくフランドールは理解している。
だが、それだけで歯を食いしばって生きるのは存外辛いもの。
自然下がった瞳を気にした慧音は。

「大丈夫」
「けーね?」

撫でた。それはとても上手で、しかし驚くほど遠慮がちなもの。
優しいだけのその行為は、しかしどこまでも利他的でだからこそどうしたのか気になったフランドール。
迷える少女に、上白沢慧音でしかない彼女は。

「別に君は無理にお利口にも、賢しくなろうとも、しなくていいんだ」

自分ではとても出来やしないことを、だからこそ口にする。
反面教師。それでも誰かの役に立つのならと頭でっかちはこの上なく心を開いて。

「星はそう簡単に、落ちてこないから」
「あ……」

世界に嫌われること。新しい友との死別。今のフランドールはきっとそれだけを怖がっている女の子。
そして、そんな子供に大人がしてあげられることは。

「後で一緒に魔理沙に謝ろうか」
「……いいの?」
「ああ。魔理沙はもう気にしていないが、君はあの日の行いを気にしているだろう」
「……そうね」

寄り添うこと。そして、小さな勇気を促してあげるくらいで。

「ふふ」

それだけで充分なのだと、その笑顔が教えてくれる。金糸の如きものをまとめたサイドテールは一度揺らぎに広がり。

「ありがとう。やっぱり、星なんてちっとも怖くなかったわ」

満天の光芒の下、負けずにフランドール・スカーレットは夜に輝いたのだった。


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