第二十九話 ありがとう

小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

さて。カレーと言えばそう、福神漬ですね。

らっきょうと仰る勢力の多さも別に理解してはいるのですが、しかしどうしたところで私はあの派手な赤色がルーの茶色と混ざる瞬間にドキドキしてしまうのですよ。
まあ、正直なところ大体の食べ物を平坦に美味と感じてしまう程度の無能な私ですので、前世ほどそんな《《いなせ》》な組み合わせに拘泥はしていません。

「とはいえ、やっぱり宗二君とセットにするならばやはり大地さんですよね!」
「唐突すぎて何が『とはいえ』といってるのかは分からなかったが……まあ、坊主とバディを組むのを止めるつもりはないな」
「大地さんっ……ところで吉見はどうして許可証首に下げてイザナミぶらついてるんだ?」

実は全知のすり合わせという名目で玲奈さんが起きるまでと、ミチルさんの許可を得てイザナミの施設内をウロウロしていた私。
そこで目にした「錆色の~」シリーズのレッドマンこと、道上大地さんと宗二君のお二人。
茶色のチノパンに白いシャツを着ていた宗二君のお姿を含めてもうこれはバッチリカレーカラーだなあと、私はついお二人をベストマッチと思っていることを口走ってしまったのでした。
結果私はこのように、彼らのなんだか先輩後輩を越えた情の繋がり的なものを感じてほっこり出来たのです。

しかし、男の人たちの間で掛け算をするのは苦手な私ですので必要以上に騒ぐこともなく、次に宗二君の呈した疑問に答えるのでした。

「それは……宗二君の職場が気になったのですね。たとえどのようなところかは知っていても、お友だちの働いてるところって気になりますので」
「おお。良かったじゃねえか、坊主」
「そう、ですね……いや。嬉しいよ、吉見。ただ今はあのネバネバ片付けを外注の清掃員と交代後の休憩中だったし……はは。格好いいところは見せられないな」
「ですかー」

朗らかな笑顔で肩をぽんぽんする大地さん。彼、設定的にはクールで表情変わらない方らしいですし、陽気なその態度に宗二君も嬉しそうですね。
原作では物語開始まで友達いなかったんじゃない疑惑すらあって、イザナミ内では更に惨めな感じだった不憫系男子も、この二次創作だとほのぼのしてます。
それはいいことですが、彼の格好いいところ見れないのはちょっと残念ですね。私、実は一回も宗二君が戦っているシーンこの目で見たことないのですよ。大体危機には気を失ってぶっ倒れてるので。
いや、イザナミ本部なんて推しの原作聖地を巡礼出来てるだけで喜ばしいというのに、それ以上は求めすぎでしょうか。知らずテンション上がっていることに、自戒をしました。

「にしても、どうだ。直に見て。色々噂されてるらしいが実際中身はそこらの役場とかと大差ないだろ?」

それでも何となく残念な気持ちになった私に、気さくにも大地さんが内容を変えて話を続けます。
私が今いるところは、エントランスを抜けて、要員達のためのオフィスへの入口が並ぶ区画。
特に華美な様子はなく、むしろ綺麗でシンプル。ヒーローの本拠地というよりも、まるきりお役所の一部といった風ですね。

まあ中々後ろ暗い目的のために蠢き続ける組織とはいえ、体制側で正義を標榜しているからにはそれも当然でしょうか。
ところどころゴツゴツしていて格好いいけど実際は色々と引っ掛かったりしてダメそうな、そんなものが好きな特殊なセンスを持つ善人がこれを見たらどう思うのか気になるところです。
取り敢えず、私は思ったことをそのまま言葉にするのでした。

「ですねえ。謎に防衛費が割かれていて怪しいとか、研究所の系譜なのに開発した技術を民間に下ろさなすぎとか、そもそもイザナミって名前は流石に自意識高すぎだろとか、そんなことを聞きますが見る限り派手な運用はなさそうです」
「あはは……知らない人たちは勝手だよなあ……」
「まあ、とはいえ材と仕組みの質は高過ぎるくらいだなあと。用途としては要塞と……檻、でしょうか?」
「吉見、それは」
「……そこを言い当ててくるか。流石は全知ってとこか」

私がそれとなく原作の文言をなぞるように語ると、二人は驚きを見せます。
何も知らなければイザナミ本部もこんなものかと思うのかもしれませんが、しかし前提知識を持って見つめてみれば隠蔽され気味な違いがどうしても目に付いてしまうものでした。
不自然すぎない程度の入り組みぶりは外敵を寸断させる仕組みで、堅牢な枠組みはむしろ内側からの力を閉じ込めるために出来ているかのよう。
ここで思惑全てを完結させる。私にはそんなイザナミトップ層の思想が設計にも透けて見えてしまうものです。

「やれ。彼らは何時まで支配者のつもりで居るのでしょうね。もう鳥は自由ですのに……っと」
「吉見……」

二つの感心を他所に、私は話しながらその場で一回転。演出のつもりだったのにそれだけでちょっと三半規管がやられかけて少なからずふらっときちゃったのはダメですが、しかしそれでも言に間違いはなく。
そう、他の方はいざ知らず私にとって眼の前の彼らは、孵卵器実験体の二例、ではないのですよ。
殆どこの世の中心に物語られるほどの心を持つような立派な存在であり、何より真っ暗闇の中でも正しくあろうとする私とは真逆の炎。

案の定、この世を救わなければならないなんて、とんでもない道のりを歩んでいることを知らない宗二君は失敗作とされた自らの手のひらを強く握り込みながら、でも笑顔でこう告げてくれます。

「大丈夫。俺は今幸せだ」
「……それなら、いいのですが」

何となく、そう言わせてしまった感がして、私の声は小さくなりました。
彼が私の干渉もあってか原作と違う境遇を歩んで、人好きのする笑みを見せてくれるのは嬉しいです。これならそのために何度か血まみれになって死にかけた甲斐があったというものですし。
でも、原作知識という【全知】にそれこそ囚われがちな私には、変わってしまった彼の心が本当に救われているのか信じきれないのでした。
むしろ、酬いなんてこれくらいで足りるものかと、彼らの孤独を識るばかりの心は叫び続けます。

「ただ、無知ではないからこそもっと、とは思ってしまいますね」

そう言い出す私の表情はやっぱり彼と違って笑顔ではないでしょう。
訳知り顔で悪だからこそ寄り添えない。そんな私が誰かを救おうなんてそもそも間違っているのは分かるのです。
でも、なら他に誰が出来て誰がしたのか。無能で権利なんて持っていなくても心があるなら手は伸ばせるのです。だから、頑張りはしました。

「幸せでももっと幸せであっていいと思いますし、不幸にだってそれは同じです。……私は知っているくせして分からず屋ですから」

とはいえ、万事めでたしめでたしの途中であれば、まだまだ救いようだらけ。
私では善人の本当の助けにはなれませんし、宗二君が【拡張強化型改造人間】として覚醒に至らせるにも力足らず。
物語を指でなぞって、酷い文章に必死でバツをつけるばかりが関の山。ただ、何もかもをなかったことには出来ず指先ごと黒く滲ませてばかりの私が私は嫌いです。

「えっと、それは……って、大地さん?」

けれども、そんなダメダメな私にまた優しい手がそっと向けられて、しかしそれは隣の赤い大人の方に止められました。
そういえば男前って死語になったよなあと想起させるに充分な年相応ながらも整った大地さんの思案顔にびっくりする私を尻目に彼は何ともかったるそうに口を開きます。

「ったく。坊主……お前ってホント坊主なのな」
「えっと……取り敢えず俺かなりの悪口言われてるって解釈であってます?」
「ああ。坊主はいつまでも大人になりきれねえ半端もんさ……嬢ちゃんが聞きてえのはお前が幸せかってんじゃねえだろ。ちょっと考えてみな?」
「……はい」

ちょっとキツめの言葉にしかしその節くれだったゴツゴツの大きな手のひらで宗二君の頭をゴシゴシ。
やがて彼の謎セットな髪型って、撫でられた後でも形状記憶されているのか直ぐに戻るのだ、という新事実に慄きながらも、加えて私は悩む宗二君の姿に恐縮します。
緊張感ある空気になんでか先生にするみたいに挙手してから私はこう呟きました。

「あの……私が勝手に欲張って考えちゃっただけで、別に宗二君がそう悩むことは……」
「嬢ちゃんがどう思ってるかは知らん。どうせ助けなんて、押し付けるもんだからな」
「それは……ヒーローらしいですね」
「ああ。だから嬢ちゃんだって似たようなもんさ」
「っ!」

意外な言葉に、私は目を丸くしてしまいます。随分前に善意を押し付けてくるのがヒーローだと、善人は呆れたように語っていました。
ですが、眼の前のヒーローさんはそんな事実を誇るでも誹るでもなく受け入れたうえで、悪の私の行いにも似たことがあると指摘するのです。
それがどうにも驚きで、でも確かにこの人のキャラには合っているところがまた何とも不可思議な様子で。

だから、私はあなた達みたいな素敵な存在ではないですよと返せずビックリマークを頭にただ浮かべただけ。
けれども、そんな程度の私に何を感じたのか、謎の合点をいかせた宗二君は叫びます。

「ああ。そうだ……そういうことか!」
「ふぇ?」

突然のことで、私の口から変な声が漏れました。
急に元気になって良くわからないです。でも、まあ宗二君というお友達が私の余計な言葉の影響を振り切ってくれたのは嬉しいですね。

でも、この私の両肩に添えられた手の力強さはちょっといけません。
がっしりとしたそれはいっそ怖いくらいで、でも親しみからか何とも安心感を覚えてしまいますね。
ただそのために正対した宗二君の朗らかイケメンフェイスが私にはちょっと眩しくて。

「ありがとう。吉見が居てくれるから、俺はこれからもきっと頑張れる」
「う……」

混乱した脳に真っ直ぐ注ぎ込まれたのは、そんなボイス。
前にふざけて宗二君ならASMRボイス配信で食っていけるのではとすら話したような、主人公なお声が正面から私にぶつかり、そして。

「その言葉は、ずるいです……」

なんとも《《いなせ》》と思ってしまいます。
そんな言葉を胸元で反響させた私は、ムズ痒さにそうテレテレばかりしてしまい。

 

 

「海山君…………あなたは、川島さんを私から取る気なの?」

でもそのために、背後の影にてぽっきりと折れたフラグの音を、私は聞き逃してしまうのでした。

 


前の話← 目次 →次の話

コメント