第三十九話 セイヴァー

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

霧雨魔理沙はきっとこの場の誰より怖いものを知っている。
幼少期の夜の厠に始まり、怪我の痛みに友への嫉妬に、やがて別離の恐怖を学ぶに至った。

結果、人間なんて周囲に怖いものばかりだと魔理沙は考える。
妖怪たちと比べれば脆い、足りない、考えなしの三重苦。
魔法なんて外付けの技能で補強して入るが、いずれ私は想像もつかない恐ろしいものに殺されるのだろうと震える奥歯を噛みながら彼女はずっと覚悟していたのだ。
それくらいに、霧雨魔理沙はいいとこでよく可愛がられた臆病な娘を脱していなかったから。

「あーむ」
「なっ」

しかし、そんな魔理沙はだからこそ驚愕する。
開いた口は小さく、犬歯の尖りもいまいち。愛らしい容姿の彼女は自分より一回り小さければ、敵意も薄く。

でも、どうしてか、彼女に食まれることを避けられない。

「ちゅー」
「づっ」

肉ごと首元啜られること。その痛みにやっと魔理沙も気を取り戻せたが、それだけ。
早すぎる鼓動といっしょに感じるのは、身震いすら許されないほど自らのものと違う天蓋の力。
こんな相手にこれ程の接近を許してしまった時点で、もうどうしようもないということは、分かっていた。

魔理沙は私は意外にも恐怖ではなくこんなにも可愛らしい子に殺されてしまうのかという達観に、脱力。

「……」
「こんなに美味しいのね、人間って」

しかし、唐突にかかってきた餌の重みなどフランドール・スカーレットは何一つ問題にせず。
ほんのり赤くなった頬から、はしたなくも紅い血液を滴り落としたのだった。
 

ひょっとしたら魔理沙は、この幻想郷という弱肉強食の地にてしてはいけない油断をしていたのかもしれない。
彼女にも、紅美鈴という存在の地力はあまりに強かなものであり自分なんて及びもつかない域であることは分かっていた。
だが、それでも挑むのはそんなところでふわふわしている一番の友達に決して負けてやりたくないため。

弾幕の一撃一撃が、ただの人間なんて大怪我させてあまりある。
そんな華の弾幕を避けきるのはスリルを楽しむよりも狂気が要った。
彼女は恐ろしき綺麗をこそしかし大事に、花として乱さず空にある誰かさんをモノマネしながら一途にも。
半笑いで星をばらまく自分をあの門番の妖怪はどう思い、最終的に避け切られてわーやられたとその場に伏したのか。

「へへん。それじゃ通らせてもらうぜ」

ナメられてるなあとは思えども、しかし勝ったことに今度こそにんまり笑う魔理沙。
おかげで、異変という大事の中鯱張っていた気持ちが少しほぐれたようだった。

「にしても、霧の湖の畔にこんな館あったっけなあ……」

首を傾げながらも、恐る恐る扉を開けて薄暗い室内に入室。
ただひたすらに赤く紅いなんて趣味が悪いと言うか最早妄執じみた血液のカラーを塗布された館。
まして窓すらないヘンテコな家屋に入るのは普通に勇気が要ったが、そんなのお首にも出すまいと魔理沙は進む。

「こっちこっちー!」
「きゃははっ」
「あー、うざったいってのお前らっ!」

しかし、彼女の快進撃はその辺りで直ぐに衰えた。
原因としては、侵入者に対していたずらをしようとした妖精メイド達の|弾幕《歓迎》を彼女が一身に受けたためである。

元々どうしてだか妖精に好かれやすいところのある魔理沙。
あっという間に、五行のカラーに囲まれて、動物園のオウムのように妖精メイドから弾幕と品評を浴びるのだった。

「かわいー」
「魔女?」
「パチュリー様とは違うねー。おしゃれ?」
「ちっ、流石に異変に当てられたのか、そんじょそこらの妖精と比べりゃ頑丈だな……それとそこのピンクのメイド! 褒めてくれてありがとうよっ!」
「えへへー」

悪魔の館と聞いた紅魔館であるが、これじゃあまるで妖精の館だと思いながら自分の初心者にも優しい弾幕を受けながらにこにことする妖精を魔理沙は睨む。
こちらの攻撃は甘くて可愛く柔らかくなんて工夫まで凝らしているから大好評ではあるが、しかし効きが悪い。
しかし、この妖精どもは中々容赦も遠慮もなく常人なら致死性の弾幕を張り続けてくるのだからたまらなかった。

「はんっ。そんなにお前ら可愛くておしゃれなのがいいなら、今からたっぷり浴びせかけてやるよっ!」
「なになにー?」
「楽しみ!」

輝きの中で、瞬きすら許されないのは最早拷問であり、そして別に魔理沙は我慢強いタイプではない。
そして、どうやら妖精たちも残念ながら魔理沙と同じせっかちな性質のようで、来訪者の魅力的な言葉に弾幕撃ちながらわくわく並んで寄ってきた。
彼女らの純粋無垢な喜色に優しい魔理沙の心が僅かに傷んだが、それがどうしたとむしろ発奮。
霧雨魔理沙はここぞという時のために作成していたスペルカードを、八卦炉と共に見せつけて示すのだった。

「いくぜ……恋符「マスタースパーク」!」

どうして恋符となんて付けているのか。カードをじろじろ見つめながら発したそんな霊夢の素朴な疑問に、当たり前のように一番刺激的なのってそれだろと返していた。
そして、実際そのスペルカードの内容はまさしく曰く一番刺激的なもの、恋と同じく魅力と輝きに溢れた眩しすぎるもの。

「うわ、すごーい!」
「きゃー、やられたー」
「わ、ビームについてきた星、かっわいいー……わ」

つまりそれは、流星を引き連れた極太ビーム。
それは溢れに溢れて期待に纏まった妖精メイド達を期待以上だと大喜びさせながら総勢一回休みさせる結果に。
光線は七色を含みながらも総じてきんきらきんで、紅に混じらず輝ききった。

「ふぅ……一網打尽ってやつだな」

こんなん羽虫退治には些か強火過ぎたかもしれないが、と少々反省しながら反動を堪えるために力み痛めた左手を魔理沙は押さえる。
とはいえ、ぽとぽと墜ちていく少女たちを撃墜点と数え、中々稼げたと彼女もにんまりはするのだった。

このように、マスタースパークはおおよそ初見殺しの性能を持つ閃光。
力を求めた魔理沙がたどり着いた境地が最強たる幽香が放つ巨大な極光に酷似したものであるのは中々に面白い事実である。

「ちょっと時間かけちまったが、まだ紅い霧は出てる……霊夢も手こずってんな? これなら……な」

唐突に、揺れる空間。空気が一つ存在の力の発揮によって惑わされることがあるのを、魔理沙は初めて知った。

さて。力とは真髄として光であるのかもしれない。
そして、紅魔館には地べたの底にて破壊という分野では最強すら譲らざるを得ない存在が内面渦巻きながらあって、今それは笑顔に身を持ち上げてそこらを歩いていた。

現在特級のレッドアラートは地下階段付近。だからそれは、何となくで古書の匂いを嗅ぎつけて潜ろうとした魔理沙と鉢合わせるのは殆ど必定。

魔理沙は、見た。そして感じたのである。
魔的な力を秘めた、背中に宝石を携える紅い少女。
彼女が持つのは紅い紅い、力の体現【炎の剣】のひとつ。幻想郷なんてある種の理想郷にてそれが抜かれるのは果たしてどんな喜劇的な意味を持つのか。

「えいっ」

小さないっそ可愛らしい掛け声と反するように、《《フランドール・スカーレット》》が生み出したレーヴァテインの形をした炎は破壊的なまでの結果を生み出す。

「ふぅ。これですっきりしたわ!」

すっきりしたのは、紅魔館の上部全てではないだろうか。
多くは蒸発、多少は炭。熱はほとんど全てを破壊しきって、空の雲もきっとそこに貼られていただろう複雑な結界すら破損して高く高く。

「……はぁ?」

紅魔館はこうして、爆発した。
住人少女一人の手によって。だから、魔理沙には意味不明。

この子は何を断じて、そして今の破壊に何の意味を覚えたのか。
震えはない。なにせ、そんな肌で理解できる程のスケールの差異ではないから。
しかし、力としては象と並べた米粒ほどのサイズ比であろうとも、魔理沙は魔女という学び得る者の端くれ故に。

「お前……何だ?」
「あら。そんな貴女は多分人間かしら?」

そう問って、彼女は規格外の魔法少女である吸血鬼の注目を得てしまうのだった。

 

「……魔理沙?」

魔女と魔法少女。二人が勝負にならなかったのは、仕方ない。
何せ、魔法少女は本来ここで起きる運命になければ、当然至極に当主から此度の遊びの方法を教わっていない。

「慧音さん……」
「あら、マリサっていうの、コレ」

故に、当たり前にそれは弾幕ごっこというお遊びの形式を取ることなく、妖怪が人間に襲いかかるというただの捕食の形と相成った。
すっと寄っていって、かぷり。頸動脈を食んだフランドールの小さな口からは半ばグロテスクなまでに血が溢れて流れてひび割れた地面まで伝う。

「っ、フラン!」

それが、あまりに大きい昏い水たまりを成しているのだから、事態の様子を見に来たパチュリー・ノーレッジだって、慌ててしまう。
あれは命の、大部分に近い。そしてこれ以上だと間違いなく少女は死ぬ。
明らかに慧音の知己である様子からも平穏無事に始まり、終わるべき今回の異変において大変な瑕疵を残す結果になってしまうだろう。

だから、知恵者は咎めた。それだけなのに。

「なあに、パチェ? 私今……機嫌がいいのよ。うるさくて邪魔」
「――っ!」

眉根が潜まり、そして加減を教わることなく育ったフランドールの一筋の凶悪なまでのプラスがパチュリーを貫く。
何故かと問われれば、それははじめて口に合う糧を得られたのに騒がしく外野がしたから、そこらにあった箒に力を乗せて蹴っただけ。

だが、少女にとってのそれだけが、ひ弱な魔法使いにどれほどの痛打を与えられてしまうのだろう。
パチュリーは、恒常的に張っていた防御陣が音もなく貫かれたことに気づく間もなく、背中に衝撃を覚えた。
頭がくらくらして、また煙くて痛い。彼女が、胸元に箒を突き立てられるがまま、壁に張り付けになったということに気づくのは、少し後のことになる。

「で、お姉さん、誰? あ。けーね、って言ってたっけ?」
「っ」

そして、自業により博麗の業を忘れてしまっている上白沢慧音には「亜空穴」等の瞬間的に移動する技など思いもつかないし、想像もできなかった。
だから、魔理沙が捕まっている状態で動くに動けず次の注目は、自然彼女へと向く。

フランドールは思う。けーねさん。いいや、イントネーション的にけいね、さんか。
なるほど、それが名前だとしたら目の前のなんだか特別そうな半獣には勿体ないくらいに良さげな響きかもしれない。
そしてビーフとヒトの間の子の味ってどんなのかしらね、と考えたフランドールは、つと誰かの言葉を思い出す。

魔理沙の頬にかかっていた指は解け、疑問に自然に顎の下に指が伸びた。

「あれ? それってお姉様が勝手に言ってた救いの名前と同じで……」
「はぁっ!」
「わ」

そして、そんな隙を逃すほど慧音は愚鈍でなければ、勝手に身体が動くといった風に全盛の体術は健在。
彼女は血溜まりから魔理沙を掬い上げ、離れた。

胸中で冷たく、診るまでもなく青白い。今の魔理沙に命たる血液がこれっぽっちも足りていないのは違いなかった。
間違いなく、何の治療も施せなければそう経たずに死ぬ。
手当のためにせめてと首元に先の幽香との戦闘後にも使った包帯を巻き、手で押さえる。
ぐうと言う悲鳴じみた反応とともに、魔理沙は健気にも見上げて呟くのだった。

「けいね、さん……」
「魔理沙、無理して喋ろうとしなくても……」
「逃げて、くれ」

震えることすら許されない凍えの最中で魔理沙の嘆願は、それこそ心よりのものとなる。
眼の前の人は強い。それは何となく知っている。

「ふぅん?」

だが、この相手は。そもそも何を見て何と戦っていて。

「きゃは♪」

本当に生きているのだろうか。明らかにこれは、周囲をゲームの中のキャラクターのようにしか見ていない。
魔理沙にはとてもではないが、狂い笑うフランドール・スカーレットが尊ばれるべき命の一つとは思えなかった。

「それは出来ない」
「あ」

だが、万物に救いを見出せてしまう歴史の人は、いいや人でなしのための最期の救いのための巫女だった者は、頭を振る。
そして、拳を強く握ってから、魔理沙を横たえさせるのだった。

「そりゃそう。あんただけは逃げ出させないわよ。私達のセイヴァー」

続き、たっぷり足手まといを手放すのを見守っていたフランドールは指を一本真っ直ぐ突き刺すようにしてそう告げる。

「ああ。きっと私はキミ達を破綻させないようにここに来たのだろう」

応じるように真っ直ぐ、それこそ大切なものを目に入れているかのように怒りと愛を持ってぶつかってこようとする慧音。
それに彼女はまるで哀れなものを見て取ったように、薄く笑って。

「お姉様も馬鹿ねえ。どうせ、|私達《悪魔》にはバッドエンドがお似合いだってのに」

そんな、長年温めていた本音を呟き、ステッキを構えるのだった。


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