第二話 ぶっ飛ばしたい

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

「……面倒くさいわね。あの人、こんなこと毎日通いながらやってたの?」

博麗神社の境内は、それなり以上に広い。勾配も中々あり、旧ければ隙間だって多かった。
それを日々清めるというのは中々に苦労するもの。そして、現在神社の世話を任されている霊夢という少女は苦労を厭う性分を持っていた。
現在博麗を受け継いだばかりの彼女の口から文句がぽろぽろ零れてしまうのは、最早どうしようもないこと。

実際落ち葉を掃いたり、結界の精査をしたりして既に半日近く時が過ぎてしまっている。
これまで、面倒だと親に任せていたこと全てがのし掛かってきたことに、嫌な顔をして霊夢は溜息を吐いた。

「はぁ……今まで、巫術とかしか教わっていなかったツケが戻って来たか……でも、しょうがないわよね。こんな急な代替わり、誰も想像してなかったのだから」

未だ殆ど新品で脇もとも斬られず安堵されているが、そのためか動きの悪さを感じる固い巫女装束を霊夢はひらり。
巫女服と共に母が付けていた変な帽子が博麗の巫女の装いではなくただの彼女の趣味であったことにはほっとしたが、それにしたってこれはないと彼女は思う。
数少ない友人の魔理沙はクラシカルな装いを好む方だが霊夢はそうでもなかったし、そもそも紅白は目立ちすぎる。
この前買い出しのために久しぶりに人里に降りたら、新しい巫女として大勢に囲まれ拝まれもした上に、普通に母に見つかった。
慌てて無視したが、さてあの人は果たしてどれだけ娘の気持ちを理解できているのか、正味霊夢には不安なところがある。

「あの人のことだから妖獣に変じたところで、私は私とか嘯いてそうだけど……実際歴代でも極めて優秀とされた博麗の巫女が神獣の力を得たってのは流石に拙いっての」

竹箒でさっさと地面を撫でることを止めて、彼女はみっともないくらい大きくなりそうな溜息を無理に呑み込んだ。
博麗神社の裏で蠢く賢者の一人がパワーバランスがどうのこうの語っていたが、そんなことを聞かずとも霊夢はあの頭でっかちな強い人が更に力を付けたということばかりで、頭を抱えたものであった。

「あの人の功績と従順さから未だ見逃されてるみたいだけど……やっぱり巫女の母が妖怪とか、あり得ないわよ」

博麗の巫女というのは、世襲ではない。
先の巫女が危うい、或いは亡くなってしまった際に一番に才能のある娘が選ばれ次代となる。
それを思うと、血のつながりがないとはいえ、親子が博麗の巫女に選ばれたというのは希なことだ。ましてや、先代が健在の状態で新たな巫女が任じられるなんて、前代未聞。
人里の長老達は、妖怪の賢者達の知恵まで借りて昼から夜が明けるまで上白沢慧音という半獣の是非を問いあったようであるが、それで出た答えは様子見というもの。

「まだ、猶予はあるけど……」

里から神社への通いだったこともあり、最も人里に近い巫女として人々から敬われていた――慧音本人はもっと気安くされたいと思っている――彼女。
それに対して急に排斥の動きを取るのは難しいし、何より老人たちにも恩と情を忘れられない心があった。
しかし、神獣のひとつと優れた巫女が一体となっていることを思うと、彼らにも不安が出てしまう。私は私と述べる彼女だが、その持つ力はきっと膨大。
それが里に向かってしまったらと一度考えてしまえば、大丈夫とは断ぜない。
故に、対抗馬と人質として彼女の娘を巫女に置こう、幸い抜群の才能を持ったそれが育つまで大人しくあればそれで良し、そうでなければ悲しいが排そう。
といったのが老人たちの方針。

「ったく……こんなの面倒だけど……」

そんなこんなな人里の思惑全てをまるっと笑顔で教えてくれた賢者の一人八雲紫の笑顔を思い出しながら、霊夢は再び箒を操って慣れない清掃を続ける。
嫌だが、やらなければもっと面倒だ。務めを確りと果たさなければ、博麗の業の授受すらままならない現状に溜息は止まらない。
曰く、毎日神社の面倒を終えたら私が稽古をつけてあげるとのことだが、あの境界の妖怪の考えは真に分からないと少女は思うのだった。

「あいつも、何か嫌な感じがするのよね……」

霊夢の勘としては、紫が自分の害になるというような感じはしない。完全に子供扱いしてくるアレは、霊夢の秘めた力の方に目が行っているようだった。

しかし、それで大丈夫とは口が裂けても言えないだろう。
何せ、あの大妖怪はあからさまに上白沢慧音に惚れ込んでいる様子なのだから。
彼女も上手に想いを隠しているつもりのようだが、冗談みたいにモテる女を母に持てば好意の矢印なんて察せるようになるものだ。
覗いたぶっとい矢印の様子からすれば、それこそアレは霊夢を子と見て、慧音を唯一の対として考えているようだった。
あの本の虫にそれほど執着するとは理解に苦しむが、しかし腐っても彼女は母。守ってもらっていた分は、守らなければならないだろう。

元々、博麗霊夢は、捨て子であった。博麗神社の境内に置かれて泣く赤子を可哀想に思った慧音が拾わなければ、きっとそのまま妖怪の餌にでもなっていたことだろう。
だから恩を感じて、更に彼女の優しい手のひらを忘れられなければ情を覚えて然り。霊夢は大好きとは決して自らの口では言えないが、けれども心の中では彼女への愛を自認していた。

「けど、あの人私を棄てたのよね……」

だが、そんな母に霊夢はまた棄てられたのだ。思わず彼女は愛らしさを台無しにするような渋面を作る。
紫から、あの人ちょっと馬鹿だから貴女のこと忘れて妖怪になっちゃったわ、相変わらず残念ねと言われて呆然としたことは記憶に新しい。いや、娘忘れて人を捨てるなよ、と。
まあ、古今東西の本が揃った我が家から去りたくなくて、通い巫女なんて面倒をやっていた慧音である。どこか抜けているのは間違いなく、結果的に棄てたられたといっても情が途切れたわけでもなければ仕方がないと霊夢は思えた。
寛大にも娘を人間に置き去りにして妖獣になった母に仕方がないから許してやってもいいとする。だが、それで丸く終わりはしないのがこの世の面倒なところ。
霊夢は当座の目標を口にするのだった。

「さあ、私も早く母さんをぶっ飛ばせるようにならないと!」

そう、このままでは幻想郷のパワーバランスだのなんだののために、母は存在を満足に周囲に認められやしない。
だったら、親孝行の一つとして私自身があの人を何時か実力で上回ってしまえばいいのだと、そう霊夢が考えるのは己の才能のそのあまりの豊かさに拠っていた。
一年二年では難しいかもしれない。だが何時か。そう思えてしまうくらいに彼女は博麗の巫女の才能がある。
紫含めて私が妖怪全部やっつけてしまえば、幻想郷は平和になるだろうとすら夢見て発奮する霊夢はやる気満々にその眼を光らせていて。

「……そ、そーなのかー」

独り言含めてその一連の様子を闇から見ていた彼女は、思わず震えるのだった。

 

ふわりふよふよ、夜闇に紛れる暗闇少女。
よく見ると頭に博麗の符で強い封印がなされているようである、そんな妖怪少女ルーミアは夜な夜な親のように気に入っている相手である、元巫女の家へと向かっていく。
比較的に里の端にあるその家中はそびえ立つ本の山だらけ。窓から入った彼女はそれを上手に避けながら、再び読書に熱中している様子である慧音に声をかけるのだった。

「戻ったよ、けーね」
「……ルーミア。霊夢の様子はどうだった?」
「見てきたよー。でもその前になにかない? 私、お腹すいたー」
「……そうだな。まずは、駄賃代わりの鹿の燻製肉をあげよう」
「おー、いただきます! あむあむ」
「やれやれ」

硬いはずの肉の塊を齧って頬いっぱいに詰め込んでいく食欲旺盛なルーミアに慧音は苦笑い。
この見目の通りに子供らしい彼女が、あの時死闘を演じてそれでも足りず全力を持って封ぜざるを得なかった相手とは、当事者の慧音も時に思えないことがある。
ルーミアはそのままガジガジ肉を平らげていった。

「美味しかった!」
「それは、良かったな」
「ありがとう、けーね!」
「っ。ルーミアは、引っ付き虫ね……」
「えへへー」

抱きついてきた妖怪を、しかし巫女ではなくなった今慧音はいたずらに拒絶することはない。
そもそも、力とともに記憶を封じたルーミアが最初に見た生き物であるところの慧音をインプリンティング、母としたのはずっと前のこと。
酷く好かれて、それを虚しく思うのは今更だった。ためらいなく金の髪を撫でて、彼女は彼女に問った。

「それで、ルーミア。霊夢は何か私のことを言っていたかな?」
「んーと、あ、そうだ!」

問われ、お使いを思い出した様子のルーミアに微笑む慧音。
これまで時に霊夢と敵対していたりしていた彼女だったが、しかし自由な妖怪である彼女が今は慧音にとっては頼もしい。
彼女も時間で娘に許されるのを待つと決めたが、母として心配と不安はたっぷりで、我慢できなかったのだ。故に、ルーミアを密偵させた。

そして、当の慧音のその身にしがみつく妖怪少女は、あっけらかんと、こう答える。

「霊夢、棄てられたからけーねを早くぶっ飛ばしたいんだって!」
「……そう、か……」

この報告には、慧音も閉口。そして沈黙をいいことに胸元にごしごし頭を擦り付けるルーミア。
ああ、やっぱり私はこの子に愛されても、あの子は私を嫌っているのだと誤解した母は。

「ごめんね、霊夢……」

今夜も枕を湿らせ、まるまる一人娘を想うのに費やすのだった。


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