第十二話 拾い上げてもいい

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

幻想郷では最近、スペルカードルールというものを用いた弾幕ごっこが特に少女達に認知され、暗に広まりつつある。
現在、空に理想の輝きを描くその血なまぐさくなくむしろ遊戯染みた決闘方法は、博麗の巫女に賢者達のお墨付きであることもあってか、特に力のないものを中心に行われているようだ。
花の園や野っ原にて盛んに行われるそれは、見る者からすれば新種の打ち上げ花火と大差ない。
これはいいと弾幕の響きを聞く度、屋根に乗っかり酒とともにそれを楽しむ者も人里にてちらほらあった。また、終わり際に酔いに足を踏み外して怪我する者も、続々と。

そんな弾幕観戦注意の瓦版が出回るような事故はあれども、流行りはしかしまずまず。とはいえ今のところは、弱小妖怪の縄張り決めや妖精達の新しい玩具として用いられる程度。
だが、もしこの流行りの戦闘遊戯を強力な妖怪との対決のために巫女が使ったりするなどがあれば、きっと爆発的な流行が起きるだろう。
それくらいに、この唯一博麗の巫女を負かしてもいいゲームは、実のところ利に溢れているものなのだから。

「夢想封印!」
「へぇ……」

さて、そんなスペルカードというものを世に喧伝した張本人達である博麗霊夢と八雲紫らは、今日も今日とて修行中。
隣に見学者の八雲藍を控えさせた中、宙に浮いた霊夢は周囲に発した七色の光弾を輝かせ、その煌めきを仮想敵たる木偶に当ててそれを散らす。
そのちょっと妖怪には有り難過ぎる輝きに少々眉根を寄せる藍に、しかし素知らぬ顔して紫は嘆息。むしろ手放しに息を吐いたばかりの霊夢を褒め称えるのだった。

「それにしても、霊夢ったら凄いわねぇ。私もまさか、あなたが封印術を相手に飛ばす美しい弾幕に進化させるとは思わなかったわ」
「ええ。これが中々、確り相手の力を封じる作用も確りあって、名前負けしていませんからね。とはいえ、ここまで変化させてしまうと流石に、別物と思わなくもないですが……」

夢想封印とは、博麗の巫女の基本の技。八雲の支援があるとはいえみだりに妖怪を殺して回る訳にはいかなかった時期もある中、自然発達したのは封印術。
符術による強制封印を行うのが元々のものであり、もしそれを弾幕と化すとしても御札を広げて弾としてそれを向かわせるが精々というのが普通の発想。
だが、霊夢はそれを超え、己の内の霊気を操って弱小妖怪では一撃の元に封印されてしまうような輝きの広がり持って完璧な回答とした。

七色の光のスペクトルは自然であるからこそ美しくって当たり前で、そこに鎮まるのも道理。
なるほど、これは弾幕美としては満点。元々のこれまでの巫女が積み重ねてきた技術は跡形もないが、それでも素晴らしい出来ではあるなと妖怪たちが頷く中、博麗霊夢の返答は溜息だった。

「はぁ。あんたら、普段は何でも知っているみたいな顔してる癖して、察しが悪いわねぇ。だって、ただの封印術じゃ、使えないじゃない」

そして、少女は賢き者たちの鈍感さに、やれやれと手のひらを上に向ける。
そう、そもそもこうして面倒なのに自分が鍛えているのは、目的があるから。そして、そのためにただ妖怪を封じ込めるための技術なんて要らないのだ。
だから、封印術を無理に対人にも使える技とした。これをぶつけたら幾らあの人だって音を上げるだろうと、自信を深めふんぞり返る霊夢にようやく気がついた藍は口元を袖にて隠しながら言う。

「ふむ。霊夢は使用する相手を限定しているようだね……それは、もしかしなくても……」
「ええ。これは、母さんをぶっとばすための技よ! ふふ、弾幕ごっこなら幾らでもあの人を負かしていいんだし、この調子ならぶっとばすのも直ぐね!」

そう、博麗霊夢は、母を好きだからこそ負かしてあげたいと思ってこうして励み続けていた。
実際、もう力も篭めずに空を飛べて、紫との模擬弾幕ごっこにて健闘することも増えてきている。今の貴女ならまず木っ端妖怪には負けないわねとの言質もとっていることだし、元々お気楽なところのある霊夢が鼻を高くするのは仕方ないことだろう。
勿論、あの博麗慧音という存在の生半可ではないところを知っている八雲の二人は少女の自信だって可愛いものにしか思えない。
実際に戦闘となれば、あの多種のルーチンを同時に走らすのが大得意な慧音の相手にはまだまだならないだろう。

まあ、足りなくても少女の一途には妖怪だって思わずほっこりして仕方ないものではあった。
扇に袖で二人揃って含み笑いを隠しながら、彼女らは異口同音に呟く。

「愛、ねぇ」
「愛、ですねぇ」
「あんたら揃って……黙りなさい」

そして、図星をつかれて真っ赤になった霊夢を怒らせる結果になる。
お祓い棒をぶんぶん振り回して追いかけてくる彼女に、怖い怖いと逃げる大妖二人。既知の三者、そして子と親の友人らが揃うとこのようなからかいが生まれたりもする。
妖怪と、人間。しかし本気にならずにじゃれる彼女らと、遠くに響く弾幕の弾ける音色といい、今のところ幻想郷は平和極まりないようだった。

 

「はぁ……疲れた」
「お疲れ様」

そして、ちょっとの休みの後に続けた修行も、夕刻近くに終わりを告げる。
近頃はへたり込むこともあまりなくなった霊夢であったが、流石に今日は見物客――また嫌いでもない――もいてらしくもなく多少の緊張があったのだろう。
強張り過ぎた少女にはミスが多発。そして、良いところは最初の新技披露ばかりといった風に地味な頑張りは小さなお尻を地面にぺたんと付ける少女の溜息と共に終わりを告げた。

「流石に、喉も乾いたろう。そら、井戸から汲んできたばかりだから、きっと冷たいぞ?」
「……ありがと」

疲労困憊といった様子の霊夢。彼女に寄った藍は竹で出来た水筒を手渡し、感謝に笑顔を向ける。
妙に甲斐甲斐しいわねこいつ、と思いながらもそれを受け取った少女は毒とか勘とか何気にすることもなく水を飲む。
それくらいの信頼関係はこの妖狐とはあり、つまり遠慮だってあまりない。ん、としか言わずに空の容器を突き返してくるお子様にくすりとしながら、藍はずっと持っていたその小さな機械を今更見つめる彼女に気づく。
霊夢は瞳をぱちりと瞬かせながら、問い出した。

「そういえば、藍。あんたはじめて特訓に参加したと思ったら、さっきからなんか天狗が持っている……カメラだったっけ? に似たものを持ってレンズで時々私を追い掛けてるみたいだけど、何なの?」
「おや、これに天狗の持ち物との相似を見つけて怪しむか。まあ、これは確かに霊夢の姿を映して撮るものではあるが……なに、悪用するつもりはないさ」
「……悪く使わないのなら、どういう風に使うか聞いてもいい?」
「それは勿論、君恋しさに時折塞いでる様子の慧音のための土産として……」
「夢想封印!」

技名を言うが速いか、霊夢の身体から凄まじい速度で展開された光がぶつかりあい殆ど束になったような状態で間近の藍へと殺到する。
子供が駄々として出す威力じゃないなと思いながら、ひょいと身体をずらすことで避けた九尾の狐。

端から無数だったら面倒だろうが、収束され点となった攻撃を避けるのなど容易い。また幾ら弾幕にホーミング性能があろうとも、慣性により速度鈍って返ってきたそれに対処できないほど彼女は耄碌してはいない。

仕方がないがこれは実戦経験が足りていないなとにこやかに、用意した七つの苦無にて大げさなまでの輝きをさっと殺しきった藍はわざとらしく言うのだった。

「……っと、危ない危ない」
「とか言いながら片手で気軽に相殺して……ったく、上には沢山上が居て、嫌になるわね……とはいえ、まだ私は諦めないわよ」
「あはは……」

先までの疲れた様子はなんだったのか、今度はお祓い棒を持ち出して元気に体術で格上に挑まんとする霊夢。この頃、紫に面倒ねと言わせたその腕前は中々のものだ。
もっとも藍ならそんなのだって軽く捻られる実力を持ってはいるが、しかし力に更に力をなんてことを行うのなんて、いかにも大人げない。
すっかり牙が抜けてしまっている極めつけの妖獣は、ここは説得するべきだと切り替え、幼子に語りかけるのだった。

「いや、霊夢。甘えたくなくて彼女の元へと君が向かわない意思は知っているが、しかし子の元気を知りたい親心を助けてあげたくはならないのかい?」
「そんなのより、突然の別れに怒る娘心の方が大切よ! ……紫、この獣に指示したのはどうせあんたでしょ? 止めさせなさい」

単に、恥ずかしいからお母さんに見せないでというだけのことを、つんけんと必死に隠しながら頬を膨らませ顔を赤くして怒れる霊夢。
そんなの、愛らしくないはずもなく、流石に構い続けてこの方愛着を持ち始めて来た紫もなんとかしてあげたい気持ちも、なくはない。
だが、そもそも自分が指示したことでなければ、関係がないと言い切れてしまうのが現実。それを、紫ははっきりと伝えるのだった。

「ふふ……それは違うわよ? 今回は、藍自らの発案。私がそれに乗ったのは確かだけれど、ビデオカメラを調達までしたのは、この子の意思ね」
「はぁ? なんで藍がそんな余計なこと……」
「あはは……慧音の袖を引っ張り付いていた君の幼い頃を思うと、どうにも君たち親子にはちょっかいかけたくなってしまってね。なに、ちょっと訓練の姿を親に見られたところで霊夢の意地は曲がらないだろう?」
「ぐぅ……これだから、長生きな相手は嫌ね……まあ、良いわ。塩を送る、だっけ? 敵に情けをかけるのもありでしょ、きっと」

ああ言えばこう言う。こいつらには口で勝つのは難しいと学んだ霊夢は、仕方なしに矛を収める。そして、適当な言葉で自分を納得させた。
そのために、慧音悶絶の霊夢ちゃん動画~修行編~は、削除の憂き目にあうことなく無事彼女のもとに送られることになる。

「でもそれ、変なところ映してないでしょうね? ね、見直せたりとかしない?」
「いや、別段私は霊夢の姿しか映していないが……分かった、この小さい窓から内容を確認できるから、霊夢も見てみると良い」
「うわっ、なにコレ! 声も出るし……これ私? なんかちっさいし、随分やる気なさそうな顔してるわね……」
「ふふ……」

そして、その前に検閲を望んだ霊夢のために、新品ビデオカメラ――藍が河童に作らせた防水性の異様に高い私物である――はぱかりと液晶を暴露させ、一時間前の彼女の活躍を映し出すこととなる。
空を飛ぶ自分の何か声の高いところや、ちんちくりんな部分にぶーたれる霊夢であったが、次第に彼女も慣れ出し、むしろこれを己の不出来な動きを見返すチャンスだと気づく。

「藍……これちょっとだけ、貸してくれない?」
「ああ、もうしばらくは構わない」

そして、少女は自らの美しくないところばかりに熱中。こことここは、真っ直ぐにさせて、そして全体緩めて、なんて呟く霊夢は驚くほど冷静に自らを見直せていた。
ああ、これは成長が楽しみだと間近で微笑む藍に、何やらふよふよ彼女らの変わりっぷりを楽しんでいる紫。

「あれ? 何か映んなくなったわよ、これ。どっかおかしいのかしら?」
「あ、そんなにボタンを押してはいけないよ。待ってくれ……」

やがて、録画内容が終わり画面が暗くなる。原理などまるで知らない霊夢はそれを壊れたのかと思い込み、むちゃくちゃにボタンを押し出すのだった。
そんな霊夢の動きに、今度は藍が慌てだし、ビデオカメラへと手を伸ばす。外の世界の技術と異なるものを持つ河童製のそれは購入したてで精査が足りておらず、マッドなところもある彼らを思うと下手をしたら自爆スイッチくらい仕込まれていても不思議ではない。
流石にその動きは素早く、ビデオカメラは直ぐに藍の手元へと収まった。そしてその時。

『にゃ~ん』
『はは、橙は可愛いなあ!』

そんな猫を猫っ可愛がりしている八雲の式のでれっでれの姿が液晶にでかでかと映ったのだった。
お腹を見せる小さな黒猫――尻尾が二又であるから妖獣の可能性もある――の頭とお腹を撫で擦っている藍に、普段の威厳も余裕も何もない。
これには霊夢も驚き、次にはにやりとする。彼女は慌てふためいてビデオカメラの電源を落とす藍に言った。

「ちぇん、ねぇ……あんた猫飼ってたんだ……」
「いや、あの子はこれから式にする予定というか、ただ面倒をみてあげてばかりいるだけの子で……」
「ちぇんはかわいいなー」
「ああっ、真似しないでくれ!」
「ふふ、藍も可愛いわねぇ」
「ゆ、紫様までっ!」

霊夢の棒読みのからかいに、おそらく先の映像を撮っていたのだろう紫も混じって、にやにや笑い。
慌てる藍は頭を抱えて、だが自らのふわふわ耳にすら安堵出来ずに照れる。
そして、これが先に霊夢が感じていたのと同種であるのならば、あまりからかうのはやめようと、殊勝にも考えるのだった。

 

彼女が彼女と出会ったのは、十年近く前の夜のこと。

「にゃぁ……」
「お前は……ふむ」

戯れに訪れたマヨヒガにて、八雲藍は、とある傷ついた黒猫を見て取る。
更にその尾っぽの二又を認めて、なるほどこの小さな猫は妖獣であり、そして恐らくは他の妖怪等に挑んで敗北したのだろうと想像できた。

「関係ない、筈がない、か……」
「……にゃ」

人に変じられることもなくなった妖獣。禍々しきけだものなんかに向けた助けの手なんて、本来ありえない。
だが、しかし自分は既にあの日あの人に助けられていて、そして最近深く知り合うようになったあの人間も、関係性というものを歴史の一部として大切にしていると説いていた。
なら、気まぐれを持ってもいいとルーチンに従う式神でもある彼女は思う。そして何より。

「そろそろ、拾い上げてもいい頃だ」
「……にぅ」

欺き、殺しに殺して封印された過去など、遠い昔。なら、今変わったって良いはずだ。
そんな言い訳を続けなければいけない程に歪んでしまった心であっても、何よりその身は暖かな熱を持っている。
あやかしのごときけものは、しかし柔らかに抱くことすら思いつくことが出来ずに、その血まみれの猫の首根っこを掴んでぶら下げながら。

「さて、この気まぐれが何時まで続くのか……」

そうして、助け上げて、最後に優しく撫でて逃してあげたこと。

「また、な」
「にゃあ」

その全てが、博麗慧音の真似事だったと、八雲藍は気づかない。

そして、一度の変心はそのまま永遠に続いたっていいという、そんなことをすら当時策謀しか知らなかった九尾の狐は分かっていなかったのだった。

「藍様!」
「はは。橙、元気にしていたか?」

だから、全てを理解した今、彼女は彼女に深く感謝をしている。
変わった少女によって、変わってしまった自分をよしとして、今日も藍は。

「はい! 今日はお教えいただいた弾幕ごっこの復習をして、あそ……勉強していました!」
「ぷっ。そうか」

愛に親しむのだった。


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