★ルート第一話 いい子と陽キャ

いいこちゃん いいこ・ざ・ろっく()

『わん、あん!』
「むぅ……」

1DKに、ひとりちゃんに録音させて貰った、ジミヘンちゃんの鳴き声が響き渡る。
止めるには惜しい、その目覚まし時計から続く音色に、あたしはでものそりと起きる。

「ふわあ……」

そして、凹凸イマイチな身体を伸ばして欠伸を一つ。そっと、撫でるように時計のアラームを止めるのだった。
眠いけれども思い切って顔を上げれば、薄暗い家の中。一人暮らしってまず朝最初にやるのがカーテンを開けることって、知らなかったなあと考えながらあたしは窓を開放する。

「……いい天気ね」

言の通り、スマホの降水確率ゼロ情報に則って、お空は晴れ晴れして透き通った青に覆われていて、キレイ。
完璧な青じゃなくて端っこあたりにある雲とか、むしろ良さなんだろうな、とは思いながらもこの晴天にあたしはあまり乗り切れない。
何しろここずっと、あたしは雲天極まりない心地だったから。眩しさうっとうしいな、とただ思ってでも今更カーテン閉ざす気力もなく。

「ま、でも頑張んなきゃね」

今日もまず太陽に背を向けてから、あたしは惰性の日々を始めるのだった。

「あむあむ」

朝はシリアル。それは、お家のニャンちゃん達ががっついている乾物に似ているから選んだ、という訳では別にない。
あたしは動物大好きなままこんなでっかくなっちゃったけど、でもそこまで拗らせてはいなければ、硬いのガジガジしてると彼らになれるなんて夢想しちゃいないから。
とはいえ、誰かさんの真似事していれば、何時か元鞘に戻れるんじゃないかって考えちゃってるところとか、ダサいけど。

「ま、結局のとこ、美味いから食ってるだけよね、コレ」

そう、このシリアルにミルクぶっかけ飯を毎朝口に運んでいるのは、簡易だからと口に合うから。
これで栄養そこそこあるってのがヤバい。シリアル作った人って神か、いいやシリアルこそ神なのか、って思ったことすらあった。

「あー、そろそろ行かなきゃかー」

でも、スマホでロインとかしながらのもそもそ食いなんてしてたら遅くなって当然。
身だしなみは、済ませてて何時でも出れるからいいけど。しっかし、嗜みとして頑張ってはいるけど、それもまあ以前と比べたら全然かもしれない。
ま、どーせーとはいえ意識してる他人が居なくなっちゃえばこんなもんなんだろうけど。

あたしは立て鏡を一瞥だけして過ぎ去り、取り敢えず女子高生やれてりゃいいや程度を確認の上、次へ。
そして鉄道運転してるって言ってたオジさんにこうすりゃいいよ、と教えてもらった指差し確認。これをしないと結構忘れたりするから、困るのよね。
さあ、でっかいものから右に左に。

「バッグ、ハンカチ、ティッシュ、それと……ああ、これこれ」

そうしていたら、一番左の背負うバッグよりももっとデカいそれの存在を忘れてて、危ないところ。
こんなの、あのドジなひとりちゃんでもしないでしょ、と思って。

「ううん……ひとりちゃんだからこそ、こんなバカしないか……」

あたしは、あの子に倣うようにぎゅっとその黒いカバーに囲まれたギターを抱きしめる。
そして一部取り出し、ギタ男と名付けたヤマハさんから出てたあたしの貯金(もっとあったと思ったけど5万円くらいしかなかった)全額相当の大切なものを撫でていく。
動物と違い、木製の柔らかさとツルツルとした感覚、また弦の張り詰めた様といい、どれもこれも違和感だらけ。
とはいえ、これこそが。

『直子ちゃんなんて、知らない!』

「唯一の、あたしの味方」

そう信じるのだった。

 

さて、以前実家の横浜にてそこそこいー暮らししてたあたしは今結構遠くにいる。
具体的には、進学のために都内で一人暮らし。何か偶々空いたとかで、駅からもガッコーからも5分程度のアパートに毎月7万いかないくらいで悠々過ごせちゃってるあたしって、結構運が良かったりするのかもしれない。

「ま、実際はアレよね……なんか見た目古過ぎなとこはあるかも……」

休み時間中、フォルダ分けとかのために結構前に撮った、写真の整理をしてると今更ながら周りからやけに古ぼけて写るアパートの様をあたしは残念に思いもする。
レトロ可愛いの、可愛いが抜けちゃってる感じ。大事なとこなくてどーすんだよと思わなくもないけど、でも広さは確りあるのが困りもの。
とはいえ卒業くらいまでは我慢できるかなあ、と思いながら次々に画像を切り替えてると。

「なに。直子、今過去振り返ってる感じ?」
「んーん。むしろ仕分けっていうか、割り切ってる風?」

仲良くしてもらってるお友達の一人に声かけられて、雑に応答。
この子とか、出身東京以外的な子達とあたしまあまあ仲良くしてるんだよね。
グループ内で最初にハマっ子でーす、とか自己紹介したら栃木の子に裏切り者みたいにめっちゃ睨まれたけど。なんでだろうね。
まあ、今となっては普通にこうしてその子とだって仲良くしてる。
仲良きことは美しきかな。なら、こうしてちっさい端末に向けて顔寄せ合ってるあたしたちって結構美人さんかもね。
そう考えながら、あたしはタップタップしてた。

「ふーん。その写真とか、何時のやつ?」
「あー……分けてたら、そろそろこっち来はじめのとかなってるねー……これは、夜桜? 暗くてぼやけててよく分かんね」
「直子撮んのヘタだねー。次は……ん、その子……」
「あ」

あたしは手ブレと補正切り忘れでもう白い歪んだ何かと成った写真を直ぐに削除。
そうしてから画面いっぱいに映り込んだその写真に、あたしはつい黙っちゃった。

「なんか、ごめんね」
「……いーよ。気にしないで」

だって、それは最後に会った時のひとりちゃんの姿。随分垢抜けたけど優しいところ変わんない彼女は別離にびしょびしょ。
えんえん泣いているところを、あたしがふざけてぱしゃりしちゃったところだけど、実際写してるあたしも涙でずぶ濡れだった。
気を利かして、というかどうしてだか謝ってくれる優しい栃木っ子に感謝し、ちょっと椅子から立つ。

「あー、ちょっと出るわ」
「分かった。直子の席温めとくわ」
「やりすぎて焦がすなよー」
「わかってるって」

あたしは少し思い出しちゃっただけで何か潤んじゃった視界をどうかしたくて、友達から背を向け扉にダッシュ。
ああ、めちゃ格好悪いけどでもちょっと青春してるな、なんて気持ち悪いこと考えてた。
でも、そんなこんなだからバツが当たったのだろう。扉を開けたら直ぐに、なんだか赤い影。

「わっ」
「ぐおっ」

殆ど背も一緒なその子にあたしは額をごつん。
勢いよく向かった分だけ相手を倒しちゃって、その上弾けとんじゃうなんて、酷いムーブをかましちゃたんだ。
一応、たたらを踏みながらも堪えたあたしは、おしりから倒れちゃったその子に手を差し出す。

「ごめん……大丈夫?」
「あ、うん……」

あ、なんかかなりキレイめな子だなあ、と思いながらもそういうのにはひとりちゃんで慣れてるあたしはあんまりボケっとせずに起こしてあげる。
あたしは、そうして踏ん張りぐっと身に寄せ彼女を安定させてから、そういえばと言った感じにその子の名前を思い出すのだった。

「えっと、喜多さん?」
「あ、そうだけど……貴女は、二組の井伊さんよね?」
「うん。さっきはちょう悪かったね……頭痛くない?」
「ええ、平気。むしろ、井伊さんは大丈夫なの?」
「そんなの当たり前よ。あたし、頭突きとかちっちゃい頃から超強かったらしいし」
「あはは……変な自慢……うん。でもお互いそんなにもう痛くないなら良かった!」

そう、なんだか赤く、そしてきらきらしたこの子は喜多さん。下の名前こそあたし覚えちゃいないけど、でもすっごく目立つ子ってのは知ってる。
五組の姫的存在っていうのかな。アイドル的な、それこそ昔のひとりちゃんを陰キャっていうなら陽キャってタイプ。
まあ、幸せそうですっごくいい感じよねえとあたしがぼうっとしていると、喜多さんは首を傾げた。
あざとい感じだけど、まあ似合ってるのがヤバいなあと考えていると、彼女は。

「ええと……井伊さん、ちょっと近くない?」
「あ。離れんの忘れてた……それに」
「それに?」

そういえば、あたしは持ち前の結構強めの力で身体支えちゃってるままだった。
下手したら抱きしめてるようにも見えちゃうかもしれないから、喜多さんは恥ずかしいのかもしれない。
とはいえあたしはひとりちゃん相手の時はもっとパーソナルスペースちっちゃめだし、それに何より。

「くんくん」
「わきゃっ!」

なんかすっごいいい匂いがするから、あたしはくんくん。
いけないのは分かっているけど、これ癖なのよね。それに匂いで結構分かることあったりするし、侮れない。
あたしは、何か持っちゃってる大好きな動物的嗅覚を持ってして。

「喜多さんからギター? っぽい匂いがする」
「え?」

なんか朝目一杯嗅いだような匂いがすることに気付いちゃったんだ。


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