第二十四話 綺麗なものを壊すのが

マイナス百合 マイナスから目指すトップアイドル

アイドル四天王というものが出来たのは、カシマレイコという天上に付き添うように高度化した少女たちをただのアイドルたちと纏めるのが不可能になった群集の心理に拠って撚られたためとされる。
だがそんな緊急退避的な称号が今や四様の篩のよう。彼女らの何れかに及ぶこともなければ、カシマレイコに手を伸ばすことすら考えられない。
いわば疑似の頂点。実際は次点共の最高到達点でしかないのだろうが、それでも多くのアイドルがそこに辿り着くことを求めていた。

そう、四天王とはいえ、いと高きカシマレイコと違って幾分かの代謝はある。
もっとも、ここのところ変わらずの天辺達。そんな彼女らは分野が違う上に早々並ばない。
とはいえ、危急の敵が現れれば互いを意識することもあった。此度の接続は、リモートにて。
それぞれ特級の綺羅びやかが、沈黙の中画面により分割されて映し出されるのは、どこか滑稽ですらあった。

画面が共有されているのは、三天、鹿子にココロミチルに、山田|静《しず》。
最後に、《《最強》》のアイドルと謳われる|二番《いちのあとつがい》がごちゃごちゃとした背景を映したまま遅れて端末上に現れ、そして全員が揃う。
やがて、今回四天王に集合をかけた張本人、鹿子が薔薇の唇を動かし、繕った笑みとともに挨拶をはじめた。

「こんばんは、先輩方。四天王最弱こと、鹿子ですわ。此度はよくいらっしゃって下さいました……特に番さんなんて、海外にいらっしゃるということで揃うかどうかわたし、心配だったのですが……こうして健やかそうな美しい見目を拝見して嬉しくも……」

白く、黒く。そんな二色を際立てる朱をところどころにして纏う、自称最弱のおかっぱ少女。鹿子はトップアイドルは群れない、というこの世界の中でも際立っている孤、マネージャーもなく演出からスケジューリングまでの何もかもを一人で熟す逸材だった。
懇切丁寧に台詞を回す彼女。だがそのあまりに他人を容れない口上に、直ぐに柳眉をひそめたのは反して最強たる二番。
一種の極みにある彼女にとっては最も下らない類である相手の独壇場に飽くのは早く、型落ちのPCに向けてそのハスキーな声を悪く投げた。

「おい雑魚。本当に私達の貴重な時間を奪っているのを理解しているなら、長ったらしい前置きなんて止めろ」
「番っ!」

雑魚という揶揄に、目下に対する命令。ふんぞり返ったその態度の悪さといい、知った仲であっても番の言動には目に余るものがあった。
故に、ココロミチルは檄する。怒声と共に彼女の黒髪の端が跳ね、番はその露出した肩をすくめた。

「おいおい叱ってくれるなよ、ミチル。だってこの雑魚、喋れば喋るほど欺瞞を忍ばせるから、あんまり無駄話させるのは面倒だって私らの意見一致してたろ?」
「それは……」

だが、正直にもこの野性的な鋭さを持った美人は、当人が酒をあおる中交わした秘密すら放り投げて強く意見を通そうとする。
これには、ココロミチルが口ごもるのも仕方なかった。そもそも、確かに四天王最弱の囀りがあまりにうざったいというのは本当だったがために。

鹿子の有り様はアイドルよりも扇動者に近い。そんなことは、彼女のファン以外の多くが認知していること。
次々創り上げるムーブメントに、ファンにばかり向けた楽曲。彼女は歌ですら彼らの孤独を際立てる悪辣だった。
実力はまずまずあるが、その実体は胡散臭い小物。それが、ココロミチルの鹿子に対する嘘偽りない感想である。

「おや、そんなこと私は初耳ですが?」

ココロミチルは黙し、ならばと《《歌えない》》アイドルである山田静が綺麗に発声した上で首を傾げた。どうして私を仲間にしてくれなかったのかと、彼女は不思議がっているようだ。
実際、このカシマレイコとステージを同じくする最美は四天王全員とそれなりに関わりがある。
何せ、発足から居座り続けている番程ではないが静も四天王歴は長く、人当たりも付き合いも良い方であるからには鹿子に利用されたりココロミチルの画題になったり、番のライバルを務めたりもしていた。
しかしこのきっと、叩けば高い音色が響くだろう上等過ぎる人でなしに悪口をぶつける理由は誰にだって特にないのだろう。壁に本音を語る趣味のない番はうんざりした様子で、こう言った。

「静、お前さんに聞かせる意味もないからな。どうせ、背景みたいにどっちつかずのいつも通りだろ?」
「私としては番さんに鹿子さんが悪しざまに言われるのは心苦しく……でもまあ、その通りですね」
「だろ?」

番のどうだと言わんばかりの表情を受け、柔らかに頷く静。中立であるのは彼女の癖であり信念の一つ。
なるほどだから、偏った意見は言ってくれなかったのだとむしろ静は番の思いやりににっこりとするのだった。

さて、そんなこんなで大変疎外されていた鹿子。だがこんな程度、武器が一つしかなかった彼女が四天王に至るまでの苦労と比べれば、あまりに温い。
むしろ笑って、予定通りに早々と台詞を着地させ、茶目っ気たっぷりに片目を瞑るのである。

「ふふふ……わたしが悪しと他の方の意見が一致されているようなら仕方ありませんね……まあ、端的に申しますと今回の議題はあの話題の町田百合について、ですわ」

最弱は努めて画面を認める。そう、鹿子は三つのカメラの向こうのジャンルの異なる美の化身達の表情を見定めんとしていた。
そして、彼女が見るにどうも先達の反応は三つのパターンに分けられる。

呆れ、落ち込み、喜色。そのどれもが興味深い。

さてどれに針を投げて本音を引き出してやろうかと鹿子が内心ほくそ笑んでいると、機先を制するように番が言葉を発する。

「あれだろ? あのレイコの次代に選ばれたとかいう……YOUのパチもんっていうか進化系の……」
「ええ。番さんはどう思いまして?」
「はん。あんなの、論外だ」
「あら。意外ですわね」

褐色の肌、その一枚奥に凄まじい力量が秘められているのが理解できないほどの艶めきを纏った美人は、諸手を挙げて放り投げる仕草をする。
インドゾウを投げ飛ばしたと噂に聞く彼女がそんなことをすると妙に面白いが、そんなことはおくびにも出さないで、鹿子は意外と正直に呟く。

実際、分かる人には分かるレベルで百合は四天王入りを蹴った唯一の存在である最後の一等星、YOUを模倣している。だが、その上で師を超えているのも違いない。
ならば、YOUが同僚になれなかったことを時に酔いに愚痴ることもある番には多少は思うところがあると鹿子は考えていたのだ。

勿論、あのトップクラスの歌を守破離の通りに超えた百合の努力、そして番の領域であるダンスの腕前すらもまずまず気に入ってはいた。
またあのちびっこいところに根性を秘めてそうなところも、番の好みに合致してはいたのだが。

「目を隠してるのがなぁ……全力じゃない感があって面白くない」
「なるほど。あの意味不明縛りプレイとすら呼ばれる彼女の目隠しが、番さんには気に障ると」
「まあ、なあ……」

その濁したような反応に何となく、鹿子も察する。
この最強のバケモノは、カシマレイコの信奉者であるのは違いなく、そして馬鹿みたいに物事を詳らかにするのを好むようである。
ならば、あの瞳を隠すことの不明っぷりが面白くないのだろう。実際百合に出会ったら即、目を覆う布切れを剥がしにかかりそうである。
簡単に敵対してくれることといい、鹿子にとっては実に分かりやすく扱いやすい存在だ。

それこそ、この人よりは数段。そう思い今度は最も理解できない存在である微笑んでいる山田静へと鹿子は問った。

「そして、先から随分とにこやかにしていらっしゃいましたが、静さんはどう思っていらっしゃいますの?」
「そう、ですね……それは単純なことです。あの子は、私が求めていたトランペッターですから」
「トランペッター……終末の喇叭吹きですか? ……あの、少女が?」
「ええ。町田百合こそ、この世を終わらすことの出来る者の内の一つです」
「は、はぁ……」

一応頷いてはみたが、鹿子は番の何いってんだコイツら、といった視線を感じながら実のところ同じように静の狂気のような思考に内心疑問符で一杯である。
いや、自分らは四天王なんて大した称号をいただいてはいるが、しかし結局のところアイドルでしかないのは、最強たる番がその存在を許されていることからも明白だ。
どこまで人気を博そうとも、それでこの世が変わらないのは至極であるカシマレイコが証明しているというのに。

だが、この陶器製のような一点の曇すら存在しない美人は静かに百合が世界を終わらせられると断言している。
その意味が、もし額面通りでないとするならば、もしかしてと思った鹿子は静にこう問った。

「――――つまり、町田百合はカシマレイコ以上だと?」
「ええ。あんな|もの《アイコン》では、彼女には話にもならないでしょう」

ごくり、と鳴った音は果たして誰が固唾を呑んだ際の音か。
これまで鹿子は静のことが分からなかったが、それはそうだ。常識外れにも程があり、こんなの、狂っている。
あのアイドルのイコンとすら呼ばれるカシマレイコをその程度とする、視座の違い。正しく山田静という存在と鹿子達の目が合う筈がなかったのだ。

それでいて、鹿子でもすり潰せそうな程度の存在を高みに置いている。基準すら間違っていれば、最早語り合う意味もないのかもしれない。
内心落胆を覚える鹿子を他所に、急激にヒートアップした番が射殺すように静を睨んだ。

「ああ? 静。テメェ、レイコをあんなもの、と言ったか?」
「ええ……ですが、それに関して私に険を向けるのは後にして下さい。まだ、ミチルが話をしていません」
「あ、はい……そうですわね……ミチルさん。お願いしますわ」

どうしてこの最強は、ミシミシと圧されてしまうほどの緊張を画面越しに感じさせてくるのか。そして、それを全く効かないようにして紅茶らしきものを飲んでいるこの最美はどこまで狂っているのだろう。
最早、そろそろ同じく扱われているのが嫌になってくる相手達。仕方なしに鹿子はココロミチルに水を向けた。応じ、彼女が口を開く前にもライバル二人は水と油をぶつけ合っていたが。

「ちっ、静。覚えとけよ」
「いいえ、忘れます」
「クソっ……」
「あー……仲良しだね、ふたりとも。まあ、今回私が百合に感じているのはトランペッターとか不完全とか、そういう部分じゃなくて……歌の段違い、次元違いの実力のことかな」
「次元違い、ですか?」
「うん」

ココロミチルには鬱々と頷かれたが、どうにも鹿子には解らない。
上手いとは思う。この上なく合っていたとも見て取れた。確かに自分よりも実力は上なのだろう。
だが、まさかその程度が雲の上に届いていたとは。暗なる敗北宣言に揺れる鹿子の碧い瞳の向こうで、諦めにココロミチルは揺らいで言った。

「あれには、同じジャンルの私では負けざるを得ない。しかも、もっと上手くなる筈だよ」
「それほど……なるほど、歌唱において右に出る者はいない貴女が語るのならば、それは間違いないのでしょうが……」
「あー、後アイツ多分かなり鍛えてるな。ダンスはそこそこだが、きっとそれも上手くなるぞ?」
「はぁ……トランペッターというのは空言としても、百合さんという方は、可能性を含めて恐ろしい人ですわね」
「ふふ……トランペッターも本当ですよ?」
「はいはい。後で気の済むまでトランペット吹いてやるから静は黙んな」
「仕方ないですね」

仲がいいのか悪いのかよく分からない四天王の際立った二天は放って置くにしても、今の時点で四天王入りが噂されるあの相手が更に上手になるという先達らの予想は本当に鹿子にとって恐ろしいものである。
鹿子は自分を識っている。四天王の末席、最弱扱いで最早限界であると。
人を騙した、壊した、嘘を吐き続けた。それでも至りきれないアイドルという頂き。本当は、もっともっとという思いもある。だが、こんなに薄汚れた身体で、もうあのアイドルのアイコンたるカシマレイコに対せる気がしなかった。

思い出すのは、祭り上げられ調子に乗ってカシマレイコの前で婀娜を披露したあの時。

『ふふ♪』

なんと、あの超常は更に極まりない艶を一瞥で披露し、鹿子の心を奪ったのだ。

ああ、アレに勝とうと私は何でもした。だが手段を選ばなすぎて、結局は歪んで尖ってそれだけの四天王のいちでしかなく。

弱い弱い。私は嫌い。でも、何時だって硝子の向こうの薄い銀の一枚は、私の顔を映して嗤う。
そんな現実を、鹿子という仮面のアイドルは何時だってバラバラに壊してしまいたかった。そして、もしあの餓鬼が可能性に満ちた素晴らしい、それでしかない踏み台でしかないのなら。

「ふふ……」
「……大丈夫だよ、鹿子。きっと次に降りるのは私で……」
「ふふふ……違いますわ、ミチルさん」
「え?」

そして、何か哀れんで勘違いした視線を向けてくる天才に鹿子は微笑んで首を振る。
そう、違うのだ。鹿子というアイドルは彼女が考えているように美しいものではなく、また敗北に怖じるほど弱くもなかった。

ただ、大嫌いなひと達が期待するものを損壊する喜びに口の端を吊り上げてまで笑おうとし、それが無様に見えたことに口を袖で隠した彼女は。

「わたしは、ただ綺麗なものを壊すのが好きなだけですわ」

ふふふと、そう決めつけて悪どく嗤うのだった。


前の話← 目次 →次の話

コメント