第二十話 あんたはあんた

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

「はっ、今日も生きるには丁度いい天気だっ」

独り言つ、晴天に白を混じえた黒き一線。
逃げゆく金の長髪を魔女帽で押さえながら昼に忘れた闇夜を空に描くように飛翔しているのは、魔法使いの少女霧雨魔理沙だった。
彼女は霧雨店のお嬢様を辞めて久しく、この方など調子に乗って天翔ける魔法の人間を自称して友に失笑されたりなどしている。

だが、巫女に逃げ足だけ鍛えてどうするのよと笑われようと、少女が努めた飛翔術は実際大したものであり、それこそ速度で彼女に敵うのは天狗くらい。
天狗が普段からあんだけ鼻を高くしているなら私だって少しは調子づいても良いはずだろうと思う魔理沙も、しかし冷静に隣を見回してしまうと大人しくなった。
そう、たとえ最速の次点くらいになろうとも敵わない相手、博麗霊夢の余裕を覗いてしまえば、敗者が格好つけることなどあまりに格好悪いもの。
その速度と一緒で生き急いでばかりいる魔理沙は、しかし胸の奥に抱えていた懊悩に呟いた。

「お天気様と同じ絶好調な私と違って、ここのところあいつはずっとぼんやり薄曇りだが……それでも負けてはくれないってのが腹が立つな」

その言葉は直ぐに魔法の風除けの外を通って轟音に消えたが、魔理沙の胸元には確かに響く。
今代の巫女、博麗霊夢は毎日のように会って話す、友。お互いにそんな小っ恥ずかしい呼び方などしないが、きっと親友とすら言える間柄なのだろう。

そしてそんなだからこそ、判ってしまうのだ。
ある時までずっと何かに取り憑かれたかのように巫女としての実力を上げた彼女が、奥義を極めた途端に腑抜けてしまった現実を。
探るようにあの頃は目標でもあったのかと聞いても、そんなの憶えていないわよと返されるばかり。
そして、やる気を失くした彼女の手慰み程度の弾幕ごっこにて何度も墜とされ負けてしまえば、そろそろ温厚な方である魔理沙もむかっ腹が立つ頃だった。

「っと。そろそろか」

目的地まで通り過ぎる前に気づいて空を飛ぶために駆る箒の手綱を引けたのは、偶然。
それくらいには、魔理沙は不満と不安の真っ只中に居て。

「しっかし歴代最強の博麗の巫女様が、しかし人里でおままごとに耽ってるって噂は本当だったのかねえ?」

地に降り両足を付いた彼女が人里の門前にてまずそんな疑問の言葉を吐いてしまったのは、昨日の霊夢の表情を思い出してしまったから。

「……私にはやっぱり分からないぜ、霊夢」

そう、わざわざ家を捨てた霧雨魔理沙の前にて母とはどんなものかきまり悪そうに聞いてきたあの日の霊夢の真意が気になって仕方なくって、彼女はこうして逃げ出すように出ていった人のための土地に舞い戻ったのだった。

 

人の世に交わるつもりもなければ、おかしな格好で示せばいい。
そう決め込んだ幼少の魔理沙は時代遅れの衣装を身にまとい、がさつな言葉を発するようになった。

だが大店の娘というだけでなく愛すべき綺羅星の少女が少し戯けようとも、多くは気後れするようなことはないもの。
結局のところどうしようとも霧雨魔理沙は里人達から愛されていて、魔道に外れてしまおうともそれは変わらなかった。
久方ぶりの邂逅に話弾まし続けて主題すら忘れた団子屋の娘に、聞きたいことを最後にようやく聞いて、溜息とともに魔理沙はこう呟いてしまう。

「はぁ。人里も、ちょっとぶりだが……変わらないもんだ」

晴れに心休まれば、昼時には大勢が競うように道を埋めた。その中の多くが、霧雨魔理沙というお転婆で気難しかった少女のことを忘れてはいない。
あらお嬢ちゃんと笑顔で撫でてこようとする老婆にむずがれば、大工の親父が屋根の上から照れ屋は変わらないなと大きな声で笑った。
賢しく立ち回る悪ガキだった魔理沙に世話になった年下が絡みつくように寄ってくれば、最後は魔理沙もそろそろ家に帰って来なよのコールすら起きてしまう。

「だから、あんまり帰りたくないんだよなあ……」

逃げるようにその通りから立ち去り、探索を再開した魔理沙はこうして一つ情報を得るまでに人好き達との関わりで疲れるほどに苦労した。
まこと人気の、人里の子。魔理沙とてそんな歓待を嫌うほど捻くれてはいない。むしろ人里こそが本来帰るべき場所で最期にはここで骨を埋める気持ちだってあるのだが。

「……なんか、違うんだよ」

メモ書きを見つめながら、魔理沙はそう呟く。
確かに、師匠がどこかに消えてしまったことを独り立ちの合図と採って立ち上げた魔法の森の霧雨店は開店休業状態。
人里に文の届け方等をほうぼうに掲示し――あっさり許可はもらえた――何でも屋を気取ったところで精々が日々の問題ごとの助けを求められるばかりで伸ばした退魔の実力を示すことなど滅多にない。
むしろ、都度面倒くさがる巫女の方にこそ依頼は殺到。何をしても霊夢に負けているようで魔理沙の気持ちが膿んでしまっているのは違いなかった。

そんなこと里人達は、薄々ながらも知っている。
あんなに頑張っていた少女が未だ報われず、それでも無理はさせられないとむしろ皆だって悩んでいた。

――――あの恐ろしい魔法の森で生きていけるようになるまでになれたことだってもう大したものだ、だからどうかそれで満足して家に帰ってはくれないかい。

ある依頼の折に会えた際――子には増えた皺が気になった――頭を下げる母の姿に魔理沙も胸張り裂けそうな想いだってしたのだけれども。

「だが、私は私だよな。なあ……っ」

言い、知らず誰かに同意を得るような言い方を続けようとした口に驚く魔理沙。
カリと噛んだ口の端は血の味がしてとても不味くて、燦々と心地よい日差しの下しかしどこにも自分の居場所を少女は発見できずに。

「……行くか」

魔女の帽子を深く被り直した魔理沙はあいも変わらず目抜き通りから背を向け、細道の中へと消え行くのだった。

 

それはまた里の隅。歪に増やされた土地とこれまでの人里の殆ど境界線上にその建物は建立されていた。
まだ途中のそこに目立っているのは基礎の石に、隆々と立ち上がる柱の数々。
そして何より大工として働く若い衆の働きの様子もあった。
また、優れた太い筋と汗によるひと仕事によって次々と組み上げられていく《《寺子屋》》の姿に、関心しきりの一人の女性の姿も大いにひと目を引くことになっている。

「いや、素晴らしい手際というかすごい力だったなあ……皆、粗茶だがどうかいただいてはくれないか?」
「おや先生。すみませんなお茶までいただいてしまって」
「はは。まだ寺子屋が出来てもいない今、先生と呼ばれる人間ではなく……」
「いんや、慧音先生は見学しに来たウチの坊主にも優しくしてくれましたし、何より博識だ! おりゃあアンタ程先生に相応しい人、見たこともありませんよ」
「はは……そうだと嬉しいのですが……」

他がその立派によって建築現場に相応しいと認められているのであれば、その女性はひたすら美しさによって場にそぐわずに目立っていた。
捨て子悪童気にせず導く姿に誰が呼んだか、慧音先生。それに恐縮するばかりの彼女は持ち前の人の良さもあり、貧じた者たちを中心に人気を博すことになっている。
あばた一つ気にせず同じく人を円かに繋げる優しき人。それが寂しき不信の心根に基づいていることなど、巫女以外の誰一人気づくようなことはない。

どう見ても、上白沢慧音はこれまで完全無欠にいい人をやれていたのだった。

「へぇ……」

しかし、見知らぬ者を知らぬ間に保守的な里人が親しげに囲んでいることなど、異様にすら映るもの。
ふらりと昨日まで空き地だった建築地に現れた魔理沙は先生という言葉を聞き、面白いと口の端を釣り上げるのだった。

「どこから来たかも知らないアンタ、先生だったのか。なら、一つ質問に答えてはくれないか?」
「おや……君は。まあ、質問は歓迎だ。ただ……それほど難しいものでないと助かるな」
「なあに。簡単なことさ」

その含み笑いは子供らしく。だがその内には、ただならぬ思いが入り混じっていた。
団子屋の嫁ぎ遅れ気味の看板娘から聞いた博麗霊夢が入れ込んでいるらしい女の容姿にぴたりと嵌るこの青と銀を靡かせた柔らかな面。
それを驚きに歪ませてやりたいという考えは魔理沙の稚気か、それとも憂さ晴らしか。
どちらにせよ唐突に、彼女は彼女にこう問った。

「あんた、霊夢の何だ?」

それに一瞬目を大きくした上白沢慧音は、再び眦を緩めてからこう答えるのである。

「母代わり、かな」

それは、そうあれていると良いなという彼女の思いから来た言葉でもあり、真摯な答え。
そんな真面目過ぎる予想外なものを受けた魔理沙は。

「……なるほど、な」

思わず痛めた胸元を感じながらも、吐き捨てるように短くそう返すばかりだった。

 

以降、しばらく魔理沙は慧音の後をついて回るようになる。
元々基本的に修行している以外は暇を持て余し気味な彼女だ。ここまでする必要はあるのかという大工に対する慧音のもてなしにだって、半笑いで付き合えた。
しかし、夜が近くなってくれば棟梁の一言で本日はお疲れ様と、自然に解散となる。

「ちょっと良いか?」
「ん? 勿論、大丈夫だが……」

そんな中、魔理沙は仕事終わりの一杯に慧音を付き合わせようとする男衆から遠ざけるように彼女の袖を引っ張った。
見上げる少女の真剣な瞳に応じ、その後外組が終わったばかりの現場へひょいひょいと向かう魔理沙を慧音は追う。
危ないかなと冷や冷やする慧音を横目に静かに大黒柱に触れる少女は、影の中静かにこう呟くのだった。

「なあ、慧音さんと言ったか。私には分からないんだよ。どうして、親というものがこんなに窮屈なのか。愛ってのがどうも苦しいのか……なんでだろうな」

反抗期。この感情はよくそう名付けられたものである。
富んだ親があり、確かに愛も存在しながら、それから背を向けるなんて言語道断だと、魔理沙自身も思っていた。
それは、親友たる親なし独りの博麗霊夢のことを考えれば尚更のことで、でもそれでも我慢出来ないくらいに彼らの熱量がうざったくて。

いつの間にか隣に居た慧音は、同じく柱の面のザラつきなどを白い指先で確かめながら、こう言った。

「それは、私にも分からない。でも人の平温が同じでなければ愛の熱さが辛いことだってあるだろう……そういえばそうだ、君の名は?」
「あー……霧雨魔理沙だ」
「そうか、魔理沙か。いい名前だな」
「……ああ、そうかい。で?」

意外にも、いや先にした実は記憶喪失だという言葉が本当であるならば当然かもしれないが霧雨の苗字には気を取られることもなく、慧音は魔の付く名前を良しとする。
今までにないそれにどうも気色の悪さとも違う何かを感じた魔理沙。
ふと気になった彼女は隣の彼女の瞳を覗く。すると、真っ直ぐ極まりなく向けられた赤と遭遇し、気圧されるのだった。

「魔理沙。君は辛かったら逃げても良い。変わりたくなければ別に、人は変わらなくてもいいんだ」
「いいのか?」
「そう……幾ら皆がなんと言おうとも君、魔理沙は魔理沙であっていい」

それが何より親にとっては嬉しいことだとほざく親でなしの言葉は、しかしどうしようもなく迫真で心のこもったものである。
故に、逃げたくても逃げられなくてただ逃げ足ばかりが長じていた少女は。

「そうか……そうだよな! 私は私で……」

頷きでその逃げ言葉を何より良しと捉え。

『魔理沙……幾ら皆がなんと言おうと魔理沙は魔理沙だよ』

「なら……あんたはあんた、だよな?」

しかしそれを何時か何処かで聞いた憶えによって生まれた一瞬の不安によって、そう問ったのだが。

「そう……だと思うよ」

返ってきたのは、儚いほどに弱々しい彼女の笑み一つだけだった。


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