第三十三話 友達なんだ

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

時知らず向き合う、サンライトイエロー。向日葵とは太陽の花。
そんなの多くが自然に持つ認識であるからには、ここ幻想に至ってしまえばその結びつきは尚強まる。

「っ」
「辛そうね」

そう、ただの向日葵の妖精でしかなかった筈の幽香はひたすらに勝ち続けることで妖怪と化し更に大きく超越し、極光の域に届いている。
だからだろうか、見上げる彼女が纏め向けた光を力尽くで解いたそれだけで、慧音の手のひらは酷く灼けていた。
少しの間赤く輝いた後に燻り溶けて、炭化した皮膚。神獣のものと同義である硬皮を持った獣人の右手はこれでしばらく使い物にならなくなるだろう。

「ああ……だが、それだけだ」
「ふぅん」

慧音は妖力も霊力も神力ですら通らなくなった、痛みばかりが脳にまで明滅する手のひらを閉ざし、そんな強がりを発した。
これもしばし治癒に集中すれば、治せる。だがそんなあまりに長大な隙を幽香に与えてしまえば、どうなるだろうか。
きっと私を見てくれないならと、拗ねた彼女は辺りを根こそぎ地獄と化してしまうだろう。

ならば、弱点を握りつぶした上で、見つめ返す。
強く意気を返すそれがしかし睨むことにならないのは上白沢慧音の優しいところの発露だろうか。
可愛らしい憤りね、と思う幽香は僅か見惚れてしまい、その合間に自ずと回復した小さい妖精が入り込む。

ふんわりと浮かびながら、その妖精は大きく手を広げて二人の世界を遮断する。
その無駄な挺身によって一回休みから逃れられたことにも気づかずにチルノはむっとした様子で、叫ぶ。

「むっ、あんた、幽香と遊ぶ邪魔よ!」
「君は……」
「チルノよ!」
「私は慧音と言うが……その」

チルノ。上白沢になってからでもそんな名前はしばしば聞いていた。
だがまあ、多くが雑魚だの馬鹿だの散々に評したものばかり。故に、風見幽香に対するなんてこんな無謀なまでの勇敢さを持っていたとは知らずに慧音は目を丸くする。

この妖精は、よく分からない。一体風見幽香の何なのだろう。そして、彼女にとって風見幽香とは。

疑問が様々湧き出るが、しかし明確に口にすることが出来ない。
それは、あまりに眼の前の氷精が幼気な様子であり、そして何より純粋に過ぎているため。
それこそこれとあのとびきりの尖りを繋げるための言葉に慧音ほどの物知りでも迷うくらい。
だが空に踊るように身動ぎしながら、チルノは頑として言い張るのだった。

「私は幽香の友達よ! あんたは何!」
「私も……そう、幽香とは友だ」

だが、少女の真実の吐露に、慧音はここで蒙を啓く。
そう。天上と地の底までの差異があろうとも、それだって隣り合わせとしてもいい。
愛とはそういうものであり、情の前には論理すらどこかリリカルに上滑りしていくばかり。
言葉の全て一言一句は、そもそもそれに拠って記される。

だから、慧音は容易く彼女の本気を認める。
そして、特に何の故もなくチルノも彼女を信じた。
鏡像のようなまるきり違う生き物を、でも同類と解した少女は一転。

くるりくるりと三百六十度。ダブルループには届かぬ程度に驚いてから、指差し言った。

「なにー。つまり私とけーねったら、一緒じゃない!」
「……そうだな」
「なら、問題ないわ! 幽香なんて私達で早くやっつけちゃおう!」
「良いのか?」

そして慧音の疑問を他所にチルノは素直に射線から退く。
ダイヤモンドダスト煌めく中、少女は頭でっかちに向かってこう理解を話す。

「いーのよ! だって、幽香がしたいのってそんな遊びでしょ?」

そして、少女は最強へと向かおうとする。
無駄無理無謀。そんなものを、誰か馬鹿といった。
しかし、意味すら成さぬ蛮勇こそが心を擽ることだってある。そして、それは何より最強な妖怪の胸元を突き刺していたようで。

愛の返答は、全霊の光輝。

「チルノちゃん!」
「わ、大ちゃんどうしたの……わ」

だから、大妖精が背中でチルノを守ろうとしたことは無駄だ。むしろ、それこそそこそこ弾幕ごっこ得意の氷精が回避を損ねる結果に繋がる。

この場の皆々様方へと向けられた風見幽香の弾幕は、スペルカードルールなんてぶち破って形もないレベルの凶悪。
単に、ぶっといばかりの光線が、しかし紛れもなく美であるのは龍の如き紫電を携えているからか、それとも光こそ真に近いものであるからなのだろうか。
どちらにせよ、それは魔理沙が異変用にと作成していたスペルカード『マスタースパーク』等に似て非なる究極。

むしろ、これはお手本染みている。原初に置かれた日の力、陽光の再現。
天体観測は別段朝昼だって出来るのに、何より輝いているのが当たり前過ぎて太陽を星屑の一つとは思えない、そんな事実。
呪いじみた、随一。太陽ほど或いは孤独なものはないのかもしれないのだが。

「ああ。そうだな。そうだ、あいつは何時だって本気で……触れてくれていたんだなっ」

だが、上白沢慧音は風見幽香が一人じゃないと知っている。

彼女には上書きしてしまった旧作の知識はない。
だから、とある館の彼女らに夢幻の姉妹のことさえ覚えはないのだ。
そして、寝坊助していた幽香と死闘を繰り広げた経験すら、手のひらからすり抜けて今や真っ黒。

だから歴史ない今殆ど何一つ分からないけれど、それがどうした。彼女のあの紅く期待に満ちたあの目を見れば、自らが無二の友なのだと分かるに決まっている。
そして、そんな心に応えたいのが友情であり、寂しげな一輪に対して贈るものは決して戦意ばかりではないのだと慧音は識るはずもないのに誰より知っていた。

実は乗り気でこそりと用意していたスペルカードを一枚提示し、あくまでこれでも《《ごっこ遊びの一つ》》だと周囲に示しながら慧音は。

「なら、私も私として本気になろう……光符「アマテラス」!」
「ふふ」

光そのものになった。

 

「眩しいっ!」

間一髪、慧音に庇われる形になった大妖精は、冷たすぎるチルノをひしと抱えながら、光源から逃げていく。
振り返ることすら出来ない、だがそれは熱よりも煌めきであり優しさでもあるようだ。
明らかに暴力的でない、むしろ神秘的。そんなものが後ろでかっかとしている中、耐えきれず大妖精はチルノともろとも。

「わ」
「っう!」

どぽんと、霧の湖面に落入るのだった。

冷たすぎるチルノのせいで周囲の水とともに凍えながらも、どうも困ったことになってしまったな、と大妖精は思う。

大妖精は《《霧を泳ぐ程度の能力》》を持っている。
霧中をワープすることや霧に迷わせることなど多岐に効果を示す土地に根ざした能力であるが、結局のところそれは霧がなければ発動条件を満たせないものではあった。
太陽光がなければ霧など出来やしないが、とはいえ空でギラギラしている二つの太陽には手加減というものがない。

そもそも大部分の霧など幽香からチルノへの初撃で晴れているし、それに加えて大妖精はあくまで力の足りない妖精だ。能力以前に不足故に何も出来やしないのだから、尻尾を巻いて逃げるのが正解に違いない。

「ぶく」

でも、と呟き彼女は凍る水を泳いだ。カナヅチのチルノは目に水が入らないように目を強く閉ざしながら大妖精の成すがまま。
友を心より信用してくれているようだった。だからか、再び彼女は水面へと身を翻して。

「ぷは……そんなの、全然凄くないよね」
「ぷあ……大ちゃん?」

輝きの下で、霧に隠れてばかりの少女はぽつり。
名前はないが、自分が大なるものであるとはチルノに教えてもらった。
なにそれ下手に名前あるよりむしろ凄いじゃんと内心鼻高々だった彼女も、今手も足の出ないだろう最強の眼下で苛々とする。

微かに水面を這う霧。それに指を絡めて、引っ張って。大妖精は。

「チルノちゃん。私、頑張る……ちょっと頑張っちゃうよ」
「……分かった。なら私もっ」
「うん!」

それは、無理。明らかに自然ではない動きで霧は逆巻き二匹の妖精の周囲にて渦となる。
そう、一片の彼女は霧を龍のごとくに泳がして道と成し。

「私だって、さいきょーの、友達なんだ!」

楓の葉のような手のひらをぎゅっとし、熱量差をも存分に用いて弾丸のようにチルノを飛ばす。

「うあー」

虚空に縺れて彼女はきりもみ回転。下手をするとそのままぐるぐるする視界に気を取られて外しそうになってしまうのだけれども。

でも、光は明瞭で太陽は何時だって昼空で待っていてくれているものであるからには。

「よーし!」

まして今や太陽は二つもある。
それならばどっちに行けばいいかなんてどんなバカだって分かるもので、チルノはさいきょー。
友を見失うことなんてあり得ずに、故に水蒸気の防御を霧散させた熱量をその身に浴びる前に、幽香との弾幕ごっこも楽しいなと能天気にも。

「これでどうだ! 氷符「クールサンフラワー」!」

絶大な氷花を創り上げるのだった。

 

さて。
それは神降ろしではなく真似事であるが、優れた造作に神が宿ると言われることもあるように、彼女の輝きは神域の業ではあった。
アマテラス。日ノ本の太陽神。それを名乗るに足るほどの絶技は、慧音の持つ多種の力を撚り上げたものであるから、最強にだって届きうるが。

「ぐっ」
「固いわね」

及びもつかぬようなことはないがただ並んだばかりの、それだけ。
むしろ、無傷で最強の幽香と違い、負傷を押して挑んでいる慧音の方の旗色は随分と悪い。
膠着は、たしかにあった。しかしそれも多少の間で以降は圧されていくばかり。

「……どうして……目が、離せないのよ」

ぽつりと、それに手を伸ばすことすらなく霊夢は何かを信じるかのようにただ見つめる。
光と光の交わりはあまりに視界にうるさく、しかし天上のそれらはあまりに美しくもあった。
だが、こんな弾幕ごっこと言うには力と力のぶつかり合いなんて本筋ではないのだから、そっぽを向いて異変の本命へと向かってしまえばいいのに。

「……ダメね」

でも、そんな半端は許せない。
それは、博麗の巫女だからとか、不思議な親近感とか、そんな全てを抜かして尚。

「私は、あんたに……っ。勝ってほしい!」

正義が必ず勝つのは物語の上だけ。この世の全ての動きは力の推移でしかない、そんな無情を霊夢は誰かから聞いている。
そして、明白にこの場で一番に強いのはあの風見幽香という妖怪。
アレはまだ本気になれていない。あまりに愛おしいから壊したくなくて、全力でないだけだけれどもそれに違いはなく。

なら、このまま彼女は負けるのか。私の一等星は、太陽は。いいや。

「――勝って、●さん!」

首を振り、弱者になった経験の少ないために震えてばかりいた霊夢は言葉に成ってもくれない呼び方を持って慧音を応援する。
ろくに背中に聞くことも出来ない、程度。ばちばちと力場の境にて光跳ねる音騒がしい中、子供のエールは殆ど届きはしなかった。

「勿論だ――」
「あら?」

しかし、あの子がそのように想ってくれているとだけは、どうしてだか《《信じて》》いた慧音は背中を押された感だけ覚えて、一歩。

「これでどうだ! 氷符「クールサンフラワー」!」

「っ――!」

その間隙に空に挿入されるは、氷の向日葵。
冷気/氷を操る程度の能力を持つ妖精が放つ、氷華の大輪。
それが、美しくない訳なんてなく、ましてやその一輪が何時かに大事にしていたものと同じ形であり、つまり自分のためにと差し出されたことを察してしまった幽香の手は愛に弱まり、天秤はあっという間に逆しまに。

「今、だっ!」

ここで初めて逆だった柳眉を彼女は綺麗と、思う。

「ふふ……完敗、ね」

喜色に微笑み。幸せの弛緩は最強だって脆くさせるもの。
浮かぶは桃色ですらくすむ花色の、アルカイックスマイル。
金剛ならぬ心の結びの間隙。向日葵のそれを縫うのは、やはり太陽の光一条で。当然のように、熱に花は散った。

「あ、待てー!」
「幽香っ」
「ああ、貴女達のことが、私は一番に強く……」

故に、墜ちる。真っ直ぐに一等高くから再びの地べたへと。
それを喜びとともに迎えた最強の妖怪は、彼女らが自ら伸ばした指先に首を振って。

「ふふ……」

散り花らしく、ふわりと背中から草原に墜ちた彼女は一人、満足気に気絶するのだった。


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