★ルート第二話 メッキは剥げるもの

いいこちゃん いいこ・ざ・ろっく()

「ギタ男ー。今日も練習の時間だよー。ほら、ぬぎぬぎしましょうねー」
「うぅ……ギターを出しているだけなのに、なんだか井伊さん、言い方がちょっといやらしいわ……」
「ん? 喜多さんもぬぎぬぎする?」
「どうして私も!? あっ、お手本見せてあげなきゃだめかな、みたな表情で井伊さん自分の衣服に手をかけないで!」
「うーん。喜多さんはわがままだねー、ギタ男」
「はぁ……そんな井伊さんは想像以上に自由な人ね……」
「そーでもないかなー。喜多さんノッてくれてありがとねー」
「……どういたしまして」

放課後。それはあたしが、社会科準備室にてギタ男(ひとりちゃん命名)といちゃいちゃ戯れるそんな時間。
春頃手伝いとかしてたら何故か社会科担当のおじいさん先生気に入られて、ギター練習場所があればなあとこぼしたら、鍵を渡されたこの場所に、今日は珍しくもゲストが一人。
そう、連れ立って先生に声かけたところ、隣の子は教材盗んじゃうような悪い子かなとか聞かれたから全然、って答えたらOK貰えてびっくりしてた喜多郁代さんだ。
来たんだか行くのだかよく分かんない、実はあたしよりも突っ込みどころあったりしそうな彼女は、気風の良さげなそれこそキターンとした感じをどこか失わせてしまってる。
あたしには、その理由がよく分からずに、なら聞いてみたほうが早いかと伺ってみた。

「ありゃ。喜多さん、ひょっとしてきんちょーしてたりする? あれかな。多人数相手だと話せるけど二人きりになるとどうしようってなっちゃうタイプ?」
「うーん。私ってそういうところはないと思うけれど……ただ、井伊さんには少しペース奪われちゃってるかも。井伊さんって、噂以上に愉快な人ね」
「あたしは噂の女だったか……そして実際喜多さんも噂に勝る陽キャ美少女っぷりだったよ?」
「美少女って、あはは……嬉しいというかちょっと恥ずかしいかな。でも、うん。やっぱり、マイペースなんだね、井伊さん」
「そうそう。ワールドイズマイン。あたしの律動こそこの世のベースだよー」
「はは……」

言葉尻に合わせてジャーンとベースならぬギターを掻き鳴らすあたし。ギタ男は今日も調子良さそうで、何より。
そして、あたしのノリ会話に少し慣れてきたのか、喜多さんも疲れを表に出しながら苦笑。

そう、あたしは何も考えていないし、あなたを傷つけるものじゃないんだよ。

今日もあたしはにっこり道化を面に貼り付ける。

「……その割には井伊さんって、いい噂しか聞かないけど、ね」
「なんか言ったー?」
「ううん。何でも」

また、難聴系主人公どころかむしろ感覚は鋭敏過ぎるところがあるあたしは、それを聞いても理解をしないだけ。
成果を他人に聞いても意味ないし、そもそも何もかもが全てあたしのためでないからにはどうでも良く。

なら、井伊さんがいい噂って面白いなあ、って阿呆みたいに脳内でリフレインさせながら、もう一度ギターをジャラん。
そうして。

「よく分かんないけど、喜多さん何か困ってるでしょ? あたしならいっくらでも聞くよー?」
「……うん。ありがとう」

ようやく、どうしてかあたしなんかにずっと遠慮していた優しい優しい女の子の、助けになることが出来たのだった。

さて、ごっつんこから始まったあたしと喜多さんのファーストインプレッション。
文字通り衝撃の出会いを果たしたあたし達は、その上で想像外に楽器の匂いを嗅ぎ取ってしまったあたしせいで一時混迷を極めるのだった。

具体的には、喜多さん周囲にすんすん地獄の発生。
喜多さんがどうして分かったの、と叫んだために成り行きを見ていた女子数人が勘違い。
ひょっとして喜多さんってそれほどギターの匂いするのかと驚いた三軍少女複数名が一軍少女を取り囲んで顔を近づける事件が発生。
それは、休み時間終了のチャイムが鳴り響くまで続いてしまった。

栃木っ子には、全然分かんねーよ直子怖、とすら言われている。ちなみに喜多さんは根底のあまりに良い匂いを褒められてばかりだから悲しい。
いや、あたしの性能なんかにビビってたらひとりちゃんの変形ぶりを見たらビビりすぎて心臓麻痺しちゃうんじゃないかと思うけど。
こそりとあたしは心の中のメモに、栃木っ子は心臓強度に不安ありと記す。
ちなみに、同性とはいえ複数人に囲まれくんくんされた喜多さんは終始恥ずかしそうにしていた。

「あの辱めの後、次の休み時間に井伊さんが五組にやって来たのには、正直なところ構えたわ……」
「まあ、そもそも喜多さんが二組に何しに来たか分かんなかったし、ギタ友欲しかったってところも正直あるねー」
「そんな理由があったのね……さっきの休み時間は二組の友達に会いに行っただけってこと私から聞いた途端にこっそりメモ渡して、その後さっつー達とカレーに関して闘論して負けて泣いたフリしながら帰っていったから、ちょっと意味不明だったわ……」
「まあ、恥ずかしかったからさあ……だって嫌でしょ? 告白に邪魔が入るの」
「だから、そんなのじゃないでしょ! ギターの不安があるなら聞くよって書いてあったじゃない!」
「そんな文句で知らない女にほいほいついて来ちゃう喜多さん、少し身の危険とかもっと考えた方が良いよ?」
「井伊さん。危険な女の人は去り際に、カレー南蛮なんて名古屋名物台湾ラーメンアメリカンと比べたらネタ的に中途半端な存在のくせにー、って愉快な捨て台詞残していかないと思うの……」
「そうかなー?」

あたしはひとりちゃんからパクった教本(本人了承済み)をちらちら、適度どころかむしろ過度なレベルに喜多さんへ茶々を入れる。
それは勿論、話が通じないと軽んじられるためであるけれども、そんな何時もの手口の中に実際本音が混じっていたからというところもあった。

いや、真横でパイプ椅子に座っている喜多さんの美人さんなこと。そして天然たらしが頑張っちゃってる感じのとんでもなさを、ニセモノたるあたしは今にもキターンと浄化させられてしまいそうだ。
だから、もうちょっと喜多さんは喜多さんを大事にしたほうがいいのにな、と思わずにはいられない。
人を幸せにできる人間は、出来ればずっと笑顔であって欲しいというのはあたしのワガママだけど。

「でも、喜多さんがいい子なのはマジでしょ。だって、今も言おうか言わないでおこうか迷ってる」
「井伊さんには全部、お見通しかー……」

まあ、困ってるなら人にもっと訴えたほうがいいよねえ、とはひとりちゃんの時から思ってたあたしの本音でもある。
ホンモノのいい子ちゃん達はどうしてこうも荷物を分け合いたがらないのかなあ、と思うのだった。

「で。一体全体どういう事態? ギターの匂いと陽から漏れ出た陰の気配からバンド関係の面倒事かなんかだと、あたしは勝手に想像してたけど」
「井伊さんって、エスパー? もう、殆ど合ってるわ……」
「ううん。あたしはフェアリータイプだし、どっちかというとエスコバー派かな。でもま、なら話は簡単だね……」
「井伊さん? えっと……」

おもむろに目を瞑った途端、急にハマっ子の血が騒ぎ、女は黙って奏でるだけと言わんばかりにギタ男とあたしは遊びだす。
まだひとりちゃんに及ばないただ触れる指だけちょっと固くなった程度。その上誰かの曲を不足だらけで弾くことが出来るくらいの腕前だ。
でも、そんな少女があえて夢中を見せるという意図は通じたようで、しばし喜多さんは黙す。
そして、実はお手伝い妖精になりたいなあ、とだけずっと思っているあたしは下手くそな思いの丈の終わりに。

「ねえ。こんなあたしでも、喜多さんの助けになれるかな?」

つまり改めての自己紹介を終えてからそう、問ったのだった。

「うーん……」

あたしのギターに遊ばれているばかりにしかし、目をキラキラさせて手をパチパチしてくれた喜多さん。
井伊さんになら聞いてほしいの、と彼女は詳細に困り事の次第を教えてくれた。

事態としては、先輩に憧れてバンドに入ったけれど、脱退するのを迷っているとのこと。
原因は、喜多さんのギターの腕前が一向に伸びないから。

よく分からないが、実際に何が悪いか判断するために彼女が自撮りしたという動画から伺ってみた、彼女が奏でるその音域の低さにあたしも驚きを隠せない。
しかし、ちょっとよく見るにギターの弦が太めなくらいで原因は今のところ不明。喜多さんがひとりちゃんの変形みたいに、特殊にもギターの音域を下げる能力なんてニッチなものを持っていたとしたらお手上げだ。
首を傾げる喜多さんに、あたしも同調する。

「不思議だよねー」
「不思議過ぎる……ね。喜多さん試しに、一度ギタ男触れてみて」
「さっきから言ってたギタ男ってやっぱりこのギターのことだったの……ど、独特のセンスね!」
「バンド名に結束バンドとか付けてる方がやらかし気味な気もするけど、でも一周回って悪くはない気がするから不思議……はい、取り敢えず弾いてみて」
「う、うん!」

突然のこともあり、喜多さんの指は危なっかしくもそのうち楽しげに動き出す。
次第に高音が出ることに気付いた彼女はとても嬉しそうになり、満面の笑顔になった。

「わっ! ギタ男君って凄いわっ、思った通りの音が出る!」
「良かった」

本当、に良しだ。
そうそう、こういうのが見たかったんだと思うあたしは、しばらく色々と試していた彼女にこう問う。

「ねえ。あたしが思うに喜多さんが使ってるギター、ギターじゃないんじゃない?」
「えっ、でもちゃんと六弦あるし、そんな……」
「はい。実はさっき専門家に動画写真で撮って聞いてました。これがその回答です」
「えっと? 『直子ちゃん、私に頼ってくれてありがとう! もう私なんかとはお話してくれないと思っていたけれど、やっぱり直子ちゃんは優しいね。最近はジミヘンも直子ちゃんが来ないから……』」
「あ、スクロール足りてなかった。ごめんね」
「井伊さん! 多分ね、私よりもその専門家さんともっとお話した方がいいと思うの!」
「ひとりちゃんには覚悟ついてからね……で、これも見て」
「う……えっと『その子が弾いてるのはベースだと思うよ? 六弦あるのは見たことなかったけど、五弦を使っている人はよく知ってるし……それで、ねえ。その子は誰? 直子ちゃんの何? どうして直子ちゃんが気にかけてるのが私じゃなくて……』」
「はい。そういうことです」
「すっごく専門家さんのひとりちゃんの情緒も気になるけど、私の使っていたの六弦のベースって……ローンあと三十回残ってるのに……あひゅぅ」
「わ」

そして、凄まじい文字数のひとりちゃんのロイン(ごめんなさい……)から真実を抜粋してその残酷を脳に叩き込んでしまった喜多さんは、変な声と共に倒れる。

「うーん……」

思わず素でびっくりしたあたしは、しばらくまごつく。
でも、白くなって溶けていきそうな気配の彼女のためになろうとしていたのは、あたしの本心であるからには、それを投げ出すつもりは到底ない。
とはいえ、ここであたしがギタ男をただで差し出すのも喜多さんが遠慮しそうだから。

ぎこちなく、指先を用いて驚きから笑顔にピエロは顔を戻す。そうして。

「ね、喜多さん」
「あ。井伊さん……ど、どうしよう。バンドの初ライブもう少しなのに、このままじゃリョウ先輩にギターとベースの違いも分からないボーカルだって捨てられちゃって……」
「喜多さん」
「あ」

とてもいい子なホンモノを前に、偽りの思いをそれでも精一杯掬い上げて。

「ギタ男、貸してあげるよ。一緒に弾こう」

あたしは、出来るだけいい子ちゃん地味たそんな提案をするのだった。


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