さて。後藤ひとりちゃんという子はギターの天才である。というよりも一人の少女が必死にその天才を掴んだ、というのが正解だろうか。
ネットでのハンドルネーム【ギターヒーロー】は有名だし、ちょっと前までインディーズバンドやってた時期には拗らせファンを量産して、ひとりちゃんも私は武道館を埋める女とか調子に乗っていたことすらあった。
『ふふ……そして行く行くは埋まった会場で格好良くギターを弾く私を見たふたりの中のヒエラルキーも大きく変動するんだ……お父さん、覚悟しておいてね……』
『全く……なんかちょっと暗いしいい子っぽいから押しても引かなそうでよく見たら顔もいいからって、ひとりちゃんに近寄るにわか共を影でちぎっては投げてるあたしの苦労を差し置いて人気をただ喜んだ挙げ句、なんでか家庭内の立場に終着しない』
『え、直子ちゃんそんなことしてたの……ぐえ』
まあ、それも実際この子なら不可能ではないだろうとは思いながらもチョップで増長を止めさせたあたし。
すると頭に空いた穴からぷす、と彼女のうちから発されていたのだろう謎のエネルギーが抜けていくのが感じられた。
これが先まで彼女を無駄に輝かせたプラスの気配だろうか、位置的に多少それを浴びることになったあたしも若干テンションが上がる。人体って本当に不思議(だが後藤ひとりに限る)。
あたしはそのまま萎んでしまいそうな彼女の脳天の穴に、絆創膏をぺたり。すると空気漏れのなくなって何時ものぴちぴちに戻ったひとりちゃんは、頭を擦りながら恨めしげにこう呟くのだった。
『痛い……直子ちゃん……わ、私が調子に乗っちゃダメなの? 先週のライブとか凄く沢山の人が来てくれたし、ギターヒーローのチャンネル登録者数も、えへへ。もう十万人に近いし……』
『ひとりちゃん』
『な、何? うっ、崩れがちの私とは大違いの直子ちゃんの顔がこんな近くに……』
あまりにひとりちゃんが不憫に感じられたためにぎゃぐにごめんねしてあたしは少し、シリアスさん寄りになってしまう。
ああこの子はあまりに楽観的であり、純粋だ。きっと一人だけでもびだんびたんしながらも、生きて行けてしまうような強かさが無駄にあった。
でも、こんなに綺麗に咲く花が束から外れて萎れてしまうのはあたしにとっては良くないことだ。
そう、あたしはこの後藤ひとりにはぼっち・ざ・ろっくは似合わないと思ってしまっているから。
『貴女の夢の隣に、他の誰かいたならそれでいいよ』
『あ……』
なんだかずいと寄せられたあたしの顔面を小言で品評しつつ慌ててたひとりちゃんも、あたしの言に現実を思い出したようだった。
眉根を寄せて、彼女もシリアスさんに浸りだす。頭の絆創膏の隙間からぷしゅと、またプラスの空気が抜け出てく。
どうにもこうにも、現実的ではないひとりちゃんは当たり前に馴染めない。
そう、この時点で、突出した腕前を持つひとりちゃんは暗めのキャラもあって実際バンドの中でも浮いてた。
あたしも何とかしようとしてはいたけど、その度にひとりちゃんはあたしへの執着を増すばかり。
むしろどんどん彼女はバンドの中で《《ぼっち》》なロックを響かせるようになっていった。
その上この会話の後、空気読めないかのメジャーレーベルがひとりちゃんとか色んなバンドのいい感じの子達だけを引っ張ってこうとしたから、どうしようもない。
直ぐに悪くなった空気を嫌ってバンドから抜けた彼女はしかしスカウトを蹴った上で更にあたしにべったりする結果に落ち着いてしまう。
『なら、直子ちゃんが私の隣まで来てよ……』
だから、この時悲鳴のように零したひとりちゃんの手を握り返すことの出来なかったことが、あたしには情けないったらなかったのだった。
実のところあたしは、ひとりちゃんから譲ってもらったギタ男(世界のYAMAHA製)を操るばかりで満足するような器ではない。
まだまだ下手だけど、ズッ友のモノマネしてばかりでは隣にたどり着いたとしても彼女を助けるには足りないだろうからだ。
手で足りないなら口も使うぜと歯ギターを夢に乗じて先にこっそり可能性として示したらひとりちゃんに拒否られてしまったから、ならやっぱり歌う他にないじゃないとあたしは結論。
もう一人の親友を電話で一本釣りして、都内のこのカラオケま●きねこっていう最近根城にしてるにゃんにゃんなところにて歌唱にも励むのだった。
あたしの先生、大槻ヨヨコちゃんは二人でカラオケを占拠できている事実に気を良くしたのか、元気にこう宣言する。
「さ、今日もボーカルレッスンをするわよ!」
「あざっす、ヨヨコ師匠! 今宵もパーティナイトっすね!」
「……ナオ、何妙なキャラ変してんのよ……何時の時代の人? それに、師匠じゃなくって何時も通りで……」
「分かってるよ、ヨヨコちゃん。ま、あたしらの間ってそんけーよりもゆーあいだよねー」
「ふ、ふんっ! ナオは、余計なことしなきゃいいのよっ」
可愛らしくぷんぷんしながら、取り敢えずこれねとあたしの意見も他所に選曲しだすヨヨコちゃん。
こういうところ、この子らしくて良いよねえと思うあたし。
その上最近はワンマン気味だったヨヨコちゃんのバンド運営も落ち着いて来たみたいで、あたしは本当に花丸な現状だと考えるのだった。
あたしはもう流れ出した音色に、すげえ往年のヒット曲引っ張り出してきたなあと感じつつ、でも最近の流行りでもあるのかとも思い直す。
取り敢えず、あたしはとても楽しそうな出会うまでバンド外でのぼっち気配濃厚だったらしいヨヨコちゃんの楽しそうな顔の近くでこう呟く。
「お。これならあたしも歌えるよ。ありがたいねー」
「ホントはSIDEROSのバンド曲を一緒に歌いたかったんだけど……ナオったら歌詞全然憶えてないんだもん!」
「ごめんねー。あたしったらヨヨコちゃん大好きだけどちょっと不勉強だったよ。でも今は憶えてるから、後で歌おっか」
「……なら、いいわ。さ、はじまるわよ、付いていなさい!」
「おー!」
イントロからAメロへ。その前に表示された歌詞を前にマイクを構えるあたしたち。
そうして始まったあたしたちのデュエットは。
「――♪」
やっぱりヨヨコちゃんの独壇場だった。
「いやー。本当に、ヨヨコちゃんったらうまうまだ。何か更に音外さなくなってるねー」
「ふふん! それはナオと違って年季が違うし当然よ! トゥイッターのフォロワー数だってもうすぐ1万に到達するくらいだし……」
「ひとりちゃんの十分の一の承認力か……」
「? なんか言った?」
「なんでもないよ! あたしも頑張るぞー!」
何曲か楽しく歌った後、真似っこするあたしはでも捉えきれないままに全敗。
一人で歌ってみたのよりすっげえ点数バンバン出るのにはつい吹き出しちゃった。
これも全て、ヨヨコちゃんがすごすごな子だから。あたしは、とっても音楽に愛された子達と縁を結べてる幸運な人間だなあと今更ながら思うのである。
さっき本人が口にしていたけれど【SIDEROS】っていうのは大槻ヨヨコちゃんがリーダーしてるバンドの名前。
新宿FOLTってとこで廣井きくり大先生を仰ぎながらヨヨコちゃんはボーカル兼ギターとして頑張ってるんだ。
ちょっと性格が尖ってるというかタイミングが悪いところあったからせっかちさんなメンバーと合わなくて友達のあたしも相談に乗って助言とかしてたことがある。
年下にまで頼るのはヨヨコちゃん的に悔しかったかもだけど、でもあたしの何とかなってくれー、っていう願いが叶ったのか今度は大丈夫そうってロインが前に来て、嬉しかった。
「うーん……」
「ん? どーしたのヨヨコちゃん?」
まだまだな自分の現況も忘れてついついニコニコになっちゃうあたしに、ヨヨコちゃんは腕を組んで妙に悩む。
あらあらこれはあたしに見惚れでもしたのですかい、なんてオフザケをしようとすると、その前に。
「ねえ、どうしてナオはそんなに上達早いの?」
「うぇい?」
そんな、問いを向けられたから出る言葉もパーティピーポー寄りになっちゃうってもの。
思わず似合わない首傾げなんてしちゃうあたしに、ヨヨコちゃんは更によく分かんない感想を続けるのだった。
「気にしてないのか、気付いていないのか……ナオは正直もう素人にしてはかなり上手いわ」
「いやいや。あたしはしろーとからくろーと目指してるもんで。つまりまだまだってことですねー」
「そうだけど。でも基本は出来てるというか、ちょっと前を思うと出来ちゃってるのがおかしいっていうか……」
「ふむ。なるほど……」
慧眼なヨヨコ先輩は、あたしの楽器としての急速な性能向上に疑問をいかせているようだが、でもまあそれはあたしだからとしか言いようが無いから困ってしまう。
例えばひとりちゃんは物質からちょっと離れているけれども、あたしはそれこそ生き物より。
魂を響かせるよりも、身動ぎして音を立てる方が得意で、何より。
『――――』
あれだけ間近に聞いた、彼女の音色。それに何時までも負けてはいられないと常に頭の中で音を流すのに努めているのだから。
ああ、あたしは日夜モノマネを繰り返す壊れたテープレコーダーで、でも今はそれでいい。
「つまりあたしって天才ってことだね!」
「っ、調子に乗んないでよね! 下手っぴからそこそこになるのが早いってだけ! もう一曲よ!」
「先生、休憩終わり早すぎっす!」
「うるさい! それに変な呼び方しないでって言ってるでしょ!」
まあ、あたしが大体やったらそこそこ出来ちゃうタイプであることは無関係ではないだろうけれど、それでもあたしはひとりちゃんが行ってた努力の価値を誰より知ってる。
故に、足りない足りないってお菊さんより努めるための見本を欲しているから。
「分かってるよ、ヨヨコちゃん!」
「……ふん」
「ひとりちゃんに、負けないようにね!」
ひとりちゃんに隠れて育んだヨヨコちゃんとの友情をも糧としながら、今日も頑張るんだ。
「後藤、ひとり……っ」
そんなだから、彼女の嫉妬にあたしは気付けない。



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