第三十四話 友情なんて

先代巫女な慧音さん 霊夢に博麗を継がせたら無視されるようになった

青が黒に至る隙間の時間。夕に焼ける黄昏に、赤は存外溶けない。
そんなことを、一人博麗霊夢は知る。

「趣味の悪い建物」

思わず彼女が発したそれは、眼前に鎮座する紅魔館を目撃した大多数の感想の代弁。
赤に朱に、紅。建物に塗布するには赫々と燃える炎のようでありすぎるそのカラーは、はっきりと周囲の緑から浮いていた。
主張も強すぎれば賛意を得るのは難しく、その腋出しファッションは兎も角として美的センスに優れた霊夢的には眼前の建築物は大きくばってんだ。

「ただ、この霧の元凶だって、分かりやすいから楽ね」

しかし、そのグロテスクなまでの赤も、此度の異変『紅霧』とはぴたりと合って、関連性は明瞭。
そもそも、未だ扉閉ざしたその下方から目立つ霧が湧き出ているようでは、もうどうしようもない程に赤ならぬクロ。
高みからふわりと降りつつ、霊夢もやる気を再燃させるのだった。

「はぁ……面倒」

とはいえ、そもそも暢気で面倒くさがりなところが彼女の本質であるからには、先にあった弾幕ごっこどころじゃない光線合戦で手に汗掻いた後での労働なんて嫌である。
正直に言えば、そんなに実力を比べ合うのが好きなのならと、慧音や幽香に代わってもらいたくもあった。

霊夢は、異変解決は巫女の仕事だからと挑んでいるだけ。
争うことはそもそも彼女の本質に掠りもしなければ、最強決定戦とかなんて余所で勝手にしてなさいよ、と思う心もあった。
だがしかし、まあちょっと先の力のぶつかり合いを見てから少し不安は湧いた。
この後また幽香みたいなのがまた出てきたら、流石に相手なんてしてられないわよという風に。

「……まあ別に、私が一番じゃなきゃいけないわけじゃないものね」

向き合えば勝敗は、つく。
だが、弾幕ごっこはそもそも勝ち負け以上に美の比べあい自体に意味がある。
最強でなくても円と僅かの動きを持って避け続けるのは霊夢の得意だ。
ぶっ倒せなくても心を折るのなんてのは簡単。だから、私なら大丈夫。
そう思う霊夢はしかし相当に苛々していたようで、魔理沙が散々に荒らした後の門前にてこう悪態をついた。

「ねえ。あんた門番ならそれらしくしてなさいよ。その【負けたフリ】の状態に更に撃ち込んでいいなら、遠慮しないけど」
「おっと……流石に巫女には気付かれていたか」

応じたは門の手前でに臥していた赤髪の妖怪。彼女紅美鈴が行っていたのは狸寝入り、もしくはシエスタ。
そう、門柱の飾り花と化していた妖怪に、霊夢はそれが嘘であると察して声を掛けていたのだ。

「ふぅ」

一呼吸。先の隙放題と打って変わって無駄なく起き上がってから鋭いものを見せだす美鈴。
こんな厄介が愉快している内にあの子は倒せたようで、それは良かったのか悪かったのかと自信満々に挑み敗れた彼女を霊夢はさらりと思う。
取り敢えずは、トドメを刺さなかった魔理沙は良くないとして、彼女はこう零す。

「そりゃあね……魔理沙も詰めが甘いわ」
「いやあ。あの金髪の魔法使いなら、中々に上等じゃない? あんなに綺麗な星を魅せられたら思わず私も負けてあげたくなちゃったもの」
「そ。ちゃんとルール整備しておいて良かったわね。おかげで魔理沙も命拾いできたみたい」
「冷たいわねー。本当に貴女魔法使いちゃんの友達?」
「そうね……」

表情のみ柔和な美鈴のその言葉に、なんとなく霊夢は先の慧音と幽香の結末を想起した。

最強の妖怪を倒した、あの人。隣できゃっきゃしてる氷精と異なり、実に神妙な様子であの嗜虐という棘の塊を彼女は当たり前のように膝の上にその頭を置いて歪んだ髪一つ撫でた。
慧音には友達と比べっこしても、むしろ勝ってしまったことに悲しむような想いすらあるようで、それが相手を傷つけるようなうざったいものであると知りながら、優しくしてしまうようだ。
どうしてよと素直に問った霊夢に好きだからと、率直に女性は吐露する。

博麗霊夢には、●の仮にも友に対するそんな対応が理解できない。
友情とはそんなに湿っぽいものである必要なんてなければ、過度の触れ合いなんて臆病者のすることとしか思えなかっった。
むしろ、慧音の友情はそれ以上の意味合いすらありそうで、そしてそもそも彼女の博愛ぶりを思えば尚更。

「そうだと、いいわね」

私だって魔理沙のことが好きといえばその通りだ。でも、貴女は友情に感け過ぎではないだろうか。隣に●●が居るのに、行ってらっしゃいと手を離し。

嫉妬。緑の視線は己の中のばけものから向けられる。
それに当てられ苛立つ霊夢は、何時もの真ん中安置などとても出来やしないだろうが、怒れる天賦というのもそれはそれで恐ろしく。
なんとなく、少女から漏れ出る霊力に現状での力の差を覚えた永遠の伏龍たる紅美鈴は笑顔を凍らす。

「えっと……ひょっとして私、巫女ちゃんの逆鱗に触れちゃってた?」
「それは違うわ……違うけれど……折角だからあんたには、私の身体を温めるための運動に付き合ってもらうわよ!」
「おおうっ」

向けられは数多の退魔針。ギラリと瞬く針先をアクロバティックな動きにて避ける美鈴は、知らず空に誘い込まる。
勿論、虚空は霊夢の得意で美鈴の得意である武術の死地でもあった。思わずマズイと表情を変える妖怪を前に、巫女は。

「はぁ」

冷たくため息を空に溶かす。ぶるりと震えもしない身体が、今彼女は憎い。
そう、霧に湿る身体と心が霊夢には少し、冷たかった。

 

寝たら起きる。死の底にまで墜ちていなければそれは当然の帰結。
年若き健康体な魔女は気絶からとはいえ、寝起きよく目覚めに瞳をぱちぱちさせる。
そして、ここが神社の境内であることを察してすぐに、身の痛みに眉をひそめるのだった。

「っつぅ……霊夢め、随分と強かにやってくれたじゃないか……」

伸ばそうとすると、どこもかしこも痛い。軽度の全身打撲ではあるのだろうが、痛めつけるというよりもむしろこれ以上動かさないという意図を感じるダメージだなと魔理沙の冷静なところは分析する。
あまり優しいとは言えないが、つまりこれは博麗霊夢なりの戦力外通告。これ以上怪我したくないなら止めときなさいと告げる彼女を脳裏に浮かべて、ぐらつくような激情を覚えた魔理沙は痛む全身を使って立ち上がる。

「へっ、霊夢もあんなこと言っといて甘ちゃんだぜ」

虚勢に胸を張ることで、実の母譲りの黄金色の髪が、闇に月光を纏って揺れた。
無論、無事でない身体を何時ものように駆動してしまえば、脳裏にイエローシグナルが瞬くもの。
痛い痛い、止めたい怖い。そんなものをしかし星の少女は臆病故に無視をする。

それは、こんな怖いのをあいつに感じさせる訳には行かないという友情から。
つい悪態つきたくなる弱さを飲み込み、魔理沙は弾幕ごっこの最中に落としたままになっていた魔法用具一式入れた紫の風呂敷包みを拾う。
そして手探りで求めるものを掴み取った彼女はそれをおもむろに口にいれるのだった。

「私がお前をっ、簡単に諦めるわけ、無いだろうが……もぐ……ぐうぅ……」

意気。それだけで少女は痛いを超えた口内に蔓延しだした苦みを堪える。
そう、彼女が回復のために口にしたのは、薬草そのまま。
負けるつもりはないが、しかし傷でも負ったら嫌だなという小心から持ち歩いていた、薬の素。
煎じて飲んでもよし、塗ってもいいがどちらにせよ人体には刺激的過ぎるそれは、その分驚くべき薬効を発揮する。

「……よし」

吐き出すのを我慢して、そのまま胃の中でも不味さで暴れるそれを堪えて十分程度。
明らかに、全身の痛苦が軽くなっているのを魔理沙は覚えた。
ここ幻想郷産の薬草とはいえ、特に精製も工夫もされてい生の状態で治癒させるなんてものは、なかなか無い。
とはいえ、痛みをごまかす程度のものならそこそこあって、つまりこれは寝て起きた後で明日起き上がれるかなと少女に思わせてしまうくらいの誤魔化しなのだが。

「まあ、明日なんて知ったこっちゃない、ってな」

しかし、そんなことで一々よそ見していれば、空を行くことなんて出来やしない。
無謀であろうが、明日を捨てようが、それがどうした。
今あいつは一人で頑張っていて、助けなんて全く欲しがっていなくても、手が届かなくなってしまうのは《《もう》》嫌だから。

「行くかっ!」

私は、私でお前は、お前。そんなの知ってるが、知ったこっちゃない。
他人でいいし、冷たくったっていいのだ。友情なんてそんなもの。
しかし魔理沙はそれを根底にして、空に光の軌跡を残す。愛ならぬ友。しかしそれが無二であるならば。

「負けても別に、終わりじゃないだろ、霊夢?」

負け続けること、それは相手に星を与えることを楽しむことにすら似る。
そう。それくらいには霧雨魔理沙は博麗霊夢のことを好んでいるのだった。

 

眼が、開く。ぞっとするほどの赤が紅に染まる世界を映した。
風見幽香は最強である。それは当然その回復力にも当てはまっていた。
新品同然どころか、むしろ敗衄にバージョンアップすらした全能付近の力を己に感じながらも、それ以上に感じる柔らかい熱。
それをもうしばらく感じていようかなと、珍しくも眠気に任せて目を瞑ろうとした、その時。甲高い子供の声が上から響くのだった。

「あ、幽香が起きたわ! どお! さいきょーな私達の勝ちだったでしょ!」
「……そう、ね」

騒々しさの下手人は、チルノ。愛すべき友の妖精一匹である。
何時もであれば、このほとんど何も考えていないだろう顔に力を向けるのをためらうことはなかった。
だが、今回は別だ。私は負けて、向こうは勝った。それを憶えていて尚偉ぶるほど幽香は厚顔ではない。
名残惜しい柔らかさに別れを告げて、すっくと立ち上がった彼女は、振り返って膝枕をしてくれていたようである友の一人に礼を告げる。

「さて……一応負かしてくれてありがとう、と言いましょうか」
「……大丈夫か?」
「貴女に心配されるほど、私の最強は老いも朽ちてもいないわ。間違いなく、ここにある」
「そうか」

よく草として踏まえても、花は凛と咲くもの。そんな草花のありきたりに倣わずとも、風見幽香は一度頭を垂れたところで揺れずとも曲がらなかった。
無敵ではなくても、最強は健在。それがどうも嬉しくって、《《らしい》》なと慧音は微笑む。
なんだかたのしそーね、と二人の周りをくるくるし始めたチルノに気を取られないようにしながら、彼女は彼女へ言った。

「私はどうしてか、幽香をなかったことに出来なかったようだ」
「それはそうでしょうね。特級の危険物を忘れて暢気をすることなんて、臆病な貴女には出来やしないもの」
「いいや……それは違うよ」

歴史の中に埋もれない、友。しかし当の本人はいじけたように返すばかり。
それがおかしくって、本心で慧音は薄く微笑む。
どうしてこう、この地は捻くれ者ばかりが集まっているのだろうと思いながら、彼女は真っ直ぐに事実を伝えるのだった。

「だって、君は私がいなければ一人になりたがるから」

私みたいな彼女を、私は放って置けるか。そんなのきっと出来なかったのだろう。
すべてを大丈夫だと見捨てて尚、心配してしまうほどの最強。それは一人ぼっちのための称号ではないのだろうけれど。

「……そう」

しかし、実際のところ風見幽香は一人つまらなくしていて、今日の気まぐれはそれを過去に一番大事していた最強に払拭してほしく思ったから。
そして、事実負けなんて面白すぎるものを友たちからいただけて。
私もいるわよっ、と何やら慧音の身体をよじ登っているチルノを眼にしながら、何時もの余裕の笑みを幽香は浮かべられずにそっぽを向いて。

「なら、慧音。貴女は尚更博麗霊夢を忘れてはいけない」

そんな忠告一つ。
刺激を受けての開花に、関係ない風は無遠慮に薙ぐ。
友でこれほど離し難く、それでも家族を棄てた彼女はどれだけ身を引き裂かれる思いをしたのかと想像もつかないまま、たった一度負けただけの女子は。

「あの子はきっと、一人では生きれない生き物よ?」

頂上から見て取った子が親に縋りたがる、そんな他所の弱さを思い出して、巫女というものはどれもこれも大概厄介なものだなと理解を深めるのだった。

知らず、風見幽香の指先は願うように想うように、重なる。


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