分からない

モブウマ娘 それでも私は走る

サイレンススズカにとって、――――というウマ娘は、正直によく分からない子だった。

「ふぅ……」

その優しさ故に酷く厳しい指導を行うチームトレーナーの視線から逃れるように、一人ターフを駆け抜けることを試みていると、その少女が独り走っているのが時に見えた。
ただ、ちょっと幼ない顔をした少女が駆けているだけの光景。そこから中々目が離せなかったのはどうしてだったのだろう。

「あら」

サイレンススズカは――――のひとつ年上で、またリギルという一流ウマ娘の集まりみたいなチームの一員でもあるからには、素晴らしい走りというものには見慣れている。
だが、そんな彼女からしても、とても《《それらしい》》駆け方をするなというのがひと目見た感想。
これは、本気を出したら凄い速度が出るのだろうな、と思い期待を込めてしばらく彼女は少女をちらちら見た。
しかし、スローモーなまま――――は変わらない。むしろ、そのまま苦しい顔をして、何時しか少女は停まってしまった。額から顎下を通って溢れる幾筋もの汗は、彼女の本気を物語る。

それが、どうしてなのだろうとサイレンススズカはしばらく首を傾げて考えた。あの子は本気で、でも速くなかった。
あんなに、《《それらしい》》のにどうして。そこで、ふと彼女は思い出す。これはウマ娘以外の人達が全力で比べ合う様を見て感じる心地と一緒だと。

世界で一番になりたいのだと、走りに命をかける彼彼女。頑張って、頑張って、彼らは子供のウマ娘にすら優れない。

性能限界、いやそれ以前に規格外。そんな言葉でウマ娘という種族なのだと区切られすべての競争から背を向けられた私たち。
そんな中でもあの子はひょっとして。いや、仮にそうだとしても。

「あの子も……諦めないのね」

思わず、サイレンススズカは零していた。
汗に塗れ、ターフにてろくに踏み込むとすら出来ない不足に苦しめられ、それでも――――という少女は再び駆け出していく。
相変わらず誰よりも綺麗に、間違いなく地を踏み、そして羽のない彼女は決して飛ばない。だがそれが、上澄みに近い速度を出しているのは、幸か不幸か。
これでは諦めきれない、そして諦めたくもないだろう。だから先輩として、サイレンススズカは。

「ねえ、貴女」
「っ、何、ですかっ?」

一つ、尋ねたくなった。そのために、上澄みどころか天にすら手をかけられるほどの俊足を持ってあっという間に通りすがりの少女に並ぶ。

「っ」

より速く駆ける、しかし追いつかれる。――――はそれがひどく嫌そうで、でも止まる気もないのか並走は少し続く。
彼女のよく梳かれていたのだろうお下げは汗に汚れ、散々に跳ねている。しかし、その中の苦渋に歪んだ顔は、それでも可愛らしいものだ。
きっと笑顔が似合うだろう少女。楽しいことをして幸せでいるべきだろうに、どうしてこの子はこんなに向いていないことをしている。

その理由をきっと誰よりも知っているサイレンススズカは、だからこそ、問うのだった。

「走るのは、楽しい?」
「そんなのっ……」

そして、少女は反発しながらも否定し切れなかった。だから、今度こそ止まる。そう、意気が続かなければ、何だって動かなくなるものだから。
尻尾は垂れて、一度下を見てしまっては頭も上がらない。――――は、同じく隣で停まったままのサイレンススズカの疲労にやられた自分と相反する平静を見て、呟く。

「楽しいに決まっています。そして……もっと楽しくなりたいに、決まってるんです」
「そう……」

走るのは楽しい。それはウマ娘の真理で、彼女たちの故。サイレンススズカは、思う。

私たちは、勝利という名のニンジンのために走っているのか、いいやソレは違う。
私は、私たちは、そもそも競い合うのが面白くって、走るのがとても楽しくて競走するのだ。
決して、何かに急かされて走るわけではない。だから、貴女も抱え込まないで。そんな優しさは眦の細さに笑みに、表れていた。

「でもっ!」

だがサイレンススズカは知らない。少女に取り憑いているものも、少女が取り憑かれているものも。そして、何よりその走る意気込みを。
赫々と、炎より燃えるものを賭けてまで少女は自分の名前を、己が意味を掲げたい。
だからそのためには。サイレンススズカは、彼女の底を見つめて、ぞくりとする。

「そんな全ては私には要らないんです。たとえつまらなくたって、それがひどい苦しみであっても」

――――は、笑っている。だが、これはサイレンススズカが先に想像していたものとは違う歪なものだ。
哀しみがどう間違ったら、こう喜劇的に歪んでしまうのか。決意はそれほどに固く、間違っていて。

「それでも私は走ります」

けれども、彼女は誤ったままに綺麗に笑むのだった。

「そう……」

サイレンススズカは、壮絶なその笑みの裏に、少女の真意を見失う。

これはどう慰めるべきか、そもそも慰めて良いものかどうかすら不明だ。少女のか細い腕は、だらりと無力に下がる。
そんなだからこそ、彼女にとって彼女はよく分からない存在となるのだった。

 

「――――さん」
「スズカさん……」

よく分からない。でも、嫌いにはなれないのなら、歩み寄ろう。
そんなことを出来るのは天然自然の無垢少女であるサイレンススズカが故のことか。
時折すれ違えば声をかけ、ランチをしている――――を見つければ一緒をしたがり、彼女の独りきりの坂道訓練に乱入して思う存分に先頭の景色を楽しむなんていう無法を行いもした。
また、ダンスの先生を行ってみれば意外にもやたらと上手な――――を知って驚いたり、一度体育の応援をしたら彼女と極小数が超人サッカーし出したことにウソでしょとなったりもして。

「――ちゃん、今日はどうしたの? あまり箸が進んでいないみたいだけれど……」
「えっと……スズカさんはグラスのこの圧、感じていないんですね……」
「圧? グラスちゃんがどうかしたの?」
「うふふー。別に私も――のためにお弁当を作ってきたのにどうして先にスズカ先輩が渡してしまうのですか、とか考えていませんから、大丈夫ですよー」
「……うん? えっと、そうよね、大丈夫よね……?」
「っ! 強敵、ですね……」
「えぇ……ひょっとして大丈夫しか聞こえていないの、スズカさん……またこの人変なタイミングで頭の中のターフ走ってたかな……」

まあ、そんなことを続けていれば、仲は否応なしに深まるもの。
現れるなり核心をついてきた天才ウマ娘から、やけに絡んでくる変な先輩、といった風に――――の彼女に対する認識も変化する。
そして、同時によく分からない子から、頑張り屋の可愛い後輩へとサイレンススズカの彼女に対する認識も変わってしまったのだ。
そのために、サイレンススズカは――――の隣を好み、静かに笑むようになっていた。そして、それもまあ仕方ないなと――――も許す。
ぷくりと頬を膨らませてから、そんな二人の急な接近を嫌ったグラスワンダーは呟く。

「それにしても、どうして――なんでしょうか。スズカ先輩は同学年で仲の良い方いらっしゃいましたよね?」
「えっ? そうね……別に、今もタイキや皆とは仲良くしてるけれど?」
「それでも――にかまけすぎではありませんか? 私のほうが先に――を見つけたのに……」
「そう、かしら?」

グラスワンダーのいじけに首を傾げるサイレンススズカ。彼女には、別段――ばかりを気に入っているという自覚はない。
ちなみに、グラスワンダーは――――にかまけていると述べたが、後輩を構い倒していることがむしろ最近レース結果が不調のサイレンススズカの良い息抜きにもなっているようだからと、チームリギル公認の仲でもある。
そんな事実を含めて、ぐぬぬと思うグラスワンダー。可愛い嫉妬と呑気に挟まれた――――は苦笑いである。
なんで私なんかがこんな、とは思えども言わない辺りは彼女もこの空気を多少読めているようだった。

とりあえず、と拗ねる彼女を背中に置いて――――はスズカへと正対する。
改めて語るまでもなく、彼女と彼女は、随分と似て非なるもの。それは、向かい合うとよく分かった。
それでも――――は笑顔のまま、言う。

「あはは……でも本当に、美味しいお弁当どうもありがとうございます、スズカさん」
「美味しかったのなら、良かったわ」
「……でも、どうして私の分までお弁当を?」
「いけなかった?」
「いや、大変じゃなかったかな、って……」
「ふふ。一人分別に、じゃなくて同じのを二人分だから、大した苦労じゃなかったかな」
「それなら良いのですけど……ただ」
「ただ?」

一つ、益々近く寄るサイレンススズカ。美しい目鼻立ちが、くっきりと眩い。これはやろうと思えば口づけだって出来るな、とぼうと――――は思う。
夢やぶれて学園を辞めたウマ娘。キラキラしていたあの子の分空いた寮の部屋にたった一人。広くなったけれど、その分寂しいのだとサイレンススズカは前――――に語っていた。
自分のためというすり寄るその行動が、サイレンススズカの寂しさを紛らわせているのならばいい。そう――――は考える。
そう考えていたが、今日の分には疑問が残った。それは。

「お弁当をいただいたときにこれはお礼って仰っていましたけれど、それは何に対してかな、って」
「そうね……それは……うん」

そう、――――にはサイレンススズカ言っていたお礼というのが理解できない。
ここ数日間は中々会うこともなく、そして昨日なんて寝入った後の検査でまるきりすれ違うこともなかった。
しかし、それで今に礼を貰うなんて。何となく嫌な予感がした――――は、縋るようにサイレンススズカを見上げる。
彼女は、とてもうれしそうに、話す。

「ねえ、――ちゃん。先頭の景色は綺麗だった?」
「っ!」

サイレンススズカは、学園の中でも最高峰の才能を持っている。で、あるならば天辺にて鳴り響いたノイズ一つ聞き取れない訳がなかった。
彼女は確信している。自分の大切な後輩は勝ったのだと。また、この子の脚質ならば逃げ切ったに違いないのだと、解している。そしてそれは正解。

「本当にありがとう。私、――ちゃんにも譲れないものがあるって知っているわ。でも」

あの嘶きは少女の必死。道理すら変えかねない、命がけ。そんな悪質なものを聞いた最高品質は。

「おかげで、私にも譲れないものがあるって、思い出せた」

キラキラと、暗闇に星を見たのだった。
そう、夜空に流れ星一つ。あれを追いかけ、私は走る。他には何も要らなかった。駆け引きや戦術なんて柵なんて、余計。

そして、ニコリと童女のように正しくサイレンススズカは愛らしく笑むのだった。

「うん。やっぱり、私には走ることが楽しいのが、一番みたい」

分からない。やっぱり貴女の気持ちはよく分からない。でも、もう分かった。
走るのは楽しくって、そればっかりで。だから、私はたとえ折れたとしてもまた走るのだろう。それはもう決まっていることで。

「ねえ、――ちゃん」

そして、一人っきりの最前線。そんな理想の中でもし目に入るものがあるとするならば。

「貴女はやっぱり間違ってるわ」
「そう、ですか……」

それは、大きな《《ばってん》》だけなのだろう。

 

「スズカ、先輩……!」
「あ」

さっ、と交わされた二人の視線を遮るは華奢な手のひら。
大好きなライバルの、眼の前で垂れ下がった尾っぽを前にして、少女は静かに燃え盛る。

好きとか嫌いとか、そんなのが何だ。苦しみの上にこそ上等がある。それを信じている彼女は怒り。

「――は、間違っていません!」

そして、グラスワンダーは間違いに丸を付けるのだった。


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