朧月夜に影二つ。まるでそのものと見紛うばかりの見事な人の形に、球の集い重なりのような不可思議な形状の黒。そんな二つが並んで空を往く。
仲良く、というには一方が少し先導しているような感もあるだろうか。空飛ぶ人間のようなものが、闇を引き連れている。それは、そんな幻想的な風景にも見えるかもしれない。
しばらく経ってから、人影は口を開く。
「どう? ちょっと、落ち着いた?」
振り向き、月光に晒されて輝くのは紅美鈴。曇り空にて、その微笑みに影はない。笑顔向けるその先が、怖気呑まれるほどの漆黒でなければ、それはそれは絵になったことだろう。
果たして、その柔らかな表情を受け取って、暗がりは何を感じたのだろうか。僅かに震え、そうして拒絶の色はしぼんでいく。
「うん……」
それはまるで、泡が弾けるよう。一つ二つと、暗黒球が消えていった後に、残ったのは少女。
金の髪に、赤い髪飾り。黒が基調の服は、すこしぶかぶかとしている。彼女の子供服を余すほどの小さな体躯は、保護欲を誘う。しかし、その口に秘められた牙を思えばそんな全体も欺瞞と分かるだろう。
そう、彼女は妖怪。名をルーミアと言った。闇を纏っていた彼女は今、幼気にも、目尻に涙を浮かべている。
先程までの、余人から見通せないほどの黒は、弱気を隠すための化粧だったのだろうか。そう思ってしまうほどに、ルーミアは怖さを捨てて、弱さを出している。
彼女のそんな哀れな様子を嫌ったのだろう、美鈴は近寄りその手を取る。温もりにびくんとしたルーミアだったが、次第に落ち着き。ぽつりと零した。
「私、弱いから」
「うん」
「それが、辛い……」
妖怪は、妖怪の気持ちがどれだけ分かるものなのだろう。もし、詳らかに理解できたとして、大いなるものが小なるものにかけられる言葉など、どれほどあるのか。
少しの間あぐねて、しかし美鈴は、誰かに付けられたのだろうルーミアのリボンを見つめてから、真摯に言う。
「それでも、貴女は手を伸ばせるわ」
端的なその言葉は、どれだけの意味を持っているのか。小さなルーミアには、一つそこから察する。
判って、だから微笑んで少女はその手を広大な空に伸ばすかのように、広げた。そうして、涙を零しながら問うのである。
「ぐす。……退きなさいここは私の世界だ、って言っているように見える?」
「私には、抱擁を待ち焦がれているように、見えるわ」
解釈は反対。言葉遊びに真剣を返され、ルーミアの表情は崩れる。くしゃりと、泣き顔が作られた。
「よしよし」
「あ、ああ……うわーん!」
美鈴は人食い妖怪を何恐れることなく、抱きしめる。そして、自分の心のその温もりを伝えるのだ。
私の大切なものを食まんとする、貴女だって大切なものなのだと、伝えたくて。ぶるぶると、怖じに震える身体は、痛いくらいに縋り付いてくる。
捨てきれない、両天秤。それが、酷く歪んだ価値観であることを知りながら、それでも愛おしいのはどうしようもない。
「私は、貴女を見捨てたくない」
涙がかかり、身体が冷たく濡れていく。それを厭わずただ目の前の相手の幸せを望む。だから、紅美鈴は理解されることがないのだった。
無償の愛などこの世の何処にもなく。そう。どうしようもなく、彼女は幻想的だったのだ。
多々良小傘は、忘れられた傘が妖怪化した、付喪神である。から傘お化け、そんな言葉の方が通りは良いだろうか。
兎にも角にも、彼女は傘、即ち道具であったことに拠る妖怪である。人に手に取られることの喜び。それを裏切られて恨んだ筈の小傘はずっと忘れていない。
だから、趣味の悪い傘背負う、空色の髪色似合うオッドアイの少女と化してからも、妖怪として人の驚き――恐怖の形の一つ――を糧とするようになっても、小傘はずっと人の傍にあるのだった。
「ううー。美鈴さんが来てから親御さんの信頼をぐんと得てきたと思ったのに、怒られちゃったー……」
とぼとぼと、小傘は背を曲げて歩く。性からか、哀れどころかむしろ面白く見えるその姿の後を付いていこうとする子供達を、親が引っ張る、そんな光景が人里の端まで続いていく。
小傘は哀しみながらも、こう考えるのだ、やんなきゃ良かったと。でも、そうするのが自分の性で、それで腹も膨らんだから良いのかも、とも思う。
そう、母親に背負われた赤ちゃんをあやして笑わすまでは良かった。喜ばれ、調子を良くした小傘。今度は妖怪の本分を急に思い出し、再びうらめしやで泣かせたところ、父親にげんこつを食らってこのざまである。
「うーん。べびーしったーは天職と思ったのに、難しいなあ」
嫌われ追われ、それを続けてそれでも人を見ていた小傘。そんな中、彼女は小耳に挟んだ傘で空飛ぶ子守、ベビーシッターの存在を知った。
傘と飛ぶところからそれを自分と重ねた小傘は、ならば自分もそれが出来るのではとやってみることになる。
本来の用途で使ってもらえなくても、それでも役に立ちたい――人の傍に居たい――という殊勝な思いが小傘にはずっと前からあった。
自分は驚かすことしか出来ないけれど、それで認められるならばと発奮し、子供には好かれども一時期は相当親御さん達に嫌われたものである。曰く、子にいたずらをする変質者だと。
そんな認識が変わったのは、更に珍妙な妖怪が現れてしばらくしてからのことである。
「あ、美鈴さんだ、美鈴さーん!」
紅の風。小傘は自分の境遇を少なからず変えた相手を思いふけり、人里端にて顔を上げたところ、直ぐ先にその姿が。思わず、彼女は声をかける。
駆けて近寄り、そうして見たのは、美鈴が小さな子と手を繋いで歩んでいる姿。思わず小傘は首を傾げた。
「こんにち……こんばんはかな? あ、一緒のその子は……小鈴ちゃんじゃない。こんな里外れまで、どうかしたの?」
「暮れて来ているし、確かに微妙だけれど、ならば私はこんにちは、小傘ちゃん。小鈴ちゃんは、あのねえ……」
「あ、小傘ちゃん! 私、美鈴さんとこれからお外にお出かけなんだ!」
「え、本当?」
暮れなずみ霞みかかった夕焼け空に彩られた、美鈴と小鈴は小傘の疑問に頷きを返す。
妖怪が元気になる危険な黄昏時に、よりにもよって人里外に出かけさせるなんて、あまり納得出来ない小傘。それに、たどたどしくも間違えずに、小鈴はその故を語る。
「うん。私、お父さんお母さんと頑張って交渉したの! 魔理沙さんばかりお外に出てずるいって言ったら、お前には妖怪から保護してくれるような人が居ないだろうって言うんだもの。だから、私は美鈴さんに頼んで、一緒に説得してもらったのよ!」
「そんなに遠くまで出歩かせないっていうことと、私が死んでも守るということを約束して、それでもこじれてこんな時間になっちゃったのよね……」
「……ごめんね、美鈴さん。無理させちゃった?」
「ううん。確かに、一人お出かけできる魔理沙ちゃんをずるいと思ってしまうのも、自然なこと。小鈴ちゃんの好奇心を挫くのは心苦しいし。まあ、つまらなくてもいい経験っていうことで」
「わあい!」
妖怪に撫でられ、喜ぶ子供。そんな信じがたい光景が目前にある。その後ろに、大人たちの信頼もあるとなれば、最早奇跡的とすらいえた。
幾ら大店のお墨付きと巫女の黙認があるとはいえ、それでもいち妖怪が人に混じれているのは驚きだった。
驚かされ、そうして小傘は微笑む。これは良い見本。自分だって、きっと他を驚かす程に人に交じることの出来る存在になれる。そう信じて、小傘は小鈴の手を取った。
「小鈴ちゃん、私も付いて行ってあげる!」
「小傘ちゃんも? やったー!」
それは、喜色の驚き。怖い思いもなければ決して栄養になることはない。けれども妖怪は大いに微笑んだ。
そう、本当は人と一緒にあれる、それだけで良かったのだから。
子供は二人の手を引き、夕暮れに三つの影は、一つに結ばれる。そして、数多に溶けていった。
「暗い、臭い、広ーい! すっごいね、お外って!」
「あはは。お気に召したようね」
やがて三人は外に出た。それは門番らと話し合い、他に妖怪の姿も見えないことだし、暮れきる前、我々の目に入る距離までならばいいという、許可が出たの後のこと。
僅かな時間、そして制限された距離の中にて、しかし小鈴は大いに喜び笑んだ。
それも当然。人の中、自然感じられぬ閉所にてこれまで小鈴は生きてきていた。別段つまらないわけではない。だが、それだけ。
今までは好奇心を本に向けて抑えてきていたが、それでも楽しげに外の話を喧伝する同年代の女の子の話を聞いてしまえば、もう駄目だった。
五感に触れ得る全てが新鮮で、そうして届かぬ全てが美しい。夜に混じったオレンジに紫が遠くに見える日暮れ。高い壁の向こうには、こんな素敵な光景が広がっていたのだと、少女は喜ぶ。
見て、嗅いで、触れて。そうしてちょこまか動いていると、そのうち空にまたおかしなものを見つける。その出現に周囲が慌ただしくなり始めた中、小鈴は訊く。
「あれ、なあに?」
傍にて構える美鈴の姿を知らず、小鈴はその真っ黒くろけの姿を見つめる。丸くて、大きくて、そして空のように青みがからずにただただ暗い。
あれも天然自然の産物なのか。それにしてはどうにも禍々しいような。そう思って首を捻る小鈴に、美鈴は言う。
「後ろに隠れて」
「どうして?」
「あれはね……っ」
唐突に、闇から光が現れた。美鈴に背で庇われながら、小鈴はそれが自分に向けられたものであることに気づく。
飛んできた光弾は、前に出た美鈴の手に触れる前に、どんな力の作用か大気に消えた。だがしかし、攻撃、その意味を理解した少女は悲鳴を零す。
「い、いや……」
外は怖い。それを言葉で知っていた。けれども、実際に害意に触れるのは初めてのこと。夜空に浮かんだ、暗がり。そこに小鈴は恐れを覚える。
一瞬、そこから赤い瞳が見えたような。怖い。震え始める少女が涙する、その前。小鈴の両目に柔らかに手がかけられた。驚きに、彼女は硬直する。
「小鈴ちゃん。だーれだ?」
「え……小傘ちゃん?」
「そうだよ! 驚いた?」
「あんまり……」
「残念だなあ」
それは何時ものような、小傘のいたずら。敵を前にして、彼女の落胆の色は、普段どおり。目隠しを外されて闇を見ても小鈴の停まった震えが再開することはなかった。
危機に、コミカルが挿入される。そうして弛緩を覚えた少女は、改めて尋ねるのだった。
「美鈴さん、どうしよう……」
「それなら大丈夫。私が居るし、もう一人」
「私も居るからね!」
美鈴に示されたことを喜んだのだろう、片目瞑って、舌を出しておどけながら、小傘は自身を誇示する。その子供っぽさを頼りなさと取った小鈴は、首を捻った。
「小傘ちゃんが? 大丈夫なの?」
「あー。小鈴ちゃん、私を甘く見てるねー! 私はそんなに弱くないよ。それに……」
「それに?」
「べびーしったーは、子供を守るも仕事だから!」
その違いの瞳がまるで輝くよう。そこに、どれだけ気持ちがこもっているのだろう、言い張る小傘の表情はとても優しく、小鈴が初めて見るものだった。
「美鈴さんと小鈴ちゃんは行ったね……よし、あなたは何の妖怪?」
「うーん。身体を隠していたら強い妖怪と勘違いしてくれるかなと思ったのだけれど……ダメだったかあ」
「あ、可愛い」
「ありがとう。私はルーミア。貴女は?」
「私は多々良小傘。絶賛子守中の傘の妖怪よ!」
「こうもりがさ? どう見ても貴女はなすび色した変な和傘だけれど」
「むー。これはお洒落な色なのー!」
美鈴が隠れて周囲にしていた威圧を逃れながら現れ、一体全体を闇に染めていた妖怪。その正体は小さな女の子であった。
顕になった妖気を見ても、自分と大差ない小さなもの。小鈴を守りながら去っていく美鈴の後ろ姿に安心して、小傘は軽口を交わし合う。
風でなびく髪の毛を彩る真っ赤な御札をリボンと勘違いする彼女はその闇の深さを知らない。
「それで、こんな人里近くに現れて、どうするの? 直ぐに怖い巫女さんに退治されちゃうよ?」
「……先代の巫女はもう居ないわ。あの人のお葬式でも涙一つ流さなかった霊夢なんて知らない。私は、お約束なんて守ってあげないもん!」
「幻想郷では巫女に退治されるのが、妖怪のお仕事なのに……全く、困った子ねえ」
哀しみに怒り、その他が入り混じった複雑な感情。それを小傘はぷんぷんとしているルーミアの言動から受け取る。
妖怪は、幻想郷を維持する博麗の巫女に危害を加えることが出来ない。人の守護者と戦うことすら許されず、また力を持て余していても、いたずらにそれを使うことが出来ない現状。最近はその中で腐って自棄になり人里を襲う妖怪が居る。
ルーミアもその類であるかと思ったが、どうにも違ったようだ。まあ、博麗の巫女に対する情によって、似たように自棄になっているみたいではあるが。
「私は人をいっぱい食べて力を手に入れて、霊夢をやっつけるんだ! えいっ!」
「わっ……」
その怒りは、裏切りに対して。しかし、そんなことは小傘に知ったことではない。ただ、彼女が打ち出す妖弾に対することこそ大事である。
慌てた様子で薄白い光線。それに連なり葡萄のように大いに連なる赤青の光弾。宣言もなく周囲に溢れたトリコロールカラーに小傘の顔は驚きの形で照らされる。
白熱するその全ては後から後から増える弾幕に力を増して押し出されてキラキラと煌く。小傘は場違いにもこれを小鈴ちゃんに見せてあげたら喜んだだろうなと思いながら、そこに傘を向ける。
「……っと。こんなものかな?」
「えっ?」
そうして、当たるはずだった全ての弾を小傘は曲げた。
全ては彼方に着弾し、地を汚すばかり。いや人里に張られた結界に触れて、かき消えるものもあっただろうか。どちらにせよ、当たるはずだった小傘は無傷である。
舌を出して、どうだと妖怪は笑う。
「あはは。驚いた? 私、空を彩る粒を、受けることには慣れてるの!」
「そんな! え、えいっ!」
高い撥水性。そして、光も遮る優れもの。傘は、もとよりそういったものである。だから、幾らルーミアがその力を輝かしてぶつけようとも小傘を打倒することは叶わない。
くるくると、小傘は傘を回してルーミアの光弾を弾き続ける。彼女がその身から発した色は七を超え、その形も流しにくいように様々なものを用意したというのに、展開は同じ。
どうしても、届かない。光線束ねて薙いでみたところで、一緒。むしろ反射し頬に掠めた自分の本気の威力に背筋凍らせたくらい。
「はぁ、はぁ……何なの……貴女、私と対して力が変わらないのに……」
「道具は使いよう! 闇の隣で光を表すことしか出来ない貴女に私は天敵だった、っていうことよ」
そのうち、肩で息をするようになったルーミアに、元気に小傘は応える。その意気の違いに、彼女は絶望感を抱いた。
近寄って来る小傘に向けて、力を向ける気すら出ない程度に。
「ふふー。悪い子はお尻ペンペン……でも貴女は頑丈そうだから、コレね!」
「それって……」
「愛用の金槌よっ!」
ぺしぺしと、その手で硬さを確認しているそれ。小傘がいつの間にか傘の逆手に持っていた、重そうな金属製の鎚に、ルーミアの眼は吸い寄せられる。
ああ、あれで叩かれたらとても痛そう。ルーミアが思わずそう考えた途端に、小傘が大きな声を上げた。
「どーん!」
「わーっ!」
「あははー」
びっくり。そうして脱兎のごとくにルーミアは逃げ出した。けらけらと笑う小傘。こうして、妖怪は妖怪退治を成し遂げた。
ルーミアが逃げ去った後に残るは、涙が一つ。それに小傘は気を取られることはない。自業自得。そういう気持ちにしかならないから。
「そっか、あの子、だったんだ……」
「ん。美鈴さん?」
しかし、全ての事情を知っていて、なおかつ情深いものがそれを見たら、どう思うだろう。
人の子を送り届け、風のように戻った紅一つ。
そう、紅美鈴には、逃げるルーミアがただの人食い妖怪には見えない。情に動かされた結果、怖じて逃げる一人の子供。そんなものを、彼女が放って置けるだろうか。
「あーあ。霊夢の言うとおりね。確かに、私は駄目だ。どっちつかず」
「……ひょっとして」
「あの子を、悪いばかりのものに、しておけない」
大きく目を見開かせる小傘の前でそう言って、美鈴は発った。
「ああ、美鈴さんは皆のべびーしったーなんだね……」
彼女の後ろ姿に、小傘は思わずそう零す。
「ルーミア。貴女は、確かに悪かった。でも、私はそこから始まった繋がりを否定しない」
ルーミアは先代の巫女の死の原因。しかし、記憶と力を封印されてからは、彼女を慕う子供にもなった。
大妖ルーミアに付けられた暗黒に徐々に死に追いやられる中、先代は刷り込みで自分を親として近寄る子供ルーミアを拒絶しなかったらしい。そんなこんなを、美鈴は霊夢から聞いている。
だから、親を亡くしてから考え込み、ある時吹っ切れて不仲の姉に当たってしまう、そんな気持ちも判ったのだ。
「少しだけ、素直になりなさい。それだけでいいの」
「……嫌だよう。弱いのは、嫌」
「うん」
「私、約束したのに……先代の巫女、あの人、お母さんと約束したのに、守れなかった弱い私は、大嫌い!」
闇の中で、涙は目立たない。けれども確かに、そこにはあった。冷たいそれを感じて、美鈴は拭う。
ルーミアは、先代と一つ、約束をしていた。それは、単純なこと。しかし、とても難しいことでもあったのだ。
「でも、霊夢と仲良くなんて、出来ないよう!」
博麗の巫女に就いてから急に、向こうから引かれた線にルーミアは怯えた。出逢えば直ぐに退魔符を飛ばされ、遠くから声をかけても振り向きもしない。
それはまるで嫌われてしまったかのようで、ルーミアが嫌になってしまうのも仕方なかった。そして、今一度振り向いて貰いたいと、彼女が禁忌に走ってしまうのも、無理からぬことである。
ルーミアは知らない。霊夢がその都度、頑なに妖怪への情を立ち切らんと歯を食いしばっていたことを。何時か緩んだ彼女が美鈴に後悔の言葉と共に、事情を吐露していたことも。
だから微笑んで、美鈴は告げるのだった。
「大丈夫」
「どうして、そう思うの?」
「私が二人の手を繋いであげるから」
広げた貴女の手が届かないのならば、私の手を。尊い想いは叶うべきもの。であるならば、私は助けに躊躇しない。そんな全ては言葉にならなくても、しかしその手のひらから心に届く意味と成った。
繋がり、初めて笑顔になったルーミアに、いたずらっぽく美鈴は言う。
「そうしたら、霊夢を一緒に振り回してあげましょう?」
「うん!」
何時かの未来を思って、妖怪たちは笑う。それが、ちっとも悪どくなく、むしろ愛らしいものであるのはどんな奇跡によるものなのだろうか。二人を優しく風が撫でていく。
「約束だからねっ!」
朧月の今夜、彼女はもう一人の母と新たに約束を交わした。
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