第十九話 私の勝ちね

美鈴おかーさん 美鈴おかーさん

混ざり合わない直線の交わりの永遠。チェック模様だらけの夢幻館。
単色ばかりなんて許さない多色の綺麗をこそ容れるその器は、似たようなものばかりを秘めるようになっていた。

天使の悪魔、メイドの悪魔、花の妖怪。
彼女らはまるで、白と黒の組み合わせを言い換えただけのような、冗談のような存在。
しかし嘘のように強かにそこにあっては、誰もが見上げて認めざるを得ないだろう。そう、記されるばかりのこの世に根を張り頂点に咲くのは、げに美しき花であることを。

高嶺の花。輝きなんかよりもそれが一輪あるからこそ全ては輝いている。それがここ夢幻世界の道理であって、つまりこれまで諦めてきた真実。
それが嫌だと、天使の羽を背負った捻くれ者の悪魔はずっと思っていた。

「はぁ……姉さん以外に幽香とこんなにも対等に向かい合えるバケモノが居たなんてね……」

夢幻姉妹。最強の一輪が観るゆめまぼろしの世界の主役級の登場人物、その片割れである夢月は今感嘆の声をあげる。
彼女の前で活躍しているのは虹色の光源を一重に定め、紅く赫々と燃えるような角を輝かす、ドラゴン。
龍は宝を護るものと聞く。そして、紅美鈴というらしいソレはどうやら子というものを宝としているようで、自らの命以上にあまりに後ろで友と母の争いに困惑している魔理沙を前にあまりに必死だ。

「すん」

思わず、夢月は羽根を曲げて、白く艶めくそれの匂いを嗅いだ。
当然のように、永遠の清潔を約束されたそれは臭くなければ、良くも香らない。とても便利な、そんな特徴。それが今どうしてだか憎たらしいくらいに疎ましい。

それはどうしてだろうか。どちらかにと手を伸ばして、しかし届かず損ねてぽてりと倒れた魔理沙を見つめて、彼女は理解を深める。

「ただ優れてるってだけじゃ、癖になんないのよ」

それは、きっと心から生じた言葉。存分に愛し切られなかった旧作のつぶやき。

何となく、握った手の柔らかさ。物欲しそうにしていたからと思わず撫でたその髪のまとまりのないこと。そして、ちょっと遊んでやった後に嗅いだ手のひらに覚えた、稚児の香り。
それらの感触を纏めて忘れてもう、棄てられはしない。一度触れてしまえば悪魔には、命のどうしようもなさが愛おしくすら思う。
そして、今の夢月は悪魔たるほど曲がった心が更に愛に歪んで丸くなったことが、存外嬉しかった。

「ふふ……」

花を見上げ続けた彼女は視線を地べたに移し、あんな大輪よりもずっと花らしく生きている蕾未満に微笑む。
ああ、おかしい。何がおかしいかと言えば、それは花を太陽と信じていた私達。更に言えばこれは、だから愛を向けることすらなかったバカな自分への嘲笑である。
そう思い、一言。

「最強、かあ……」

紅はきっと届かない。最強は、そうであるからこそ愛すら及ばないのだから。
でも、それでも打ち上げ花火を上から観ることに、不足は果たしてあったのだろうか。
本当の他人の必死を嘲笑うことが出来るくらいに、風見幽香は弱くない。

だからと、夢月が白磁の指先を重ね合わせて願うは、一つ。
彼女らに抱くこんなのただの愛着でしかなく、気の迷いであることは夢月も知っていた。
しかしだからこそ、迷って迷ってたどり着いた先に光よあれと悪魔らしからず考えて。

「そろそろ負けちゃいなよ、幽香」

天使の見た目をした少女は、花の夢は、そろそろフラワーブーケの多色を望む。

 

「ははっ!」
「っ、ぐ……」

猫に九生ありと言うならば、果たして龍ほどのけだものとなれば、どれほど生きしぶとくあるのだろう。
だが果たして、生き物として最上位の命を持つ紅美鈴は、しかしその全てをかけたところでこれには勝てないと察せてしまった。

「――避け、っ」

力は極まると輝きとなるのは、幻想郷でも常識。だがここまで、光を超えた威力を成しうるとは誰一人として思ってもいなかった。
弾幕は必殺。そんなのは人間にとっての当たり前。しかしそれは妖怪たちに当てはまるものでなければ、大妖怪にとっては尚縁遠いものになる。
とはいえ、この立ち昇る数多の光を重ねた形象達の威力と言ったらどうだろう。必殺どころか、必滅。まるで魂すら熱に消えるのが自然な程の、太陽をも超した何かだ。

「ああぁぁあああ!」

それが無数。こんなもの避けるのも無理であるならば、力の限りで逸らす他にはないだろう。
武術、だけでは足りない。そこにありったけの命の学びを重ねて護りとする。それによって、親子ごと圧し潰さんとする光の束に美鈴はなんとか立ち向かえていた。

「おかーさん……」

花の再現、色の競演できっとあまりに美しい光の光景。しかしそれら全てが命なんかでは払いきれない程の価値であると誰が察せようか。
そして、そんなもの共に真っ直ぐ向かい合って背中を見せる親代わりのその心意気に、どれほどの愛を感じれば良いのだろう。それが、霧雨魔理沙には分からない。

「やだ、よぉ……」

自分が弱いのは知っている。だから、愛してもらえているのだとすら彼女は誤解すらしていた。
でも、こんなの。大好きな人が私のために飛べない。愛を受けるだけがこんなに辛いなんて、少女ははじめて知って。

「うぅ……」

だからこそ、愛おしくて彼女は決して目を逸らすことなんて出来ないのだ。
それは光に向かう、紅の印象。強さがもし、何より心を揺らがすものであるならば、彼女にとって断然最強は紅美鈴だった。

 

「へぇ……」

そして、その有翼を持ってありとあらゆるものを睥睨する風見幽香も、ついその迫真にため息のようなものを零す。
風見幽香は元々お花の妖精である。吹けば消えるような灯火であり、太陽を見てばかりいる花に乗っかりずっと同じように高みを望んでばかりいた存在だった。

『すっごいわ! あんたさいきょーね!』
『そ、そうかな?』

だが、そんな程度のものが、はじめ間違ってほかを一回休みにしてしまい、偶にそれを続けて次第に延々と長じ続けて。
気づけば幽香の手の届く周りには誰も本気で相手するものなんていなくなってしまった。そして、何時しかもう自分は望まれるばかりでしかないことに気付く。

だから少女はもう見上げるものがなくなってしまった失望に、目を閉じる。そして夢幻にこれまでずっと揺蕩っていて。
ああ、何もかもがつまらない。
しかし、よく考えたら万物全て何一つ大して変わりなければ、大きく変貌したのは幽香ばかり。
ならば、何よりつまらないのは己である。愛を出来ない私が何より悪いのだと、そんな気付きに目を開いてみれば。

『うーん、ここ、どこ?』

眼に映ったのは微か極まりない星の輝き。しかしスターダストが美しいというのは空を見上げる誰でも知っていた。
そんな、友との出会いですら鋒で。もっともっと変わりたい私は、ならば。

「ねえ、貴女は私に勝てる?」
「ぐ」

力に臥さない蛮勇を前にして、手を広げる。同期するように特異な羽根が複雑に開いて、情に身じろいだ。
これまで何もかもがどうでもいいと思っていた幽香は、だからこそ自らが棄ててきたものを拾い続けてきた強欲な女に期待する。

「……う」
「あら……これじゃあ、少し無理そうね」

しかし少し怒涛の勢い弱めてみれば、覗く相手は焦げているし失っていた。
気だけは失っていないのは、持ち前の能力で無理に引きずり上げているからでしかない。紅は、もう少し暗い色の朱でずぶぬれていた。

「残念」

なるほど本来ならばとうに立てていないレベルでありながら、これまで獅子奮迅の対応を続けていたのには敬意を評していいだろう。
しかし、もう無理。それを察してしまえば熱は驚くほど引いていく。

所詮こんなの愛を語るばかりのズタ袋でしかなかった。そう決めつけてしまおうと弾幕の指揮を再開して。

「私は……」
「おや?」
「負けないって、約束したっ!」

しかし、光が増して最早彩光の渦と化した中、うわ言のように向かう力だけをそらし続ける美鈴は削れ続けながら、言い張る。
明らかにアレは弱っている。だが、この声色の大きさはなんだ。思わず負けてあげたくなるくらいに、この人は必死で。だからこそ。

「そう。なら私は勝たないといけないのよね、最強だから」

そんなものをすら一蹴し続けてきた幽香はその生涯に対する約束として最強を示す。

「さあて」

弾幕は止んでいくがそれは、中断ではない。
少女は何時の間にか手にしていたのは日傘。そこに最強の証明たる神域ですら留まらぬ域の力が逆巻く。
ひまわりの妖精だった彼女が創り上げるはまるで、見上げ続けた陽光。欲しいなと思っていたものは手にあって、傍にずっとあったものは眼の前にて風前の灯火。

思わず、ふぅとため息を吐きたくなった少女に対して。

「幽香、どうしてこんなこと、するんだよっ!」

そんな、友の泣き言が聞こえて、それがあまりにありきたりでつまらなくて、でも心よりのものであるのは分かったから、風見幽香は振り向きもせず。

「そうね。あえて言うならば……好きだから、よ」

何もかもにも本気になってしまう彼女のそんな本音が一つ。届いたところでもう遅い。

「きゃ」

風見幽香に対した全ては光線を前に溶けて掠れて意味を失う。だが、その前に。

――彩光蓮華掌。

そんな、静かな声が、場に響いた。

 

「見事」

此度の交錯の結果として、風見幽香は羽根をもがれた。
光を花にできても花は光ではない。なるほどつまり、先に紅美鈴が行ったことは。

「光を、花と散らしたのね」

掌にて、光を蓮華に。単純一途に何もかもを纏めてしまった幽香に逆らうように美鈴は光にて万象を魅せた。
受け逸らす、彼女が弾いた自力の余波で幽香は傷つき、しかしそれだけ。

「―――」
「おかーさん、おかーさんっ!」

煙上げてとうとう臥した妖怪は、幼子の悲鳴すら遠いようで、もう何を呈することすらなく。
溢れるのはやはり、紅。

「私の勝ちね」

空に言い張り、そしてとてもさみしげにしてから、風見幽香も崩れ落ちるのだった。


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