さて、この二次小説ちっくな世界を覗いてくださっている方には事前知識としてお分かりでしょうが、学校とは学びに学ぶ場です。
生徒たる私達は主に先生とかいう先に生きてきた大人さんに、勉強を筆頭に色々と教わるのですね。
先週には、生物を得意とする若林先生に時々田んぼで見かけるカブトエビとカブトガニの違いを移動の合間に教授していただきました。
また今日に至っては、運動戦力外過ぎてしばしばトークタイムな体育の時間に、私は御手洗先生とお蕎麦ってどこまでそば粉を減らすとうどんになるのか、討論を繰り広げて(先生曰く3割切るともう怪しいらしいです)すらいます。
なるほど思い出しても実感する、大いに学びになる日々。
学期の変わり目の校長先生の愉快なトークに膝を叩いてしまうレベルのお笑い沸点の低さもあるのかもしれませんが、結論として私はこう呟きます。
「学校って、楽しいですよね?」
「吉見はやっぱり狂ってるのか?」
「くれいじー……」
「あれ?」
しかし、お昼休みの女子トークの合間に私の発言はダダ滑りどころか、正気を疑われてしまう始末。
それにしても、汀ったらやっぱりって何なのですかね。普段からおかしいと私は思われていたのでしょうか。
クラスのお友達の佐倉知里さんと話しているところにナチュラルお邪魔してきたと思えば、この態度。無駄に高い戦闘力といいまこと、デカいのは身体だけにしてほしいものです。
とはいえ、正対している際は見上げないとおバストと会話することになるようなデカ女さんに気を取られすぎていても仕方ありません。
私は首を傾げ再び彼女らに問うのでした。
「ええと……確かに私も皆さんが夏休みを恋しく思われるのは自然と思いますが……ただ、別にそんな学校も捨てたものではないと思うのですが」
「ひょっとして、吉見は前倣えを延々続けるのが快楽だったりするのかー?」
「くれいじー……」
「えー……」
しかし、言をちょっと控えめにして提起したところで、返答は同じ。
私はてっきり好きで学校に通っている方多めと思っていたのですが、どうやらそれは勘違いだったようです。
いや、鬼という以前に落第圏付近を低空飛行気味なお馬鹿な汀はともかくとして、ジト目でくれいじーと言う機械と化してしまった佐倉さんはそんなに勉強でお困りな様子もないのですが。
なんでしょうね。
やらされている感、というものが皆にはあるのでしょうか。それは、嫌でもやらなければならないという経験から来るものと予想でき、つまり躓きがあったかないかが大きな違いになるのかもしれません。
私がもう少しで結論が付きそうだなと思考を走らせていると、佐倉さんは気怠げに三つ編みを弄りながら先に答えを発してくれました。
「そっか。吉見っち、意外と勉強はできるから……」
「あ! そういえば吉見はこれでも勉強だけは出来るんだった! すっかり忘れていたぞ……」
「勉強適性と賢さそのものは関係ないって、吉見っちを見てたらよく分かるよね……」
「だなあー」
「私、めっちゃ喧嘩売られてます! 多分カマキリさんにも負けちゃうので買えませんが!」
むきー、としながら私は相手の言葉のジャブに突付き返すことすら出来ません。
はい。無能故に鬼どころかそこらの女子にすら負けうるからですね。知的ビューティな我ながら実力足らずで情けない限りです。
実際、この前特訓と称してネコちゃんバージョンの恵と素の私で取っ組み合いを行ったことがありました。
もふもふに負けず共にくんずほぐれつごろごろしていたところ、わらびから姉ちゃんネコと遊んでないで洗濯物取ってきてとの言葉が。
そして、我が妹が仲裁のためおもむろに懐から取り出したネコ用ちゅ◯るにて、本気を顕にした恵に私はあっという間に完敗。
失意に塗れた私の毛まみれ衣類をミリーちゃんがコロコロと粘着カーペットクリーナーにて綺麗に始末してくれたことが印象深い一幕でした。
と、部下に猫パンチで伸された経験を持つ私です。その上、確かに賢さには自信がないところがありました。
しかし、そんな私でもやはり学校は好きといえば好きです。その理由の一つ、クラスのガヤガヤを見回しながらわたしはぽつりと続けました。
「でも、学校ないとお友達と会う機会少なくなって、私寂しいです……」
「それは……まあ、汀様的にも違うとは言い切れないなー」
「まあ、私きっと義務じゃなきゃ出歩かないし、学校がなければ友達はゼロだったかも……」
そして、私はようやく凸凹な二人から同意を得ます。
たとえば鬼もいいところの汀と話をするようになったのは、教室で顔合わせるから仕方なしでした。
また、何時も黙々と裸のお絵かきをノートの余白にしてらっしゃる佐倉さんと仲良くなったのも、席替えで隣になりそのサイズは流石に女の子のお胸とかお尻とかのバランスが変ではと疑問を持ったことに怒られてからです。
そう。取り敢えず同学力の同年代をぼちゃぼちゃ一緒の枠にいれて社会的に整形しよう、という高等学校の試みを私は面白いと思っているのですね。
知見を得て学ぶ場としてだけでなく他者理解の機会の提供の場としても中々優れているのでは、と思います。
そうでもなければ頭とか無駄に良かった前世の自分の知識がみっしりなこの私が二回目授業に飽きてしまうのは明白でした。
いや、結構先生の文字のクセとか教え方の違いとかあるので学習はそれだけでもそこそこ面白かったりしますが、やっぱりそれ以外にも学びを中心として他人と関われるその事が学校のキモなのではと思うのです。
故に、早計かもですが結論として、表情筋コチコチな顔を精一杯ニコニコさせて私はこう言い張るのでした。
「ね! ですので、やっぱり学校はとても素敵な場所なのですよ!」
「うーん……汀様には結論がちょっと強引な気がするぞ? なんだ、吉見。お前には学校を良いものと決めつけたい理由でもあるのか?」
「それは……」
すると、なんと汀が鋭くも私の魂胆を見抜いてしまいます。
いや、返答に窮してお口をもごもごしていると佐倉さんが再び眼鏡の奥でジト目をはじめましたので、何となく彼女にも感づかれていたのかもしれません。
私はどことなく心配そうな表情をする鬼の前で、そういえば昨日は喧嘩別れしていたことを思い出し、こう本音を披露するのでした。
「えと、実は学校に通ったことのない子とお知り合いになりまして。その子が学校に通ってくれるようになったら私は嬉しいのですが、その子はどうだろうなと不安になったのですね……」
「ふーん……そいつ、昨日唐突に汀様の実家に押し付けてきたヒロインって奴のことか?」
「ええ。その通りなのです」
なんか妙に気に入られているせいか話題的にどうにも鼻白む汀を前に、話した私はため息を飲み込みます。
実際夏季休暇前に学校いいよねとか言い張り出す同級生とか空気読めない感半端ではなかったのでした。
それが、不安な自分に言い聞かせるためのものだということを喋ったおかげで、理解の色は広まりましたが、しかし。
ジト目に興味の色を乗せて、大人向けのカラー表紙を例に挙げ肌色ってこの世で一番酷使されてる色だよねと断言する、ちょっとえっちな佐倉さんはストレートをぶつけてくるのでした。
「ヒロイン……エロい?」
「そうでもないです」
「なら、別に何でもいいや……」
「えー……」
しかし、玲奈さんはわらびのようにえっち系ではなくどちらかと言えば私のような清楚系。
まことヒロインの鏡のような子であれば、エロインを求めていた佐倉さんの琴線には触れなかったようです。
正直者の彼女は欠伸でもしそうなくらいにやる気を無くしました。
先とのその切り替わりぶりに驚く汀。女子トークが間延びしきったそんな中、ちょっと低め控えめのイケメンボイスが響きました。
「あー……吉見達、ちょっといいか」
かなり引っ張りだこな声優さんでもインしているじゃないかなと思えるそんな彼は、当然海山宗二君です。
ただ、ちょっと真面目に声かけられると表現力も高いせいかドキドキしちゃいますね。おまわりさんに声かけられた時みたいに私なにか変なことしちゃったのか不安になります。
いや、まあ実際私は彼に糾弾されて然るべき悪辣の極みではあるのですが、それはさておき話の流れ的にと、こう接げます。
「おや、宗二君。やはり救世主的にはヒロインの存在は気にかかるところですか」
「へん。そーじ、お前そんなフラフラしてる余裕あんのか?」
「い、いや! そんな浮ついた気持ちで聞いたわけじゃなくてさ……ただ、まあ身元不明者でもイザナミなら保証可能だって、伝えておかなかったのはマズかったかなって……」
すると、玲奈さんに勘違いされて同居拒否された彼は、今更ながらそんなことをお伝えしてくれました。
まあ、政府とか何とかいろいろと繋がりがあって、手続き関連が煩雑とは聞きますが、イザナミという組織は無理難題でもある程度の融通を利かせるのは可能らしいです。
正直滅茶苦茶裏とかヤバそうなそんな組織ですが、使い勝手は悪くない。そんなことは原作の描写からも私は識っていました。故ににこりとしてしまう私です。
「ふふ。それは、私も識っていますよ」
「……なら、どうして頼ってくれない?」
「それは、ですね……」
縋るような宗二君の視線に、何となく、勘違いされているような気がしますね。
ただ、その理由がちょっとよく分からなければ、まあ正義の味方のお手数をかけなくても無法の鬼のもとであれば玲奈さんだって幸せになれると信じられますし、何より。
「私なんか、お話にならないですから」
「っ!」
そう。悪のてっぺんまでに至る私の頑張り物語なんて、正義のためにならなければ誰も拾ってくれやしません。
悪を、救う。そんなこと考えもしない人たちに私の全ては無駄なのですから。
ただ、私は《《一緒に必死になってくれた》》彼の正統を識っているばかりで。
「私はだから宗二君あなたしか、信じられませんよ」
そう、答えるしかありません。
そもそも、出来ることしかやってくれない、鬼は外すらしてくれなかった人たちの何を信じればいいのでしょうね。
「ろんりー……」
隣で聞いていた佐倉さんは悲しげにそう呟いてくださいましたが、実際はわらびに組織の子たちで、そうでもないのですよ?
さて。川島吉見が語るように「錆色の~」シリーズ原作の始まりは、この秋の頃である。
ならばこの二次創作の始まりを挙げるならば、それは完全に川島吉見が誕生した時となるのだろう。
主人公は、違いなく彼女。そんなの知る者は知っていた。
故にとうに上がっていた幕に、変化の兆しが訪れている。
その原因が吉見の「ヒロイン」発言であるのは冗談のようだが、「全知」とすらされる彼女の言葉を無視した結果大事になった多くの経験から、流石に図体がでかい組織共でも気にすることを学んでいた。
しかし、イザナミにテュポエウス等が必死になって鶴三玲奈を探る中、鬼どもに護られた彼女の調査は一向に進まず。
「ふん……嬢ちゃんの言うことなんて話半分で聞いてりゃいいんだが……どうせ真意が理解るのはどうしようもなくなってから、ってのが常だろうに」
そんなこんなを《《泳がしている諜報員》》であるところの「京」こと富士見恵から聞いて知った原人|新一《あらたなるひとつ》は、せっせと鍋大会用のポップを作りながらそう呟く。
梅雨が終わり夏も盛りに向かおうという中、この魔法原人はどうやら今鍋をやったら売れるのではと謎のひらめきを得たらしく、我慢大会のようなものを今週末開催すると表明中。
またキムチ鍋やカレー鍋など辛いものを用意しているあたり、どうにかしてしまっているのかもしれないが、しかし実際数百万年を生き永らえている彼の頭がマトモとは中々考えられるものではなかった。
「しかし、嬢ちゃんが語る「ヒロイン」ってのも気にかかるな……ふん。どんな犠牲を強いられていることか……ん?」
そして呟きながらワンコインってありがたいもんだよなと、鍋つゆ具材の値段設定を100均にしようと新一がペンを動かしていたその時、足音が響いた。
どうも京のものにしては癖のある柔らかに過ぎるそれに彼は顔を上げる。
ホモ・サピエンスの誕生以前は明瞭であるが、それ以降の差異に関しては中々弱い原人にしては敏にも、彼女の存在に気づくのだった。
「ふふ。鶴見玲奈さんのことでしたら、語るほどではないでしょう」
「お前は……」
すると、そこにあったのは《《どこにでもいるような》》と自称しているだけの場違いな美女の姿。
こんなの猿でもなければ目の毒だなと思う新一は、しかし馴染みのどセンターな彼女の名前を読み上げるのだった。
「山田静。お前が今回の件に一枚噛んでたとはな」
「ええ。そうですね……どうやら彼女の救出は話を進めるのに必要なことのようでしたし、それに」
「それに?」
訳知らず、理由を知り、全てに素知らぬ顔だった、山田静。
米国にて何やらこそこそしているのは便りとともに新一も知ってはいたが、まさか今更にこの話に関わる気になったとは彼にも予想もつかず。
永遠の隣人を決め込むつもりと勘違いしてた猿に最も近い人は金色の体毛を撫でながら問う。
すると、万物の中心点。何の要素からも普遍を貫く即ち無敵の番外たる彼女は。
「これからは、もっと手を掛けるつもりですから♪」
そう戯け、吉見が《《真似る》》引きつったようなものではなく、とても正しく微笑んだのだった。
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