原作通りと言わずともどうせならある程度沿わしてみたい。
ヒロインと主人公って、それが世界平和に繋がるとか以前にすっごく仲良くして欲しいですよね。
隣で愛とかいちゃいちゃがにょきにょき育つところとかきゃーきゃー横で見るの意外と楽しそうです。
でもそんなファンが故の希望は私がポカをしてしまったためか、叶えられませんでした。
私と宗二君をえっちな人たちと信じ込んでしまった玲奈さんは、その後誤解を解いても流石に一つ屋根の下に年頃の男女二人というのはえっち過ぎるからとアパートでの居候を拒絶。
「川島さんも急に知らない男の子と一緒に暮らすとか、あり得ないでしょ……?」
「ですねぇ……」
聞いてよく考えたらそれはそうだよなあ、原作の玲奈さんって実はえっちな覚悟決まってる感じだったのかなと考えて私は頷きました。
しかしそうなると今の宗二君に救われてインプリンティングもされていない玲奈さんが安心出来る環境を用意するのは難しい。
ならば、普通に大人の手を借りようということで私達はわらびへ女の子拾ったので遅くなりますと電話連絡後にまた街へと繰り出しました。
七月の、ちょっと肌に痛いくらいの日差し。
先に日焼け止めを塗ってあげた真っ白に過ぎる玲奈さんのお肌を少し気にしながら、私は自宅の方へと向かいます。
とはいえ、お隣でひらめちゃんがちゅ◯るぺろぺろワンワンしていて、中でミリーちゃんがうどんこねこねぴょんぴょんしているだろう川島家に帰宅はしないのですね。
実際は、その三軒隣のバカみたいにでっかいお屋敷が目的地です。
そこには頭のてっぺんに輝くカチカチ根っこを生やした変わった鬼が複数住み着いているのですが、実はそいつらが私達の後見人になっているのですね。
そう、ピースメーカー、世界最大、そんな鬼に似ているだけのインベーダー。
あと億年程時が経ったら方針変えて世界を滅ぼしはじめるに違いない彼らも今はただのうるさい川島家と世界の保護者です。
私達はそんな鬼共の本家本元、楠木の敷地までとことこ歩んでいきました。
なんかほとんど不死の彼らが丹精込めた盆栽みたいなものらしい数百年単位で無事な大木がにょきにょきしている塀に囲まれた和風建築を見てぽつりと、私は呟きます。
「まあ、よく考えたら子供二人暮らしの上戸籍無し保証無しとなっちゃうのは健康維持にも不安出ちゃうので、こっちの方がいいのでしょうねー」
「その……鬼って人たちは大丈夫なの?」
「まあ、楠の人間達は基本的に敵にもならない相手には優しいものですよ。今のところ実験被害者でしかない玲奈さんには同情すらしてくれるのではないでしょうか」
「そう、なんだ……でも、川島さんは彼らのことそんなに好きじゃない?」
「それは、そうですね……」
ぽつりぽつりと話していると、私は不機嫌を察され人生経験値赤ちゃんレベルだろう玲奈さんに不安げな表情をさせてしまいました。
小学生の頃クラスの男子につけられた無表情女、顔面だけメタルなスライム等の悪口は果たして何だったのでしょう。これはどうにも感情バレバレですね。
簡単に怒りを面に出しちゃうなんてクール系女子としてなんとも情けない、と私は自分のほっぺをもにもにして顔を普段のカチコチに戻そうとします。
すると、私のそんな奇行が、隠したい内心がバレたからだと勘違いしたようで、彼女は下を向きこう呟きます。
「わたし、川島さんに無理させちゃってるのかな……」
「そんなことはないですよ! 私鬼とか正直嫌いですが、普通にお話できますし。我慢できるお年頃なのですよ!」
「嫌い、なんだ……でもわたしのためなら、いいんだ……」
「ええ! 勿論ですよ! 私は玲奈さんがいい子だって知っていますし、そうじゃなくても玲奈さんにはお構いしたくなっちゃう魅力たっぷりですから! 貴女のためなら大嫌いな奴らに話をつけるくらい、らくしょーです!」
私は落ち込んでしまった玲奈さんに熱弁を振るいます。
事実私はヒロインであるかとかどうでもいいくらいに、既に玲奈さんに好感を持っていました。
この子頭の中が高速なせいか、どうも多く気づいてしまい控えてしまう感じなのですね。
いい子です。それも、悪いのを知らない潔癖な風で。
痛みを知らない愛らしさ。善人あたりは弱いそこにつけ込むのでしょうが、私あたりはそんな綺麗を大事にしちゃいます。
最低でも、お腹空いて泣いちゃわないようにはしてあげたいと思うのでした。
それに鬼を嫌いとか言ってもあいつら私的には臭くさカメムシの次くらいの程度ですし。つまりえんがちょですが、触れないレベルじゃないのですね。
「そ、そうなんだ……」
「ええ。べーしながら頭下げるなんて簡単ですので、安心して下さいよ」
「うん……ふふ」
そんなこんなを伝えると、今泣いたカラスがもう笑うなんてことわざみたいに玲奈さんは喜色一転。
むしろどこか頬を赤くすらします。私と違って随分と賑やかな表情筋は彼女の幸せを映すように柔和に。
そうして玲奈さんは私の後ろを指差しこう問いました。
「たとえばそれは……あの子相手でも?」
「え?」
彼女の指の示す先を知るために、私はくるり。
嫌に長い髪は所作に合わせて先を開いて、黒く私の周りを意味なく飾りました。
そして、振り返った私が認めたものは。
「吉見……」
「なんだ、汀ですか……」
その無駄にデカい身体をなんでか縮こませながら私を見つめてくる大鬼っ娘でした。
はい。これは世界最強の鬼こと楠山汀ですね。
立ち昇る威圧感のその天辺角に引っ付いてちゅーちゅーしているカブトムシさんは新手のアクセサリー的なものなのでしょうか。
また浴衣の帯の上にどかんと乗せているその胸なんて、もはや私を挑発しているに等しいものです。
しまえない贅肉なんてだらしないもの、羨ましくないったらないのですよ。
「うう……」
「やれ……どうしたのですか?」
しかし実際私なんて無能どころか星をすら簡単にぷちんと出来ちゃう質量を秘めている筈の汀は、私の前でもじもじぶるぶるしています。
これはおトイレでしょうか。よく分からない私は首を傾げます。
すると、意を決したようである彼女は一度玲奈さんの方を見つめてから再度口を開きました。
「き、聞いたぞ、吉見……お前が汀様達のこと嫌いって本当なのかー?」
「はい。べーです!」
「ガーン!」
そして、何やら愚問が聞こえたので、直ぐに私は舌をちろりさせて返答とします。
しかしこれまでずっと雑な扱いを受けておいて、何を勘違いしていたのやら大げさにも汀はエクスクラメーション大っきめに叫びました。
まあ、この子が逸れ鬼が故に私達川島の一族が楠の一族から強いられてきた犠牲を知らないのもあり得るのかもしれませんが、しかし。
「吉見はツンデレ……じゃなかった! ツンツンデレだ!」
そんな間抜けなことを口にして逃げ出した鬼。そのすごい速さに風が遅れてやってきます。
無能な私は最強な彼女の鬼ごっこなんかに付き合うことなど出来ずに、出した舌で乾いた唇をひと舐めしてから引っ込めて。
「やれやれです……」
トゲナシトゲトゲな私からすら逃げるあの子もまた、少し強すぎて汚れ知らずなところがあるなあ、と苦く微笑まざるを得ませんでした。
「……そんなわけで、あなた達には玲奈さんの保護をお願いしたいのです」
その後。私は楠の本家にて私は楠の鬼どもに囲まれながらお話をしました。
老若男女、とはいえ十名足らずですが誰も彼もが一騎当千どころか善人と同レベルの力持ちってこの一族普通におかしいですよね。
威圧感とか当たり前のように常備しているので、玲奈さんには控えてもらっていますがしかし物質的でない私だってここまで楠の鬼でみっしりしている空間では流石に来るものがあります。
「ふぅ……」
このままだと色々なもの、吐き出してしまいそうですね。
こんなの済まして早く帰りたい。しかし、楠の鬼の中で最もマシな彼らの中で一番に弱い我が校の生徒会長はこうほざきました。
「ダメだ」
「オッケーですか。ありがとうございます」
「聞こえなかったのか? 僕はダメだと言っている」
「いえ。あなた達がダメなのなんて知っていますから、早く玲奈さんに適当なお家与えて下さいよ」
「キミ……! はぁ……」
楠木海は頭を髪と一緒にガリガリ。そんなに力いっぱい掻いたら禿げますよ、と言いたくなりますが流石にストレス源は黙っておきます。
しかし、これだけ私が全方位に煽っても樹木のごとく平坦な心を持ったその他の楠共は薄く微笑んでいるばかり。
理由を知っているとは言え正直に、気味が悪いですね。
私はそんな中矢面に立って苛立ってくれている海に、続けて語ります。
「勿論、何も無償でとは言いません。私の知識でいいなら、幾らでも語りましょう」
「それは……」
すると、聞いて押し黙る彼。浅葱色の着物が似合う高校生ってちょっと渋すぎると思いますが、しかし実際そんな感じです。
私としては鬼らしく裸にパンツ一丁って姿のほうがらしくて楽なのですが、違うのですよね。
ああ、彼の憐憫の視線がムカつきます。
私が辛いのなんてどうでもいい。わらびの悲しみだって許してあげてもいいのですよ。
でも、脈々と川島家が続けてきた命の輝き全てを飲み込まれてなお、私は鬼に愛想よくは出来ないのです。
ただそんな私の気持ちだって、きっと幼い頃から見て《《くれて》》いたこの方々。
全てを飲み込んで大人しくしていた、最長老さんがようやく重い口を開きました。
「ふむ……キミが小出しにしている全知。それを簡単に放出してしまうくらいには、あの子が大事なのかい?」
鬼の中の鬼、楠川河仙。
私にはめちゃ長い角付いてるだけのしわしわお爺ちゃんとしか思えない彼も、これまで多く世界を救った者として影に大事にされているそうです。
まあ、そんなこんなよりこの方がこの場の物事の最終決定権を持っているというのが私には大きい。
威容を出すためいくら無かろうがぴんと胸を張り、私はこう事実を述べました。
「それはそうですよ。あの子こそが一番のヒロインなのですから」
私はこの世界を物語と知っています。そして、そこに並べられた輝くものたち。その中でも何より愛を受けるべき存在と玲奈さんが定義されていることを理解しているのです。
もっとも、そんなことより今まで一人で頑張ったねと色々知っていて助けなかった私はずっと優しくしてあげたい。
せめて、彼女のための安住の地くらいは用意させて下さいよ、というそんな気持ちはきっと私の鉄面皮を越えて表れてしまったのでしょう。
「そうか……あの子が、|キミ《主人公》の……」
「うん?」
何故か、河仙の爺ちゃんの瞳から涙がぽろり。
彼から溢れた雫の色に喜びと寂しさが混じっていたようなことを感じてしまった私は困惑します。
ですが、二の句を告げなければ理解に変化が起きることもなく、勝った喜びに身を預けた様子の爺ちゃんはこう宣言するのでした。
「分かった。それだけ知れただけで我々には十分だ。喜んであの子を我が家に迎えようじゃないか!」
「爺さん……はぁ。まあ、それなら仕方ないか……」
鶴の一声。長老、この世に生きた年月というのは楠の鬼共には大きな意味があります。
そのために少し異見を持っているのだろう先に私の胸元を酷く悲しげに見つめていた|海《大艦巨砲主義》も頷かざるを得ず。
「いや、吉見ちゃん、良かったねえ……」
「まさか同性とは思わなかったな」
「だがそれがいいのかもしれないぞ?」
「俺は宗二の坊主を推したかったが……」
「とりあえず、汀が良いとか言い出さなくてよかったな」
「むしろ私としては形だけでもお嬢が家に入ってくれたら嬉しかったのだけれど……」
やがて意味不明ですが鬼だらけの周りがやいのやいの随分とうるさくなりました。
現状無茶振りは通り、ご近所さんになる玲奈さんともこれから頻繁に会えるのだろうことに私は喜べばいいのかもしれませんが。
「何か勘違いが起きているような気がしますね……」
「うぅ……」
「やれ……」
何故か宴を始めだした鬼たちに付いてけないなあと、逃げるようにがらりと襖を空けた私はそこに何でか楠の一族の圧で倒れてる様子の玲奈さんを見つけて。
「まあ、良かったです」
「うぅん……」
起こすためにとその頬にぷすと指をつきさして、彼女の熱に頷くのでした。
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