第二十話 こんなに世界が綺麗だ

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

そんなこんなで預け先は決めましたし当座の資金と物資も鬼共から提供がありましたので、玲奈さんは後は楠の一族保護下の元ゆっくり過ごしていただければいいとは思います。
私は最後は人任せとは言え中々段取り付けられて良かったとニコニコだったのですが、しかし肝心の玲奈さんに笑みはありませんでした。
むしろ、何故か人家にある大鳥居の前にて、去ろうとする私の袖を引っ張りながら円らな瞳で見上げてこうねだるのです。

「待って。まだ一人は怖いよ……」
「そうですか……」

一人は怖い。しかし彼女は生じてからこれまでずっと一人でした。加速する時の中狂わぬよう本を読んで読み続けてそれから開放されたばかりの孤独。
そんな玲奈さんを一人じゃなくしたのは、何を隠そう私ですね。

私は身勝手にも知識から見知らぬ筈の彼女の名前を呼んで、助けるためにと手を取った。
メインヒロインさんの登場に浮かれてましたが、私の温度ですらひょっとしたら彼女には刺激が強かったのかもしれませんね。

「うう……」

ただ自らの手でばっさり切っているばかりのボブカットすらも似合うま白い彼女はニア世界のど真ん中。
公式中心近似値、綺麗の前線にて玲奈さんはしかし怖がってその孤高を台無しにします。
私はもうこの子推しでも良かったなあと愛らしさにだらし無くにこりとして、こう提案しました。

「なら、しばらく私も一緒に寝泊まりしましょうか!」

何かこの指とまれみたいなポーズして言い張ってしまいましたが、よく考えたらこれってかなりナイスアイデアですね。
楠の人たちは離れだという――私はそれを幼少期の汀を隔離していた場所と識っています――小ぢんまりとしたハウスにて玲奈さんは一人暮らしをする予定。
とある理由で楠の家にてお手伝いさんしてる笹崎由梨先輩――生徒会会計やっている何か私を目の敵にしてくる人です――が面倒みてあげると立候補してくれましたが、補助の手はいくらあっても良いでしょう。
というか、人ん家お泊りって楽しそうです。鬼の敷地というのは苦手ですが世界で一番レベルにめちゃ安全なのには違いなく、故にとってもゆっくりできそうで尚良さそうですね。

にまにましだす私に、しかしまだまだ玲奈さんは不安げ。縮こまったままこう問います。

「いいの……?」
「勿論ですよ。ただ、すると時に私の妹やうさぎさんのような生き物もやって来るかもしれませんがむしろそれは大丈夫ですかね?」

彼女に話しながら、そういえば私は家に全然連絡していなかったなあ、と思いました。
かれこれ数時間。結構暇しているミリーちゃんが最近凝っているうどんのこね作業もきっと佳境に入っているどころか何時も途中で止めている私がなければもう今はグルテンパンパンにはち切れんばかりになっているかもしれませんね。
私は今日供する予定だったすったてうどんを果たしてこの無能気味な細あごで噛み切れるか途端に不安になってしまいました。

とはいえ、私ばかりがこの場で不安な訳ではなくむしろ人見知りなのかもわからないレベルのぼっちさんな玲奈さんは曖昧な言葉に不安を募らせ問いを重ねました。

「えっと、わたしむしろ川島さんの妹さんって会ってみたいけれど……うさぎさん、のような生き物ってなに?」
「うむむ……ミリーちゃんというのですが、首切りウサギという新種というか既存の集合体といいますかなんと言えば……」

思わずむむむとする私。妹は最愛ですと紹介すれば簡単ですが、よく考えたらミリーちゃんは難儀な生き物です。
善人が軽率にも人間のいいとこ集めれば最高段に到れるなら、動物の危険なところ集めたら最悪に届くのではとやってみたら、そうでもなかった感じの存在なのですね。

アリスと善人が知り合いなのはこの二次創作な世界だけのはずなのでぶっちゃけ、ミリーちゃんは原作にいないです。
よって、ミリーちゃんはどんな生き物の部分がメインなのかもよく分からないので説明に窮してしまいました。
見た目はウサギですが、尻尾長いところとか爪長い上に意外と背筋ぴんとしているところとか結構普通じゃないですし。きゅうりが好きなところとかを見ると河童さんも入っている可能性――本当は猫成分――ありそうですよね。

私が困っていると、しかしまだまだ頭の中高速かもしれない玲奈さんは知識を参照に――ちょっと私みたいですね――見ず知らずに合点をいかせます。
頷き、彼女は言いました。

「あ。その子改造獣? すぐ噛んでくるみたいな危ない子じゃないなら別にいいよ」
「そうです! そういえば元々こっちの改造人間などの知見もイザナミ由来でしたからその深いところまで見知っている玲奈さんに理解があるのは当然でしたか。また、勿論ミリーちゃんは噛みません。むしろ捻じるほうが好きないい子です!」
「ねじる? すぐねじってくる子もなんだか嫌だけど……というか首切りウサギって時点で普通に物騒だよね。でも分かった。きっと大丈夫」
「おや? 信じてくださるのですか?」
「うん。だって、怖がってばかりいるのは止めたんだ。特に川島さんに対しては」
「ふうむ?」

危なくない。そんな言葉を彼女は丸呑みで信じてくれます。
なんとも無垢ですがしかしどうにも私は私なんて原作ブレーカーのことをまるっと許してしまっている玲奈さんが分かりません。

ああ、この子の《《特別な目》》からすれば分かっているはずなのですよ。川島吉見という場違いがどれほどこの世に馴染んでいないかを。
でも、そんな私を瞳の中心に容れながらも、玲奈さんははにかんで。

「だって、そうしたからわたしはこんなに世界が綺麗だって知ったんだもの」

太陽が落っこちる地平の朱を喜びの涙の端に映しながらそう言ってくれたのでした。

 

「ここが川島さんの……」
「はい。ここが私のハウスです!」

その後私は直ぐに拾った女の子と一緒に暮らすことになったということだけトークアプリで連絡たぷたぷ。
スマホをバッグに入れて――お話していたのでしばらくぶるぶるしていたのに気付かなかったです――ご近所からそれこそ我が家に直行。
小さくちょっと古くてもコンパクトでレガシーと思えばとっても素敵な和風建築に我々はようやくたどり着いたのでした。

「くぅ~ん!」

するとむしってもむしっても伸びる厄介さんな野草がまた目立ちはじめた庭に入ると途端に愛らしい声が隣から聞こえます。
私はこんなにも懐いてくれていることを喜びながら玲奈さんにお友達として彼を紹介しました。

「そして、今にもちっちゃな白柵を乗り越えんばかりではしゃいでくれているのがお隣のお家、埼東家の末っ子ひらめちゃんです!」
「わあ、可愛い。ポメラニアン?」
「くぅ~ん?」
「ええ。ちなみにこの子はお利口さんなのでちんちんとか出来ますよ? はい、ちんちん!」
「くぅん!」

私達が見ていたら本当に柵を乗り越えちゃったひらめちゃん。
足元で遊んで遊んでとしていた彼に、私は一つ指示を出します。
すると、ひらめちゃんはお利口さんですから両手を挙げてニコニコお腹を見せてくれました。
なんとも愛らしい小型犬の所作。お腹空いている時は餌出せと私をひっくり返したり散歩の際は元気に引きずってくれる彼ですが、今はとってもおとなしいものでした。

私が撫でようと近づいていると、遠目からひらめちゃんを観ていた玲奈さんがそれを発見して、呟きます。

「え、ちんちん? あ……本当に付いてるね」
「く、くぅ~ん……」

すると、それはちんちん違い。
とても恥ずかしそうに前足を下ろして恥ずかしさに背を向けたひらめちゃんはちょっとびっくりするほどお利口さんですが、私は突然ひよこ鑑定士の視線でひらめちゃんのちんちんを見極めた玲奈さんに慄いてしまいました。
言い訳するように、私はちんちんについて解説します。

「あわわ……違います。局部のことではないのです……あの愛らしいポーズ自体がちんちんと呼ばれる体勢で……」
「え、えっとあれはちんちんだけど、付いているちんちんとは違うんだ」
「ええ! ちんちんとは違いますが確かにちんちんと呼ばれるものであり、ただ本来のちんちんとちがって愛らしいちんちんで……」
「……どっちのちんちんも可愛いと思うけれど」
「くぅんっ!」
「わわっ! 確かにそうですが、他種とは言えちんちんを愛でるのは大分女の子としてアダルティックで……」
「そう言えば、チン(狆)って犬種あるよね。そこからちんちんって来たのかな?」
「確かにそういう種類の子居ますよね……どうなのでしょう。気になるので一緒にスマホでちんちんについて調べてみます?」
「うん。わたしもちんちんが気になっちゃった」
「くぅ~ん……」
「ちんちん、ちんちん……わ、凄い電話きてました」

変にちんちんについて盛り上がる私達。
蚊帳の外で背中を向けるひらめちゃんには申し訳ないのですが再びたぷたぷして、めちゃわらびから電話連絡が来ていたことに私が驚いていると。

「姉ちゃんと知らん人、家の庭のど真ん中ですっごいちんちん言ってるな……」
「ぴょん!」

そんな全てを、知らない間に軒下の扉を空けて私達を歓迎すべきか知らん顔すべきか悩んでいるわらびと、案の定パンパンのうどん生地を持って取り敢えず跳ねとこうという感じでぴょんとしたミリーちゃんに目撃されてしまったのでした。

 

「うう……今日はなんだか大分私アダルティな感じだったのですね。これでも人なので発情期とかないはずーーこの時の私は人様が年中発情期と知らずに呑気に過ごしていたのですーーですが気をつけないとです……おや?」

そして私はその後今日の姉ちゃんはえっち過ぎるとわらびに零されながら玲奈さんの歓迎を行い、そこで彼女がこの子は牛の改造人間なのかと問ったことでわらびと一悶着もありましたが。
がやがやと夜更けまで私達はそんなことをしていたからでしょう。

『そろそろ準備が出来ましたから、後でそっちに行きますね』

私は、今回何故か新一さんを介さずに何時の間にか郵便受けに差し込まれていた『サイレント』さんからのそんな短く端的に過ぎる内容が認められた手紙に気づくのが少々遅れてしまったのでした。


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