第九話 食べちゃっていい

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

実は私はあまり料理が得意ではありません。
いえ、無能を自称しているだけはあって、そもそも大体が不出来ですが特に味見という行為が苦手過ぎてダメなのですよね。
調理中は私の猫舌っぷりがしょちゅう邪魔しますし、そもそも味を他の人より薄く感じちゃってるみたいなのですよね。
お料理のさしすせそは正しくともそれに必ずクレッシェンドが付与されてしまうダメなお姉さんです。

ですからしっかり味見して出していた以前は、とうとうわらびにも姉ちゃんの料理って味濃すぎと叫ばれ、以降は彼女が料理担当としてキッチンを譲ることはなくなりました。
確かに、ひとつまみの指示を物足りないと象さんの一つまみレベルで投じていた私です。
更にはタールのようなタレの製造がお得意で、口寂しいと塩をぺろぺろしていたらミリーちゃんにどつかれたことだってあるのですから、味音痴は間違いありません。

「うまうま」
「ですが、鬼は普通に食べちゃうのですね。面白くないです」

私は目の前の角持ち少女の食欲旺盛ぶりに、こう零します。
まあ私とて食事に必ずナイスな冗談を求めるような常識からそっぽ向いた人間ではありません。
それを思うと、本当はこのなんで高等教育でするのか分からない調理実習にて、食事前にいただきますをしっかり出来ている汀をむしろ褒めるべきかもしれません。

しかし、私にも矜持というものがありました。この場合はメシマズのプライドですね。
そんなの丸めてどこかにボッシュートすれば良いとは思えども、今回はそれを用いて最強の鬼に一泡吹かせることが出来るかなと淡い期待がありました。
しかし、この金メッキされたかのような出来栄えの料理を前に狼狽えることすらなくむしろ美味しくいただかれてしまった私は、残念な思いに口をとがらせるばかりです。

「いや……面白いどころじゃない出来だろ、コレ。吉見が創り上げたブリ照り、なんでそんなに光沢を帯びて輝いてるんだ?」

汀が作った副菜のほうれん草の胡麻和えは普通に美味しかったこともあり、ぐぬぬとするばかりですが隣で口をぽかんとする主人公さんの感想はどうやら違ったもののよう。
そもそも私お得意の黄金ブリ照りの威容に気が引けた彼は全く箸が進んでいない様子ですね。
特にキラキラしてる良いところを分けてあげたつもりだったのですが、宗二君はひょっとしたら食べるなら暗色の方が嬉しいタイプだったりするのでしょうか。
取り敢えず、眼の前の金色に躊躇する彼のために、私は煌めきの理由を述べます。

「これは、はちみつ多めにするのがキモですね。ただ、汀のはちょっと手が滑ったのでひょっとしたら、色んなきわどいものも入った結果の光輝なのかもしれません」
「……それ食べて楠山大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろ。汀様がこの程度の毒効でどうにかなるもんじゃない」
「いや、誰もそんな変なもの調理場周りに用意した筈がないのに混ざった結果的には毒認定なのかよ、このブリ照り……」
「む。流石に人間様には変なの混ざっていないのを提供しますよ。宗二君の目の前に鎮座しているブリさんは通常通りの手順と材料で何故か黄金化した奇跡の一品です」
「通常手順で黄金化した奇跡のブリ照り!?」

何故か私のお隣りで恐ろしい物を見たという目で私の制作品におののく宗二君。イケメンがするとなんとも迫真で、大分失礼ですね。
私的には愛をたっぷり込めたのですから奇跡なんて起きて然りで、それを越えてむしろこのブリさんドラゴンさんにでも進化してくれないかな、そうしたらドラゴン照り焼きを食べられるのになと調理段階で思っていたのは秘密です。

まあ、魚類に過度の進化の期待をかけても仕方がないことでしたね。
取り敢えずはひと口いただくためにちょっと周りの糖分コーティングを箸の先端ででカンカンしてから割って、そうして私は中から出てきた白い身を口に運びました。
流石は私作のブリ照り。舌に突き刺さるような甘じょっぱさが他を逸していますね。

「あむ……めっちゃカリカリで甘いです! うん……まあまあですねー」
「うまうま」
「うわ、楠山だけじゃなく吉見も食ってるよ……なら、班員の俺も食わなきゃ……ん」
「どうです? 滅多に味わえないくらいに、スウィーティーでしょう?」
「ぐ……む……ま、まあ確かにタレがみたらしの甘さ極めたものと思えば………いや、うぇ……こんなジャリジャリした甘い魚は無理だ」
「んー……仕方がないですねえ」

宗二君も流石に救世主足り得る存在とはいえ、家庭科の先生が身の切り分けの際にこんなに出たと教えるために持ってきたアラをも用いた具沢山を骨ごといただく鬼程の許容量はなかったようです。
ひと口ふた口の分を箸でザクザク掬ってから、しかし吐きはせずとも続きを諦めた様子。
これは、流石に一般的な舌に合わないものを創り上げてしまった私がいけません。
おっぱいはなくてもその奥の心はやけに広いとされる私です。個人的には成長期が遅れているのだと信じたいところですが、まあそんなことは関係なく私はさっと宗二君の前のお皿を奪ってからぱくりとするのでした。

「やれ。宗二君の残りは私が食べちゃいます! うまうまですー!」
「あ」
「んあ?」

男の子はたしか結構お腹減りやすいものでしたから後で食べられなかった分パンでも奢ってあげようかと考えながら、食べかけをもぐもぐする私。
しかし、途端にどうしてだか班員二人の、そしてクラスメイトさんと隣のクラスの子達の視線が私にぶっ刺さりました。
あれ、ひょっとしたら私の食欲旺盛さはそんなに異常だったでしょうか。別に、普段は普通味のわらび製のご飯は薄くってあまり量食べられないから控えめにして貰ってるだけですが。
なんだかデカい鬼の目線が怖い上によく分からないので、説明が欲しいところですね。首を傾げる私に、遠慮がちに実習ではご飯を炊いただけの宗二君が言いました。

「いや……吉見ってそういうの気にしないのな」
「そういうのって……宗二君のハングリーを気にせず横取りしてしまったのは悪いとは思いますが……アングリーです?」
「そうじゃなくてさ。あー……俺が食った後で気にしないからさ」
「うん? それだけです?」
「まあ……」

きまり悪そうにそう言う宗二君に、私の前でもぐもぐ頷く汀。
これはどうしたことでしょう。私の知っている本編の彼ならば、そもそも性格が大分違うとはいえこんな初心な反応はあり得なかったのですが。

「うーん……ひょっとして」
「うま……ん? どうした吉見。汀様に惚れたか?」
「いえ、そんなことはあり得ませんが。やれ、これは……」

その原因なのだろう鬼を見つめたところで、返ってきたのは下らない冗談ばかり。
ばっさりたたっ斬った私につれないなー、等と述べる汀なんて放っておいて私は思索に耽ります。

原作で、結構シビアな状況にばかり置かれていた宗二君は口少なでクール――でもちょっとエッチでした――であり、それはどこか冷めた一人称からも分かりました。
ですが、この二次創作なのかもしれない世界の宗二君は私の行いにツッコミをするなど情熱的で――あんまりエッチじゃない――それは普通の感じです。
この差異の原因はひょっとして。

私は先生の二人組作って攻撃の結果一緒の班になった鬼と隣のクラスで一人ぼっちだった結果同班となった原作主人公さんを見ながら、こう呟くのでした。

「貴方達……付き合ってなかったのですか……」
「ぶっ!」
「うわ、魚の骨が飛んで……いや、俺と楠山ってそういう関係じゃないからな!」

私は、驚きに口から尖った骨骨の先端を吐き出す鬼に、それを額で受けてしまった特定部位針千本な宗二君を他所に、ちょっとがっかりです。
いや、いつの間に原作ブレイクしていたのでしょう。
この二人が原作前に一度付き合って別れていたという設定、個人的に好きだったのですけれどね。

「これじゃあ、この汀が宗二に女を教えたのだ、っていう台詞も発生しなそさそうです……」
「ぶぶっ!」
「今度は魚の鱗が……吉見、変な妄想は止めてくれ!」

読んだ時にうわあ、と思ったあの迷台詞も今は懐かしいものです。
顔面全体に何故か汀の口から出てきた鯛らしき鱗に顔覆われた宗二君が止めてくれと願っても。

「妄想じゃないのですがね……」

それこそが真実と知っている私は、今更ながらこの二人に深い繋がりがなかったことに小さな焦りを覚えるのでした。

 

「やれ……」
「なんだ、あれからずっと何か考えて。吉見はそんなに汀様とあの半端者が仲良くしてた方が嬉しかったのかー?」
「まあ、そうなのですが……ふむ」
「そうなのか……」

私はそのまま実習のお片付け時も気も漫ろに、お昼を迎えます。
途中クラスメイトの熊井君に引っ張っられた宗二君――クラスお隣で仲良しみたいですね――を目だけで見送ってから、しばらく。
うんうんと考え続ける私におっきな影が。それが隣の席の大鬼さんであることを思い出しながら、私はまだ悩みます。

いや、この最強今学校で私を気にしていますが、本来ならば流浪の鬼で気にするのは宗二君だけというツンツン振りだったのですよね。
最初はどうしてこんなに強いのが主人公を毎度助けに来るのだろうと思えば、そこであの迷台詞。
結局エロが身を救うのか、いやこの場合は愛なのかなとか色々考えたあの日の思い出。

そんな最強と主人公の付き合いがなかったことになっているのは驚きでした。
これでは、宗二君がはじめて善人と戦う時とか下手したら汀も助けてくれないかもしれません。
それはとても良くないですね。善人の強さだと現状と少しプラス程度の宗二君なんて100人居ても一発です。それこそ善人が二人居ないと戦いにもならない汀でもないと止められないのですが。

「うーん」
「まだ考えてるな」

ラスボスとの初戦闘で主人公死ぬとか流石に見てられないこともあり、考え抜く私です。
そんな私の隣で呑気している楠の鬼さんは未だに私しか気にならない様子。ならばと、私も決めるのでした。

「……そうですね」
「お。なんか考えついたか?」
「ええ。一つだけ貴女と約束したいことが出来ました」
「……ふうん?」

私が真剣に向けた視線に、少し嬉しそうにする汀。こういう鬼とか言われる古臭い存在は、約束事とかどうしてか結構好きです。
それを知っているからこそ、私は遠慮なくそれを使うのですね。

「それは、彼の命の輝きについて、です。彼を見てもし貴女のような鬼でも守るに値すると判断したら時に守ってください」
「ふぅん……それじゃもし、アイツが守るに値しない雑魚だと汀が思った場合は?」
「そんなことはあり得ませんが……そうですね。もしそんなことがあったとしたら」

私を試すように上から見下ろす赤鬼。でも原作を知っていてその相性の良さを知っている私からしたら、彼女の言うような事態はありえません。
人外れに逸れ鬼。だからこそ結ばれた二人だったとしても、性格の一致振りは実際目を瞠るものがありました。
そして、そんな知識がなくても私は海山宗二君という主人公の素晴らしさをよくよく知っていて。

「私なんて、ぺろりと食べちゃっていいですよ?」

だからこんな無能の身を呈することだって、当然してしまうのですよ。
私には、それくらいしか出来ないですから。

「へぇ……」

私の無闇な挺身に目を細めた鬼は、鋭い牙を唇の後ろに隠したまま、たったそれだけを発するばかりでした。

 

「ぐっ!」
「ははっ、ほらほらどうした! 避けなければ死んじまうぞ?」
「ぐおっ……」

それはまるで怒涛。少女の指先一つで捲られた地面が寸でのところで宗二の隣を過ぎていく。
それは異能ではなくただの強力な力量によるもの。だが、その威力といえば凄まじい。

「建物、真っ二つかよ……!」

パトロール中。楠川外れの廃屋群にて起きた急な戦闘によって、既にバディたる先輩ヒーロー道上大地も昏倒済み。
下手人はその硬質な声から直ぐ分かったが、力を向けられた理由があまりに不明。
そして、相手のことがどうしても嫌いになれないのであれば、矛を返すわけにもいかずに、取り敢えずはと宗二は物陰に身を潜めるのだった。

「なんだ、海山! お前は先に伸した兄ちゃんが居なきゃ何も出来ないのか?」
「そうじゃない! だが……どうして楠山、お前が俺を襲うんだ!」
「んー? これが襲うって? こんなの鬼ごっこにすらなんないのだがなー」
「っ!」

イチニのサン。それで出ていこうとする身体の横にぽつりと声。
それが瞬間移動ですらないただの一歩で顕れた鬼によるものだと気づいた途端、腹に冷たいものが当てられた。
闇夜に高くニコリとする大女は男の腹部にその手を――万物を引き裂くにあまりある強力な――触れさせ、こう言い切る。

「天地も距離も無用。そして鬼ごっこなんて汀様が触れるだけでお終いさ」
「確かに、さっきまでは遊んでたみたいだな……だが、本当にどうしてだ? 俺は楠山を友だと思ってたんだが……」
「ははっ! そりゃ間違いないよ! それに加えてだね……」
「がっ!」

問答に、特に意味はない。そう言わんばかりに鬼からしたらごっこ遊びにもならない力がかけられ、宗二は吹き飛ばされる。

「ぐ……うっ」

一つ屋敷をその身で射抜き、大岩に背中をぶつけることで彼は止まった。
空を見上げれば、もう目の前に鬼の威容。どうしようもない凶悪を前に震えようとした身体は。

「今は恋敵でもあるのかなあ……うみやまそーじ?」

そんな意外な一言にて意気を吹き返す。
コレは恋の敵と言った。そして俺にとって恋すべき存在なんて彼女以外に有り得ず、ならば敵となるこれは本当の意味で障害でしかない。

臆すな、逃げるな、立ち向かえ。それこそ、心を示す意味となる。

「はっ! なら、負けられないなっ!」

最強など鼻で笑い飛ばして、踏み出そう。弱さより幾ら負けようとも、相手は気軽に自分を死に至らせられるのだろうとも。

『そうじくんがいきていてくれて、よかった!』

「受けて立つ!」

それでもあの子のヒーローとしてその恋を問われて逃げることだけは出来ないのだ。

何せ俺はそれだけでいいのだと、海山宗二は既に決めてしまっているのだから。

「ケケ……確かに、こいつは面白いな」

それを見た鬼は、これは育てがいがありそうだという本心さえ口にせず、ただ口元を歪めに歪めて弧線と化して、歪みきった口元を愉快に笑わせるのだった。


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